かむあぶ
体温計を銜えさせられ、何の冗談だと言う間もなく電子音を響かせたソレを抜き取られ。
ジッとその値を眺めた神威が言った一言は、それこそ何の冗談だと、阿伏兎は思った。
「阿伏兎、今日一日寝てなよ」
「はぁ? 何の冗談だ、このすっとこどっこい」
意地でも仕事をしてやると、歩き出そうとした瞬間に阿伏兎の足は宙を浮いた。
「寝てろ、団長命令」
下ろされた先は、つい先程までいたベッドの上。
起き上がろうとした体を押さえつけられ、笑顔ではない真顔で言われた言葉に、耳を疑った。
「団長命令? あんた正気か? 俺をベッドにでもくくり付けるお積もりですかい」
「起き上がろうとするなら、そうするけど」
「冗談じゃねぇや、どれだけ書類が溜まってるか知ってて言ってるのか?」
「いいから寝てろ、逆らうならそれこそ足腰立たなくするよ」
どんな方法かは聞くまでもないが、此処は大人しく引くべきかと、体から力を抜いた。
「いいね? 今日一日寝てること、ちゃんと守ってよ?」
「はいはい……ところで団長、さっきの体温計の値はどれぐらいでしたか?」
布団をかけられ不貞腐れながら問えば、返ってきた答えはどう考えても微熱の範囲内。
そんなものでこの扱い、壊れ物か何かかと思っている様な心配性ぶりに舌を巻きたくなった。
「チッ、何が一日寝てることだコンチクショー。体が鈍る以前に書類が溜まるだろ」
神威が出て行った後、阿伏兎は1人愚痴った。
神威には寝ていろと言われたが、安心して眠れる訳もない。
第一に自分は健康体だと、溜まっていた書類の提出期限を思い出し、阿伏兎はベッドから起き出して行った。
やけに寒気がしてくると思ったが、空調の故障だと結論付け書類が山と積まれている部屋へと向かった。
「やっぱり安心して眠れる訳もなかっただろ」
眼前に広がる書類の山を見ながら阿伏兎は、早速処理に取り掛かった。
もっとも、大量の書類を片付けきれる訳もなかったので、期限ぎりぎりのものから手をつけていった。
頭が痛い気もしたが、これだけの書類を見ていれば、目の使いすぎで頭痛ぐらいするだろうと結論付け無視をした。
書類を提出した後、足元がふらつく感じを覚えながら、これでようやく一息をつけると、阿伏兎は安堵をしていた。
「ん? 何でこんな所に大型犬がいるんだ?」
目が霞む中、自分の目の前に立ち塞がるものを見上げて、異様に大きい犬もいたものだと阿伏兎はフサフサの犬の顔をわしわしと撫でた。
「ちょッ、おい! なんの冗談だ!!」
「腹でもすいてるのか、犬? 残念ながら今は何も持ってないもんでねぇ」
「聞いてるのかぁ!?」
ギャンギャンと吠えるように訴え、わしわしと撫でられる顔を顰めるのは春雨十二師団の団長の一人勾狼。
狼と言うより犬に近い顔が災いし、完璧に犬扱いされた。
「暖かそうだな……」
「えっ、おいぃぃぃいい!!?」
寒気に身を震わせた阿伏兎は、フサフサとした毛を撫でるのをやめ、自分よりもやや大きい勾狼で暖を取るように抱きついた。
一方抱きつかれた勾狼は、無下に振り払えない状況に冷や汗を流した。
目の前の人物は、あの春雨の雷槍と言われる神威が一心に愛情を捧げている人物。
無下に振り払おうものなら、怪我をさせたねと難癖をつけられる。
だが、かと言って、このまま頼るように寄りかかっている相手を支え返しているのも、
ある意味、自分の死刑執行サインをしているようなものだった。
「勾狼団長、何をしてるのかな?」
まさに絶対零度の声をかけられ、油の差されていないロボットのように勾狼が後ろを向くと。
今、おそらく一番会いたくなかった人物がいた。
「ん? 団長、どうかしましたか?」
阿伏兎だけが、微笑みながら立っている神威へと不思議そうに問いかけた。
「阿伏兎、早く離れようね」
「寒いんで暖を取っていただけなんですがねぇ?」
「阿伏兎に必要なのは大人しく寝てることだよ、分かったら早く離れて」
「連れてっちゃいかんか? 湯たんぽ代わりに犬はちょうどいいと思いますがねぇ」
犬、そう犬扱いだったと未だに阿伏兎を支え返していた勾狼は複雑な表情になった。
阿伏兎の言いように、少し自分の早とちりだったかなと思った神威は、複雑な表情を浮かべる勾狼に近づき、早く離せと目で訴えた。
「ほら、阿伏兎行くよ」
「はいはい、やっぱり、犬は連れてっちゃいかんか」
名残惜しそうに阿伏兎が離れたのを見計らい、神威は勾狼を見上げた。
「勾狼団長、月夜ばかりだと思わない方がいいですよ」
ニッコリと微笑みながら言われた言葉に、それは、やっぱり怒っている証拠ですかと、言うに言えなかった。
阿伏兎を引き連れ神威が去った後、遠い目をしながらポツリと勾狼は呟いた。
「今日は厄日か……」
片眼に被せたアイパッチから、やけに熱い雫が流れ落ちた。
「団長……頭がガンガンします」
「そうだろうねー。だって風邪ひいてるのに俺の命令無視して歩き回ってたし」
その後、熱が上がりベッドへと強制的に行くしかなくなった阿伏兎は、それでも自分はまだ仕事がやれると考えていた。
「書類持ってきてもらえませんか、団長」
「……阿伏兎、反省してる?」
してないよね、絶対
「書類が、もうすぐ提出期限なのがっ……」
「ワーカーホリックもいい加減にしようね、阿伏兎」
end
(2010/06/06)
ジッとその値を眺めた神威が言った一言は、それこそ何の冗談だと、阿伏兎は思った。
「阿伏兎、今日一日寝てなよ」
「はぁ? 何の冗談だ、このすっとこどっこい」
意地でも仕事をしてやると、歩き出そうとした瞬間に阿伏兎の足は宙を浮いた。
「寝てろ、団長命令」
下ろされた先は、つい先程までいたベッドの上。
起き上がろうとした体を押さえつけられ、笑顔ではない真顔で言われた言葉に、耳を疑った。
「団長命令? あんた正気か? 俺をベッドにでもくくり付けるお積もりですかい」
「起き上がろうとするなら、そうするけど」
「冗談じゃねぇや、どれだけ書類が溜まってるか知ってて言ってるのか?」
「いいから寝てろ、逆らうならそれこそ足腰立たなくするよ」
どんな方法かは聞くまでもないが、此処は大人しく引くべきかと、体から力を抜いた。
「いいね? 今日一日寝てること、ちゃんと守ってよ?」
「はいはい……ところで団長、さっきの体温計の値はどれぐらいでしたか?」
布団をかけられ不貞腐れながら問えば、返ってきた答えはどう考えても微熱の範囲内。
そんなものでこの扱い、壊れ物か何かかと思っている様な心配性ぶりに舌を巻きたくなった。
「チッ、何が一日寝てることだコンチクショー。体が鈍る以前に書類が溜まるだろ」
神威が出て行った後、阿伏兎は1人愚痴った。
神威には寝ていろと言われたが、安心して眠れる訳もない。
第一に自分は健康体だと、溜まっていた書類の提出期限を思い出し、阿伏兎はベッドから起き出して行った。
やけに寒気がしてくると思ったが、空調の故障だと結論付け書類が山と積まれている部屋へと向かった。
「やっぱり安心して眠れる訳もなかっただろ」
眼前に広がる書類の山を見ながら阿伏兎は、早速処理に取り掛かった。
もっとも、大量の書類を片付けきれる訳もなかったので、期限ぎりぎりのものから手をつけていった。
頭が痛い気もしたが、これだけの書類を見ていれば、目の使いすぎで頭痛ぐらいするだろうと結論付け無視をした。
書類を提出した後、足元がふらつく感じを覚えながら、これでようやく一息をつけると、阿伏兎は安堵をしていた。
「ん? 何でこんな所に大型犬がいるんだ?」
目が霞む中、自分の目の前に立ち塞がるものを見上げて、異様に大きい犬もいたものだと阿伏兎はフサフサの犬の顔をわしわしと撫でた。
「ちょッ、おい! なんの冗談だ!!」
「腹でもすいてるのか、犬? 残念ながら今は何も持ってないもんでねぇ」
「聞いてるのかぁ!?」
ギャンギャンと吠えるように訴え、わしわしと撫でられる顔を顰めるのは春雨十二師団の団長の一人勾狼。
狼と言うより犬に近い顔が災いし、完璧に犬扱いされた。
「暖かそうだな……」
「えっ、おいぃぃぃいい!!?」
寒気に身を震わせた阿伏兎は、フサフサとした毛を撫でるのをやめ、自分よりもやや大きい勾狼で暖を取るように抱きついた。
一方抱きつかれた勾狼は、無下に振り払えない状況に冷や汗を流した。
目の前の人物は、あの春雨の雷槍と言われる神威が一心に愛情を捧げている人物。
無下に振り払おうものなら、怪我をさせたねと難癖をつけられる。
だが、かと言って、このまま頼るように寄りかかっている相手を支え返しているのも、
ある意味、自分の死刑執行サインをしているようなものだった。
「勾狼団長、何をしてるのかな?」
まさに絶対零度の声をかけられ、油の差されていないロボットのように勾狼が後ろを向くと。
今、おそらく一番会いたくなかった人物がいた。
「ん? 団長、どうかしましたか?」
阿伏兎だけが、微笑みながら立っている神威へと不思議そうに問いかけた。
「阿伏兎、早く離れようね」
「寒いんで暖を取っていただけなんですがねぇ?」
「阿伏兎に必要なのは大人しく寝てることだよ、分かったら早く離れて」
「連れてっちゃいかんか? 湯たんぽ代わりに犬はちょうどいいと思いますがねぇ」
犬、そう犬扱いだったと未だに阿伏兎を支え返していた勾狼は複雑な表情になった。
阿伏兎の言いように、少し自分の早とちりだったかなと思った神威は、複雑な表情を浮かべる勾狼に近づき、早く離せと目で訴えた。
「ほら、阿伏兎行くよ」
「はいはい、やっぱり、犬は連れてっちゃいかんか」
名残惜しそうに阿伏兎が離れたのを見計らい、神威は勾狼を見上げた。
「勾狼団長、月夜ばかりだと思わない方がいいですよ」
ニッコリと微笑みながら言われた言葉に、それは、やっぱり怒っている証拠ですかと、言うに言えなかった。
阿伏兎を引き連れ神威が去った後、遠い目をしながらポツリと勾狼は呟いた。
「今日は厄日か……」
片眼に被せたアイパッチから、やけに熱い雫が流れ落ちた。
「団長……頭がガンガンします」
「そうだろうねー。だって風邪ひいてるのに俺の命令無視して歩き回ってたし」
その後、熱が上がりベッドへと強制的に行くしかなくなった阿伏兎は、それでも自分はまだ仕事がやれると考えていた。
「書類持ってきてもらえませんか、団長」
「……阿伏兎、反省してる?」
してないよね、絶対
「書類が、もうすぐ提出期限なのがっ……」
「ワーカーホリックもいい加減にしようね、阿伏兎」
end
(2010/06/06)