かむあぶ

「甘い匂いがするね」
「はぁ? 何を言ってんですか団長」
「阿伏兎からすごく甘い匂いがする」

訳のわからない神威の言い分に、顔を顰めて書類整理はここまでか、と諦める態勢に入った。

「甘いって言うか……甘ったるい感じかな?」

くんくんと顔を近づけて匂いを嗅ぐ神威はまるで犬のようだった。
なすがままに神威の行動を許していた阿伏兎は、甘ったるいと言われたことで、ふと思い出した。


「……ああ、金木犀か」
「金木犀?」
「地球に咲く小さいオレンジ色の花だ」

地球で吉原の現状調査をした帰りに、やけに金木犀の花が綺麗に咲いていたので、暫く見入っていたのを神威に話した。

「その匂いでしょうよ」
「ふ~ん」

納得したのかしなかったのかよく分からない返事をした神威は、一向に離れようとしなかった。

「団長?」
「阿伏兎のフェロモンの匂いかと思った」
「フェロモンて、あんたなぁ……俺は動物か?」
「だって、甘い匂いさせてくるから誘ってるのかと思ったんだ」

ペロリと阿伏兎の首筋を舐め、肺を満たす様に金木犀の移り香を吸い込んだ神威は、首を傾げながら呟いた。

「何だろうね、やっぱりフェロモンじゃないかなこの匂い……すごくムラムラするよ?」
「あんたは始終発情期か、すっとこどっこい」

神威の頭を掴み、引き剥がそうと力を込めるが、固定されたかのように動きはしなかった。

「アハハ! そうかもね、だって、夜の兎だし」

兎って性欲が強いものなんだよ、とニコニコしながら言う神威に、皮肉たっぷりに阿伏兎は口を開いた。


「それでは、俺は金木犀の匂いが懐かしくて月にでも帰りましょうかねぇ?」



昔、月には
金木犀が咲いていた。


end
(2010/05/09)
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