かむあぶ
◆逃走
「何も逃げんでも良いだろ」
「ダメネ! 阿伏兎に人を殺して欲しくないアル!!」
呆れながら呟いた言葉の返答は切羽詰ったものだった。
バズーカ砲を構えた人物に対する物騒な考えを察知したのだろう神楽は、屋根伝いに走りながら阿伏兎を先導して行った。
「甘いねぇ……」
よく気がついたものだと苦笑し、自分よりも小さな子供に先導されていると言う状況に、大笑いしたい気分だった。
もっとも、逃走劇は長く続きはしなかった、下へと降りたところでパトカーで追ってきた沖田がニヤリと笑いながら立ち塞がった。
「さー、もう逃げられねぇぜ」
「そこを退くアル!」
「退けと言われて退くバカはいねーぜ、チャイナ。それから、もう遅いと思うがねぇ」
沖田の言葉どおり一挙にパトカーが押し寄せ、次々と真選組の隊員達が降りてきた。
「遅いですぜ土方さん」
「ご苦労だったな、で、ようやく見つけたって訳か」
鋭い眼光で阿伏兎を睨んだ土方は、確かに極悪面だなと納得した。
「さて、局まで同行願おうか? 大人しくしてれば手荒なまねはしない」
「何だとマヨラーッ」
噛み付こうとする神楽を制した阿伏兎は、大勢で囲む真選組隊員達を前に臆すことなく土方を見た。
「勘違いも甚だしい容疑で捕まりたくはないんだがねぇ?」
「チッ、とぼけんじゃねぇ。お前が春雨の団員だって言う証拠は挙がってんだ」
「ほぉ、是非ともその証拠とやらを見たいものだ」
駆け引きが出来なければ神威の下に就いている事などできなかった。
余裕の表情で土方を眺めた阿伏兎。
自分が春雨の団員だという確たる証拠が、この辺境の地にある訳が無いと冷静に考えていた。
「ちゃんとネタは挙がってんだよ、山崎! 証拠物件持ってきてるだろうな!」
「は、はいッ……ど、どうぞ!」
名前を呼ばれビクリとすくみ上がった山崎は、片腕に持っていた書類を土方へと差し出した。
「いいか、よく聞いてろ、『春雨には夜兎族がいるらしい』って書いてあんだ……」
渡された書類の文章を目で追いながら読み上げていた土方は、書類の全文を血走った目で追った。
「……山崎、テメェ……この文のどこらへんが関係してると思ったんだ?」
ドスの利いた低い声で呟かれた言葉に、直立不動の態勢になり冷や汗をダラダラと流している山崎は、言い訳が思いつかず固まっていた。
「夜兎族か? 確かに夜兎族だろうなぁ、チャイナ服に番傘に白い肌ってのは……で、それだけか証拠ってのは?」
低く、投げやりに喉の奥で笑った土方は、怒りの余り小刻みに肩を震わせた。
「こんなもんが証拠物件になるわけねーだろォォォオオオオ!!」
書類を引きちぎり、鋭い眼光で山崎を捕らえた土方は、早々に飛び蹴りを食らわせた。
「お前ェエエ! これが証拠物件て言えるならなァ、人相が悪い夜兎族全員が捕まるんだよ! こんな証拠とも言えねぇガセネタ持ってくんな!!」
「す、すみませッ、グハッ」
馬乗りにされ、制裁を与えられている山崎に全員が目をそらした。
「まー、そう言う事らしいんで、悪かったですねぇ」
山崎の様子を横目に見ながら、さして心の籠もっていない侘びをいれる沖田に、神楽はカチンときた。
「なんだオメェ! せっかくの阿伏兎との買い物が台無しになったじゃねぇかヨ!!」
「いやー、そっちも悪いと思うがねぇぃ、いきなりの逃走は何かがあると思うのが普通だろ」
「時間かえせヨ! もとはと言えばお前がバズーカ砲構えたのがいけないネ!!」
バチバチと睨み合いをする中、あらかた山崎をしめ終った土方が止めに入った。
「とりあえず、今日はこちら側の手違いだった……以上」
「以上……じゃないネ! どうするアルか!? 貴重な時間はかえってこないネ!!」
「いーじゃねーかチャイナ、追われながらランデブーができただろ。もー接近しまくりのベタベタし放題だっただろコノヤロー」
「何だとォオオオ!!」
沖田の超棒読みセリフにさらに突っかかる神楽。
それを傍で見ていた阿伏兎は、一瞬でもこんな生ぬるい地球で殺そうかと考えた自分に呆れた。
春雨の名前を出されても、特に考える必要も無かった。
深刻な状況も、ここではコントの一環の様にさえ思えた。
「嬢ちゃん、そのへんにしておけ。時間が惜しいと思うなら構わないのが得策だ」
「む……阿伏兎が言うなら仕方ないネ。命拾いしたアルなポリ公」
「決着なら、いつでもつけるぜチャイナ」
互いに睨みあってから、外方を向き、歩き出した。
◆確認
「ただいま~アル」
「おかえり神楽ちゃん、阿伏兎さん」
「頼まれたもの買ったアル」
ズイッと差し出された買い物籠を受け取りながら、新八は中身の確認を始めた。
「えーと、卵に酢昆布、ってまた酢昆布大量だし……」
「なんか文句あるのかヨ?」
「いや、別に無いけどね」
リビングに向かっていた足を止め、口を尖らせながら言う神楽に苦笑いをしながら新八は確認を再開した。
「え~と、後は銀さんのイチゴ牛乳……あれ? 銀さーん、なんかイチゴ牛乳無くても良いですか?」
「んー? どうしたー新八ー?」
リビングでテレビを見ていた銀時は神楽と入れ違いで新八のもとへとダラダラと歩き出した。
「ほら、これですよ。代わりに牛乳ならありますけど」
「えっ……神楽ちゃん神楽ちゃん……頼んでおいたイチゴ牛乳は何処へいったのかな?」
新八が見せた買い物籠の中身を穴が開くほど眺めながら、銀時は遣り遂げたような顔でソファーでくつろいでいる神楽に訊いた。
「あーそれアルか、ちゃんと買ってきたヨ牛乳を」
「はぁあああ!? ぎゅッ、牛乳!??? 似て非なる物だろ! その上にイチゴの文字が無いだろソレ!?」
「五月蝿いアルなー、似たようなもんネ」
「いやいやいやッ、違うだろ!?」
ギャイギャイと神楽に苦情を言う銀時に、帰る早々夕飯の支度をするためにエプロンを着ていた阿伏兎は首を傾げた。
「銀の旦那、どうした、そんなに叫んで?」
「阿伏兎~、銀ちゃんが買ってきたものにケチつけるヨ」
頬を膨らませながら抗議する神楽の言い分を信じた阿伏兎は、銀時に質問するように訊いた。
「何か買い忘れてたか、銀の旦那?」
「えっ、いや、あの……」
まさか阿伏兎に苦情を言うわけにもいかず、銀時は言いよどんだ。
「どーせ、銀ちゃんはみみっちいからケチつけてるだけだろうけどナ」
「ちょッ、濡れ衣ぅううう!?」
◆雨宿り
ビニール袋を片手に、一人空を眺めながら銀時はため息をついた。
「雨ねぇ……はーやだやだ、何で帰る頃になって降るんだか。いや、別にコンビニにいるけどね、別に傘買ってもいいけどね! 高いんだよなー……」
愚痴を言っている間にも雨脚は強くなっていった。
「はぁ~、イチゴ牛乳が無いからって買いに来るんじゃなかったな~、何でビニール傘が五百円もするんだよ。普通百円だろ、あくどく儲けようと思いやがって、五百円ってパフェ一個頼めるよ、頼めちゃうよ丸々一個。どーせこの雨あれだろ? 傘買ったとたんピタッ! と止むんだろ、わかってんだよ、銀さんわかってるからね~」
「銀の旦那、何独り言を言ってるんだ?」
「うぇ?」
突然の声に視線を下ろすと、いつもの傘を差している阿伏兎がいた。
「坊ちゃんに聞けばコンビニとやらに行っていると言われたもんでねぇ。雨が降りそうな中、傘も持たずに行くか、普通?」
「べっ、別に~、傘ぐらいコンビニにあるから」
ばつの悪そうに強がりを言うが、その目は阿伏兎の傘をチラチラと見た。
「ほーう、どうやら余計なお世話だったらしいな、仕方が無い、帰るとするか」
「え……ちょっ、まっ!!」
早々に踵を返し、そのまま歩き出しそうな素振りを見せる阿伏兎に、慌てた銀時は断片的な言葉しか叫べなかった。
必死なその様子に堪えきれず喉の奥で笑った阿伏兎は、振り返り銀時を見た。
「いるかい? 出来れば無駄足は踏みたくないもんでねぇ」
「いる、いります!」
即答をした銀時は、はたと阿伏兎が持っている傘を見ながら疑問に思った。
片腕のため持っているのは普段差している傘のみ、これは、ひょっとして……
「相合傘フラグぅうう!?」
「銀の旦那、何をそんなに喜んでいるはわからんが、お前さんの目は節穴か? ちゃんと銀の旦那の分も持ってきているに決まってるだろ」
ほら、と腰に着けていた筒から傘を取り投げ渡す阿伏兎。
ソレを受け取りながら、あっ、やっぱりそうですかと、銀時はしゅんとなりながら落ち込んだ。
傘を差し並んで歩きながら、ふと、こんな日が続けば良いと銀時は思った。
けれど、これはけして日常化しえないものだと分かってはいた、二週間と言う制限付きの日々。
それでも、今……並んで歩く事を当たり前の事だと錯覚しそうになった。
ずっと続けば良いとさえ思うほどに、帰したくないと思ってしまうほどに、
ぼんやりと自分が帰るべき場所を考えている阿伏兎を見てしまった。
「何、考えてんの?」
「ん? ……別に、よく降る雨だなと思ってただけだ、銀の旦那」
苦笑と共に返ってきた言葉は、悪気のない嘘。
帰したくないと言えば、この相手はどうするのだろうかと思った。
おそらく、苦笑しながらやんわりと断られるのだろう。
どうせなら、ターミナルがエイリアンにでも破壊されれば良いと思ってしまうあたり、
相当物騒な考えが渦巻いてやがると、銀時は鬱々とした雨を眺めながらため息をついた。
◆陰雨
「よく降る雨だ……」
依頼が入り、誰もいない万事屋の中でぼんやりと外を眺めながら、阿伏兎は電源のつかない携帯電話を取り出した。
携帯電話へと視線を向けるが、それは春雨へ戻らない限りただのガラクタだった。
「いかんねぇ……ホームシックか?」
どちらかと言えば、恋しくなったと言うより、神威が何かをやらかしていないかと言う思いのほうが多かったが。
連絡の一つさえできないと言う状況に、少なからずもやもやとしたものが頭を占めていた。
陰鬱とした雨にでもあてられたのかと考えてしまった。
「バカをやらかしていないと良いが……」
あの神威が二週間も大人しくしているはずはない。
事実、ほんの少し一週間にも満たない間留守にしただけで、帰る頃には書類の山ができていた。
帰って早々始末書に追われるのだけは勘弁願いたいと、冗談ごとのように考えたが。
鬱陶しい気分は晴れそうになかった。
◆不快
「まだ着かないの?」
「はっ……はい、ま、まだかかるかと」
「そう……本当に全力で進んでる?」
八つ当たりだと頭の中では冷静に考えながら、神威はイライラとする気持ちを抑え切れなかった。
ビクビクと怯えながら返答する部下に適当に対応しながら、一刻も早く阿伏兎に会いたいと、そればかり考えてしまった。
おかしな話だ、阿伏兎がやった事に怒り突き放すような事をしたはずだった。
けれど、今は隣にいないと言う違和感を早く埋めたくて仕方がなかった。
それでも、と苛立ちの中で冷静に考えた。
「あの侍と一緒なんだよね……」
確かに阿伏兎の携帯電話に出たのは、吉原で会った銀髪の侍の声だった。
しかも、阿伏兎が隣で寝ているとまで言われ、心中穏やかになれるはずがなかった。
「……あの……団長?」
「ん? 何してるの、俺を気にかけてる暇があったら、少しでも早く地球に着けるようにしてよ」
「はッ、はい!!」
怯えすくむ部下に一瞥をしてから、繋がらない自分の携帯電話を取り出し眺め。
いっそ、握り壊してしまおうかと苛立ちのままに考えた。
◆前夜
「いよいよ明日か……」
静まり返った万事屋のリビングでポツリと呟いた阿伏兎は、なんとなしに外の月を眺めた。
「なぁ、阿伏兎、本当に行くのか?」
「ん? 何だ銀の旦那、まだ起きてたのか。……その口ぶりだと、まるで俺に行って欲しくないような口ぶりだな」
いつの間にか近くにいた銀時へと振り返り軽口を叩いた。
真剣な表情で見つめてくる銀時に苦笑したくなった。
「また、神威のところに行くのか」
「それが普通だ、忘れてもらっちゃ困るが、俺は春雨の団員だ、団長について行くのは当たり前の……」
続く言葉は相手に塞がれ出なかった。
すぐに離れた銀時を、目を細めながら見据えた。
「何のまねだ、旦那?」
「俺は、行って欲しくない」
いつもの死んだような魚の目ではない真剣な目で見つめられながら言葉を返された。
今度こそ、苦笑を漏らしてしまった。
「困ったねぇ、少し長く居すぎた」
「ずっと居ればいい」
「旦那、俺はそれに答えられんよ……さて、この話は終わりだ」
確かに、この二週間は楽しいとさえ思えた。
だが、自分が居るべき所は、この生ぬるい湯の中ではないと明確に線引きをした阿伏兎は話を打ち切り、立ち上がった。
「阿伏兎ッ……」
「旦那ァ、明日の送りを頼む」
顔を見ようともせずに言われ、パタリと閉められた襖を前に、銀時はソファーに座り込み天を仰いだ。
「やっぱり……だめか」
◆早朝
昨夜の一件以来まともに話すことなく、銀時は阿伏兎をターミナルへと送る事となった。
声を掛けようとはするが、気まずい事この上のない空気があり、結局言いよどんでいた。
「ん? あれ、なんか暗くね? ……って、何じゃありゃァアア!?」
気まずげに俯き加減に歩いていた銀時は、ふと暗くなった足元に、原因を探すように上を見て驚愕した。
「遣らかしやがったな、団長……」
太陽を遮る様に威圧感を放つ戦艦、見覚えのありすぎるそれに、阿伏兎は思わず額を押さえた。
「ちょっ、何か降ってくるんだけど。何か凄い勢いで何か叫びながら降ってくるんですけど!?」
戦艦から白とピンク色の物体が落ちてくるさまを、銀時の隣で眺めていた阿伏兎は、遠い目をしながら呟いた。
「……銀の旦那、昨日の申し出、訂正してもいいか?」
「えっ……それっ「阿伏兎!!」
銀時の言葉を遮り、大声で阿伏兎の名前を呼んだ人物は。
地面へと着地し、派手な土煙を纏いながら万事屋の玄関へと跳躍した。
「遅いから迎えに来ちゃっただろ?」
スタリと手すりを飛び越え降り立った神威、ニコニコとした笑顔はいつもと同じだった。
非常識な相手の登場に、頭痛のする中、やや冷めた目で阿伏兎は返答した。
「派手なお出迎え、大変に恐縮と感激で一杯ですが、どういう心境の変化でしょうか、団長様?」
「俺と阿伏兎の仲だろ。そこの銀髪の馬の骨とのことは不問にしてあげるから、早く帰るよ」
阿伏兎の皮肉を流した神威は、有無を言わせない様子で言いつけた。
その言葉に、二人の会話を呆然と聞いていた銀時は、猛然と反論した。
「おぃいいい! 馬の骨って何!? いつそんな格下げされたの俺!?」
「何? 俺は早く阿伏兎と帰りたいんだけど?」
「十分に問題ありだろ! 何勝手に攫おうとしてんの!?」
「攫うも何も、阿伏兎はもともと俺のだよ? そっちはただの一時的な宿泊場所でしょ?」
「いーや、さっきこっちに留まりたいって言い出してたから。戻りたくないんじゃないの本当は?」
平然としていたように見えて、その実、怒りを腹に据えかねていたらしい神威は不機嫌そうに相手を見た。
銀時の負け惜しみの皮肉に、反応し相手を睨みつけてから、阿伏兎へと笑顔で振り返った。
「阿伏兎、本当? 浮気したなら、それなりに分かってるよね?」
「……団長、その前に少しいいですかねぇ?」
苛立っていることがヒシヒシと伝わってくる中、阿伏兎は腹を括り申し出た。
「どうかしたの?」
「上のを何とかしろ」
阿伏兎が示すのは、いまだに停泊している春雨の戦艦。
気にも留めていなかったが、阿伏兎の言わんとする事を理解し、少しだけ考えてから神威は口を開いた。
「そうだね、話が長くなりそうだもんね?」
ちょっと待ってて、と言い残した神威は、携帯電話を取り出し、短く命令を下した。
暫くしてから、近隣に影を作っていた戦艦は、ゆっくりと動き出した。
「さ、続きをしようか?」
◆対談
「え、すみません阿伏兎さん、何ですかこの状況……」
「……銀の旦那に送ってもらって、今頃船に乗ってるはずだったんだがねぇ」
「阿伏兎、何でバカ兄貴が銀ちゃんと睨み合ってるネ?」
阿伏兎の近くに寄り添いながら、さも鬱陶しげに神威を睨む神楽。
お茶を出せそうにない目の前の光景に、同じく阿伏兎の近くで新八はどうするべきか冷や汗を流していた。
「結論から言うと、地球に残りたいなんて阿伏兎が言ったのは気の迷いだと思うよ」
「気の迷いでも何でも、残りたいって本人が言ってんだから、本人の意思を尊重しろよ」
銀時の言葉に、苛立ちながら神威は阿伏兎へと問いかけた。
「……阿伏兎、残りたいって言ったの?」
「はあ……」
曖昧な返事をした阿伏兎は、実際に残りたいと言えば、このまま地球に残りたい心境だった。
主に、神威が非常識な迎えの後始末を考えてだったが。
「へー、残りたいって言ったんだね」
「いえ、その……単なることの成り行きの様なものですが」
トーンの落ちた神威の声に、慌てて訂正をした阿伏兎。
幾ら現実逃避をしたいと思っても、此処で訂正をしておかなければ、この場が惨状になる。
阿伏兎の隣で一連の会話を聞いていた神楽は、ムッとした様子で神威に詰め寄った。
「脅すのも大概にするネ!」
「神楽、弱いやつに発言権はないんだよ? それから、脅してないよ」
「脅してるようにしか見えないって言ってんだヨ、このバカ兄貴!」
「まったく、弱いやつほどよく吠えるね?」
ケラケラと笑い、見当違いの申し出をする妹を煽る神威。
その様子に頭に血が上った神楽は銀時を押しのけ、神威と対峙した。
「ちょっ、おい、神楽?」
「銀ちゃんは黙ってるヨロシ、このバカは私が黙らせるアル」
「黙らせるって誰を? まさか、阿伏兎を迎えに来ただけの俺を?」
鼻で笑うように言う神威に、ブチッと何かが切れた神楽はソファーに座っている神威に先制攻撃を仕掛けた。
「往生するネ!」
「そんな攻撃で、俺が倒せるとでも?」
神楽の蹴りを軽く避けた神威は、バカにするように言い放った。
目の前で壮大な被害を出し始めている兄妹喧嘩を見ながら、引きつった顔で新八は阿伏兎を見上げた。
「阿伏兎さん……止める事って、できませんか?」
「嬢ちゃんは完全に頭に血が上ってる上に、団長は鬱憤を晴らすために暴れたがってる。あれを止めるのは至難の業だ」
呆れたように、しかたがないと割り切ったような阿伏兎の表情を見て、新八は止める事ができないことを悟った。
◆別れ
「行っちゃったアル……」
寂しげに呟いた神楽は玄関先の手すりに身を預けながら、阿伏兎と神威が歩いていった方向をジッと眺めた。
「神楽ちゃん…………この状況で寂しげに言っても情緒がないと思うよ……」
半壊状態の万事屋、すでに屋根は無く、壁も穴だらけだった。
リビングだった場所で、気絶している銀時を介抱していた、新八は憂い気にしている神楽に突っ込みを入れた。
「うるせーアル、ダメガネ。もともと銀ちゃんが不甲斐ないのがいけないネ」
「いや、銀さん気絶させたの神楽ちゃんだけど……」
兄妹喧嘩の最中、真っ先に邪魔だとばかりに床にめり込まされ、気絶した銀時。
ある意味、悲惨で格好のつかない最後だった。
「二週間も一緒にいたくせに既成事実の一つも作れない銀ちゃんはヘタレ過ぎアル」
「それやっちゃったら犯罪だよ神楽ちゃん!?」
◆おわり
「あーあ、せっかく地球まで行ったのに何にも食べられなかったね」
神楽と共に万事屋を半壊状態にした神威は、戦艦で春雨の本拠地へと帰る中呟いた。
「さようですか」
「阿伏兎、何か対応が冷たくない?」
「提出期限がとっくに過ぎた書類を溜め込んでいた団長様に言われたくはないですねぇ」
嫌味を籠めて言い放った阿伏兎は、いつ終わるとも分からない書類と向き合っていた。
そんな阿伏兎の隣で神威は笑いながら返した。
「いいだろ別に、地球では随分のんびり過ごしてたんだろ?」
「それで、これは意趣返しですか?」
「神楽と銀髪侍には優しくしてたのに俺には冷たいね、阿伏兎。せっかく迎えに行ってあげたのに」
ため息をついて憂い気に言う神威。
その言葉に、深いため息をついて阿伏兎は呟いた。
「上にどやされそうで胃がキリキリと傷むんですがねぇ」
「大丈夫、全部阿伏兎のせいにしとくから」
「勝手に迎えに来たのは団長だろ」
「かたい事言うなよ。ところで阿伏兎、その封筒何?」
書類に埋もれるように机の上にあった封筒を指した神威。
暫くの沈黙があった後、阿伏兎は何でもないかのように答えた。
「……銀の旦那に渡しそびれた礼金を用意しただけだ」
「ふーん……そう言えば、気のせいかと思ってたんだけど銀の旦那って何? 今まで名前プラス旦那呼びはあったけど、何で特別風な呼び方なの?」
「二週間泊めてもらったからだ。素っ気無い呼び方は他人行儀過ぎて味気ないだろ」
いつぞやの銀時の言い訳を使用した阿伏兎は、その後の沈黙に自分の口から出た言葉を呪った。
「……本当、随分と肩入れするんだね、阿伏兎」
低音で耳元に囁かれた言葉に、冷や汗が流れた。
悪足掻きだと分かってはいるが言い訳をしようと神威の方を振り返った阿伏兎。
ニッコリと笑う神威の顔を最後に、視界が反転した。
酒と愚痴の後
「ねぇ、阿伏兎……浮気してなかったかどうか、確かめようか?」
end
(2010/08/01)
「何も逃げんでも良いだろ」
「ダメネ! 阿伏兎に人を殺して欲しくないアル!!」
呆れながら呟いた言葉の返答は切羽詰ったものだった。
バズーカ砲を構えた人物に対する物騒な考えを察知したのだろう神楽は、屋根伝いに走りながら阿伏兎を先導して行った。
「甘いねぇ……」
よく気がついたものだと苦笑し、自分よりも小さな子供に先導されていると言う状況に、大笑いしたい気分だった。
もっとも、逃走劇は長く続きはしなかった、下へと降りたところでパトカーで追ってきた沖田がニヤリと笑いながら立ち塞がった。
「さー、もう逃げられねぇぜ」
「そこを退くアル!」
「退けと言われて退くバカはいねーぜ、チャイナ。それから、もう遅いと思うがねぇ」
沖田の言葉どおり一挙にパトカーが押し寄せ、次々と真選組の隊員達が降りてきた。
「遅いですぜ土方さん」
「ご苦労だったな、で、ようやく見つけたって訳か」
鋭い眼光で阿伏兎を睨んだ土方は、確かに極悪面だなと納得した。
「さて、局まで同行願おうか? 大人しくしてれば手荒なまねはしない」
「何だとマヨラーッ」
噛み付こうとする神楽を制した阿伏兎は、大勢で囲む真選組隊員達を前に臆すことなく土方を見た。
「勘違いも甚だしい容疑で捕まりたくはないんだがねぇ?」
「チッ、とぼけんじゃねぇ。お前が春雨の団員だって言う証拠は挙がってんだ」
「ほぉ、是非ともその証拠とやらを見たいものだ」
駆け引きが出来なければ神威の下に就いている事などできなかった。
余裕の表情で土方を眺めた阿伏兎。
自分が春雨の団員だという確たる証拠が、この辺境の地にある訳が無いと冷静に考えていた。
「ちゃんとネタは挙がってんだよ、山崎! 証拠物件持ってきてるだろうな!」
「は、はいッ……ど、どうぞ!」
名前を呼ばれビクリとすくみ上がった山崎は、片腕に持っていた書類を土方へと差し出した。
「いいか、よく聞いてろ、『春雨には夜兎族がいるらしい』って書いてあんだ……」
渡された書類の文章を目で追いながら読み上げていた土方は、書類の全文を血走った目で追った。
「……山崎、テメェ……この文のどこらへんが関係してると思ったんだ?」
ドスの利いた低い声で呟かれた言葉に、直立不動の態勢になり冷や汗をダラダラと流している山崎は、言い訳が思いつかず固まっていた。
「夜兎族か? 確かに夜兎族だろうなぁ、チャイナ服に番傘に白い肌ってのは……で、それだけか証拠ってのは?」
低く、投げやりに喉の奥で笑った土方は、怒りの余り小刻みに肩を震わせた。
「こんなもんが証拠物件になるわけねーだろォォォオオオオ!!」
書類を引きちぎり、鋭い眼光で山崎を捕らえた土方は、早々に飛び蹴りを食らわせた。
「お前ェエエ! これが証拠物件て言えるならなァ、人相が悪い夜兎族全員が捕まるんだよ! こんな証拠とも言えねぇガセネタ持ってくんな!!」
「す、すみませッ、グハッ」
馬乗りにされ、制裁を与えられている山崎に全員が目をそらした。
「まー、そう言う事らしいんで、悪かったですねぇ」
山崎の様子を横目に見ながら、さして心の籠もっていない侘びをいれる沖田に、神楽はカチンときた。
「なんだオメェ! せっかくの阿伏兎との買い物が台無しになったじゃねぇかヨ!!」
「いやー、そっちも悪いと思うがねぇぃ、いきなりの逃走は何かがあると思うのが普通だろ」
「時間かえせヨ! もとはと言えばお前がバズーカ砲構えたのがいけないネ!!」
バチバチと睨み合いをする中、あらかた山崎をしめ終った土方が止めに入った。
「とりあえず、今日はこちら側の手違いだった……以上」
「以上……じゃないネ! どうするアルか!? 貴重な時間はかえってこないネ!!」
「いーじゃねーかチャイナ、追われながらランデブーができただろ。もー接近しまくりのベタベタし放題だっただろコノヤロー」
「何だとォオオオ!!」
沖田の超棒読みセリフにさらに突っかかる神楽。
それを傍で見ていた阿伏兎は、一瞬でもこんな生ぬるい地球で殺そうかと考えた自分に呆れた。
春雨の名前を出されても、特に考える必要も無かった。
深刻な状況も、ここではコントの一環の様にさえ思えた。
「嬢ちゃん、そのへんにしておけ。時間が惜しいと思うなら構わないのが得策だ」
「む……阿伏兎が言うなら仕方ないネ。命拾いしたアルなポリ公」
「決着なら、いつでもつけるぜチャイナ」
互いに睨みあってから、外方を向き、歩き出した。
◆確認
「ただいま~アル」
「おかえり神楽ちゃん、阿伏兎さん」
「頼まれたもの買ったアル」
ズイッと差し出された買い物籠を受け取りながら、新八は中身の確認を始めた。
「えーと、卵に酢昆布、ってまた酢昆布大量だし……」
「なんか文句あるのかヨ?」
「いや、別に無いけどね」
リビングに向かっていた足を止め、口を尖らせながら言う神楽に苦笑いをしながら新八は確認を再開した。
「え~と、後は銀さんのイチゴ牛乳……あれ? 銀さーん、なんかイチゴ牛乳無くても良いですか?」
「んー? どうしたー新八ー?」
リビングでテレビを見ていた銀時は神楽と入れ違いで新八のもとへとダラダラと歩き出した。
「ほら、これですよ。代わりに牛乳ならありますけど」
「えっ……神楽ちゃん神楽ちゃん……頼んでおいたイチゴ牛乳は何処へいったのかな?」
新八が見せた買い物籠の中身を穴が開くほど眺めながら、銀時は遣り遂げたような顔でソファーでくつろいでいる神楽に訊いた。
「あーそれアルか、ちゃんと買ってきたヨ牛乳を」
「はぁあああ!? ぎゅッ、牛乳!??? 似て非なる物だろ! その上にイチゴの文字が無いだろソレ!?」
「五月蝿いアルなー、似たようなもんネ」
「いやいやいやッ、違うだろ!?」
ギャイギャイと神楽に苦情を言う銀時に、帰る早々夕飯の支度をするためにエプロンを着ていた阿伏兎は首を傾げた。
「銀の旦那、どうした、そんなに叫んで?」
「阿伏兎~、銀ちゃんが買ってきたものにケチつけるヨ」
頬を膨らませながら抗議する神楽の言い分を信じた阿伏兎は、銀時に質問するように訊いた。
「何か買い忘れてたか、銀の旦那?」
「えっ、いや、あの……」
まさか阿伏兎に苦情を言うわけにもいかず、銀時は言いよどんだ。
「どーせ、銀ちゃんはみみっちいからケチつけてるだけだろうけどナ」
「ちょッ、濡れ衣ぅううう!?」
◆雨宿り
ビニール袋を片手に、一人空を眺めながら銀時はため息をついた。
「雨ねぇ……はーやだやだ、何で帰る頃になって降るんだか。いや、別にコンビニにいるけどね、別に傘買ってもいいけどね! 高いんだよなー……」
愚痴を言っている間にも雨脚は強くなっていった。
「はぁ~、イチゴ牛乳が無いからって買いに来るんじゃなかったな~、何でビニール傘が五百円もするんだよ。普通百円だろ、あくどく儲けようと思いやがって、五百円ってパフェ一個頼めるよ、頼めちゃうよ丸々一個。どーせこの雨あれだろ? 傘買ったとたんピタッ! と止むんだろ、わかってんだよ、銀さんわかってるからね~」
「銀の旦那、何独り言を言ってるんだ?」
「うぇ?」
突然の声に視線を下ろすと、いつもの傘を差している阿伏兎がいた。
「坊ちゃんに聞けばコンビニとやらに行っていると言われたもんでねぇ。雨が降りそうな中、傘も持たずに行くか、普通?」
「べっ、別に~、傘ぐらいコンビニにあるから」
ばつの悪そうに強がりを言うが、その目は阿伏兎の傘をチラチラと見た。
「ほーう、どうやら余計なお世話だったらしいな、仕方が無い、帰るとするか」
「え……ちょっ、まっ!!」
早々に踵を返し、そのまま歩き出しそうな素振りを見せる阿伏兎に、慌てた銀時は断片的な言葉しか叫べなかった。
必死なその様子に堪えきれず喉の奥で笑った阿伏兎は、振り返り銀時を見た。
「いるかい? 出来れば無駄足は踏みたくないもんでねぇ」
「いる、いります!」
即答をした銀時は、はたと阿伏兎が持っている傘を見ながら疑問に思った。
片腕のため持っているのは普段差している傘のみ、これは、ひょっとして……
「相合傘フラグぅうう!?」
「銀の旦那、何をそんなに喜んでいるはわからんが、お前さんの目は節穴か? ちゃんと銀の旦那の分も持ってきているに決まってるだろ」
ほら、と腰に着けていた筒から傘を取り投げ渡す阿伏兎。
ソレを受け取りながら、あっ、やっぱりそうですかと、銀時はしゅんとなりながら落ち込んだ。
傘を差し並んで歩きながら、ふと、こんな日が続けば良いと銀時は思った。
けれど、これはけして日常化しえないものだと分かってはいた、二週間と言う制限付きの日々。
それでも、今……並んで歩く事を当たり前の事だと錯覚しそうになった。
ずっと続けば良いとさえ思うほどに、帰したくないと思ってしまうほどに、
ぼんやりと自分が帰るべき場所を考えている阿伏兎を見てしまった。
「何、考えてんの?」
「ん? ……別に、よく降る雨だなと思ってただけだ、銀の旦那」
苦笑と共に返ってきた言葉は、悪気のない嘘。
帰したくないと言えば、この相手はどうするのだろうかと思った。
おそらく、苦笑しながらやんわりと断られるのだろう。
どうせなら、ターミナルがエイリアンにでも破壊されれば良いと思ってしまうあたり、
相当物騒な考えが渦巻いてやがると、銀時は鬱々とした雨を眺めながらため息をついた。
◆陰雨
「よく降る雨だ……」
依頼が入り、誰もいない万事屋の中でぼんやりと外を眺めながら、阿伏兎は電源のつかない携帯電話を取り出した。
携帯電話へと視線を向けるが、それは春雨へ戻らない限りただのガラクタだった。
「いかんねぇ……ホームシックか?」
どちらかと言えば、恋しくなったと言うより、神威が何かをやらかしていないかと言う思いのほうが多かったが。
連絡の一つさえできないと言う状況に、少なからずもやもやとしたものが頭を占めていた。
陰鬱とした雨にでもあてられたのかと考えてしまった。
「バカをやらかしていないと良いが……」
あの神威が二週間も大人しくしているはずはない。
事実、ほんの少し一週間にも満たない間留守にしただけで、帰る頃には書類の山ができていた。
帰って早々始末書に追われるのだけは勘弁願いたいと、冗談ごとのように考えたが。
鬱陶しい気分は晴れそうになかった。
◆不快
「まだ着かないの?」
「はっ……はい、ま、まだかかるかと」
「そう……本当に全力で進んでる?」
八つ当たりだと頭の中では冷静に考えながら、神威はイライラとする気持ちを抑え切れなかった。
ビクビクと怯えながら返答する部下に適当に対応しながら、一刻も早く阿伏兎に会いたいと、そればかり考えてしまった。
おかしな話だ、阿伏兎がやった事に怒り突き放すような事をしたはずだった。
けれど、今は隣にいないと言う違和感を早く埋めたくて仕方がなかった。
それでも、と苛立ちの中で冷静に考えた。
「あの侍と一緒なんだよね……」
確かに阿伏兎の携帯電話に出たのは、吉原で会った銀髪の侍の声だった。
しかも、阿伏兎が隣で寝ているとまで言われ、心中穏やかになれるはずがなかった。
「……あの……団長?」
「ん? 何してるの、俺を気にかけてる暇があったら、少しでも早く地球に着けるようにしてよ」
「はッ、はい!!」
怯えすくむ部下に一瞥をしてから、繋がらない自分の携帯電話を取り出し眺め。
いっそ、握り壊してしまおうかと苛立ちのままに考えた。
◆前夜
「いよいよ明日か……」
静まり返った万事屋のリビングでポツリと呟いた阿伏兎は、なんとなしに外の月を眺めた。
「なぁ、阿伏兎、本当に行くのか?」
「ん? 何だ銀の旦那、まだ起きてたのか。……その口ぶりだと、まるで俺に行って欲しくないような口ぶりだな」
いつの間にか近くにいた銀時へと振り返り軽口を叩いた。
真剣な表情で見つめてくる銀時に苦笑したくなった。
「また、神威のところに行くのか」
「それが普通だ、忘れてもらっちゃ困るが、俺は春雨の団員だ、団長について行くのは当たり前の……」
続く言葉は相手に塞がれ出なかった。
すぐに離れた銀時を、目を細めながら見据えた。
「何のまねだ、旦那?」
「俺は、行って欲しくない」
いつもの死んだような魚の目ではない真剣な目で見つめられながら言葉を返された。
今度こそ、苦笑を漏らしてしまった。
「困ったねぇ、少し長く居すぎた」
「ずっと居ればいい」
「旦那、俺はそれに答えられんよ……さて、この話は終わりだ」
確かに、この二週間は楽しいとさえ思えた。
だが、自分が居るべき所は、この生ぬるい湯の中ではないと明確に線引きをした阿伏兎は話を打ち切り、立ち上がった。
「阿伏兎ッ……」
「旦那ァ、明日の送りを頼む」
顔を見ようともせずに言われ、パタリと閉められた襖を前に、銀時はソファーに座り込み天を仰いだ。
「やっぱり……だめか」
◆早朝
昨夜の一件以来まともに話すことなく、銀時は阿伏兎をターミナルへと送る事となった。
声を掛けようとはするが、気まずい事この上のない空気があり、結局言いよどんでいた。
「ん? あれ、なんか暗くね? ……って、何じゃありゃァアア!?」
気まずげに俯き加減に歩いていた銀時は、ふと暗くなった足元に、原因を探すように上を見て驚愕した。
「遣らかしやがったな、団長……」
太陽を遮る様に威圧感を放つ戦艦、見覚えのありすぎるそれに、阿伏兎は思わず額を押さえた。
「ちょっ、何か降ってくるんだけど。何か凄い勢いで何か叫びながら降ってくるんですけど!?」
戦艦から白とピンク色の物体が落ちてくるさまを、銀時の隣で眺めていた阿伏兎は、遠い目をしながら呟いた。
「……銀の旦那、昨日の申し出、訂正してもいいか?」
「えっ……それっ「阿伏兎!!」
銀時の言葉を遮り、大声で阿伏兎の名前を呼んだ人物は。
地面へと着地し、派手な土煙を纏いながら万事屋の玄関へと跳躍した。
「遅いから迎えに来ちゃっただろ?」
スタリと手すりを飛び越え降り立った神威、ニコニコとした笑顔はいつもと同じだった。
非常識な相手の登場に、頭痛のする中、やや冷めた目で阿伏兎は返答した。
「派手なお出迎え、大変に恐縮と感激で一杯ですが、どういう心境の変化でしょうか、団長様?」
「俺と阿伏兎の仲だろ。そこの銀髪の馬の骨とのことは不問にしてあげるから、早く帰るよ」
阿伏兎の皮肉を流した神威は、有無を言わせない様子で言いつけた。
その言葉に、二人の会話を呆然と聞いていた銀時は、猛然と反論した。
「おぃいいい! 馬の骨って何!? いつそんな格下げされたの俺!?」
「何? 俺は早く阿伏兎と帰りたいんだけど?」
「十分に問題ありだろ! 何勝手に攫おうとしてんの!?」
「攫うも何も、阿伏兎はもともと俺のだよ? そっちはただの一時的な宿泊場所でしょ?」
「いーや、さっきこっちに留まりたいって言い出してたから。戻りたくないんじゃないの本当は?」
平然としていたように見えて、その実、怒りを腹に据えかねていたらしい神威は不機嫌そうに相手を見た。
銀時の負け惜しみの皮肉に、反応し相手を睨みつけてから、阿伏兎へと笑顔で振り返った。
「阿伏兎、本当? 浮気したなら、それなりに分かってるよね?」
「……団長、その前に少しいいですかねぇ?」
苛立っていることがヒシヒシと伝わってくる中、阿伏兎は腹を括り申し出た。
「どうかしたの?」
「上のを何とかしろ」
阿伏兎が示すのは、いまだに停泊している春雨の戦艦。
気にも留めていなかったが、阿伏兎の言わんとする事を理解し、少しだけ考えてから神威は口を開いた。
「そうだね、話が長くなりそうだもんね?」
ちょっと待ってて、と言い残した神威は、携帯電話を取り出し、短く命令を下した。
暫くしてから、近隣に影を作っていた戦艦は、ゆっくりと動き出した。
「さ、続きをしようか?」
◆対談
「え、すみません阿伏兎さん、何ですかこの状況……」
「……銀の旦那に送ってもらって、今頃船に乗ってるはずだったんだがねぇ」
「阿伏兎、何でバカ兄貴が銀ちゃんと睨み合ってるネ?」
阿伏兎の近くに寄り添いながら、さも鬱陶しげに神威を睨む神楽。
お茶を出せそうにない目の前の光景に、同じく阿伏兎の近くで新八はどうするべきか冷や汗を流していた。
「結論から言うと、地球に残りたいなんて阿伏兎が言ったのは気の迷いだと思うよ」
「気の迷いでも何でも、残りたいって本人が言ってんだから、本人の意思を尊重しろよ」
銀時の言葉に、苛立ちながら神威は阿伏兎へと問いかけた。
「……阿伏兎、残りたいって言ったの?」
「はあ……」
曖昧な返事をした阿伏兎は、実際に残りたいと言えば、このまま地球に残りたい心境だった。
主に、神威が非常識な迎えの後始末を考えてだったが。
「へー、残りたいって言ったんだね」
「いえ、その……単なることの成り行きの様なものですが」
トーンの落ちた神威の声に、慌てて訂正をした阿伏兎。
幾ら現実逃避をしたいと思っても、此処で訂正をしておかなければ、この場が惨状になる。
阿伏兎の隣で一連の会話を聞いていた神楽は、ムッとした様子で神威に詰め寄った。
「脅すのも大概にするネ!」
「神楽、弱いやつに発言権はないんだよ? それから、脅してないよ」
「脅してるようにしか見えないって言ってんだヨ、このバカ兄貴!」
「まったく、弱いやつほどよく吠えるね?」
ケラケラと笑い、見当違いの申し出をする妹を煽る神威。
その様子に頭に血が上った神楽は銀時を押しのけ、神威と対峙した。
「ちょっ、おい、神楽?」
「銀ちゃんは黙ってるヨロシ、このバカは私が黙らせるアル」
「黙らせるって誰を? まさか、阿伏兎を迎えに来ただけの俺を?」
鼻で笑うように言う神威に、ブチッと何かが切れた神楽はソファーに座っている神威に先制攻撃を仕掛けた。
「往生するネ!」
「そんな攻撃で、俺が倒せるとでも?」
神楽の蹴りを軽く避けた神威は、バカにするように言い放った。
目の前で壮大な被害を出し始めている兄妹喧嘩を見ながら、引きつった顔で新八は阿伏兎を見上げた。
「阿伏兎さん……止める事って、できませんか?」
「嬢ちゃんは完全に頭に血が上ってる上に、団長は鬱憤を晴らすために暴れたがってる。あれを止めるのは至難の業だ」
呆れたように、しかたがないと割り切ったような阿伏兎の表情を見て、新八は止める事ができないことを悟った。
◆別れ
「行っちゃったアル……」
寂しげに呟いた神楽は玄関先の手すりに身を預けながら、阿伏兎と神威が歩いていった方向をジッと眺めた。
「神楽ちゃん…………この状況で寂しげに言っても情緒がないと思うよ……」
半壊状態の万事屋、すでに屋根は無く、壁も穴だらけだった。
リビングだった場所で、気絶している銀時を介抱していた、新八は憂い気にしている神楽に突っ込みを入れた。
「うるせーアル、ダメガネ。もともと銀ちゃんが不甲斐ないのがいけないネ」
「いや、銀さん気絶させたの神楽ちゃんだけど……」
兄妹喧嘩の最中、真っ先に邪魔だとばかりに床にめり込まされ、気絶した銀時。
ある意味、悲惨で格好のつかない最後だった。
「二週間も一緒にいたくせに既成事実の一つも作れない銀ちゃんはヘタレ過ぎアル」
「それやっちゃったら犯罪だよ神楽ちゃん!?」
◆おわり
「あーあ、せっかく地球まで行ったのに何にも食べられなかったね」
神楽と共に万事屋を半壊状態にした神威は、戦艦で春雨の本拠地へと帰る中呟いた。
「さようですか」
「阿伏兎、何か対応が冷たくない?」
「提出期限がとっくに過ぎた書類を溜め込んでいた団長様に言われたくはないですねぇ」
嫌味を籠めて言い放った阿伏兎は、いつ終わるとも分からない書類と向き合っていた。
そんな阿伏兎の隣で神威は笑いながら返した。
「いいだろ別に、地球では随分のんびり過ごしてたんだろ?」
「それで、これは意趣返しですか?」
「神楽と銀髪侍には優しくしてたのに俺には冷たいね、阿伏兎。せっかく迎えに行ってあげたのに」
ため息をついて憂い気に言う神威。
その言葉に、深いため息をついて阿伏兎は呟いた。
「上にどやされそうで胃がキリキリと傷むんですがねぇ」
「大丈夫、全部阿伏兎のせいにしとくから」
「勝手に迎えに来たのは団長だろ」
「かたい事言うなよ。ところで阿伏兎、その封筒何?」
書類に埋もれるように机の上にあった封筒を指した神威。
暫くの沈黙があった後、阿伏兎は何でもないかのように答えた。
「……銀の旦那に渡しそびれた礼金を用意しただけだ」
「ふーん……そう言えば、気のせいかと思ってたんだけど銀の旦那って何? 今まで名前プラス旦那呼びはあったけど、何で特別風な呼び方なの?」
「二週間泊めてもらったからだ。素っ気無い呼び方は他人行儀過ぎて味気ないだろ」
いつぞやの銀時の言い訳を使用した阿伏兎は、その後の沈黙に自分の口から出た言葉を呪った。
「……本当、随分と肩入れするんだね、阿伏兎」
低音で耳元に囁かれた言葉に、冷や汗が流れた。
悪足掻きだと分かってはいるが言い訳をしようと神威の方を振り返った阿伏兎。
ニッコリと笑う神威の顔を最後に、視界が反転した。
酒と愚痴の後
「ねぇ、阿伏兎……浮気してなかったかどうか、確かめようか?」
end
(2010/08/01)