かむあぶ

◆朝食


神楽は何時ものように押入れで寝ていた。
何時もなら、銀時が飯だと起こすか、新八に朝だよと声をかけられない限り起きることはなかったが、この日は一言も声をかけられない内から目が覚めた。

「……いいにおいがするアル」

寝起きの、ぼぉーっとする中で最近の食事ではありえないほどの美味しそうなにおいが漂ってきたからだった。


「銀ちゃん、新八、ご飯ができてんならさっさと起こせヨ……」
「早いな嬢ちゃん、もう起きたのか?」


寝ぼけ眼を擦りながら神楽が押入れを開けて外を見ると、リビングにいたのはエプロンを着た阿伏兎だった。
その手には大盛りの料理があった。

「…………」

新八は所帯臭く割烹着がダメな風に似合っていたが、目の前に居る人物はそんな所帯臭さも感じさせず、自然と似合っていた。
意外とエプロンが似合うと、まだ思考回路が鈍い中で思った。
もしくは、予想外の人物だったからかもしれない。

「起きたんなら顔でも洗ってきな、その間にはできてる」
「……わかったアル」

素直に従い洗面所へと歩いていく、顔を水で洗いつつも先ほどの光景が頭から離れなかった。

「何だ神楽、お前もう、起きてたのかよ?」

いつの間に起きたのか、リビングに戻ると銀時はソファーに座って新聞を読んでいた。


「……銀ちゃん、これは何アルか?」
 
机に所狭しと並べられた、美味しそうな品数の多い朝食らしきものを差して、神楽は質問した。

「何って……朝食だろ?」

さも当然と神楽の質問に答えた銀時は、また新聞へと視線を戻した。

「うそアル!? だって、いつも、ご飯と、ちょびっとのおかずだけだったアル!!」

大声で驚く神楽に、新聞を置き両耳を手で押さえた銀時は顔をしかめながら言った。

「あーうるせーなぁ! 阿伏兎が作ってくれたの、はい、わかったらとっとと座る」
 
驚きながらも神楽は素直にソファーに座った。
そして、目の前にある朝食としては充実した内容の料理を見て、思わず喉を鳴らした。


「嬢ちゃんは山盛りか?」

炊飯器を持ってきた阿伏兎が、器用にも片手でご飯を茶碗によそっていた。
神楽の答えを聞く前に山盛りによそったご飯を神楽の前に置いた。

両手をそろえて、いただきますと挨拶をした神楽は、まだ茫然自失ながらも箸で料理に手をつけ始めた。
すると、次々と箸は進み、阿伏兎が銀時のご飯を盛り終わる時にはかなりの量が神楽の胃袋に消えていた。

「ちょっ、神楽ァァ!? 何一人で食ってるんだよお前ェェェ!!」
「だって銀ちゃんずるいネ! 私が最近いない間にずっとこんな美味しいご飯食べてたアルか!!」

口を休めずに次々と朝食を食べていく神楽に、銀時も負けずに早々に挨拶を済ますと食べ始めた。
後は争奪戦にも近いほどの速さで朝食は無くなっていき、終いには、神楽は炊飯器を片手に持ちつつご飯をかっ食らっていた。


「おはようございます……って、あれ? もう食事終盤ですか……?」

遅れて起きた新八は、リビングのほぼ決着がつきそうな朝食に、顔を引きつらせながら呟いた。

「ああ、坊ちゃんか」
「あ……阿伏兎さん……えっと、僕の食事って……」

一瞬、エプロン姿の阿伏兎に驚いたが、どう見ても食卓の上には残骸すら残されていない様子を横目で見ながら新八は質問した。

「心配しなさんな、ちゃんと除けてある」

苦笑しながら台所へと向かった阿伏兎は、御盆に新八の朝食と追加分の料理を載せて持って来た。

「はいよ、坊ちゃん……それから銀の旦那、追加分だ」
「あ、ありがとうございます阿伏兎さん」
「やったネ! 追加分が来たアル!!」
「おいぃぃい!? 神楽ァアそれは俺のだって阿伏兎がぁああ!?」

神楽は阿伏兎が銀時の前へと置こうとした料理を受け取り食べ始めた。

隣の騒動を流しながら目の前に置かれた朝食に手をつけた新八は、口の中へと運んだ料理の味に。
ああ、食事ってこれだよね、人に作ってもらった料理って何でこんなに美味しいんだろうと、ほんのりと心が温かくなり、目頭を押さえた。

地獄に仏、まさしく天から降りた蜘蛛の糸。
苦行明けの美味しい食事に視界が滲んで、せっかくの料理が鮮明に見えなかった。


そんな様子を横目に見つつ、阿伏兎も自分用に除けておいた朝食を食べ始めた。


あらかた食べ終わりひと段落が着いたところで神楽か恨みがましく銀時を見ながら言った。

「で、本当に毎日こんなんだったアルか」
「そうですー、お前達がいない間知らなかっただろうけど毎食豪華だったよ」

自慢するようにどうだとばかりに言う銀時。

「ずるいアル! 私が姐御の可愛そうな玉子焼き食べてる間ずっとこれだったアルか!?」

相当食べさせられたのだろう神楽の目には涙がにじみ出ていた。

「いや~阿伏兎、本当、料理上手だったなー、あーあ、もっと早く来てたら殺戮兵器なんか食わなくて済んだだろうね」

フッと手を上げ、首を横に振りながら慰める銀時に、カチンときた神楽は、銀時に飛び掛りながら叫んだ。

「キィーッ! むかつくアル!」


「さて、片付けるかねぇ」
「あ、僕も手伝います」

ドタバタと取っ組み合いを始める神楽と銀時をよそに、朝食を食べ終わった新八と阿伏兎は食卓に残った食器を台所へと運んだ。


「ちょっ!? 神楽ァア、ギブ、ギブゥウー!!」


最終的に馬乗りにされガブガブと噛み付かれているらしい銀時は、助けを求めるように叫んでいた。

「どうやら、銀の旦那を助けないと嬢ちゃんに食べ尽くされそうだなぁ」
「銀さんッッ!? ちょっ、神楽ちゃんその辺にしといてあげようよ!!」

リビングへ走って行った新八は、なおも銀時に噛み付く神楽を抑えようと後ろから腕を拘束した。

「はなすネ新八ぃぃいい! 天誅を与えないと気がすまないアルゥウウウ!!」

新八のメガネを強打しながら神楽は暴れまくった。


「平和だねぇ……」

リビングの一部始終の声を聞いていた阿伏兎は食器洗いを開始した。



◆不穏


真選組局内で土方は、一枚の写真を見ながら考え事をしていた。

「なんでぇ土方さん、ついにホモになったんですかぃ?」
「誰がだっ!!」

背後から覗き込んできた沖田の言葉に怒鳴りながら殴る。

「いってぇ、なにも殴ることないですぜ」

殴られた頭を撫でながら沖田は話を元に戻す。


「で、そんな厳ついマッチョそうな男の写真なんか何処で隠し撮りしたんでさぁ?」

土方が持っていた写真を見ながら沖田は再度質問する。
その写真にはターミナルでの騒動の時の阿伏兎が写っていた。

「隠し撮りじゃねぇよッ! これは防犯カメラの映像から抜き取ったんだよ……どうにも気になってなぁ」
「ほほう、気になって夜も眠れない土方さんは、仕方なく写真を取り寄せてその人物であらぬ妄想をしていたと?」
「違うわボケェェエエ!!」

話しが一向に進まない苛立ちから土方は怒鳴った。
その後、先日あったターミナルでの一件を話した。


「近藤さんは一緒に飲んだ知り合いだからしょうがないって言ってたけどなぁ」
「あの人は甘い人ですからねぇい」

善人しかいないとでも思っている節がある近藤に対し、土方と沖田は押し黙った。

「考えすぎだと思うが……一応調べるか」

ガラリと障子を開け外で局内見回りをしているはずの山崎を呼んだ。

「おい、山崎……山崎ィイイイ!!」
「はぃいい!?」

ミントンをしていた山崎が名前を呼ばれて、ビクリとすくみあがった。

「なに、ミントンやってんだテメェェェェ!!」
「すいませんー!?」


土方が外に出て山崎に殴りかかり、それから部屋に戻り、真剣な様子で命令を言い渡した。

「山崎、ちょっとこの男について調べろ」
「はいっ」

真面目な顔で返事を返す山崎に、写真を渡しながら付け足すように土方は続ける。

「いいな、特に指名手配犯を中心に探せ」
「はい! わかりました!!」


敬礼をした山崎の手にはまだラケットが握られていた。


「それをおいてけェェエエ!!」



◆質問


「阿伏兎ぉー、今日の昼ご飯は何アルか?」

台所に立っていた阿伏兎に、後ろから抱きついた神楽は上を見上げながら聞いた。
包丁を持っていた阿伏兎は一瞬動きを止め、腰に抱きついている神楽を見下ろした。

「危ないだろ、嬢ちゃん?」

怪我でもしたらどうするんだ、と言いたげな阿伏兎に抱きついていた手を離し、今度は隣に一歩ずれてから聞いた。

「今日の昼ご飯は何アルか?」

ウキウキしながら手元を見る神楽に、苦笑しながら阿伏兎は答えた。

「さぁて……何だと思う?」


まな板の上には、焦げ目無く焼かれた黄色い薄焼き玉子。
コンロの上に置いてある鍋には、人参と干ししいたけとかんぴょうがグツグツと煮てある。
阿伏兎が器用に片手で、薄焼き玉子を千切りにしているのを見ながら神楽は腕を組んで考える。

「う~、こんなんじゃ解んないアルよ」

早くも降参と言ったように、考えつかず拗ねる神楽に、早い降参だな、と横目で見た阿伏兎は多少意地悪すぎたかと思いヒントを出した。

「坊ちゃんが買ってくるのを見れば直ぐに解るさ」
「むぅ~、だいたい銀ちゃんと新八が作るご飯が単調なのがいけないアル」

食卓に出るのは毎回同じような料理ばかりだと、神楽が愚痴っていると、買出しから帰ってきた新八が玄関から入って来た。


「買出し終わりましたよ、阿伏兎さん」
「ああ、すまなかったなぁ坊ちゃん」

阿伏兎に声をかけられていた新八は、自分が持っていた袋が急に引き寄せられるのを感じ、視線を袋の方へ移した。

「ちょっ、神楽ちゃん? 酢昆布は買ってきてないよ?」
「いいから、よこすアル」

神楽は、新八がビニール袋を抱えて持って来たのを見て、早速新八から袋を奪い中身を見た。

「わかったかねぇ、嬢ちゃん」
「ちらし寿司アル!!」

ビニール袋から桜でんぶを取り出した神楽は、嬉々としてより一層阿伏兎の周りではしゃいだ。

「ほう、正解だなぁ」
「阿伏兎ー、早く作るネ!」
「神楽ちゃん、逆に邪魔してるよ?」
「うるせーアル、ダメガネ」
「ちょッ、ひどっ!?」



◆戦艦内にて


「ねぇ、阿伏兎と連絡がつかないんだけど」


かけてもかけても繋がらない電話を耳に当てながら、団員達に振り返り聞く神威。
ニコニコと笑いながら机を指で叩く様は団員達にそこはかとない恐怖を感じさせていた。

「じゅ、充電ができないので、すでに使えない状況かと……」
「ふ~ん、そうか……」

勇気ある団員の言葉に一言呟き、ピタリと指で机を叩くのをやめ電話を耳から離した。

「阿伏兎はいつ帰ってくるのかな?」
「ふっ……船が出るのは後、いっ、一週間後かと」
「そうなんだ」

笑顔のままでも、だんだんと声のトーンが落ちていく神威にビクビクと体を縮ませる団員達。
そんな団員達をよそに、ぽんっ、と膝を軽く叩いた神威はスッと立ち上がった。


「よし、迎えに行くよ」


そうだ、京都へ行こう、とでも言うように気軽に言う神威に、周りで縮こまっていた団員達は一斉に驚いた。

「だっ、団長!? この船でですか!?」
「ん? なにか問題ある?」

一人の部下を春雨の戦艦で迎えに行くという、前代未聞の事態。
スタスタと操縦室へと向かう神威に、団員達は思いとどまってもらおうと抗議した。

「無茶です! 仮にも春雨の船で地球に行くのは!!」
「だって、待ってたら一週間以上しないと阿伏兎とあえないんだろ?」
「辺境の地へ部下を迎えに行くのは前代未聞です!!」
「うるさいなぁ……邪魔すると、殺しちゃうぞ?」

軽やかに言われた言葉に、一同黙るしかなくなった。


「さ、地球へ行こうか」

無茶苦茶な団長について行くのは、予想以上にきつい事だとこのとき改めて認識する団員一同だった。




「阿伏兎さん、携帯電話がどうかしたんですか?」
「いや……なんでもない」

パチリと携帯電話を閉じ、服の中へとしまう阿伏兎に、新八は首を傾げながら聞いた。

「もしかして、充電がなくなったんですか?」
「仕方ないことだ、なにせ、充電器なんてものは置いてきたからなぁ」
「でも、いいんですか? 何か連絡とか……」
「あの団長が連絡をよこすわけがない、それと休暇届けは連絡した後だ」

断言をする阿伏兎に、本当に良いのかな、と疑問に思う新八だったが。
海賊にも休暇届けってあるんだ、と見当違いの感心の方が大きかった。

「阿伏兎ー、全部食べていいアルか?」
「銀の旦那の分は残さんといかんだろ」

ちらし寿司を前に、だらだらとよだれを垂らしながら質問する神楽に苦笑しながら、
さて、と澄まし汁の仕上げにかかる阿伏兎だった。



◆発覚


「たく、山崎の野郎まだ見つけられねーのかよ」

イライラとタバコに火をつけながら土方は、報告の一つもしない山崎に対しての不満を呟いた。
その様子を傍で見ていた沖田は山崎を弁解するように口を挟んだ。

「まあまあ、土方さん、もしかしたら勘違いだった可能性もあるんですぜ? 無能な上司の命令を聞く部下のみにもなってみなせい」
「喧嘩売ってんのかテメー!」

弁解するように見せて、その実、土方への毒舌だった沖田の言葉に、額に青筋を立てながら土方は怒鳴りつけた。
そんな二人の話の中心になっていた山崎は、局内にある書類倉庫の中で奮闘をしていた。



「ひぃ~、何でこんな中から探さないといけないんだ……と、言うか本当にあるのかこの中に?」

疑問を抱きつつも土方の命令を破った場合を考え、身震いをしながらひたすら指名手配犯の書類を次々と見ていった。

「はぁ……早く見つけないと、どやされるだろうしなぁ、でも、量が多すぎだろこれ……」

山と積まれた書類、乱雑に置かれた書類は所々違う分類のものも混じっていた。
休憩を入れる暇もなく見続けていたため、目が疲れ、肩が凝ってきたように感じ。
終わることの無い書類の山を前に、もう無理だ、と床に倒れこんだ。

「あー、もうヤダ……いつまで続くんだろ」

グッと肩の凝りを解そうと腕を伸ばすと、頭の上にあった書類に微かに触れ、
整理という言葉から程遠く詰まれた書類の山が、グラリと傾いた。

「ん? えっ……ちょっと待った!?」

目を閉じ、しばしの休憩に入っていた山崎は、ふと、自分の顔にできた影に目を開けると、目の前に書類の雪崩が押し寄せていた。

静止の言葉むなしく、頭上にあった書類の山は崩れ、その振動がスイッチとなり近場にあった書類の山の大群が崩れた。
哀れにも大量の書類の下敷きとなった山崎は、ピクピクと痙攣しながら腕だけを出し生き埋めとなった。


「はぁ……えらい目にあったなぁ……」

なんとか這い出し、圧死からまぬがれた山崎だったが、一面の書類の海を前にさらにやる気がなくなってきた。

「あーあ……まずは積みなおしとくか……」

もし、書類の海と化したまま放置すれば、土方のみならず書類倉庫へ来る者全員に怒られかねない。
この際、多少の間違いは承知の上で、とりあえず積み上げておくことにした山崎だった。

「ん? へー全宇宙指名手配犯なんてあるんだ、こんな極悪人が来たら大変そうだなー」

書類を積み上げながら、だいぶ新旧ごっちゃまぜになってしまったらしく、随分とホコリを被った手配書を見つけた。
ほぼやる気が極限まで下がっていたため、まさかこの中にいるわけがないと思いつつ、息抜きをかねてパラパラと眺めていた。

「ふ~ん、宇宙海賊春雨か~、かっこいい名前だなぁ」

団員の写真は無く、旗のマークと被害状況、目撃証言の文だけ、と言うシンプルな手配書。
しかし、その被害状況は目を見張るほど大規模だった。
さらに、宇宙海賊春雨には傭兵部族もいると書かれていた。

「へ~夜兎族か~、特徴がチャイナ服に白い肌に傘なんて、なんか万事屋にいる子に似てるな~」

そこでふと、写真の男もたしかチャイナ服だったっけと思い出し、取り出してみた。
防犯カメラから抜き取った画像は細部まで鮮明に写ってはいなかったが、それでも十分に服の様子ぐらいはわかるものだった。

「ん~、肌も白そうでチャイナ服だけど、傘を差してないからたぶん違うような~」

アハハ、と笑いそうになったが、よく見ると傘の取っ手らしきものに男の手はかかっていた。
腰に吊るした筒に傘らしき紅いものが見える気がした。

「……あれ? いや、ないない、夜兎族が地球にそうそういるわけないよ……あれ、でもこれ傘だよ、傘に見えるよ……」

だらだらと汗が出てくる中、頭の中では否定を繰り返すが、どう見ても男の腰にあるのは傘だった。
食い入るほどに写真を近づけ、先程の宇宙海賊春雨にいると言われる夜兎族の特徴を思い出していた。

「白い肌に、チャイナ服に……傘」

だいぶ前に真選組へと来たエイリアンバスターである星海坊主も同じ夜兎族だったが。
写真と書類に書かれていた目撃証言、穴が開くほど両者を見比べていた山崎の頭の中には、夜兎族イコール宇宙海賊春雨の団員、と言う図式が出来上がっていた。


「た……大変だぁ!?」


反射的に立ち上がり、バタバタと局内を駆け出していく山崎。
幸か不幸か、その答えが合っていることを彼は知らなかった。



◆勝負


こそこそと、雁首を揃え睨み合う万事屋三人組は、異様なほど集中していた。

「新八、お前、ちょっと辞退しろ」
「いやです、そう言う銀さんも、いいかげん諦めてください」
「バカヤロウ! まだ一回として勝って無い内から諦めきれるか!!」
「二人とも諦めるヨロシ、そうすれば私の一人勝ちネ」

横槍を入れた神楽の言葉に、説得するように銀時は口を挟んだ。

「神楽、お前もう三回目だろ、いいかげん飽きただろ、酢昆布なら俺が買ってきてやるから、今日は譲れ」
「いやネ、諦め悪い男は嫌われるってパピー言ってたネ」
「俺の辞書に諦めると言う二文字は無い!」

断言した銀時の言葉は居間に響きわたったが、暫くの沈黙の後、新八が口を開いた。

「銀さん、諦めるは漢字含め三文字です」
「あれ? そうだっけ……まあいい、じゃ、いくぞ!」

銀時の言葉に構えを取った神楽と新八は、気合を己の右手に籠めながら次の言葉を待った。

「ジャンケン・ポン!」

籠めに籠めた気合を炸裂させるように、己の右手を前に突き出した三人。


「ふっ…………やったアル! 今日も阿伏兎と買い物ネ!!」


悶絶し、床に転がり悔しがる銀時。
唇を噛み締めながら買い物籠を差し出す新八をよそに。
神楽は跳びまわらんばかりにはしゃいだ。



◆外出


「ん? 今日も嬢ちゃんか」
「早く行くネ、阿伏兎!」

玄関で待っていた阿伏兎が振り向くと、引き戸を開け満面の笑みで出てきた神楽は、
買い物籠を振り回しそうな勢いで歩き出した。

「しかし、毎日のように買い物に行くが……まとめ買いをすればいい話じゃないかねぇ?」
「細かいことは気にすんなヨ」

食料は一括購入が当たり前だった阿伏兎は、地球では毎日のように行くのが当たり前なのか、と疑問に思った。
阿伏兎の疑問をバッサリと切り捨てた神楽は、本当はただ阿伏兎との外出機会を増やすためだとは言えなかった。


「で、今日は何を買うんだ?」
「酢昆布十個と卵と牛乳ネ」
「銀の旦那がたしかイチゴ牛乳とやらがないと嘆いてたと思ったが?」
「いいネ、これを機に銀ちゃんもイチゴ牛乳から卒業すればいいアル」

これも勝負で勝った者の特権。
敗者は勝者が買ってきた物に文句は言え無いが故の暴挙だった。



◆遭遇


「むおっ……なんでいるネ」
「それはこっちのセリフでぇ、チャイナ。そっちは男連れて逢引か」

ばったりと会ってしまった人物を見ながら、神楽は訝しげに眉を寄せ。次に、相手の様子によほどの暇人だと侮った視線を向けた。

「ふんっ、暇なお前と違ってこっちは有意義な買い物ヨ」
「へー、そうかよ。じゃ、こっちは人探しで忙しいんで……」

ピタリと何気なく会話をしていた沖田の言葉は途切れた。
身長差があるため始めに一瞥をして気にも留めなかった神楽の隣にいる阿伏兎を、まじまじと眺め。
次の瞬間にはどこからか取り出したのか、バズーカ砲がその手に握られていた。

「そこの旦那、ちょいと局までご同行願いまさぁ」
「なっ……何のまねアルか!」
「いや、人探しの相手が見つかったもんでねぇ。ターミナルに突っ込んだ万事屋の旦那と一緒にいた男が、宇宙海賊春雨の一員と判定したもんで、全力で探してたんだよ」

春雨、と言う言葉に対する反応を表情には出さなかった阿伏兎だったが、目の前の人物を注意深く眺めた。

どこまで知っているのかと言う疑問。
もし、確たる証拠まであるとするならば、多少の面倒ごとは覚悟の上で……

「行くアル、阿伏兎!」
「ん?」

気がつけば、神楽に体を浮かさんばかりに力強く引かれ、間の抜けた声を発する頃には屋根へと上がっていたところだった。

「逃がすかよ」

問答無用で放たれたバズーカ砲は、神楽達の進路を妨害するように屋根を削り取った。

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