かむあぶ

◆翌朝


爽やかな朝……ではなく、最悪なほどの頭痛がする中、阿伏兎は目が覚めた。
ぼーっとする目を擦り辺りを見渡すがホテルの一室ではなく民家の一室の様な部屋に、寝ぼけていた頭を振り覚醒する。


「どこだ、此処は?」


自分の服を探り、特に盗られたものは無い事に安心した。
携帯電話だけが、枕元に置いてあったが特に気にもせず服の中へとしまった。


「よぉ、起きましたか?」
「……ああ、此処はあんたの家か」

襖を開けて顔を出してきた銀時に、そういえば昨日の夜は飲みに付き合わされたのだと思い出した。

「邪魔したな」

そう言って立ち上がり家から出ようとした時、古びた時計の音がした。
音のした時計を見ると、短針は九時を指していた。



「……旦那、あの時計は正確かい?」

阿伏兎の質問に居間のソファーに戻り新聞を開こうとしていた銀時は、ちらりと時計を見てから言った。


「まぁ、だいたい正確なんじゃねえの?」


銀時の一言に血の気が引いてくる阿伏兎、春雨へ向かうための船の出港時間は間近に迫っていた。

黙って時計を凝視するのに疑問を懐いたのか軽い口調で銀時は声をかけた。


「なに、おたく何か予定でもあったの?」

まさかね、と思いつつかけた言葉だったが、返事を返すことの無い阿伏兎に、えっマジでと思わず新聞を机に置いてしまった。

「旦那、後で礼金は弾む。だから、ターミナルまで送ってもらえないかい?」

若干の焦りが含まれた声だったが、銀時の耳には『礼金は弾む』の声がしっかりと入った。


「よっし! 万事屋銀ちゃんにまかせろ!」


万年金欠状態の処に思わぬ収入源が出たため、ハイテンションで銀時は答えた。



◆二人乗り


「スクーターの二人乗りは違反じゃなかったのかい?」

後ろに乗りながら阿伏兎は前に座っている銀時に質問した。

「あー? 良いんだよこんなもん見つかんなきゃ、つーか、後ろに座っておきながら今更そんなこと言うなよ」
「まあ、違いないな」

移動手段がこれしかないと言われた時、何の文句も言わなかったのだから、違反がどうのと今更言っても遅いのだろう。
大の大人がスクーターに二人乗りとは傍から見て奇妙に映るだろう。
しかし、それも今更の話しである。


スクーターを走らせながら、ふと気付いたように銀時は口を開いた。

「つーか、あんた傘差さなくても良いのか?」
「なぁに、多少気分が悪くなる程度だ、気にするな」

夜兎の習性を知っているのであろう銀時からの質問に、阿伏兎は苦笑しながら答えた。
幸いにも薄っすらと雲ってはいた、しかし、太陽があることにはかわりが無い。

本当は、太陽が照らす中を一秒たりとも居たくは無いのだが、スクーターに乗り片腕だけしかない体で傘を差すのは不可能に近い。
きっとターミナルへ付くころには体調は最悪になるだろうが、背に腹はかえられない。
これも自分が蒔いた種だと思い我慢する。


「そうか、じゃあスピード出すから気をつけろよ!」

周りの騒音にかき消されないように大声で言うと、銀時はスクーターのスピードを上げターミナルへの道を突き進んだ。



◆違反


「其処の二人乗りのスピード違反! 速やかに止まりやがれ!!」
「げっ!?」

後ろからの声に振り向くと、パトカーから顔を出して鬼の形相で怒鳴る、真選組の副長、土方がいた。

「止まれっつってんだろ、其処の天パー野郎!」
「うっせー! 天パー馬鹿にすんな!!」

サイレンを鳴らしながら近づいてくるパトカーに焦る銀時は、喧嘩を挑むように挑発してくる土方にきっちりと怒声を返しながら振り切る様に、さらにスピードを上げた。


「旦那ァ、スピードの出しすぎじゃないのかい?」
「気にするな! もう直ぐターミナルだ!」

銀時の言葉どうりターミナルは目の前まで迫っていた。


「止まりやがれ! 捕まえてしょっぴくぞ!」
「止まれと言われて、止まる馬鹿はいねえよ!」


大人気ない言い合いをしながら、銀時は勢い余ってターミナルの中までスクーターで乗り上げた。



◆結果


「間に合ったか!?」


急いで阿伏兎に確認をとる銀時だったが、阿伏兎は目の前の電光掲示板をみてつぶやいた。

「いや……どうやら少し遅かったらしい」

既に出航済みの文字が書かれていた。
諦めた様に呆ける阿伏兎、銀時は声をかけようとするが、直ぐにパトカーのサイレンにより中断された。


「其処の、天然パーマ覚悟しろよ今しょっぴいてやる!」
「うるっせーな、お前っ見ろ! お前があん時ギャーギャー騒がなかったら今頃間に合ってたんだぞ!」

実際には、パトカーに追われなかったとしても間に合わなかった可能性の方が高いのだが、完全に逆恨みを言う銀時だった。
そんな銀時の言葉に額に青筋を浮かべながら土方は銀時の胸倉を掴み怒鳴った。


「うるせっ、違反したくせに何でテメーが威張るんだよ!」


阿伏兎は、ギャーギャーと大人気なく騒ぐ二人の声を他人事のように聞いていた。
暫くその場で銀時と土方の様子を眺めていると、携帯電話の着信音が鳴り始めた。
携帯電話を開き表示を見ると神威からであった。



◆会話


「団長ですか?」
『やっほー阿伏兎、間に合わなかったみたいだね』

電話の向こうから上機嫌の様に聞こえる神威の声が響いてきた。

「間に合わなかったも何も、今電話に出てるんだったらそうでしょうよ」
『アハハッ、そうだね』

どうやら、からかい半分で電話をかけてきたようだった。

「ところで団長、春雨の小型船で迎えにきてくれませんかねぇ?」
『えー何で迎えに行かなきゃならないんだよ。自力できてね』

神威の性格を考えれば他人の尻拭いなど死んでもする訳がない。
もっとも、冗談半分で言ったため、まぁ、そうだろうなと、心の中で阿伏兎はつぶやいた。

『そう言えば阿伏兎、昨日はずいぶん楽しんだんだね』

唐突に楽しげに質問してくるが、長年の勘で今の神威が何か怒りを感じているのがわかった。
しかし、原因が思いつかない、何か酔っていた時にしたのだろうか疑問に思い阿伏兎が聞き返そうとすると。
その前に神威は、電話の向こうで極上の冷笑を湛えて続けた。


『阿伏兎、覚悟しておいてね』


ブツリと、切れた携帯電話を耳から離し、唖然とする。
神威の言葉の意味は、死の制裁なのか、それとも……

そんな事を考えていると、サイレンの音と共に真選組のパトカーが、次々とターミナルへ押し寄せてきた。



◆窮地


「副長! ターミナルへスクーターで突っ込んだ犯人が居るとは本当ですか?!」
「おー、ごくろう。今すぐにこの天パーとそこに居る奴を連行しろ」

パトカーの中から聞こえてきた声に応答する土方。
その様子を見て、此処でつかまるのはまずいと阿伏兎は冷静に考えていた。
いっそ皆殺しにして逃げるかと、腰に挿していた傘へと手を伸ばした。


「ここで殺そうと思わないでね?」
「…………」

傘へと掴みかかった手を、いつの間にか近くに来た銀時が手首を掴んだ。
その手の力は思いのほか強かったが、阿伏兎にとっては毛ほども支障はなかった。
しかし、夜兎相手にまさか人間が止めるとは思わなかった。

「何のまねだ、旦那?」
「いやー……ここでドンパチすると周りに被害が出るでしょ?」

小声でぼそぼそと阿伏兎の耳元に話しかける銀時は、指令を出している土方と真選組にも注意を払いつつ、どうにかできないものかと思案していた。



◆突破口


「トシ! 何があったんだ!!」
「こいつらが二人乗りスピード違反でターミナルへスクーターで突っ込みやがった」
「そうか……ん?」
「どうしたんだよ近藤さん?」

パトカーから降りターミナルの中へと入ってきた近藤は土方の話しを聞いていたが、目の前の人物たちに思わず破顔した。

「何だ銀さんと昨日の人か!」
「おいっ、近藤さん?!」

ガッハハと笑いながらひたしげに土方の制止も聞かず銀時たちに近づく。


「いや~昨日は楽しかったですな!」
「あ~、ほんとほんと、これでこの人を送れれば文句なしだったんだけどな~」

相づちを打ちながら銀時はこれ幸いと思い近藤に話しかける。

「そこの恐―い人のせいでこの人遅れちゃってねぇ、ほんと困ったね」
「そうなのかトシ?」

振り返り近藤が聞くと、怒り狂った土方が反論した。


「俺が追いかけなかったとしても間に合わなかっただろうが!!」
「あーあ、いやだねぇー、人のせいにしてさー、それでもポリスですか? こんな奴に安全を守られたくないねー」
「なんだと、このヤロォォオオ!!」
「落ち着けトシ!?」

銀時に掴みかかろうとする土方を抑えて近藤は銀時たちを見て言った。

「なんかよく解らんが、とりあえずその人を助けようとしてやった事ならしょうがないだろう、それに邪魔をしたみたいだし……」
「俺じゃねェェエエ」

なおも暴れようとする土方の両腕を掴みつつパトカーへと引きずって行く近藤。

「悪かったなぁ銀さん!」
「いや別にいいって事よ」

謝る近藤の言葉に余裕でゆるす銀時、そのやり取りを聞きさらに土方は怒りの度合いを上げるのであった。


「俺はわるくねぇぇぇええ!」


すっかりパトカーも騒ぎもなくなったターミナルのロビーで、銀時と阿伏兎は取り残された。



◆今後


「あんたとんだ性悪だな」
「皆殺しにしようとしたあんた程じゃないと思うけどなぁ?」
「食えん奴だ……」

呆れたように首を振る阿伏兎、そんな様子を見ながら銀時は質問をした。

「で、どうすんの?」
「何がだ?」

主語の抜けた質問にピクリと眉を上げ、阿伏兎は質問を質問で返した。


「間に合わなかったみたいだし、どうすんの、この後?」
「しかたないだろそんなものは、次の船で行くさ」
「次の船って何時なの?」
「……二週間後だな」

春雨は捕まらないよう移動しているため、まずは辺境の場所へと行きそこから迎えが来るはずだった。
無論、辺境の地ほど船が出港する本数は少ないので二週間に一本の割合でもおかしくはなかった。

しかし、少し黙ってから言った阿伏兎の言葉に銀時は思わず目を見開いた。

「にしゅうかんんん?! いやっ、その間の宿とかどうする気だよ!?」
「ホテルに泊まるしかないだろうなぁ……」

銀時の動揺に阿伏兎も確かに、二週間もホテルに泊まれるだけの金はあっただろうかと思った。
元々、二、三日で春雨へと戻る予定だったのだ、船のチケット代も合わせそこまでの金は入っていなかったように思えた。

「いやいやいや、あんたもう少し考えようよ! 何だったら万事屋に泊まれば良いし!!」
「……泊めてくれるのか?」

吉原での事を思えば敵であった自分を何故泊めようと言うのか解らなかった。
意外そうに聞き返す阿伏兎に気まずげに銀時は頭を掻きながら言った。

「あー……何て言うかさぁ、依頼を聞き入れたのにあんたを送れなかったとか、安請け合いしてぬか喜びさせちまったし……」

どうにも万事屋としてのプライドでもあるのか、依頼を達成できなかった事に対して罪悪感があるのか、
理解できない事であるが、一種の罪滅ぼしの積もりなのだろうと納得し、その言葉に阿伏兎は甘えることにした。


「じゃあ、よろしく頼むぜ……銀の旦那?」
「おっ、おう!」

名前を指したのか髪の色を指したのかよく解らないが、銀の旦那と呼ばれた事に、訳がわからないが赤面した銀時は返事を返した。



◆呼び名


「なんで吉原の時の夜兎のひとがいるんですかぁぁぁぁぁ!?」

そんな、悲鳴にも似た声を出した新八は、銀時と一緒に万事屋に入ってきた阿伏兎を指差しながら固まった。

「おまえ、なんでいるネ?!」

新八と万事屋で待っていた神楽も、思わず傘を構えながら叫んだ。

「ギャーギャーとうるせーなー今日から二週間泊まることになりました。はい、説明終わり、さ、わかったらとっとと退いた退いた」

銀時は軽く、どころではない手抜きな説明にもならない説明をし、固まっている二人の横を通っていった。


「ほら、阿―ちゃんも入った入った」


阿伏兎を手招きした銀時の言葉に、固まっていた新八と神楽が反応した。

「「阿―ちゃん??!!」」
「ん? なに驚いてんのお前ら、二週間も一緒に住むのに、おまえーとかあんたーとか他人行儀すぎだろ」
「いや、銀さん、それだけでは済まされない呼び方ですけど……」
「そうネ! まるで一夜を共にしたバカップルみたいに、あっまあまの呼び方ヨ!!」
「あー、うるせーなぁ! 阿伏兎―って呼びにくいじゃん! いいじゃん阿―ちゃんで!!」

駄々をこねるように新八と神楽に反論する銀時。
そんな様子を呆れながら見ていた阿伏兎は、銀時に対して顔をしかめながら訴えた。

「俺は一言もその呼び名に対して了解してないがねぇ、銀の旦那……」

どうやら、万事屋に来る前にも呼び方で一悶着あったようだった。
阿伏兎の言葉に拗ねたように銀時は断言した。

「阿―ちゃんが俺を銀の旦那呼びするように、俺だって違う風によびたいじゃん!」

もはや子供の言い分だった、しいて言うなら友達が自分をあだ名呼びするので自分も友達をあだ名呼びしたいと言った心理だろうか。
しかし、諦めることは傍若無人な神威を上司に持つだけに早い阿伏兎だったが、さすがに、ちゃん付けの呼び方は了承はできなかった。

「はぁ……銀の旦那、その呼び方で俺を呼ぶなら、こっちは旦那呼びに戻すぞ?」
「ちょッ、え!? …………ん? それもそれで美味しい気がするけど…………いやッ、やっぱり呼び方戻すんで、銀の旦那呼びでお願いします!!」


一連の事を蚊帳の外状態で聞いていた新八と神楽は、大の大人が何をそんなに呼び方ごときで必死になるのかと銀時を冷めた目で見ていた。


「とにかく、僕は反対です!」
「私もネ! こんな奴危なすぎて置いとけないヨ!」

フンッ、とそっぽを向いて拒否をする新八と神楽だが、銀時は構わず阿伏兎の手をとって万事屋の中へと案内して行った。

「おぃぃいい無視ですかぁぁあ!!」
「し、信じられないネ!!」

驚愕の表情を浮かべる二人はリビングへと歩いていった銀時を追いかけていった。
リビングのソファーへと阿伏兎を座らせた銀時は、いそいそとお茶を淹れていた。
その様子はまるで彼女が家に来た彼氏並の気の配りようだった。


「でれでれと鼻を伸ばして、あー嫌アル」
「本当、緩みすぎですよ」

こそこそとリビングに入らず入口付近で除きこんでいる新八と神楽は、銀時の様子にだんだんと苛立ってきた。
どうやら本気で、銀時は阿伏兎を万事屋に泊める気のようだった。


「お前ら、なーにそこでコソコソとしてるの? さっさと来れば良いだろ」
 
さも不思議そうに言う銀時に、二人は切れた。

「絶対にいきませんよ! もう、暫くの間万事屋に来ませんから!」
「右に同じネ! 新八の家に暫くホームステイするヨ!!」

その言葉を残して二人はズカズカと外へ出て行った。
ピシャリと閉められた扉に驚きながら銀時は見ているしかなかった。


「追いかけなくて良いのかい、銀の旦那?」

今までの様子を見ていた当事者の阿伏兎は、銀時を見て質問する。
銀時はため息をつき呆れながら言った。

「いーの、いーの、アレぐらいの年頃の子達はね、大人に反論することが好きなんだよ、気にしなくてもそのうち帰ってくるでしょ」

楽観的な銀時の言葉に、いいのかねぇと、阿伏兎は思った。



◆無視


「と、言うわけで暫くの間万事屋には行かないことにしました」
「何が、と、言うわけなのかしら新ちゃん? 説明不足もいい所よ?」

ニコニコと微笑みながらお妙は鋭いツッコミを入れたが新八はムッスリ黙ったままだった。

「私も暫くの間ホームステイすることにしたヨ」
「神楽ちゃんも、ちゃんと理由を説明してくれないと分からないわよ? それとも、ようやくあのダメ男に愛想が尽きたのかしら?」
「おんなじ様なもんネ、まったく、銀ちゃんには見損なったアル」
「本当、一々なんか鼻の下伸ばした感じで喋って、勝手に泊めさせるなんて何考えてるんですかね」


私を置いて二人だけで話すのね、そうなのね、と言ったオーラがお妙から出ているにも関わらず、神楽と新八は延々と銀時の愚痴を連ねた。
聖母のように微笑みながら、二人の終わらない愚痴を聞いていたお妙は、ポンと手を叩いて提案をした。


「じゃあ、せっかく神楽ちゃんが泊りにきてるから、今日は私が腕によりをかけてご馳走を作るわね?」
「「えっ……?」」
「そうと決まれば、さっそくお買い物に行って来るわね」

いそいそと立ち上がり、買い物籠を探しに行ったお妙を、二人は暫く呆けた様に見送った。

「あ、姉上ェェエエエ!?」
「新八ッ、早く姐御を止めに行くネ!!」

ハッと気がついたときには時すでに遅く、お妙は買い物に行ってしまっていた。



◆昼時


「銀の旦那、台所を使ってもいいか?」
「んー? 別に良いけど……って、なんかするの?」
「片手だから多少時間はかかるが、団長にせがまれてたもんでねぇ、一通りの料理は作れるつもりだ。銀の旦那さえよければ昼飯でも作ろうかと思うが?」

あらー、見かけによらず器用なのね、と意外そうに思いながら、
最近、神楽による卵かけご飯ばかり食べていた銀時は阿伏兎の言葉に甘えることにした。




「新八……なんで私たち姐御の可愛そうな玉子焼き食べてるネ」
「さあ……なんでだろうね……止めるのが遅かったからかなぁ」

ゴリッ、ゴキッとありえない音を立てながら黒焦げになっている物体を咀嚼する神楽と新八。
その前には大量の黒い物体が積み上げられていた。

「さあ、二人とも遠慮しなくて良いのよ? まだまだ沢山あるから」

「あの……姉上、夕飯は僕が作りま「何か言ったかしら新ちゃん?」
 ……いえ、あの、何でもありません……」

ニッコリと有無を言わせない笑みを向けるお妙に、何も言えなくなった新八は、あいまいな返事を返し黒い物体へと向き直った。




「うんまぁあああ!? ちょっ、これメチャメチャ美味いんですけど!?」
「それはそれは、うれしいねぇ」

ガツガツと口に料理を入れながら、銀時は賞賛の嵐を贈り。
銀時の食べぶりに苦笑を漏らしながら阿伏兎はその言葉を受け取った。

「銀の旦那、あいにくと手持ちの金があまりないんでねぇ、宿泊代は後日でもいいか? 無論その間、食事作りでも掃除でもするが……」
「ああ、もう、食事作りだけでも十分です! むしろお願いします!!」

これから暫く続くだろう美味しい食事を想像し迷わず即答した。
同じ昼食でも天国と地獄ぐらいの差があることは知らず、楽々と良い方を引き当てたのだった。



◆食事


「新八ー……目の前に積まれてるのは何アルか……」
「焼きすぎた玉子焼きかなぁ……」
「新八ー、私達なんで姐御の玉子焼き食べてるアルか……」
「なんでだろうね……なんで僕達、万事屋に行かないんだっけ……」

焼きすぎた玉子焼き、別名ダークマターを前に、死んだ目で咀嚼を繰り返す神楽と新八。
時が過ぎるのは早く、朝昼晩玉子焼き尽くしの日は、三日目に突入していた。
すでに当初のもろもろの事情を忘れ、ただただ、積み上げられた玉子焼きに向かい箸をのばしていた。

「銀ちゃん、今頃何してるアルか……」
「さあ……何してるんだろうね……」

ゴリゴリ、ゴキッ、ガリッ。

「新八ー……姐御が作る前に何か作れないアルか……」
「あはは……無理だよ……なんか姉上ずっと台所にいて作り続けてるから……」

ゴキッ、ボキッ、ゴギッ。

「新八ー……食事って何アルか……」
「なんだろうね……食事って……」

急に、目頭が熱くなり神楽と新八は箸を握ったまま、机に突っ伏した。



◆帰還


「あれっ、なにお前らもう帰ってきたの?」

万事屋に戻ってきた神楽と新八をみて、夕食後のお茶でまったりとしている処だった銀時は意外そうに聞いた。

「なんか……辛くなってきて……」
「あっそう、夕飯ならもう食った後だけど?」
「どうでもいいアル……姐御の玉子焼きがないならどうでもいいアル……」
「ふ~ん……」

目の下に隈を作り、生気の欠片もない二人を見ながら、銀時はあいまいに返事をした。
のろのろと其々の寝床へと向かう神楽と新八を眺めながら、何があったのかと首を傾げる銀時だった。


「銀の旦那、さっき誰かこなかったかい?」

風呂から上がったばかりの阿伏兎は、髪をガシガシとタオルで拭きながら、首を傾げている銀時に聞いた。

「あー、何かあいつら戻ってきたみたい」
「ほぉ……じゃあ二人前追加するか」

戻ってきたわりに静まり返る万事屋に、本当に戻ってきたのかと疑問に思いながら。
すでにセットし終わっている炊飯器にどれぐらい米を足すかを考える阿伏兎だった。

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