かむあぶ

「おーい。そこのおにいさーん、一緒に飲まねぇ?」


吉原現状報告の調査を終えた阿伏兎が夜道を歩いていると、
明らかに酔っ払っている声で誘われた。

振り向くと、そこには銀時が屋台の暖簾から顔を出していた。

「あんた、確か団長に気に入られた……」

神威が珍しく将来が気になると言った侍。
珍しい事もあるものだとその時は思ったが、名前までは聞かなかったため言葉が続かなかった。

「坂田銀時、通称よろずや銀ちゃんだ、ま、はやくこいよ」

隣にいた他の奴らに、早く詰めろよ、と急かしながら銀時は自分の隣の席を叩く。

「いいのかねぇ、あんた、俺の事を忘れて無いはずだ」

吉原で仲間であるはずの神楽と新八を殺そうとした事を忘れられるほど時間は経っていないはずだ、と暗に言う阿伏兎。
そんな様子を赤ら顔で銀時は、へらっと笑った。

「いーの、いーの、あいつらは無事だったし、それに、此処だったら日常の事なんか気にしなくて良いんだよ」

のんきに言いながら銀時は、阿伏兎を隣に座らせた。


「アンタも愚痴りにきたのかい?」


銀時の向こう側から聞こえてきた声に阿伏兎は奥を見ると。
サングラスを掛けた如何にも無職の様な冴えない男がいた。


「愚痴る?」
「いやー、貴方も職場で何か鬱憤が溜まっているのでは?」

ガハハっと笑いながらゴリラ顔の男が話しかけてきた。


「おいおい、お前らなー、始めてのやつにわかるわけないでしょ、もっと考えてから言えよな」

銀時が二人をいさめて、説明をする。

「この屋台は、ぐちり屋っていって、まぁ、要するに、酒飲んで気持ちよーく普段溜まりまくった愚痴を言いまくって、ストレスを軽くしましょうって屋台なの」
「ほー、地球ではそんなものまであるのか」

感心したように言う阿伏兎に酒を渡しながら銀時は上機嫌で話しかける。

「でー? あんたも、なんか普段言えない愚痴の一個や二個あるんだろ?」
「愚痴ねぇ……」
「ほら、あの神楽の兄ちゃんとかのグチあんだろ」
「団長の愚痴か……」

考え込むように黙ってしまった阿伏兎に、まあまあ、と声をかけるゴリラ顔の男こと近藤は気軽に言う。

「そんなに難しく考えなくても、まずは酒でもどうぞ!」

陽気な雰囲気に押されつつ酒に口を付け始める阿伏兎。
もしかしたら、自分はとんでもない酔っ払いどもに捕まったのではないのかと若干、呆れながら思った。


半強制的に酒を薦められ、徐々に思考が鈍ってきた阿伏兎は、
どうせ今の事さえも覚えているかあやふやな、この酔っ払い達に愚痴を聞かれたとしても、構わないだろうと思えてきた。

「うちの上司が、年下の上司でねぇ。仕事全部丸投げ状態、こちとら、何時もその尻拭いばっかり」
「うわぁ、それちょっと職場変えたほうが良いんじゃねえ?」

サングラスを掛けた男こと長谷川が、その状況を想像して助言する。

「マダオが職を語るなぁ」
「ひっでぇ、ちょ、俺だって職の事語ってもいいだろ?!」

横から非難した銀時に、俺だって好きで職を転々としてる訳じゃないんだっ、と反論する長谷川。
そんな大人気無い言い争いを聞きながら、阿伏兎は酒を呷る。


「しかし、何ですなぁ、やはり年下の上司ともなると気を使うもんですかね?」

近藤が、大人でもかなり滅茶苦茶な上司を持っている分、阿伏兎の話しに共感をした。

「まったく……パワハラが当たり前だからなァ、団長は」

ついでに、セクハラも毎日のように、と心の中で付け足す。

「ま、飲みましょう! 今日ぐらい嫌なことを忘れてパーっといきましょう!」

どんどんと注がれる酒を飲み干し、酔いが限界まで来た阿伏兎は、屋台の机へと突っ伏した。



「あれ、銀さんあの人寝ちまったぜ?」

騒いでいた長谷川が寝ている阿伏兎を見て銀時へと言う。
その言葉に、隣を見て本当にスヤスヤと眠っている事に気付き、銀時は唖然とした。

「この人の家知っているのか、銀さん?」
「まあ、家っつーか……ま、今日は俺の家に泊めるからいいよ」

近藤が心配そうに聞くのに対し。
さすがに、宇宙海賊春雨の船がこの人の家です、とは言えず言葉を濁した。

「じゃぁ安心だな」

ほっとしたように、近藤は笑った。

「じゃ、この辺で俺帰るわ」
「気を付けてな、銀さん」

阿伏兎を担いでよたよたと、歩きだした銀時に長谷川が後ろから声をかけて見送った。



「うぃー、帰ったぞー神楽―」

ガタガタと扉を開けて万事屋へと帰ってきた銀時は、寝ているであろう神楽に声をかけるが、返事は返ってこなかった。
家へと上がり、神楽がいつも寝ている押入れを開けるが、そこには誰もいなかった。

「あー、今日は新八の家に行ったんだっけ?」

どっこらしょっ、と担いでいた阿伏兎を万年床と化している自分の布団へと置くと。
自分も押入れからスペアの布団を出し、その横に敷いた。

「夜兎も寝てれば可愛げがあるもんだねぇ」

酔っ払った頭で、熟睡している阿伏兎を見て何となしにそう思った。
さて、寝るかと布団の中に入ると何処からか携帯電話の着信音が響いた。


「何ですか? こんな夜中に……あーうるせーなぁ、出ますよ出れば良いんだろ」

音の発信源を探して阿伏兎の服を探り、普通の携帯電話より若干大きめの機械を開け、寝ぼけながら電話へとでた。

「はぁい、もしもし?」
『あれ? 何で阿伏兎の電話に知らない声が出てるの?』
「なんですかぁ? まちがい電話なら銀さんとっとと電源切っちゃうよぉ」
『ああ、あの時の侍か。ところで、阿伏兎は何処にいるの?』

のんきな声にさらに睡魔が来ながら、隣で寝ている阿伏兎を見て返事を返す。

「あー、俺の隣でスヤスヤと寝てますけど?」
『へー……そう』

電話の向こう側で、眠気も吹っ飛ぶほどの殺気がでていたが。
声だけの電話ではそんな事も解らず、銀時は、さっさと電源切っちゃおうかなー等と思いつつ次の言葉を待った。

『まぁいいか、あ、そうだ、今度あった時は首を洗って待っててね』
「あーはいはい」

睡魔も限界に来たため、言われた言葉の内容を聞き流しつつ携帯電話の電源を切った。
くわぁっ、とあくびをして布団へと入り直し、携帯電話を阿伏兎の枕元に置いた。
そうして、銀時は自分が何をしたのかも解らないまま、夢の世界へと旅立った。



「いい度胸だね阿伏兎……」

プツリと切れた電話を見ながら神威は笑いながらつぶやいたが。
その目には静かな炎が揺らめいていた。



酒と愚痴
酒の勢いは恐ろしい。


end
(2010/04/10)
24/100ページ