かむあぶ
「おや……まだ行くんですか?」
皮肉屋な医者が古い包帯を処分しつつ、片腕になった阿伏兎へと言った。
「しかたねぇだろ……うちの団長様の願いのために、上の命令に従わなきゃいけねぇんだよ」
「お気をつけて、死なれたら団長が手を付けられなくなるので」
素早く服を着込み出て行こうとする阿伏兎に対し冷静な態度で医者は見送った。
「そうかよ」
残った方の手を、ひらひらと振りながら、医者の方を振り向きもせず出て行った。
数十歩歩き医務室から離れた人通りの少ない廊下で。
目眩がしたかの様によろけ、壁に身を預けてズルズルと座り込んだ。
「たくッ……夜兎でもきついぜ」
血の足りない体は思うように動かず。
暫く目を閉じてその場に休んだ。
「何してるの阿伏兎?」
上から降ってきた声に目を開ける。
「おや……団長、何か用ですかねぇ?」
「ん~血の匂いに誘われて来たら、無様に倒れてる阿伏兎を見つけたから来た」
「それは、それは、残念ながら団長の相手をしてる暇は無いんで。俺は行かせてもらいますよ」
震えそうになる足を叱咤しながら。
何事も無いように立ち上がり、丁寧に答える。
「ねぇ、阿伏兎、俺に内緒で何処へ行ってるの?」
「何処も何も、いつも通り団長のしりぬぐいですよ」
「そう、でもそれじゃあ血の匂いをさせてる理由にならない」
まるで鮫のように血の匂いのする場所に近づく神威。
「よせ団長、時間がないんだ」
「関係ないよそんなの」
一番色濃く香る場所を探り当て、服に手をかけ。
ボタンが引きちぎれるのも構わず左右に勢いよく広げた。
「団長!!」
「ねぇ、誰に付けさせたの?」
吉原で、妹の神楽が付けた傷ではない。
真新しい傷と、それに混じり夜兎の白い肌に付けられた紅い痕を見ながら神威は質問した。
「…………」
「答えられない? ああ、それとも俺が殺すと思ってる?」
「時間が無い離せ」
「凄んでも意味が無いよ、それと、もう行かなくて良いよ」
「ッ……!!」
「大丈夫、殺してないよ。それとも、もっと続いてほしかったの? ジジイ共との遊戯が」
クスクスと笑う神威に、じわりと嫌な汗が背中を伝った。
「俺は世渡りが苦手だから、もう少しで殺しちゃいそうになったけどね」
上からはこの件に関して何も言ってこないよ、と安心させるように神威は言うが、
先ほどから身動きのとれないほどの殺気が振り撒かれている。
「ねぇ、阿伏兎。俺は自分の物が他人に使われるのが一番嫌いなんだ」
傷と紅い痕の残る体を、ソッとなぞりながら首へと手をかける神威。
「覚悟はできてるよね、阿伏兎」
因幡の野兎の不幸
「団長様の、お好きなように……」
end
(2010/01/11)
皮肉屋な医者が古い包帯を処分しつつ、片腕になった阿伏兎へと言った。
「しかたねぇだろ……うちの団長様の願いのために、上の命令に従わなきゃいけねぇんだよ」
「お気をつけて、死なれたら団長が手を付けられなくなるので」
素早く服を着込み出て行こうとする阿伏兎に対し冷静な態度で医者は見送った。
「そうかよ」
残った方の手を、ひらひらと振りながら、医者の方を振り向きもせず出て行った。
数十歩歩き医務室から離れた人通りの少ない廊下で。
目眩がしたかの様によろけ、壁に身を預けてズルズルと座り込んだ。
「たくッ……夜兎でもきついぜ」
血の足りない体は思うように動かず。
暫く目を閉じてその場に休んだ。
「何してるの阿伏兎?」
上から降ってきた声に目を開ける。
「おや……団長、何か用ですかねぇ?」
「ん~血の匂いに誘われて来たら、無様に倒れてる阿伏兎を見つけたから来た」
「それは、それは、残念ながら団長の相手をしてる暇は無いんで。俺は行かせてもらいますよ」
震えそうになる足を叱咤しながら。
何事も無いように立ち上がり、丁寧に答える。
「ねぇ、阿伏兎、俺に内緒で何処へ行ってるの?」
「何処も何も、いつも通り団長のしりぬぐいですよ」
「そう、でもそれじゃあ血の匂いをさせてる理由にならない」
まるで鮫のように血の匂いのする場所に近づく神威。
「よせ団長、時間がないんだ」
「関係ないよそんなの」
一番色濃く香る場所を探り当て、服に手をかけ。
ボタンが引きちぎれるのも構わず左右に勢いよく広げた。
「団長!!」
「ねぇ、誰に付けさせたの?」
吉原で、妹の神楽が付けた傷ではない。
真新しい傷と、それに混じり夜兎の白い肌に付けられた紅い痕を見ながら神威は質問した。
「…………」
「答えられない? ああ、それとも俺が殺すと思ってる?」
「時間が無い離せ」
「凄んでも意味が無いよ、それと、もう行かなくて良いよ」
「ッ……!!」
「大丈夫、殺してないよ。それとも、もっと続いてほしかったの? ジジイ共との遊戯が」
クスクスと笑う神威に、じわりと嫌な汗が背中を伝った。
「俺は世渡りが苦手だから、もう少しで殺しちゃいそうになったけどね」
上からはこの件に関して何も言ってこないよ、と安心させるように神威は言うが、
先ほどから身動きのとれないほどの殺気が振り撒かれている。
「ねぇ、阿伏兎。俺は自分の物が他人に使われるのが一番嫌いなんだ」
傷と紅い痕の残る体を、ソッとなぞりながら首へと手をかける神威。
「覚悟はできてるよね、阿伏兎」
因幡の野兎の不幸
「団長様の、お好きなように……」
end
(2010/01/11)