断片話
◆二面性
やじ馬達が騒ぐ中、阿伏兎は下の闘技場を見下ろした。
屈強な天人と番傘を片手に持つ青年。
どう見ても体格に差がありすぎる両者の勝負は一瞬だった。
周りの期待を裏切る形で。
「随分と強いもんだ」
周りが驚愕の声を上げ、さすが夜王の弟子だと畏怖の念を込めて言うのが耳に入ってきた。
「あの旦那の弟子、ねぇ?」
闘技場に無傷で立ち続ける青年を眺め、なるほどと納得した。
どうりで切れるような殺気と尋常じゃない強さを持っている。
顔のほとんどを包帯で隠し、返り血の付いた白い外套をなびかせる華奢そうな青年。
闘技場からさっさと降りて行った相手を眺め、苦笑するように阿伏兎は呟いた。
「将来有望で何よりな事で」
■
御前試合から暫く経った頃、唐突に阿呆提督に呼び出しを食らった。
「新任の団長、ですか」
「うむ、近々第七師団の団長を変えようと思う。異論はあるか?」
「いえ、滅相もございません」
「何でも、其の方ら間で夜王と呼ばれる人物の推薦でもあり、その弟子だそうだ」
強さも申し分ないそうだと他人事のように言う阿呆。
自分には関係ない事だと割り切っている阿呆はのんきに食事を頬張っていった。
その様子を眺め、目の前に出された食事に手を付けないまま阿伏兎は苦笑した。
「では引き継ぎとうの雑務を済ませないといけませんねぇ」
「おぉ、物分かりのいい副団長を持って、第七師団は羨ましいものよ」
気楽に相槌を打つ相手に、考える頭が本当にあるのかと思いながら鼻白んだ。
■
「阿伏兎、また会いに来たよ」
部屋に戻ると、にこやかな笑みが出迎えてきた。
どうやって入ってきたと言いたくなるのを抑え、しかめっ面を作って警告をした。
「毎度毎度何処から来るかは知らんが、その内不法侵入で殺されるぞ」
「硬い事言うなよ」
妙な奴に懐かれたものだと阿伏兎は思った。
何処の所属なのかも分からない、そもそも春雨の関係者なのかと疑問にさえ思う青年。
ふらっと立ち寄り、ふらっと帰る、自由気ままな人物に懐かれた。
隣に座ってくる相手に、いい加減にしろよと思いながら阿伏兎は睨んだ。
「そんなに怖い顔するなよ、傷つくだろ?」
「お前さんのふやけた笑みを見てると腹が立ってくるもんでね」
「親しみやすいってよく言われるんだけどね」
「まぁ、その容姿じゃ女はほっとかんだろうな」
「阿伏兎は? 俺みたいなのは嫌い?」
「お前さんが鳳仙の旦那の弟子ぐらい切れるような空気を纏ってたら、考えんことも無いが?」
印象の違い過ぎる例を出す阿伏兎に青年は興味深げに訊いた。
「ふーん、それが阿伏兎の好み?」
「同族でも強い奴が好きなもんでね」
「そっか、じゃあ今の俺は阿伏兎の眼中にないんだ」
失敗しちゃったな、と呟いた青年は書類に目を通している阿伏兎を眺めた。
「忙しそうだね、阿伏兎」
「近々、新任の団長が来るんでねぇ。その雑務に追われる前に片づけるに限る」
「阿伏兎はその新任の団長に反対?」
「さぁな、姿を見かけたのは御前試合での一戦のみ。性格なんざ知りもしない」
反対する理由がない、と簡潔に言う阿伏兎に青年は気の抜けた相槌を打った。
「他の団員達とかは反対しないの?」
「しないだろうな。鳳仙の旦那が推薦した、理由はそれだけで十分だ」
「阿伏兎は、本当はその人物が嫌いだったりする?」
「性格も名前も知らんが、嫌いにはならんだろうな」
「どうして?」
「あれだけ強ければ惚れこむのが普通だろ」
「恋人になりたいぐらい?」
「…………」
無言のまま阿伏兎は拳を作り、青年の頭を殴った。
「何処をどうすればそんな言葉が出てくるんだ、このすっとこどっこい」
「冗談だよ、阿伏兎」
痛いなぁ、と頭を擦りながら笑う青年を横目に、阿伏兎は書類へと向き直った。
■
「阿伏兎、新任の団長はまだ此処には来ないのか」
「さぁな。気を揉んでいてもしかたないだろ」
云業の言葉に軽く返しながら、阿伏兎は書類を眺めた。
やきもきする云業は、余裕を持っているように見える阿伏兎に顔を顰めながら訊いた。
「そうは言っても、もうすぐ引継ぎだろ」
「その頃にはくるだろう。さすがに」
ただ第七師団に来ないだけであって目撃情報は他師団員達の間で噂にはなってはいる。
このまま来なければどうなるのかと他人事のように考えながら、阿伏兎は話を聞き流した。
「そう言えば、あのガキは最近来ないもんだな……」
軟弱そうで始終ニコニコと笑っていた青年。
春雨の何処かの師団へ所属が決まったか、殺されたか。
「云業、あいつは何処に行ったか知ってるか?」
「は?」
「よく此処に来てただろ、ピンク色の髪した笑顔のガキが」
「そんな奴は見たことないぞ?」
「いただろ、あれだけ場違いな奴ならすぐ目につくだろ?」
「……医者でも呼ぶか?阿伏兎」
「人を病人扱いするな」
聞いた自分が馬鹿だったと、話を止め阿伏兎は書類へと向き直った。
■
「阿伏兎、まさかアレか?」
探してたガキは、と壇上に上がっている鳳仙の弟子を指して言う云業。
その指摘に、呆れかえって阿伏兎はため息をついた。
「何寝惚けた事言ってるんだ、このすっとこどっこい。あの鳳仙の弟子がニコニコと笑ってるか? 似ても似つかんだろ」
■
「初めまして、第七師団新任団長の神威様」
本当にギリギリまで顔を出さなかった人物を前に社交辞令の挨拶をした。
無法者達の集団と言っても、最低限の顔出しぐらいはしたらどうだと思いながら、夜王の弟子を眺めた。
「初めまして、じゃないだろ? 阿伏兎」
聞きなれた声に一瞬耳を疑った。
包帯に隠れていない目元をニッコリとさせる青年。
そうやって表情を変えると、鳳仙の弟子と認識していた顔がいつもの青年の顔になった。
「こっちの方が好みだったんだよね。阿伏兎は」
(2012/03/30)
やじ馬達が騒ぐ中、阿伏兎は下の闘技場を見下ろした。
屈強な天人と番傘を片手に持つ青年。
どう見ても体格に差がありすぎる両者の勝負は一瞬だった。
周りの期待を裏切る形で。
「随分と強いもんだ」
周りが驚愕の声を上げ、さすが夜王の弟子だと畏怖の念を込めて言うのが耳に入ってきた。
「あの旦那の弟子、ねぇ?」
闘技場に無傷で立ち続ける青年を眺め、なるほどと納得した。
どうりで切れるような殺気と尋常じゃない強さを持っている。
顔のほとんどを包帯で隠し、返り血の付いた白い外套をなびかせる華奢そうな青年。
闘技場からさっさと降りて行った相手を眺め、苦笑するように阿伏兎は呟いた。
「将来有望で何よりな事で」
■
御前試合から暫く経った頃、唐突に阿呆提督に呼び出しを食らった。
「新任の団長、ですか」
「うむ、近々第七師団の団長を変えようと思う。異論はあるか?」
「いえ、滅相もございません」
「何でも、其の方ら間で夜王と呼ばれる人物の推薦でもあり、その弟子だそうだ」
強さも申し分ないそうだと他人事のように言う阿呆。
自分には関係ない事だと割り切っている阿呆はのんきに食事を頬張っていった。
その様子を眺め、目の前に出された食事に手を付けないまま阿伏兎は苦笑した。
「では引き継ぎとうの雑務を済ませないといけませんねぇ」
「おぉ、物分かりのいい副団長を持って、第七師団は羨ましいものよ」
気楽に相槌を打つ相手に、考える頭が本当にあるのかと思いながら鼻白んだ。
■
「阿伏兎、また会いに来たよ」
部屋に戻ると、にこやかな笑みが出迎えてきた。
どうやって入ってきたと言いたくなるのを抑え、しかめっ面を作って警告をした。
「毎度毎度何処から来るかは知らんが、その内不法侵入で殺されるぞ」
「硬い事言うなよ」
妙な奴に懐かれたものだと阿伏兎は思った。
何処の所属なのかも分からない、そもそも春雨の関係者なのかと疑問にさえ思う青年。
ふらっと立ち寄り、ふらっと帰る、自由気ままな人物に懐かれた。
隣に座ってくる相手に、いい加減にしろよと思いながら阿伏兎は睨んだ。
「そんなに怖い顔するなよ、傷つくだろ?」
「お前さんのふやけた笑みを見てると腹が立ってくるもんでね」
「親しみやすいってよく言われるんだけどね」
「まぁ、その容姿じゃ女はほっとかんだろうな」
「阿伏兎は? 俺みたいなのは嫌い?」
「お前さんが鳳仙の旦那の弟子ぐらい切れるような空気を纏ってたら、考えんことも無いが?」
印象の違い過ぎる例を出す阿伏兎に青年は興味深げに訊いた。
「ふーん、それが阿伏兎の好み?」
「同族でも強い奴が好きなもんでね」
「そっか、じゃあ今の俺は阿伏兎の眼中にないんだ」
失敗しちゃったな、と呟いた青年は書類に目を通している阿伏兎を眺めた。
「忙しそうだね、阿伏兎」
「近々、新任の団長が来るんでねぇ。その雑務に追われる前に片づけるに限る」
「阿伏兎はその新任の団長に反対?」
「さぁな、姿を見かけたのは御前試合での一戦のみ。性格なんざ知りもしない」
反対する理由がない、と簡潔に言う阿伏兎に青年は気の抜けた相槌を打った。
「他の団員達とかは反対しないの?」
「しないだろうな。鳳仙の旦那が推薦した、理由はそれだけで十分だ」
「阿伏兎は、本当はその人物が嫌いだったりする?」
「性格も名前も知らんが、嫌いにはならんだろうな」
「どうして?」
「あれだけ強ければ惚れこむのが普通だろ」
「恋人になりたいぐらい?」
「…………」
無言のまま阿伏兎は拳を作り、青年の頭を殴った。
「何処をどうすればそんな言葉が出てくるんだ、このすっとこどっこい」
「冗談だよ、阿伏兎」
痛いなぁ、と頭を擦りながら笑う青年を横目に、阿伏兎は書類へと向き直った。
■
「阿伏兎、新任の団長はまだ此処には来ないのか」
「さぁな。気を揉んでいてもしかたないだろ」
云業の言葉に軽く返しながら、阿伏兎は書類を眺めた。
やきもきする云業は、余裕を持っているように見える阿伏兎に顔を顰めながら訊いた。
「そうは言っても、もうすぐ引継ぎだろ」
「その頃にはくるだろう。さすがに」
ただ第七師団に来ないだけであって目撃情報は他師団員達の間で噂にはなってはいる。
このまま来なければどうなるのかと他人事のように考えながら、阿伏兎は話を聞き流した。
「そう言えば、あのガキは最近来ないもんだな……」
軟弱そうで始終ニコニコと笑っていた青年。
春雨の何処かの師団へ所属が決まったか、殺されたか。
「云業、あいつは何処に行ったか知ってるか?」
「は?」
「よく此処に来てただろ、ピンク色の髪した笑顔のガキが」
「そんな奴は見たことないぞ?」
「いただろ、あれだけ場違いな奴ならすぐ目につくだろ?」
「……医者でも呼ぶか?阿伏兎」
「人を病人扱いするな」
聞いた自分が馬鹿だったと、話を止め阿伏兎は書類へと向き直った。
■
「阿伏兎、まさかアレか?」
探してたガキは、と壇上に上がっている鳳仙の弟子を指して言う云業。
その指摘に、呆れかえって阿伏兎はため息をついた。
「何寝惚けた事言ってるんだ、このすっとこどっこい。あの鳳仙の弟子がニコニコと笑ってるか? 似ても似つかんだろ」
■
「初めまして、第七師団新任団長の神威様」
本当にギリギリまで顔を出さなかった人物を前に社交辞令の挨拶をした。
無法者達の集団と言っても、最低限の顔出しぐらいはしたらどうだと思いながら、夜王の弟子を眺めた。
「初めまして、じゃないだろ? 阿伏兎」
聞きなれた声に一瞬耳を疑った。
包帯に隠れていない目元をニッコリとさせる青年。
そうやって表情を変えると、鳳仙の弟子と認識していた顔がいつもの青年の顔になった。
「こっちの方が好みだったんだよね。阿伏兎は」
(2012/03/30)