断片話

◆記憶喪失


「まあ、団長が要らないと言うなら、仕方ない事か」

神威が言った言葉を思い出しながら呟いた。
思い出してもため息が出る。
一人荒地を歩きながら、阿伏兎は今の自分が置かれた状況が、非常に危ういものだと認識していた。

「しかし……まだ席を置いてる事がバレたら、本当に戻る場所がなくなるな」

日傘を少し上げ、前方から徐々に見えてくるものを静かに眺めた。

「さて、敵さん御一行を相手した後は、どう上に誤魔化そうかねぇ?」

「ねぇ、次の白兵戦ていつ?」
「……当分の間は予定ありません」

楽しげに訊く神威に対し、質問された部下は硬い声で答えた。

「つまんないなー、白兵戦の予定が入っても突然なくなって。何か原因でもあるの?」
「それは、抑制が思いの外楽なものばかりだったようで……」
「そう、でも俺は戦いたいんだよ。上に伝えて何か戦える所見つけてくれる?」
「分かりました」
「期待してるよ、副団長」

神威からの言葉に、部下は僅かに苦い顔をした。
一礼をした後、部下は詰らなさそうに書類を流し読みする神威を残し、部屋を出た。

部下が出て行った後、神威は読んでいた書類を机に放り、何かを考えるように宙に目をさ迷わせた。
暫く宙に目をさ迷わせ、結論の出そうにない事に考えを止めた。

「あの元副団長何処に行ったんだろ?」

名前を聞く前に切り捨てた人物。
その時は、ただ覇気のない男が自分の部下だという事に苛立ち、気にも留めなかった。
けれど時間がたった今、名前ぐらいなら聞いておけばよかったと思った。

「まあ、弱い奴に興味ないからいいか」

「団長が白兵戦を遣りたがってる?また面倒な事になってるな」
『副団長! そろそろ帰ってきてください!!』
「アホか、大の大人が泣き言を言うな。仮にも副団長に指名されたんだろ? 団長の記憶が戻るまで、泣き言を言ってる暇があれば書類の一つでも処理してろ」
『限界があります!!』
「帰って手伝ってもいいが、それをするとややこしい事になる。暫くは頑張れ」

電話の向こうで悲鳴のような声が上がった。
周りにいるらしい団員達の分も聞こえたが、聞かなかったことにして続けた。

「団長には何処かの戦場を用意しろ。ただし、間違ってもこっちの情報は漏らすなよ?」

返答を聞く前に通話を切った。やれやれ、と首を振り、阿伏兎は携帯電話をしまい込んだ。

「こんな所で何してるの、元副団長さん」
「これはこれは、元上司様。何と言われましても見ての通りですよ」

軽く回答しながら阿伏兎は内心で酷く焦った。
何故、此処にいるのかと問い詰めたくなった。

「見ての通りって、荒地で一人歩いてるの見て分かる奴っている?」
「戦場に赴く途中か、帰還する前か、夜兎がこんな所にいる理由なんざ限られてくるもんだろ」
「ふーん、そこまで考えなかったな」

ケラケラと笑う神威。
何を企んでいるんだと阿伏兎は注意深く相手を眺めた。

「それで? 元上司様がこんな所にいる理由は何ですかねぇ」
「理由? ……ああ、何でだっけ?」

そんなものはこっちが聞きたいぐらいだ、と言いたくなるのを抑え、阿伏兎は考える素振りを見せる神威の回答を待った。


(2011/07/11)
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