断片話

◆瘋癲


「随分と子供っぽい理由を重ねるもので」

呆れたように言う阿伏兎は、目の前の人物を冷めた目で見た。
その視線を受け止めながら神威は目を細めて問い返した。

「じゃあ、どう言えばいい?」
「そう質問してる内は無理だな」
「俺はただ阿伏兎に戻ってきて欲しいだけなのに」
「提督様、それは無理な相談だ。がたついた古兎をあんたの下に置くことに、何の利点もないだろ」

湯気の立ち上る茶を飲み、一息ついてから阿伏兎は神威を睨んだ。

「俺は春雨に戻る気はない」
「なら、力尽くでも連れてく」
「ほぉ、随分と過激な発想だ。首に縄つけて春雨に連れてく積りなら、引っ張られた瞬間に老いた兎は死ぬだろうな」
「……阿伏兎、どうして春雨に戻ってくれないの?」
「いる意味がないからだ。尻拭いをする必要はあんたにはもう無いだろ? それと、がたついた体で第一線に出れる訳がない」

取り付く島もないほど淡々と理由を言う阿伏兎。

「なぁ、提督様よ。ガキの駄々を聞けるほどこっちは体が利かないことぐらい分かれ」
「戦闘なんてしなくていい」
「あんたが不得手だった頭を使う仕事をしろと? そんな必要はないだろ」
「だったじゃない、今でも不得手だから」
「冗談は止めとけ提督様。上のジジイどもを黙らせる事ぐらい今のあんたは簡単にできる」

「あんたが求めてるのは、子供の頃のお気に入りを手元に置きたいだけの馬鹿げた感情だ」
「ちがう」
「なら、こんな役に立たないものをどうして手元に置きたがる。その理由が言えるか? それとも、この体に未練でもあったか?」

畳み掛けるように問う阿伏兎に、神威は言いたくなった言葉を押さえつけた。
今此処で大声を出して感情的に言えば、冷静な言葉を投げつけられて終わる。
それぐらいの事を理解できる程度には冷静だった。

「宇宙海賊春雨の提督。それがあんたの肩書きだろ。私情でこんな所に来ていいはずがない御方だ」
「……転々と星を移動してたのは、俺に二度と会いたくなかったから?」
「だとしたらどうする?」

「……人がせっかくあんたの進む道の障害にならんように離れたってのに、どうしてあんたは捕まえようとするんだ」
「阿伏兎?」
「たく、バカだバカだと思ってたが、少しはこっちの身にもなれ、このすっとこどっこい」

怒ったように睨みつける視線。
妙に感情を殺したような冷たい態度よりよっぽど知ったものだった。

「いいか、団長。あんたの気持ちが偏り過ぎてるのが一番の問題だ。立場忘れてこんな所に探しに来てる時点でヤバイ事ぐらい分かれ」

いきなりの豹変に呆気にとられたが、それよりも慣れ親しんだ名称で言われたのが嬉しく思えた。

「おいッ! 団長!! 今まで何を聞いてたんだあんたは!?」
「大丈夫だよ。しっかりと聞いてた。ようは阿伏兎を使って俺を脅そうとする奴がいるかもしれないから俺から離れたんだろ?」
「分かってるなら!!」
「でもさぁ、俺の気持ちが変わらない限り、阿伏兎が狙われる可能性なんて何処に行っても同じだろ? 近くにいても離れてても、結局同じなんだよ」

だから、と言葉を区切ってから目を細めて神威は囁いた。

「俺の傍にずっといてよ、阿伏兎」


(2011/05/03)
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