銀阿

ガンガンと痛む頭に、また二日酔いかとどんよりとした気分で銀時は目が覚めた。
地面にうつ伏せになっていたらしく、視線は低かった。

『取り敢えず、水、水を誰かくれ……』

ズルズルと歩きながら、水を求めて手探りで探した。
ピチャン、と手を濡らした感覚に、何だ水溜りかと思った。

『いやいや、水溜りの水は飲めないから…………ん? ……猫? どっかで見たような気が……?』

水溜りに映ったのは可愛げのないクルクル毛の猫。
自分が首を傾げれば水溜りに映った猫も首を傾げた。

嫌な予感がしながら、記憶を手繰るが酔った後の記憶がなかった……

『うぉおおお!? またやっちまったのか!!?』

ガハッと絶句するとやはり水溜りに映る猫も絶句した顔になった。


『おいおい、どうするよ……』

今更後悔しても遅いのだが、ため息もつきたくなる。
水溜りに映った自分を見ながら、ため息をついた。
ナルシストではないが、暫く水溜りに映る自分を見ていると、ふと影ができた。


「随分と目つきの悪い猫がいたもんだ」


ヒョイッと首元を掴まれ、グエッと息を詰めたのは一瞬。
すぐに片腕の中に納まり、見下ろされた。
番傘を器用に首にかけ、何でいるの、と思う人物が見下ろしてきた。

「野良猫か? まあ、大人しい所をみると飼い猫のようにも感じるが」

暴れる事も忘れ、その腕にすっぽりと収まりながら、銀時は呆気にとられた。

「銀時の旦那によく似たもんだな、他人の空似ならぬ他猫の空似か?」
『阿……阿伏兎ォオオオ!?』

嬉しい再開はなさけない猫の姿。
勿論、猫語が通じる訳も無く、阿伏兎にはニャーニャーとしか聞こえなかった。

「ん? 何だ腹でも減ってるのか?」
『気付いて! ちょっ、本当ッ気付いてくれェエエ!!』

愛さえあればなんとやら、一心に銀時は気付くよう念じ続けた。


「爪を立てるな、銀…」
『えっ……気付いてくれ……た?』
「おっと、野良猫に名前をつけたらダメか」
『気付いてなァアアい!!』

やっぱりそうでしょうね、と落ち込みながら、銀と言いかけたのは単なる毛色からの連想ですか、と納得した。


「……それにしても、よく似てるもんだ。もっとも、旦那には会えなかったが……少しばかり運が悪いのかねぇ?」
『いる! ここにいるから阿伏兎ォ!!』
「おっと、さすがにいつまでも人の腕の中は嫌か」

爪を立てながら訴える銀時は、勘違いした阿伏兎に、スルッと地面に程近い所で放され、悪かったと頭を撫でられた。

「さて、吉原の現状調査に行くか」

スッと立ち上がり、番傘の柄を掴んだ阿伏兎は、銀時を置いて歩き出した。

『チョッ!? まって阿伏兎ォオオオ!!』

阿伏兎に振り向きもされず置いていかれた銀時は、全速力で走り出した。



「あら、いらっしゃい」
「ぬしも毎度ご苦労な事じゃ」

車椅子に座り、その名の通りに太陽のような笑みを向ける日輪。
その日輪との間に立ち、月詠は少しだけ皮肉気に言い放ち、阿伏兎を一瞥した。


「吉原の現状を勝手に調査させてもらう」
「手を出さないのに一々調査する必要があるのか?」
「なにぶんこっちにも色々と面倒な事があるもんでねぇ」
「勝手にしろ……ん? なんじゃ随分と似合わぬものを引き連れているな」

唐突な言葉に、月詠の視線をたどると、随分と疲れた様子の猫がついてきていた。


「不細工な猫じゃ」

しゃがみ込み、猫と視線を合わせた月詠は、ふーっと煙をかけ、ケホケホと猫が咽る様を眺めた。

「あまり苛めるな」
「ふっ……何ならわっちが預かろうか? 似合わん組み合わせよりよっぽどましだと思うが?」

キセルを銜えながらニヤリと笑った月詠は、猫の襟首を掴み持ち上げた。

「月詠、成猫は首を掴んで持つと窒息するわよ」
「む……そうなのか?」

日輪の言葉に掴んだ猫を見ると、ジタバタと暴れていた。
少し悩んだ後、日輪の膝へと猫を置いた。

「大丈夫だった?」

膝の上に乗せた猫が必死に息を吸う様子を眺め、どことなく人間臭く笑ってしまった。


「母ちゃん何見てるの?」
「あら、晴太」

店の奥から出てきた晴太は、日輪の膝にいる猫に気付き小走りに近づいた。

「うわ~銀さんに似てる!」

自分の目線まで猫を抱え上げ、その不細工さより先に、毛の色や癖具合から言った。

「晴太、そのへんにしなさい」
「は~い、わかったよ母ちゃん」

日輪の言葉に残念そうに猫を下ろし、それでも名残惜しそうによしよしと猫の頭を撫でた。

「ごめんなさいね? 貴方の猫なのに」
「いや、構わんさ。どの道俺のものじゃない」

晴太に撫でられている猫を眺め、長居は無用と阿伏兎は歩き出した。


「あっ!?」

阿伏兎が歩き出したと同時に、晴太に撫でられていた猫は慌てた様子で駆け出した。
駆け出した猫を眺め、月詠は呆れた様子で呟いた。

「……何処が俺のものじゃなないじゃ、十分に懐いておるじゃろ」
「でも、どちらかと言うと、何となく猫の一方的な想いに近いと思うわ」

的を射ているような日輪の発言に、月詠は疑問に思いながら眺めた。



「……いつまでついてくるつもりだ」

猫相手に言っても仕方のない事ではあるが、阿伏兎は独り言のように呟いた。
日輪達の所で留まっていれば良いものを、わざわざ自分の後を追う猫に呆れた。

だいぶ歩いた所で、やや遅れながら必死についてくる猫を待ち、ため息をついて拾い上げた。


『はぁ……厄日ですかコノヤロー。あれだ、せっかく美味しい場面で何もできないって何?』

必死に追いかけ追いかけ、ようやく拾い上げられ、ご飯をご馳走になり、宿にまで連れてこられた。
二人っきりでお泊り、ついでに阿伏兎はすでに寝ている。


『……ヘビの生殺しってこう言う事を言うんだろうな』

一にも二にも嬉しい状況だというのに、自分の手を見ればなさけない肉球。
これじゃ何もできないだろ、と銀時はため息をついた。

もっとも、据え膳食わぬは男の恥。
此処で指を銜えて何もしないのは、男が廃ると言うもので、キスぐらいならできるだろと阿伏兎に近づいた。

『…………って! これじゃ猫がただ人の顔舐めてるだけじゃねーか!!』

ぬぉぉッ、とジレンマに陥るも、どうにかなる訳も無く、諦めて寝る事にした。



「……もどった?」

やけくそで寝た後、目が覚めればいつもの自分の手。
今までの事が夢かと思えば、周囲は昨日つれてこられた宿の一室、隣には阿伏兎が寝ていた。


「ん……だんな?」
「あー、おはよ阿伏兎」

苦笑いをすれば、ぼんやりと寝ぼけ眼で見上げられた。

「昨日はどこへ行ってたんだ……?」

いまだ頭が働いていないらしく、素直に質問され、心臓直撃の可愛さに心置きなく抱きしめた。



気まぐれ
「ん? 猫は何処へ行ったんだ?」
「えっ……あの、もう少しこう……」


end
(2010/08/19)
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