かむあぶ 2

「送り主不明、か?」


薄い長方形の箱を手に阿伏兎は首を傾げた。
机の上にいつの間にか置いてあった贈物を見つけた時には驚いた。
毎年盛大に他師団からすらも大量に貰う神威をよそに、一つも貰えない事は惨めだった。

どうせこの箱も団長宛てだろうと思いながら確認すれば、自分宛て。
送り主名が書いてない事だけが気にかかるが、多少の不審な点は目を瞑る事にした。

「まあ、奥ゆかしい人物からかもしれんしな」

さて食べるかと包装紙を破こうとして、横から伸びた手に奪われた。
横を見れば、ニコニコと笑いながら箱で遊ぶ神威がいた。

「おい、箱を返せ、団長」
「何の手違いで阿伏兎にこのチョコが届いたのかは知らないけど、これは元々届くはずのない物だから」

指一本でバランスをとる様に遊ばれる送り主不明の箱。
早々に部屋の外へと持って行こうとする神威へと軽く驚きながら、阿伏兎は非難するように口を開いた。

「引く手あまたのアンタと違って、こっちは毎年一つも貰えないのは知ってるだろ」
「阿伏兎だって毎年俺と同じぐらい貰ってるだろ?」

遊ぶように持っていた箱を片手で掴み、平然と神威は返した。
足取りの止まった相手からの言葉に、阿伏兎は眉間のシワを増やした。
現状として一つもない年が続く中、その言葉を信じろとはさすがに無理があるだろと神威を睨んだ。

「嘘をつくな、嘘を」
「本当だって。俺が届けさせないだけで、阿伏兎にも山のように来てるよ」

団長の権限って偉大だよねと、届けられるはずの贈物をストップさせていた神威は笑った。
職権乱用だろと言いたくなる言葉を飲み込み、阿伏兎は神威に向かい訊いた。

「そこまでして人のチョコが欲しかったのか?」

そんな筈はないだろ、と言外に含ませながらの問い。
大量に貰う中、たかだかチョコの一つすら許さないのは可笑しい。


「嫉妬からって言ったら、阿伏兎信じる?」
「アンタが嫉妬? もう少しましな理由は無いのか?」


呆れたように神威からの答えを受け流す阿伏兎。
端から反応は分かっていた神威は、だろうねとケラケラと笑った。

「そんなに他人からのチョコが欲しい? 阿伏兎」
「人からの贈物を無下にする気はないからな」
「それは知らなかった。阿伏兎って義理堅いね。お返しとかも考えたりするの?」
「いいから、アンタはさっさとそのチョコを返せ」

ついでに、今まで止めてた分も全部こっちへ寄越せと阿伏兎は箱へと手を伸ばした。
その手を掴み、ねじ伏せるように神威は阿伏兎を床へと叩きつけた。

「何の真似だ! このすっとこどっこい!!」
「欲しかったんでしょ? 食べさせてあげるよ」

痛みに顔を顰め怒鳴る阿伏兎を見下ろしながら、神威は持っていた箱の包装紙を破き始めた。
銀紙も取り払われ、口元へと持って来られたボトル型のチョコを前に、理解不能な相手を阿伏兎は見上げた。

「どう言う、考え方の変化でしょうかねぇ、団長様?」
「遠慮せずに食べなよ、阿伏兎」

早くしないと溶けちゃうよ、と軽口を叩きながら促す神威。
拒否をしてもろくな結果にはならないだろうと、差し出される物を素直に阿伏兎は口に含んだ。

「味はどう?」
「若干、酒の度が強いな」

喉を焼くような感覚に、美味いには美味いがと付け足しながら口の中に残ったチョコを咀嚼した。
相手が口の中にあるチョコを食べきった所で、神威は口を開いた。


「ああ、そうだ阿伏兎。俺が阿伏兎へのチョコをストップさせてた理由。教えてあげようか?」
「どうせくだらん理由なんだろ」


アンタの考えは分からん、と床に横たわりながら投槍に言う阿伏兎。
そんな阿伏兎に対し、二個目のチョコの銀紙を剥きながら、神威は理由を述べた。

「十割近くが催淫薬入りのチョコだったからだよ」
「…………」
「たぶんコレにも入ってるよ」

じわりと、嫌な汗が背中を伝った。
今しがた食べたチョコは、酒だと思ったあの液体は。

「ちょっと待て……団ッ!」
「人からの贈物を無下にする気はないんだよね?」

二個目のチョコを阿伏兎の口へと押し込みながら、心底楽しそうに神威は言った。



全部食べさせてあげるよ
催淫薬=媚薬入りのチョコでもよければ。


end
(2014/02/14)
25/40ページ