かむあぶ 2
「結局、あの嬢ちゃんは、アンタの手を取らなかったのか?」
「まったく、馬鹿な話だよね」
船の搭乗口で待っていた阿伏兎は、1人で戻ってきた神威に対して訊いた。
その問いに対し、神威は呆れたように苦笑しながら答えてきた。
原因不明、地球に蔓延した死病、白詛。
裕福な者だけが地球から逃げ出してきた。
「地球の価値はダダ下がり、元老もとっくに見切りをつけてる。今回を逃せば、春雨の戦艦を地球に動かす事は二度と出来んぞ?」
「あのお侍さんが、帰ってくるのを待ってるんだってさ」
「ほぉ、健気だねぇ」
あの侍の為に、兄の手を振り払ったのかと感心したように阿伏兎は呟いた。
それに対し、名残惜しそうに神威は地球を眺めた。
「馬鹿な妹だよ、まったく」
「アンタでも、家族愛なんてのがあったんだな?」
「教えてくれたのはあのお侍さんだったのにね」
もう行こうか、と荒廃した地球を背に歩き出した。
一度も振り返らずに船内へと向かう神威へと続くよう、阿伏兎も歩き出した。
搭乗口が閉まり、船が動き出す振動が廊下へも伝わってきた。
黙々と船のデッキへと歩く神威の背に向かい、阿伏兎は声をかけた。
「なぁ、提督さんよ」
「何、阿伏兎?」
「アンタなら、あの嬢ちゃんの意思を無視して連れてくることも出来ただろ」
何でしなかった、と責めるでもなく淡々とした問い。
その問いに、歩調を微塵も緩めずに神威は答えた。
「別に。どうせ無理やり連れて来て乗せても意味ないだろ」
「暴れられるのがオチってか? 気絶させて乗せればよかっただろ」
「今日はいつになく乱暴な手を推薦するね、阿伏兎」
「人生は重要な選択肢の連続だ。後悔しないようにしとけ、団長」
慣れ親しんだ昔の名称に、歩みを止めた神威は阿伏兎の方へと振り返った。
「酷いなぁ、阿伏兎は。これでも後悔しない選択をしたつもりなのに」
「そんな顔で言われても、誰も信じないぜ?」
ニコニコとした笑みの出来損ない。
子供が泣く寸前のように見える顔。
指摘された神威は、阿伏兎に背を向けて、また歩き始めた。
「本当はさ、阿伏兎が言った手段、使おうとしてたんだ」
でも、結局は駄目だったと軽い口調で神威は言い、船のデッキの前で、歩みを止めた。
鉄の扉が開き、目の前に広がるのは暗い宇宙空間だった。
もう地球へとは向かわない船は、二度と地球を映さない。
「悔しいね。俺は、またお侍さんに負けたんだ」
最後の船
連れて行きたかったと、前だけを見続ける青年は呟いた。
end
(2013/12/18)
「まったく、馬鹿な話だよね」
船の搭乗口で待っていた阿伏兎は、1人で戻ってきた神威に対して訊いた。
その問いに対し、神威は呆れたように苦笑しながら答えてきた。
原因不明、地球に蔓延した死病、白詛。
裕福な者だけが地球から逃げ出してきた。
「地球の価値はダダ下がり、元老もとっくに見切りをつけてる。今回を逃せば、春雨の戦艦を地球に動かす事は二度と出来んぞ?」
「あのお侍さんが、帰ってくるのを待ってるんだってさ」
「ほぉ、健気だねぇ」
あの侍の為に、兄の手を振り払ったのかと感心したように阿伏兎は呟いた。
それに対し、名残惜しそうに神威は地球を眺めた。
「馬鹿な妹だよ、まったく」
「アンタでも、家族愛なんてのがあったんだな?」
「教えてくれたのはあのお侍さんだったのにね」
もう行こうか、と荒廃した地球を背に歩き出した。
一度も振り返らずに船内へと向かう神威へと続くよう、阿伏兎も歩き出した。
搭乗口が閉まり、船が動き出す振動が廊下へも伝わってきた。
黙々と船のデッキへと歩く神威の背に向かい、阿伏兎は声をかけた。
「なぁ、提督さんよ」
「何、阿伏兎?」
「アンタなら、あの嬢ちゃんの意思を無視して連れてくることも出来ただろ」
何でしなかった、と責めるでもなく淡々とした問い。
その問いに、歩調を微塵も緩めずに神威は答えた。
「別に。どうせ無理やり連れて来て乗せても意味ないだろ」
「暴れられるのがオチってか? 気絶させて乗せればよかっただろ」
「今日はいつになく乱暴な手を推薦するね、阿伏兎」
「人生は重要な選択肢の連続だ。後悔しないようにしとけ、団長」
慣れ親しんだ昔の名称に、歩みを止めた神威は阿伏兎の方へと振り返った。
「酷いなぁ、阿伏兎は。これでも後悔しない選択をしたつもりなのに」
「そんな顔で言われても、誰も信じないぜ?」
ニコニコとした笑みの出来損ない。
子供が泣く寸前のように見える顔。
指摘された神威は、阿伏兎に背を向けて、また歩き始めた。
「本当はさ、阿伏兎が言った手段、使おうとしてたんだ」
でも、結局は駄目だったと軽い口調で神威は言い、船のデッキの前で、歩みを止めた。
鉄の扉が開き、目の前に広がるのは暗い宇宙空間だった。
もう地球へとは向かわない船は、二度と地球を映さない。
「悔しいね。俺は、またお侍さんに負けたんだ」
最後の船
連れて行きたかったと、前だけを見続ける青年は呟いた。
end
(2013/12/18)