かむあぶ 2

「今度は何処に逃げるの? 阿伏兎」


雨の中、視界を遮っていた傘を上げ、会いたくはなかった人物の顔を阿伏兎は見た。

「こんな所まで来て、何の用ですかねぇ、団長様?」
「お前は俺のモノなんだから、勝手にどっか行ったら駄目だろ」
「ガキの独占欲もそこまでいけばたいしたもんだ」
「帰ってきてよ、阿伏兎。俺の所へ」
「退職願は出したはずだが?」
「俺は受け取ってない」

聞く耳を持たない神威に、阿伏兎は鼻で笑った。


「まともに歩くことすらままならん状態の夜兎に、価値なんざないと思いますがねぇ」
「それは春雨から抜けた時の代償?」
「ああ、そうだ。馬鹿正直に退職願を出したからな、体にいらんものを入れられた」
「そんなに俺から逃げたかったの、阿伏兎」
「出来れば、逃げ切りたかったもんだ」


「そんなに俺が嫌いだった? そこまでしても俺から逃げたかったぐらい?」
「嫌っちゃいなかったさ、団長。いや、たぶんあんたが思ってる以上に俺はあんたの事が好きだった」
「ならどうして? 俺が好きなら何で俺の所から逃げるの」
「怖かった、とでも言っておきましょうかねぇ。前だけ見て、後ろも何も振り返らんはずのあんたが、何の気まぐれか隣を見るようになった」
「…………」
「あんたの執着心が怖かった。何ものにも捕らわれん強さを追い求めてるあんたが唯一見せた執着心が、怖かった」
「だから、俺の所から逃げたの?」
「気まぐれで執着したのなら、隣からいなくなれば消えるだろう。本気だとしても、逃げ続ければ諦めるだろう、そう考えたんですけどねぇ」

誤算もいいところだと、今目の前にいる神威を眺める阿伏兎は苦笑した。
今までのこと全てが水泡に帰した事実に、苦笑しかこみ上げてこなかった。

「何でまた、逃げ続けても追いかけてきたんだ、団長」
「逃げるものは追いたくなるのが本能だろ」
「そんな理由か」
「単純だよ、凄く。俺は阿伏兎が隣にいる事に慣れきってたんだ。いないとずっと何かが欠けてると感じるぐらい、隣にいるのが当たり前だったんだ」

だから、と真剣な目で見つめてくる神威に、阿伏兎はため息を吐いた。

「仮に春雨に戻るとして、上が煩いと思うがねぇ」
「大丈夫、俺が黙らせるから」
「今の俺は、まともに戦えんぞ」
「春雨に戻ったらすぐに取り除けばいいだろ」


どれだけ逃げても、どれだけ諦めさせようとしても無駄だった。
結局、此方が諦めるしかないほどに馬鹿な相手。

そんな大馬鹿もいいところの相手に何を言っても無理な相談だった。
ここで断ったら強制連行さえする気満々の神威に、NOと言えるはずもなかった。



無駄な事
「バカ団長相手に何を言っても何をしても無駄だったか」
「そんな事、阿伏兎が一番よく知ってただろ?」


end
(2012/10/07)
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