かむあぶ

「さて、次の場所は何処だったかねぇ?」

欠伸がでそうなほどのんびりと呟いた阿伏兎は、帰還用の船へと向かっていた。
その途中、いきなり目の前に立ったのは、まだ年端もいかない子供だった。
随分と不釣合いな場所にいる子供。
迷子ではないと思ったのは、真新しい番傘の下にある白い肌を見たからだった。

「何か用か?ガキ」

眉を寄せ見下ろせば、さながら天使のような笑みを浮かべながら子供は口を開いた。


「やっと見つけた」


やけに印象的な鮮やかな髪色が近いと思った瞬間、喉の奥から血がせり上がってきた。
目の前の子供にあばら骨を折られた事に気付いた時には、すでに馬乗り状態にされていた。

「なっ!?」
「暫くの間動かないでね? 勧誘しに来たんだ」

同族に対しては確かに甘いが不意をつかれた事に対して驚いた。
子供に怪我を負わされるとは思っていなかった。

「俺の物にならない?」
「は?」
「鳳仙師匠に、パートナーを見つけて来いって言われたんだ」

いまいち話の流れが分からない子供の言葉。
取り敢えず、引っかかった事項を口に出した。

「鳳仙師匠? 宇宙海賊春雨にいる夜王鳳仙の事か?」
「うん、その師匠が世渡り上手なパートナー探して来いって言ったんだ」
「……世渡り上手ねぇ?」

阿伏兎は微妙な顔で自分の上にいる子供を見た。
確かに目の前の子供は世渡り自体下手そうだった。
だからと言って世渡り上手な者を見つけて来いとは、過保護過ぎないかと率直に思った。

「俺と一緒にいれば場所を転々とする事もないし、強い奴といっぱい会えるよ?」
「すまんが、職には事足りてるもんでね」
「高収入だし、手合わせできる夜兎もいっぱいいるよ? 破格だろ?」


子供の言う高収入ほどあやふやなものはない。
しかも、子供の言う条件は、どれも強い者と戦えれば好条件と言いたげだった。
唯一魅力的なのは、夜兎がいっぱいぐらいしか思えない。

「俺は世渡り上手な相手を手にいれられるし。阿伏兎は好条件の就職先見つけられるし。ほら、どっちにとっても都合が良いだろ?」
「……ん? ちょっと待て。何で俺の名前を知ってる?」
「ん? ああ。いちおう師匠に目ぼしい人物を教えてもらったんだ。写真と名前つきで山と詰まれてたけど、阿伏兎が一番いいなって思った」
「写真と名前つき?選んだ?」

頭に思い浮かんだのは、山と積まれた白い台紙に貼り付けられた写真をパラパラと物色する子供。
その様子はどう考えても……

「見合い写真じゃあるまいし、んなバカな……」

首を振りながら想像していた事を打ち消した。


「あ、それから、これにサインと判子押してもらってこいって」

ごそごそとポケットから出した紙切れを広げ始めた子供。
皺くちゃになっている紙を差し出され、一番初めに書かれた文字に目眩がしそうになった。

「ちょっと待て、ガキ。その書類をお前はよく見たのか?」
「見たよ? 俺の名前が必要な所は師匠に教えてもらってもう書いたし」
「違う! その書類の上に書かれてる字を読め!!」
「俺まだ難しい漢字は読めないんだ」
「婚姻届だ! このすっとこどっこい!! その師匠とやらはお前さんの生涯のパートナーを見つけてこいって意味で渡したんだろ!?」
「え? 生涯のパートナーであってるだろ?」
「どうも可笑しいと思った……ガキに力尽くで嫁探しさせる方もバカだろ。と言うか、何で俺の写真が混じってるんだ?手違いにしてもちゃんと確認ぐらいしないのか」
「ねー阿伏兎、何ブツブツ言ってるの? 早くサインしてよ」
「断る!!」

既に回復した体で、ばねの様に起き上がり、地面に転がった子供を無視して歩き出した。

「待ってよ阿伏兎。サインしないと殺しちゃうぞ?」
「言ってろガキ。どうせなら十年後ぐらいにでも常識身につけて出直して来い!!」


歩幅の違いに物を言わせ、全力で逃げるように傭兵用の帰還船へと向かった。
船に飛び乗った阿伏兎は、頭の可笑しな子供の事を草々に記憶の彼方へと置いた。

正確には、その十年後に目の前の青年を見るまで記憶の彼方へと置いていた、はずだった。
あの時と同じように唐突に前を塞ぐ相手。
少し色あせた番傘を上げ、特徴的な髪色の青年は口を開いた。


「迎えに来たよ、阿伏兎。今度こそ俺の物になるよね?」


約束通り十年待ったんだから、と笑いながら目の前の青年は言った。

「……お前、あの時のガキか?」
「うん。あんまり面影が無くて分かんなかった?」

無邪気に笑う顔は、見間違えようも無くあの時の子供のものだった。

「探したよ? 傭兵だから何処にでも行くのは分かるけど、阿伏兎の場合は移動しすぎだよ」
「此方としては、まさか誰かが探すとは思ってもみなかったもんでねぇ。それも、どう考えても頭の可笑しい子供の言動だ、忘れるに限る」
「やっぱり信じてなかったんだ」
「あの状況で信じる奴がいるなら、是非ともお目に掛かりたいもんだ」

拗ねた様に不機嫌になる青年。
それを冷静に眺めながら、阿伏兎はため息をついた。

「で、何の用だ?」
「だから、迎えに来た」

冗談としか思えない青年の言葉。
今度こそ口元を引き攣らせた阿伏兎は、怒りを籠めながら返した。

「生憎と、雇い先は腐るほどあるんでね。分かったらさっさと夜王の所にでも帰れ」
「鳳仙の旦那なら引退して春雨にはいないよ」
「ほぉ、あの夜王が引退ねぇ。それは知らんかった」
「俺がその後釜に就く事になったんだけど、やっぱり優秀な補佐が必要なんだ」
「世渡り下手な上司につく部下も大変だな。精々頑張れよ青年」

長居は無用とばかりに片手をヒラヒラと振りながら歩き出した。
それを引き止めようとしない青年は、何気なくその背に声をかけた。


「良いこと教えてあげようか阿伏兎。もうすぐその雇い先、無くなるよ?」


不謹慎な内容に顔を顰めながら振り向くと、青年はニコニコと笑いながら続けた。

「正確に言えば、俺が潰す。阿伏兎を雇う先、全部潰してあげるよ」

そうすれば俺の所に来るしかないよね、と暗に言う相手に、別の意味で口元が引き攣った。

「これはまた……随分と物騒な思考だな?」
「阿伏兎が素直に俺の所に来れば良いだけだよ? 話は簡単だろ」
「誇大宣言もいい加減にしとけ、ガキ。雇い先全部だと? そんな事出来る訳ないだろ」
「俺が鳳仙の旦那の後釜に就いたって事忘れてない?」

さも当然と言い切る青年は自慢する様子もなく淡々と続けた。

「春雨第七師団。別名春雨の雷槍なんて呼ばれてるけどね。早い話、春雨で一番強い所」
「それがどうかしたのか?」
「俺、そこの団長なんだ」


暫くの間の後、阿伏兎は春雨に若い団長がいる噂を思い出した。
曰く、屈強な部下をまとめるわりに華奢そうな人物。
常識はずれの化け物。新任のくせに負けることを知らない。
会った者を残らず殺しまくるが、その顔は笑顔以外を見たことが無い。
噂は尾ひれが付くが、おおよそは目の前の人物と合致する。

「お前さんが……あの噂の人物だと?」
「どんな噂か知らないけど、たぶんそうかな?」
「世の末だな」

頭痛がしてくる、と額に手を添え阿伏兎は首を振った。
それから、何故その事を目の前の青年が出すのかを考え、出た結論に余計頭が痛くなった。

「つまり、その春雨で一等強い師団の団長様が本気を出せば、雇い先全部潰すのも訳はないと」
「理解が早くて良いね」
「まったく、世の末だ……」

深いため息を吐き、依然として笑顔の青年を見た。

「何で俺なんだ? 補佐ならその第七師団に腐るほど候補がいるだろ」
「阿伏兎の事が一番気に入ってたから。あの時からずっと」
「ほぉ、酔狂だねぇ。何が気に入られたんだか」
「逃げる奴は追いたくなるのが本能だろ?」
「あの時逃げたのは失敗だったか。まったく、人生の選択を間違ってばかりで嫌になりそうだ」
「逃げなかったらもっと早く俺の物になってただけだよ」

選択を変えたとしても変わらない結末に、何とも言えなくなった。
傍若無人を絵に描いたような子供に気に入られた時点で、何かが終わっていたのかもしれない。

「それで? 俺の物になってくれる?」
「どうせ断っても追ってくるんだろうな」
「阿伏兎が行く先々で星が潰れるかもね」
「はぁ……ガキに目を着けられたのが運の尽きか」

何度目かのため息を吐き、ほぼ決定事項になっている春雨入りについて考えた。
やる事は傭兵とさして変わらない戦闘。
おそらくは青年の補佐で交渉などの面倒事も引き受けるのだろう。
その代わり、比較的安定した収入にはなりそうだった。
後は……


「夜兎がいっぱい、か」


苦笑をしながら、十年前に言われた言葉を思い出した。
あの時も随分と自分にとって好条件に聞こえた事項。

同族と一緒にいられるのならば。
それも、共食いをしなくてもいいなら、これほど魅力的な職場もない。

「何で笑ってるの?」
「いや、単なる思い出し笑いだ。気にするな」
「ふーん。で、返事は?」
「謹んで承りますよ」

返事を聞いた後、青年は満面の笑みで喜んだ。



名前を知るまで
「そう言えば、お前さん名前は?」
「どうせ普段は団長って呼ぶことになるよ?」
「それもそうか……まあ、いちおう知っておきたいだけだ」


end
(2011/03/07)
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