かむあぶ
「好きな人の名前? 始めの文字と文字数?」
目を見開きながら確認するように神威は書類に書かれた文字を読み上げた。
驚き首を傾げるのも無理はないと思いながら、書類を渡した阿伏兎はため息をついた。
「これ、誰が得するの?」
「さあ、誰でしょうかねぇ」
「男所帯の此処でどうやって面白がるんだろうね?」
「身も蓋もない言い方で……」
やるだけ無駄だとは思うが、師団ごとに渡されたのだからしかたがない。
それが、例えどれほどくだらない事だったとしても……
「では団長、確かに渡しましたので」
「アリ? この書類はいつもみたいに持って行かないの?」
「個人のプライベートには十分に配慮するように、と念を押されたものですから」
「へー、そう……」
「ああ、くれぐれも提出期限を遵守するようお願いしますよ」
そう言いながら部屋を出て行く阿伏兎を見送り。
神威は無作法に寝転びながら書類を眺めた。
「好きな人ね……そんなの一人しかいないんだけど? 阿伏兎」
いまだに本人に言っていないことではある。
何だかんだ言いつつ、告白するのを忘れていた事も関係ある。
それ以前に自分に対する子供扱いが無くなるまで、と考えていたのが一番の要因かもしれない。
「でも、そろそろ言っても良いかな?」
丁度いい機会だと思った。
口先だけで言っても、どうせ信用しないに決まっている。
どうせなら、冗談にしても言い訳が出来ないほど公的な文章をもって気付かせるのもいいかもしれない。
「えーと…始めの文字は阿で、文字数は三文字だね」
書類に書き込みながら、いつこの文章が発表されるのか、楽しみだと思った。
「気付いてくれるといいなー」
満面の笑みを浮かべ、異例とさえ思われるほど早さで提出に向かった。
後日、春雨艦内に巡った師団長ごとの回答結果を見たらしい阿伏兎が、何とも言えない表情でたずねてきた。
「団長、あんた年上趣味だったんですか……?」
「うん。阿伏兎、見てくれたの? 俺の好きな人の名前?」
「見ましたが……」
「で? 阿伏兎の感想は?」
どれほど鈍感だとしても、あれだけ明確に書かれた文章を見て気付かないはずはない。
ワクワクと期待しながら神威は訊いた。
「まさか、団長が年上趣味でデブ専だとは思いませんでした」
「え……?」
「こちらには趣味をとやかく言う権利はありませんし、蓼食う虫も好き好きと言うぐらいですからねぇ……」
いや、それにしても趣味が少しばかり……、と嘆かわしく呟く阿伏兎に、目が点になりそうになった。
「阿伏兎、なんのこと言ってるの?」
「だから、団長の好きな人物を知っての感想ですが?」
「だよね? それで何で俺の趣味が年上趣味でデブ専になるの?」
年上はあってるけどね、と心の中で付け加えながら、話の噛み合っていない阿伏兎へと神威は訊いた。
「何で…と言われましてもねぇ……」
言っても良いものですか、と問い掛けるように言葉を区切る阿伏兎は、神威の急かすような顔を見て一考した後、口を開いた。
「団長、あんたアホ……阿呆提督が好きなんだろ?」
「阿伏兎、冗談言うと殺しちゃうぞ?」
何で、今ここで、最も関係ない名前が出るのか。
にこやかな笑みに殺気を乗せ、真面目に答えろと強要するが、相手は全く違う意味にとったらしい。
「図星を指しただけで、いちいち殺されてたまるか、このすっとこどっこい」
「図星? どこが? 俺の好きな人がアホ提督だなんて言うのが冗談以外何だって言うのかな?」
「そうムキになるな、どうせ誰も気付いちゃいないだろ」
「だから、何で」
神威が苛つきながら言えば、阿伏兎は、呆れながら理由を述べてきた。
「団長……最初の文字が阿で、三文字の人物も早々にいないだろ?」
「そうだろうね」
今、目の前にいる人物以外見たことないよ、と言外に籠めながら皮肉気に神威は返答した。
「最初の文字が阿で、名前が三文字の人物、そんなものは阿呆提督しか思い浮かばないんですが?」
「………………阿伏兎」
はっきり堂々
自分の名前を言ってみようか?
end
(2010/11/04)
目を見開きながら確認するように神威は書類に書かれた文字を読み上げた。
驚き首を傾げるのも無理はないと思いながら、書類を渡した阿伏兎はため息をついた。
「これ、誰が得するの?」
「さあ、誰でしょうかねぇ」
「男所帯の此処でどうやって面白がるんだろうね?」
「身も蓋もない言い方で……」
やるだけ無駄だとは思うが、師団ごとに渡されたのだからしかたがない。
それが、例えどれほどくだらない事だったとしても……
「では団長、確かに渡しましたので」
「アリ? この書類はいつもみたいに持って行かないの?」
「個人のプライベートには十分に配慮するように、と念を押されたものですから」
「へー、そう……」
「ああ、くれぐれも提出期限を遵守するようお願いしますよ」
そう言いながら部屋を出て行く阿伏兎を見送り。
神威は無作法に寝転びながら書類を眺めた。
「好きな人ね……そんなの一人しかいないんだけど? 阿伏兎」
いまだに本人に言っていないことではある。
何だかんだ言いつつ、告白するのを忘れていた事も関係ある。
それ以前に自分に対する子供扱いが無くなるまで、と考えていたのが一番の要因かもしれない。
「でも、そろそろ言っても良いかな?」
丁度いい機会だと思った。
口先だけで言っても、どうせ信用しないに決まっている。
どうせなら、冗談にしても言い訳が出来ないほど公的な文章をもって気付かせるのもいいかもしれない。
「えーと…始めの文字は阿で、文字数は三文字だね」
書類に書き込みながら、いつこの文章が発表されるのか、楽しみだと思った。
「気付いてくれるといいなー」
満面の笑みを浮かべ、異例とさえ思われるほど早さで提出に向かった。
後日、春雨艦内に巡った師団長ごとの回答結果を見たらしい阿伏兎が、何とも言えない表情でたずねてきた。
「団長、あんた年上趣味だったんですか……?」
「うん。阿伏兎、見てくれたの? 俺の好きな人の名前?」
「見ましたが……」
「で? 阿伏兎の感想は?」
どれほど鈍感だとしても、あれだけ明確に書かれた文章を見て気付かないはずはない。
ワクワクと期待しながら神威は訊いた。
「まさか、団長が年上趣味でデブ専だとは思いませんでした」
「え……?」
「こちらには趣味をとやかく言う権利はありませんし、蓼食う虫も好き好きと言うぐらいですからねぇ……」
いや、それにしても趣味が少しばかり……、と嘆かわしく呟く阿伏兎に、目が点になりそうになった。
「阿伏兎、なんのこと言ってるの?」
「だから、団長の好きな人物を知っての感想ですが?」
「だよね? それで何で俺の趣味が年上趣味でデブ専になるの?」
年上はあってるけどね、と心の中で付け加えながら、話の噛み合っていない阿伏兎へと神威は訊いた。
「何で…と言われましてもねぇ……」
言っても良いものですか、と問い掛けるように言葉を区切る阿伏兎は、神威の急かすような顔を見て一考した後、口を開いた。
「団長、あんたアホ……阿呆提督が好きなんだろ?」
「阿伏兎、冗談言うと殺しちゃうぞ?」
何で、今ここで、最も関係ない名前が出るのか。
にこやかな笑みに殺気を乗せ、真面目に答えろと強要するが、相手は全く違う意味にとったらしい。
「図星を指しただけで、いちいち殺されてたまるか、このすっとこどっこい」
「図星? どこが? 俺の好きな人がアホ提督だなんて言うのが冗談以外何だって言うのかな?」
「そうムキになるな、どうせ誰も気付いちゃいないだろ」
「だから、何で」
神威が苛つきながら言えば、阿伏兎は、呆れながら理由を述べてきた。
「団長……最初の文字が阿で、三文字の人物も早々にいないだろ?」
「そうだろうね」
今、目の前にいる人物以外見たことないよ、と言外に籠めながら皮肉気に神威は返答した。
「最初の文字が阿で、名前が三文字の人物、そんなものは阿呆提督しか思い浮かばないんですが?」
「………………阿伏兎」
はっきり堂々
自分の名前を言ってみようか?
end
(2010/11/04)