死に損ないの献身
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ある晩、佐川にたまには屋台の大根でも食わねぇかと誘われたミヤコは私がアフターするなんて特別よ?と、冗談を返し承諾していた。
真島は客の全額負担の事件の際、高い酒をただ飲みしていた佐川を呼び出したその後、いつも通り売り上げを脅しに使われ、果てには殺しもやれんのかと煽り文句まで受けた。その挙げ句に店のNo. 1を他店へ移動させたと言う事後報告。真島はグランドの為に奔走する事になった。
オデッセイから女の子を引き抜く事に成功し、与えられた家へと帰る。煙草を吸う為窓を開け一服すると、ビルの中腹、ビルの屋上、通りがかりの船、橋の上、こちらを監視する人間が見える。真島一人を監視するのに随分と人手と金が掛かっている。
吸い殻を窓から捨て、窓を閉めてそのまま眠りにつく事にした。
翌日営業に出ると、店長から引き抜いた女の子の報告を受け事務所へ向かうとちょうどオーナーからの連絡だと言う。電話に出るとあしたば公園への呼び出しだった。店をスタッフに任せ、そのままあしたば公園へ向かう。
公園に着くとおでんの屋台が一軒だけある。そこには佐川の背中と、もう一人小柄な背中があった。仕方がなく小柄の横に座ると、隣にはあの佐川の紹介したミヤコがいた。
「なんでここにおるんや?」
「不思議ですよねー私も支配人が来るなんて初耳です。」
いつもとえらい雰囲気ちゃうやんやりずら……と思いながらも大人しく机に置かれたコップを受け取る。
「んじゃ、真島ちゃんも来た事だしお前も飲めよ」
女の目の前のコップに徳利の熱燗を並々注ぐ佐川。
「いいんですか?ではありがたく」
「この俺に酒注がせる女なんてそうそういねぇからな」
二人の軽口を初めて見た真島は正直反吐が出そうだった。若干表情に漏れている真島だがもう一本の徳利を差し出す佐川の手に釣られて自身のコップを差し出した。
そして佐川が自身のコップを真島のコップに近づけたが、真島は眼帯で気付かなかったのか、小気味良い音は響かなかった。グラスを手元に置き話出す佐川。
「しっかしまぁこんなご時世だ。十万するフグの懐石だの百グラム一万する松坂牛だの何だの、高ぇモンはあらかた食ったけど……こんなボロい屋台の80円の大根が一番うめぇ。金ってのは、一体なんなんだろうな」
大根や昆布を乗せた皿を見てそう溢す佐川に真島は何も答えない。女は自分の皿のおでんに夢中になっている。
「もう二年にもなるか、お前との付き合いも」
大人しく話を聞くモードに入った真島と女は佐川の話に耳を傾ける。こういう時は何も言わないのが得策だと知っているのが二人である。
「嶋野がなんでお前に拘るのか……」
長々と自身の兄弟と真島の過去について語った後こう続けた。
「フッ案外理由は単純で、ただ単にお前のケツの味が忘れられないだけなのかもしれねぇな」
真島は黙って酒を一口煽る。言葉を飲み込む為だったかもしれない、本人にも無意識の行動だった。その横で女もまた同じ様に一杯の酒を煽っていた。
「なんだよ、二人してつまんねえな」
二人を見遣り鼻で笑う佐川。
「しかしなんでまた東城会にこだわるんだ?あの冴島大河ってやつか」
真島の過去の因縁を執拗に聞く佐川。正直立ち去りたい一心だったが、これまでの真島を女が聞き逃さぬ様誰よりも真剣に聞いていたのを横目で見ていた。
「……じゃあ、お望みの本題に入ろうか」
その一言で女が箸を止めた。
「お前、人をひとり殺せるか」
真島に向かって投げられたその言葉を、女は大人しく聞いていた。
「なんで俺がそないな事……その前にちょお待て、」
「いったろ、極道に戻れるならなんでもするってよ。違うのか?」
問答無用で会話を推し進める佐川。真島は隣に座る女を盗み見る。
事務所で話した事を忘れてはいないが無関係な女がいるこの場でする話ではない。
「そないな事せんでも俺は店の売り上げあと五億上げて、極道に戻る」
「オデッセイからノゾミを引き抜いてか?」
もう知っとんのか。言葉を返されて思わず一言が溢れてしまう。
「けどさ、もし俺が『オデッセイ』に連絡すりゃあその話、今からでも無かったことにできるんだよ?」
「何やと……!?」
思わず激昂しそうになる真島。
「まぁつまり、お前の未来は俺の手の中にあるってことだ」
涼しい顔をして本性を剥き出しにする佐川に腑が煮えかえる。
「そうだよな、お前も」
そう言い女の肩に手を置いた。この女も無関係ではないと言いたいらしい。殺しの話から意気揚々とおでんを突いていた箸を下ろし、俯きがちになっている女の顎を掴み、無理矢理顔を合わせる佐川。
「お前は俺の駒だもんなぁ、『ミヤコ』ちゃんよ」
無理矢理顔を上げられ少し苦しげな表情をする女を見て佐川は満足気に手を離す。
「ま、そういう事でこいつも呼んだんだよ」
「金儲けさせた上に、人殺しまでさせて女もつかえっちゅうんか」
大人しく聞いている女にも不気味さを感じる。一体こいつらは何を考えているのか。
「どれも大事なことなんだよ。俺にとっても、お前にとっても」
曖昧な物言いをする佐川。
「……誰をやればええんや」
「『マキムラマコト』……聞いたことないか?」
知らない名前だった。誰やそれ、と続きを促す。
「知らないか。最近蒼天堀で荒稼ぎしてる売春組織の元締めだ。マキムラはそこらの女子大生やら、若い女を捕まえては稼がせて、そのアガリを吸い上げてる。その上組織から逃げ出そうもんなら、見せしめに赤ん坊の産めねえ体にされるってよ」
そこまで聞いて薄ら佐川の考えが透けて見えてきた。
「相手がクズでよかったな。殺りやすくなっただろ」
真島が勘付いたのに気付いたらしい佐川が薄ら笑いでこちらを見る。
「そのマキムラって男はどこにおるんや」
「それを調べるのも仕事のうちだ。マキムラは女たちにテレクラで男を釣らせてる。お前だけで探るんなら、末端の女どもから当たるのがいいんだろうが……まぁそこで俺の駒を貸すってわけだ。どっちが釣れるか分からねえから、やり方はお前に任せる」
大人しく言われたままの女を見る。顔に表情はなく、しかし眼差しは鋭く前を向いていた。
「仕事の期限は二日だ。それまでに標的(マト)を仕留めろ。もしそれを超えた場合……今度はお前らが狙われる立場になる。いいな?」
真島はそら楽しみやな、なんて軽口を叩く。
「仕事の方法もお前に任せる。仕事を終えたら……この番号へかけろ」
番号が書かれた紙を受け取り、会話を終わらせるつもりだった。
「真島ちゃん、最後に確認しとくぞ。殺しに人数や相手は関係ねえ。一人殺そうが十八人殺そうが、聖人を殺そうがクズを殺そうが、人殺しは人殺し。殺った瞬間、真っ当な人生には二度と戻れなくなる。街を歩こうが家にいようが人を殺したっていう記憶が頭から離れなくなる。極道の先輩として忠告しておくけど、殺しなんてやらないで済むならそのほうがいい。当たり前だよな?」
女が何か物言いだけな顔をして佐川を見る。佐川はそれを意に介さず話を進める。
「でもお前はてめえの目的のために見ず知らずの誰かを殺せるか?」
黙って聞いていたが佐川の揺さぶりにいい加減腹が立ってきた真島が吠えた。
「うるさいわ!どっちみち、人のひとり殺せん奴は極道として半人前や。やったるわ!!」
そうか……と独りごち佐川が席を立ち上がる。
「ごちそうさん。こいつらの分もこれで。」
多めに金を置いていく佐川を目線で追う女。
「あとは二人で好きに飲んでくれ。あ、がんもうまいぞ、食っとけ。」
じゃ、頼んだよと言い残し佐川は去っていく。
二人残された屋台で暫く静寂の時が訪れた。佐川がいなくなり肩の力を抜いたのか軽く息を吐き、冷め切った残りのおでんに手をつけ始める女。
「呑気なやっちゃな……」
「これから戦が始まるんだもの、腹拵えはしないと」
本当に土地を巡って人を奪い合い、殺し合う戦の様な事が起こるなどと想像もしていない真島は、女の見方を『少しはまともな女』から『やっぱり変な女』に変更していた。
おでんを食べ終え、酒も飲み切った女にこの先どうするのかを問う。
「俺は、佐川に言われた通りにお前を使うつもりはないで」
分かってる、そう女は答え席を立とうとする。
「ちょお待て、お前はどうするつもりや」
座っている真島より少し目線が高い女がしたり顔でこちらを見る。
「私には私の独自ルートがあるの」
そう言い残し佐川と同じ方向へ去っていった。
真島は客の全額負担の事件の際、高い酒をただ飲みしていた佐川を呼び出したその後、いつも通り売り上げを脅しに使われ、果てには殺しもやれんのかと煽り文句まで受けた。その挙げ句に店のNo. 1を他店へ移動させたと言う事後報告。真島はグランドの為に奔走する事になった。
オデッセイから女の子を引き抜く事に成功し、与えられた家へと帰る。煙草を吸う為窓を開け一服すると、ビルの中腹、ビルの屋上、通りがかりの船、橋の上、こちらを監視する人間が見える。真島一人を監視するのに随分と人手と金が掛かっている。
吸い殻を窓から捨て、窓を閉めてそのまま眠りにつく事にした。
翌日営業に出ると、店長から引き抜いた女の子の報告を受け事務所へ向かうとちょうどオーナーからの連絡だと言う。電話に出るとあしたば公園への呼び出しだった。店をスタッフに任せ、そのままあしたば公園へ向かう。
公園に着くとおでんの屋台が一軒だけある。そこには佐川の背中と、もう一人小柄な背中があった。仕方がなく小柄の横に座ると、隣にはあの佐川の紹介したミヤコがいた。
「なんでここにおるんや?」
「不思議ですよねー私も支配人が来るなんて初耳です。」
いつもとえらい雰囲気ちゃうやんやりずら……と思いながらも大人しく机に置かれたコップを受け取る。
「んじゃ、真島ちゃんも来た事だしお前も飲めよ」
女の目の前のコップに徳利の熱燗を並々注ぐ佐川。
「いいんですか?ではありがたく」
「この俺に酒注がせる女なんてそうそういねぇからな」
二人の軽口を初めて見た真島は正直反吐が出そうだった。若干表情に漏れている真島だがもう一本の徳利を差し出す佐川の手に釣られて自身のコップを差し出した。
そして佐川が自身のコップを真島のコップに近づけたが、真島は眼帯で気付かなかったのか、小気味良い音は響かなかった。グラスを手元に置き話出す佐川。
「しっかしまぁこんなご時世だ。十万するフグの懐石だの百グラム一万する松坂牛だの何だの、高ぇモンはあらかた食ったけど……こんなボロい屋台の80円の大根が一番うめぇ。金ってのは、一体なんなんだろうな」
大根や昆布を乗せた皿を見てそう溢す佐川に真島は何も答えない。女は自分の皿のおでんに夢中になっている。
「もう二年にもなるか、お前との付き合いも」
大人しく話を聞くモードに入った真島と女は佐川の話に耳を傾ける。こういう時は何も言わないのが得策だと知っているのが二人である。
「嶋野がなんでお前に拘るのか……」
長々と自身の兄弟と真島の過去について語った後こう続けた。
「フッ案外理由は単純で、ただ単にお前のケツの味が忘れられないだけなのかもしれねぇな」
真島は黙って酒を一口煽る。言葉を飲み込む為だったかもしれない、本人にも無意識の行動だった。その横で女もまた同じ様に一杯の酒を煽っていた。
「なんだよ、二人してつまんねえな」
二人を見遣り鼻で笑う佐川。
「しかしなんでまた東城会にこだわるんだ?あの冴島大河ってやつか」
真島の過去の因縁を執拗に聞く佐川。正直立ち去りたい一心だったが、これまでの真島を女が聞き逃さぬ様誰よりも真剣に聞いていたのを横目で見ていた。
「……じゃあ、お望みの本題に入ろうか」
その一言で女が箸を止めた。
「お前、人をひとり殺せるか」
真島に向かって投げられたその言葉を、女は大人しく聞いていた。
「なんで俺がそないな事……その前にちょお待て、」
「いったろ、極道に戻れるならなんでもするってよ。違うのか?」
問答無用で会話を推し進める佐川。真島は隣に座る女を盗み見る。
事務所で話した事を忘れてはいないが無関係な女がいるこの場でする話ではない。
「そないな事せんでも俺は店の売り上げあと五億上げて、極道に戻る」
「オデッセイからノゾミを引き抜いてか?」
もう知っとんのか。言葉を返されて思わず一言が溢れてしまう。
「けどさ、もし俺が『オデッセイ』に連絡すりゃあその話、今からでも無かったことにできるんだよ?」
「何やと……!?」
思わず激昂しそうになる真島。
「まぁつまり、お前の未来は俺の手の中にあるってことだ」
涼しい顔をして本性を剥き出しにする佐川に腑が煮えかえる。
「そうだよな、お前も」
そう言い女の肩に手を置いた。この女も無関係ではないと言いたいらしい。殺しの話から意気揚々とおでんを突いていた箸を下ろし、俯きがちになっている女の顎を掴み、無理矢理顔を合わせる佐川。
「お前は俺の駒だもんなぁ、『ミヤコ』ちゃんよ」
無理矢理顔を上げられ少し苦しげな表情をする女を見て佐川は満足気に手を離す。
「ま、そういう事でこいつも呼んだんだよ」
「金儲けさせた上に、人殺しまでさせて女もつかえっちゅうんか」
大人しく聞いている女にも不気味さを感じる。一体こいつらは何を考えているのか。
「どれも大事なことなんだよ。俺にとっても、お前にとっても」
曖昧な物言いをする佐川。
「……誰をやればええんや」
「『マキムラマコト』……聞いたことないか?」
知らない名前だった。誰やそれ、と続きを促す。
「知らないか。最近蒼天堀で荒稼ぎしてる売春組織の元締めだ。マキムラはそこらの女子大生やら、若い女を捕まえては稼がせて、そのアガリを吸い上げてる。その上組織から逃げ出そうもんなら、見せしめに赤ん坊の産めねえ体にされるってよ」
そこまで聞いて薄ら佐川の考えが透けて見えてきた。
「相手がクズでよかったな。殺りやすくなっただろ」
真島が勘付いたのに気付いたらしい佐川が薄ら笑いでこちらを見る。
「そのマキムラって男はどこにおるんや」
「それを調べるのも仕事のうちだ。マキムラは女たちにテレクラで男を釣らせてる。お前だけで探るんなら、末端の女どもから当たるのがいいんだろうが……まぁそこで俺の駒を貸すってわけだ。どっちが釣れるか分からねえから、やり方はお前に任せる」
大人しく言われたままの女を見る。顔に表情はなく、しかし眼差しは鋭く前を向いていた。
「仕事の期限は二日だ。それまでに標的(マト)を仕留めろ。もしそれを超えた場合……今度はお前らが狙われる立場になる。いいな?」
真島はそら楽しみやな、なんて軽口を叩く。
「仕事の方法もお前に任せる。仕事を終えたら……この番号へかけろ」
番号が書かれた紙を受け取り、会話を終わらせるつもりだった。
「真島ちゃん、最後に確認しとくぞ。殺しに人数や相手は関係ねえ。一人殺そうが十八人殺そうが、聖人を殺そうがクズを殺そうが、人殺しは人殺し。殺った瞬間、真っ当な人生には二度と戻れなくなる。街を歩こうが家にいようが人を殺したっていう記憶が頭から離れなくなる。極道の先輩として忠告しておくけど、殺しなんてやらないで済むならそのほうがいい。当たり前だよな?」
女が何か物言いだけな顔をして佐川を見る。佐川はそれを意に介さず話を進める。
「でもお前はてめえの目的のために見ず知らずの誰かを殺せるか?」
黙って聞いていたが佐川の揺さぶりにいい加減腹が立ってきた真島が吠えた。
「うるさいわ!どっちみち、人のひとり殺せん奴は極道として半人前や。やったるわ!!」
そうか……と独りごち佐川が席を立ち上がる。
「ごちそうさん。こいつらの分もこれで。」
多めに金を置いていく佐川を目線で追う女。
「あとは二人で好きに飲んでくれ。あ、がんもうまいぞ、食っとけ。」
じゃ、頼んだよと言い残し佐川は去っていく。
二人残された屋台で暫く静寂の時が訪れた。佐川がいなくなり肩の力を抜いたのか軽く息を吐き、冷め切った残りのおでんに手をつけ始める女。
「呑気なやっちゃな……」
「これから戦が始まるんだもの、腹拵えはしないと」
本当に土地を巡って人を奪い合い、殺し合う戦の様な事が起こるなどと想像もしていない真島は、女の見方を『少しはまともな女』から『やっぱり変な女』に変更していた。
おでんを食べ終え、酒も飲み切った女にこの先どうするのかを問う。
「俺は、佐川に言われた通りにお前を使うつもりはないで」
分かってる、そう女は答え席を立とうとする。
「ちょお待て、お前はどうするつもりや」
座っている真島より少し目線が高い女がしたり顔でこちらを見る。
「私には私の独自ルートがあるの」
そう言い残し佐川と同じ方向へ去っていった。