その男、狂犬につき
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椎名はバーのカウンター内で静かにグラスを拭いていた。店内に客は1人、薄らジャズのBGMが流れるここは、とある男の行きつけだった。
それは昨夜の事。
ゴロ美復活祭が終わり、帰り際に話す2人。SHINEのイベントに釣られてやってきた蛇目連合の組員を脅し、手に入れた情報の中には目ぼしいものはなかった。
「聞いた限りやと持っとる拠点の数も多そうやし、結局本人に当たるのが早そうやな」
そうだな、と同意する椎名。夜の繁華街の明かりを映す黒い姿の2人。真島と並んで歩く椎名の姿は警察の面影など無く、側から見れば立派な組長と若頭の様相だった。
真島に染められてきている椎名の思考は、潜入捜査と称して真島が提案する次の格好を考えていた。
「確か行きつけのバーがあるって話だったか?」
「ああ……新宿にあるバー言うとったな、神室町からちょい離れとるんやったな」
「ならバーテンダーの潜入は難しいか?」
と言う椎名を思わず立ち止まり見つめる真島。それに気付き立ち止まる椎名は、はたと自らの発言を省みて頬を染める。
「ちがっ……くないけど、お前の遊びに乗った訳じゃないからな!」
その表情を暫し眺めていた真島はヒヒッと笑うと歩き出す。それに言い訳を重ねながらついて行く。
「なあんや気に入っとるんやないか、どこでも真島作戦……衣装、貸したってもええで?」
「なっ……!俺が楽しんでる訳じゃねえからな!」
分かっとるわ、と笑う真島に怒る椎名は真島と言い争うこのひと時に、あの頃の青春を思い出すような心地良さを感じていた。
横に並び真島の笑う顔を眺める。すっかり眼帯側に立つことを許してくれるようになった彼の心境を探りたくなる。きっと同じ気持ちなら嬉しい、とまで感じる心に極道と警察の一線を越えそうになっている事は気付かないふりをする。
着々と目的まで進んでいる高揚感に呑まれているだけ、と自身を納得させると提案に乗り、真島のタキシードを借りる事にした。
ーーーーーー
翌日、目的のバーで潜入捜査の協力を仰ぐ。警察手帳を見せ事情を話すと、
「はあ、あの人が……そんな人には見えませんでしたけどね。普通のおじさんでしたよ」
バーのマスターがきょとんとした顔で応対する。神室町以外では極道らしさをしまっているのだろう。その組長はきっちり、極道とそうでない時の顔を使い分けていることが分かる。
「まあ、彼が何をしたわけではなく話を伺いたいだけなんで、大丈夫ですよ」
若干の不安を滲ませるマスターを安心させる為声をかける椎名。
「ちょいとそいつと積もる話があるんや、マスターは席外してくれると助かるわ」
一応、一般人を巻き込まない常識も持ち合わせている真島は、マスターに店番をする事を約束して話の場を作る事にした。
斯くして、バーの店番も任された2人。
椎名はバーテンダーとして、真島は正体を隠すように店の片隅で客として飲んでいた。
小気味のいいベルの音が響き、ドアが開く。
入ってきた男はそれなりの年齢に見える。キャップを被りブルゾンを着た、場末のスナックにでもいそうな出で立ち。バーのマスターに聞いた特徴と当てはまる。
カウンターに座るとキャップ帽を脱ぐ男。真島の存在に気が付いていないようだ。気配を殺している真島。
「新人か?マスターはどうした」
「用事があるって新人の俺に任せて行きましたよ……なんで、酒が不味くても怒らないでくださいね」
男が来る前に考えていた設定を口八丁で述べる。
笑いかける椎名に同じく笑う男。
「ハハッ俺はウイスキーしか頼まねぇから大丈夫だ!氷もいらねぇよ」
屈託なく笑う男は極道の面影など微塵もなく、どこにでもいる酒呑みの親父そのものだった。
注文は男のボトルキープ、山崎18年。氷無しロックをグラスに注ぎ、提供する。
「それにしてもマスターが居ねえとは……なんかあったのか?」
中々に勘の鋭い男はマスターの不在を気にしている。内心冷やりとする椎名だが表情には出さない。
「ちょっと近所で呼ばれたみたいですよ、それより常連になって長いんですか?ボトルも結構減ってますし……」
男の警戒を移す為に話題を振る。あわよくば犯人、王史郎の話題まで繋げたいところだがじっくり場を温める事にした。
「結構長いよ、あのマスターがこぉんな頃からみてんだ」
と、豪快に笑う男。大袈裟な話が多いが、喋れば喋る程気の良いおじさんになる男になんだか申し訳なさまで湧いてくる。しかし、相手は極道なのだ。犯罪行為もお手のもの、男の手も汚れている。心を持ち直しながら会話を進める。
「……アンタ、面が俺の昔好きだった女に似てるよ」
笑っていた男の顔が哀愁に包まれる。2杯目の酒を傾ける男は己の昔を振り返っていた。
「男みてぇに芯があったが、綺麗な面で気立てもいい、いい女だったよ……オメェさん、もしかしてそいつの子供じゃあるめぇな」
酒が進み、男の舌もよく回るようになってきた。気分良く身の上話を始めた男に表面上乗る椎名。それらを片隅で見ていた真島は片肘をつき、ため息をついていた。
ーーーーーー
確信を突いた話が一向に出来ないでいる椎名に、片隅で密かに息を殺していた真島は男を観察していた。
話題を提供する椎名に確信を話さずのらりくらりと躱わす男。蛇目連合の名前も、いわんや王史郎の名前なぞ出るはずもない。
そろそろ頃合いか、と腰を上げようとしたその時、話は動いた。
「そこで呑んでるあんちゃんはオメェさんの知り合いか」
真島と椎名、互いに少し反応する。それを見逃さない男は酒を飲み干すとグラスをゆっくりとカウンターに置き、真島を見据える。
「アンタはカタギじゃなさそうだ……最近の神室町は物騒だよなぁ、オメェらみたいなのが彷徨いててよ」
2人の警戒が空気に現れる。肌がピリピリするような雰囲気にも堂々とする男は立ち上がると、2人を一瞥し店を出る。いかにもついてこい、と言わんばかりの男の様子に真島と椎名は顔を見合わせ、目線で合図をすると揃って店を後にするのだった。
それは昨夜の事。
ゴロ美復活祭が終わり、帰り際に話す2人。SHINEのイベントに釣られてやってきた蛇目連合の組員を脅し、手に入れた情報の中には目ぼしいものはなかった。
「聞いた限りやと持っとる拠点の数も多そうやし、結局本人に当たるのが早そうやな」
そうだな、と同意する椎名。夜の繁華街の明かりを映す黒い姿の2人。真島と並んで歩く椎名の姿は警察の面影など無く、側から見れば立派な組長と若頭の様相だった。
真島に染められてきている椎名の思考は、潜入捜査と称して真島が提案する次の格好を考えていた。
「確か行きつけのバーがあるって話だったか?」
「ああ……新宿にあるバー言うとったな、神室町からちょい離れとるんやったな」
「ならバーテンダーの潜入は難しいか?」
と言う椎名を思わず立ち止まり見つめる真島。それに気付き立ち止まる椎名は、はたと自らの発言を省みて頬を染める。
「ちがっ……くないけど、お前の遊びに乗った訳じゃないからな!」
その表情を暫し眺めていた真島はヒヒッと笑うと歩き出す。それに言い訳を重ねながらついて行く。
「なあんや気に入っとるんやないか、どこでも真島作戦……衣装、貸したってもええで?」
「なっ……!俺が楽しんでる訳じゃねえからな!」
分かっとるわ、と笑う真島に怒る椎名は真島と言い争うこのひと時に、あの頃の青春を思い出すような心地良さを感じていた。
横に並び真島の笑う顔を眺める。すっかり眼帯側に立つことを許してくれるようになった彼の心境を探りたくなる。きっと同じ気持ちなら嬉しい、とまで感じる心に極道と警察の一線を越えそうになっている事は気付かないふりをする。
着々と目的まで進んでいる高揚感に呑まれているだけ、と自身を納得させると提案に乗り、真島のタキシードを借りる事にした。
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翌日、目的のバーで潜入捜査の協力を仰ぐ。警察手帳を見せ事情を話すと、
「はあ、あの人が……そんな人には見えませんでしたけどね。普通のおじさんでしたよ」
バーのマスターがきょとんとした顔で応対する。神室町以外では極道らしさをしまっているのだろう。その組長はきっちり、極道とそうでない時の顔を使い分けていることが分かる。
「まあ、彼が何をしたわけではなく話を伺いたいだけなんで、大丈夫ですよ」
若干の不安を滲ませるマスターを安心させる為声をかける椎名。
「ちょいとそいつと積もる話があるんや、マスターは席外してくれると助かるわ」
一応、一般人を巻き込まない常識も持ち合わせている真島は、マスターに店番をする事を約束して話の場を作る事にした。
斯くして、バーの店番も任された2人。
椎名はバーテンダーとして、真島は正体を隠すように店の片隅で客として飲んでいた。
小気味のいいベルの音が響き、ドアが開く。
入ってきた男はそれなりの年齢に見える。キャップを被りブルゾンを着た、場末のスナックにでもいそうな出で立ち。バーのマスターに聞いた特徴と当てはまる。
カウンターに座るとキャップ帽を脱ぐ男。真島の存在に気が付いていないようだ。気配を殺している真島。
「新人か?マスターはどうした」
「用事があるって新人の俺に任せて行きましたよ……なんで、酒が不味くても怒らないでくださいね」
男が来る前に考えていた設定を口八丁で述べる。
笑いかける椎名に同じく笑う男。
「ハハッ俺はウイスキーしか頼まねぇから大丈夫だ!氷もいらねぇよ」
屈託なく笑う男は極道の面影など微塵もなく、どこにでもいる酒呑みの親父そのものだった。
注文は男のボトルキープ、山崎18年。氷無しロックをグラスに注ぎ、提供する。
「それにしてもマスターが居ねえとは……なんかあったのか?」
中々に勘の鋭い男はマスターの不在を気にしている。内心冷やりとする椎名だが表情には出さない。
「ちょっと近所で呼ばれたみたいですよ、それより常連になって長いんですか?ボトルも結構減ってますし……」
男の警戒を移す為に話題を振る。あわよくば犯人、王史郎の話題まで繋げたいところだがじっくり場を温める事にした。
「結構長いよ、あのマスターがこぉんな頃からみてんだ」
と、豪快に笑う男。大袈裟な話が多いが、喋れば喋る程気の良いおじさんになる男になんだか申し訳なさまで湧いてくる。しかし、相手は極道なのだ。犯罪行為もお手のもの、男の手も汚れている。心を持ち直しながら会話を進める。
「……アンタ、面が俺の昔好きだった女に似てるよ」
笑っていた男の顔が哀愁に包まれる。2杯目の酒を傾ける男は己の昔を振り返っていた。
「男みてぇに芯があったが、綺麗な面で気立てもいい、いい女だったよ……オメェさん、もしかしてそいつの子供じゃあるめぇな」
酒が進み、男の舌もよく回るようになってきた。気分良く身の上話を始めた男に表面上乗る椎名。それらを片隅で見ていた真島は片肘をつき、ため息をついていた。
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確信を突いた話が一向に出来ないでいる椎名に、片隅で密かに息を殺していた真島は男を観察していた。
話題を提供する椎名に確信を話さずのらりくらりと躱わす男。蛇目連合の名前も、いわんや王史郎の名前なぞ出るはずもない。
そろそろ頃合いか、と腰を上げようとしたその時、話は動いた。
「そこで呑んでるあんちゃんはオメェさんの知り合いか」
真島と椎名、互いに少し反応する。それを見逃さない男は酒を飲み干すとグラスをゆっくりとカウンターに置き、真島を見据える。
「アンタはカタギじゃなさそうだ……最近の神室町は物騒だよなぁ、オメェらみたいなのが彷徨いててよ」
2人の警戒が空気に現れる。肌がピリピリするような雰囲気にも堂々とする男は立ち上がると、2人を一瞥し店を出る。いかにもついてこい、と言わんばかりの男の様子に真島と椎名は顔を見合わせ、目線で合図をすると揃って店を後にするのだった。