死に損ないの献身〈改訂版〉

その日は佐川がグランドに来ていた。
オーナーではなく客として。支配人たる真島が応対に来ないのでお忍びでの来客の様だ。そしていつもの様に女、ミヤコを指名する。
当日は客も多く、佐川はステージを遠目から見下ろせる二階席に通されていた。

「おう、会いに来てやったぜ」
「いつもご指名いただき、ありがとうございます」

化粧が映える様な微笑を湛え、丁寧に腰を折り肩から垂れた巻き髪を手で静かに直し、慎ましやかに佐川の隣に座るミヤコ。
胸元がざっくり開き寄せ上げた胸が谷間を強調させるタイトな上着に膝丈スカートを着ている。キャストにしてはやはり落ち着いているのだった。

「なんだよ、こう言う時はミニスカートで来るんじゃねえの?」
「私の足は高いですよ?」

軽口を叩く二人の空気は最早客とキャストのそれではない。
佐川が奥に座っており通路側に女が座った。ボーイはキャスト側に膝を下ろして注文を聞く。

「じゃあ最初はシャンパンで行くか」
「あら、私が飲みやすいのにしてくれたのね」

営業用の微笑に佐川の肩に少し手を乗せるスキンシップ。

「相変わらず慣れねぇな、お前のその口調」
「いつもの私の方がお好きですか?」

営業スマイルが板に付いてきた女の顔がふと緩くなる。薄ら笑いを浮かべ何を考えているか分からない表情で佐川を見上げる女。

「佐川さんはこっちの方が好きなんだ、へぇ意外なこと知りました」
「それだよ、その憎まれ口。いいよなぁ、思わず殺したくなっちまう」

佐川の目に店内の眩いほどの光が反射しギラギラと光って見える。ミヤコはその眼を静かに受け止めて佐川の手に自らの手を重ね静かに口を開く。

「殺してくれるなんて究極の愛、ですね」

惚気の様な、しかし一触即発の様な空気の中それは起きた。一階のホールで男が暴れ出したのである。男がボーイに掴み掛かろうかと言うその時、二階から降りる支配人の姿が見え、その姿が客を制止させる。ホールに向かった支配人と客の一悶着を眺め佐川達は酒の肴と言わんばかりにグラスを煽っていた。そして終盤支配人が土下座をし、暴れた客に店の全額負担を約束させ拍手喝采のショーを見届けた。

「タダで酒が飲めるってよ」

と、軽口を言う佐川に答える様に高い酒を注文するミヤコ。

「お前わかってるねぇ」

呼ばれた黒服は若干困った顔をしていたがミヤコは意に介さず次々注文する。
そこへ黒服と共にやってきた支配人が席横に立ち止まる。

「お楽しみのところ失礼いたします」
「なんだ?やっと持ってきた?」

黒服に連れられやってきた支配人の顔を見て態とらしく驚く佐川。ミヤコはそれを白々しい、と感じながらも微笑を湛え二人の会話を見守る。

「アンタはさっきの支配人さんじゃねえか。酒は人の金で飲むに限るよなぁまったく」

眼帯にタキシードという威圧感のある支配人、真島を前に自らの顔横に酒を掲げ、ヘラヘラと笑う佐川。

「お客様、ちょっとお話があるのですがご足労願えませんでしょうか?」

と支配人が佐川を呼び出す。
真島の穏やかで丁寧な口調に少しの棘を感じるミヤコはキャストらしく黙ってみている。

「何だよ、人が気持ちよく飲んでんのに」

せせら笑うように声を上げる佐川が煙草を箱から一本出したのをみて、それにミヤコが火をつける。

「お時間はとらせません、どうか」

と、支配人が頭を下げる様を見て気をよくしたのか佐川が観念した様に煙草を口から離す。

「しょうがねえな、他ならぬ支配人さんのお願いだ」

鷹揚に煙草をもった手を支配人に向けた後、火のついた煙草を灰皿に置く。芝居がかった仕草に加え二人の余所余所しさを内心おかしく思うミヤコは密かに口許に手を翳し隠す。

「さぁ〜て、ちょっくら行ってくるよ」

と言いながらミヤコの顎下をトントンと触り膝を跨いで席を立つ佐川。女性の扱いに慣れている素振りを見せる佐川を営業用の笑顔で受け止めるミヤコ。

「あの支配人」

ここまで支配人を連れてきた黒服が口を開く。

「この方は俺が相手する、お前は仕事に戻れ」

その黒服に顔を向けると密やかに指示をする支配人。

「はい、わかりました」

と立ち去る黒服。支配人は佐川に目線を向けたままだ。それを受け止めている佐川。席に座ったままのミヤコ。
「さ、参りましょう」と告げる支配人に「あいよ」と返す佐川。
支配人の背中を追って事務所へ消えていった二人を見つめるミヤコは指名が入ったのか次の客に案内する為にきた別の黒服に、

「ミヤコさん、流石に止めてくださいよ」

と軽く注意を受ける。腰を折り密やかに注意する黒服に対し、

「ごめんなさい、こっちも絡まれちゃって……」

と、軽い微笑と共に困り顔を作るミヤコはさりげなく佐川のせいにするのだった。
3/4ページ
スキ