呪術廻戦
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やってしまった。
今日は午後から雨だと知っていたはずなのに。スマホで調べた天気予報は降水確率90パーセントと教えてくれていたのに。
ま、私は晴れ女だから大丈夫っしょ☆
なぜそんなワケの分からない自信を持ってしまったのか。
一時間前の自分を思い切り殴ってやりたい気分だぜ……へへっ。雨が強すぎて目の前が霞んで見えるや。
大泣きの空はまさに今の私の気持ちと同じで。
びびるくらいの勢いで降る雨を見ていると、だんだん頭がパニックになってくる。
もしかしていけるんじゃないだろうか。なんかもう逆にね? なんて挑戦心がむくむくと湧き上がってきて一歩二歩屋根の下から進み出る。
バケツを被ったような大雨だ。うん、知ってた。
不意にスマートフォンが鳴り始めた。
びっしゃびしゃになってくっついたズボンのポケットから何とか取り出して、画面を確認する。——伊地知君だ。「ちょっと役所に行ってくるよ」と言って出て行ったきりなかなか戻らないポンコツな私を気にしてくれたのだろうか。持つべきものは同級生だな……としみじみ思う。
曲者とキチガイ揃いの高専で、彼だけは普通の人間に見えた。彼がいたからこそ、この意味の分からない世界で生きてこれたと言っても過言ではない。
この度、数年渡る海外任務を終えて日本に戻って来た時も、一番誰に会えて嬉しかったかと言われたら、そりゃもう絶対に伊地知君だと自信を持って言い切れる。だって、五条さんについての愚痴を心置きなく言い合えるのは彼をおいて他にいない。
本当に、卒業してから随分経った今でもお互い生きていることを嬉しく思う。
慌てて濡れた手をTシャツで拭いて、そして余計にしっとりしてしまった手で通話ボタンを押す。
「もしもし、伊地知です。眠田さん、雨すごいですけど大丈夫ですか?」
「伊地知君……大丈夫。本当にありがとう」
死ぬほど忙しいだろうにわざわざ電話を掛けてきてくれる彼の優しさが身に染みる。
先の海外任務は概ね楽しかった。
だが『これくらいの雨ならヘイキさ! 突っ走るぜ! ははは!』だとか、『昨日洗濯した服まだ濡れてるんだけど着てたら乾くよ!』とほぼ乾いてない服を渡されたりだとか、夜中に洗濯機から水が噴水のようにふきだして眠れなかった日々だとか、何も無い真夏の荒野で三時間待たされて熱中症で死にかけたりだとか。
ここ数年、そういった日々を過ごしてきた私にとって、ただ雨が降ったからという理由でわざわざ安否確認の連絡をしてくれる伊地知君の優しさが温か過ぎた。
「本当に、本当に、今までありがとうね……」
「いやどうしたんですか、そんな最期の挨拶みたいな……もしかして何かトラブルですか!?」
「いや、違う……違うんだよ。ただ伊地知君の優しさが身に染みて……」
「ええ? 何ですかそれ……。それより、眠田さん傘持ってますか?」
「……持ってない、ごめん」
「ああやっぱり! 急いで出て行ったからきっと忘れてるだろうと思って。もしよかったら迎えにいきましょうか? 私いま手が空いてますので」
全私が泣いた。
「伊地知君……どうぞよろしくお願いします。この礼はいつか必ず……!」
「そんな礼だなんて大袈裟な。私たちは同級生じゃないですか」
「今夜飲みに行こう」
「あ、いいですね。眠田さんが海外任務から戻ってからまだゆっくり話せていなかったですしね。お店は後で決めるとして……まあ、まずはそこから帰ってきてください。現在地送ってもらえますか?」
「おっけ、いま地図送ったよ。すごい雨だから運転気を付けて……ん?」
突如電話の向こうの音が荒れた。
「もしもし? 伊地知君?」
電波かな? と思ったがどうやら違うみたいで。
スマホを耳に当てたまま数秒待っていると、電話口の向こうで誰か別の人の声が聞こえてきた。何やら慌てたような伊地知君の声も一緒に聞こえてくる。
伊地知君のほうこそ何かトラブルだろうか?
内容を聞き取ろうと、じっと耳を傾ける。
「——ちょ、待ってください! 人のスマホを勝手に触らないでください! 前に間違ってデータとか全部消したことがあったでしょう!?」
ええ……それ最悪じゃんか、と思わず口に出た。
伊地知君はスマホを二台持っていて、使い分けている。大事な仕事道具をそんな扱いするなんて誰だよそんなことするやつ。
常日頃から五条さんのせいで上層部から注意されたり、五条さんのせいで面倒な処理が増えたり、五条さんのせいで子供たちに揶揄われたり……。ただでさえ忙しい伊地知君の邪魔をするやつは誰よ!? と姿の見えない相手に憤る。
「生意気!? 何がですか! 同級生と話して何が……悪いんですか! ……言いがかりはやめてくださ、ちょ……っ! ……さん!」
大雨の音が邪魔で相変わらず話の内容はよく分聞き取れないが、伊地知君がとんでもない奴に絡まれていることだけはなんとなく分かった。同級生として私が何とか言ってやる! 私の同級生をいじめるのは許さないわ!
「伊地知君、大丈夫!? ちょっと私に電話変わって!? 私がばしっと言ってあげるよ!?」
いきり立ってそう申し出てみた。
が、どうやら聞こえていないようで。電話の向こうで伊地知君と誰かの攻防は続いている。
「まじビンタ!? なんで私がビンタされないといけないんですか! 自分のスマホを使えばいいでしょう! 僕が掛けても出てくれないって……それは五条さん、あなたの日頃の行いのせいじゃないですか!?」
——あれ、ちょっと待て。
今、とんでもない名前が聞こえたきがする。私は一旦耳から電話を離してふうと息を吐く。
さっき私は伊地知君が忙しいのは五条さんのせいだ、と言ったが。
それは私も同じことなのである。
なのであるからして、私はちょっと今回は……。
「ごめん、伊地知君。ちょっと用事ができたからもう電話切る……」
「僕が行くからそこで待ってな」
ぷつり。そう聞こえた次の瞬間には電話の音は途切れて通話終了の文字が表示されていた。
嘘でしょ——☆
やばい、超逃げたい。
今すぐ全速力でここを離れたい。
焦りすぎて一瞬ふっと空を見上げる。雨が止む気配はない。それどころか先ほどよりも強くなっている。もはやナイアガラの滝だこれは。そういえば一年前だっけ……アメリカからカナダへ移動する途中で、そこに出る呪霊を祓いにいったことを思い出す。
「あの呪霊、瑞々しかったよなあ……」
現実逃避。
***
「——それで?」
結局その場から動くことができず立ち尽くすこと数十分。
私の目の前には五条さんがいた。
「傘持たずに一体何しに来たんですか?」
「だって僕、雨当たんないし」
……どうやら出先から来たらしい。
私用だったのか、いつもの目隠し姿ではなくサングラス五条さんだ。高専教師をしているときの服装じゃない分、派手な見た目とでかさに普段着という若干の一般人感が混ざって、これはこれでかなり怪しい。私的には……絶対一緒に歩きたくない。
それにこの人、傘持ってないしね?
「伊地知君のこと困らせて、挙句手ぶらで来るって……新手の嫌がらせですか?」
「だってオマエ、僕が電話しても無視ばっかするだろ。七海といいオマエといい……何なんだよ全く。僕オマエらに何かした?」
「だって、って。今その話関係あります? なんで電話無視されるのかは自分の胸に手を当てて考えてみてください」
両手じゃ済まない程のことをされてきたはずですけど。
……なんか思い出したら具合悪くなってきたな。思い出だけで人の元気を奪う五条さん、ホント嫌。ホント嫌。嫌すぎて二回言っちゃった。
だけどまあ、ずっとここで文句を言っていても仕方がない。
「はあもう……、とりあえず帰りましょうか」
五条さんを見上げて声を掛ける。
ここからダッシュして一番最初に見つけたコンビニで傘を買おう。
私が走るより五条さんが買ってきてた方が絶対良いんだけど、でも一応先輩だし上司だし、そもそも話の通じない人だし。
想像しただけでもやり取りが面倒くさいからもういいや。
思い切り濡れたら楽しいかもしれないじゃん。小学校からの帰り道。大きな水溜まりを見つけてはジャンプで入水して長靴の中ぐっしょぐしょにして大笑いしていた頃の童心を思い出すんだ私。
「よし、じゃあ行きますよ……!」
静かな気合の呟きと共に一歩踏み出したところで、手を掴まれ引き戻される。
勢いあまって背中から五条さんに思い切りぶつかった。
「オイオイオイ、何やってんのオマエ?」
「いやそれはこっちの台詞なんですけど……。帰りましょう、ってさっき言ったじゃないですか。聞いてなかったんですか?」
「いやそれは聞いてたけど。なんでわざわざ濡れて帰ろうとすんの? ちょっと見ない間に自虐行為に磨きかかってんじゃん。怖っ」
「ちょっ、変な言い方やめてもらえます!?」
自虐行為って……。
私にそんな趣味はない。断じてない。
学生時代から五条さんが勝手に言ってるだけのことを、堂々と発言するのやめてもらいたい。五条さんのことだから他人にも吹聴してそうで頭が痛い。
「……ていうかいい加減、手離してもらえますか!?」
「うんうんうんうん、分かるよ、うん」
「いや言ってるそばから肩組んでくんのもホントやめてほしい……」
五条さんあなた全っ然分かってないですよね。
謎に肩を組まれて、五条さんの手の重みも相まって、急激にどっと疲れてきた。
ていうか、身長差からして肩組んでるというよりは……もはやこの人、私を腕置きとして扱ってんじゃないのか?
普通ならそんなこと考えもしないけど、この人に限ってはやりかねない。
女性が一人、ヤバそうな黒ずくめの男に絡まれてる! って誰か助けてくれないかな……無理か。この雨の中、外にいる馬鹿なんて私達くらいのもんだもんね。
ひとつ溜息を吐いて、五条さんの手を退けようとしたが……とにかく重い。背も高けりゃ手もでかくて、なんか熊にでもじゃれつかれてる気分になってきたな……。
熊のじゃれつきは人を即死させるレベルにヤバイと聞くし、それは五条さんも同じようなものだと思う。ああそうか、この人は猛獣みたいなもんなのか、だから話が通じないのかもしれないな。なんて。
馬鹿なことを考えてしまうのも、全部全五条さんのせい。
「ああもう、五条さん一体何がしたいんですか……」
「何って……空気読めよ。可愛い後輩を五条悟の無下限に入れてあげるって言ってんだろ」
「言われてないですし、結構です」
「うわ、可愛げのない後輩だなぁおい」
手を退けることは一旦諦めて、また溜息を吐く。
私的には精一杯拒絶したつもりだったのだが、五条さんは軽い調子で言葉を続けてきた。
「まあ呪術界……いや世界が誇る超絶イケメン五条悟と肩を並べて歩くなんて恐れ多くてできませんって気持ちは痛いほど分かるけどそんな顔しなくてもいいだろ? ……あっ、それとも何。オマエ照れてたりする?」
「んなわけ」
この顔が照れてるように見えるなら、マジで眼科行くことをオススメするわ。
「高専時代もよくこうやって帰っただろ」
「え……? い、いえ……そんな思い出全くないんですが……」
「え? そうだっけ?」
本気で怖いよこの人。記憶どうした?
私は寮に住んでたのに一体どこに帰るってんだよ。
五条さんは人の都合なんてお構いなしに話してくるから(そして大抵は意味が分からない)返事をしても疲れるし無視をしても疲れる。
出会った時からずっとそうだ。
五条さんは私のことが嫌いだと言った。
だったら視界にいれないようにして放っておいてくれればいいのに、事あるごとに突っかかってきては、見ててイラつくのだと宣った。
だからもう、出来る限り関らないようにしようって思うのに。
何度も何度も決意するのに。
五条さんがサングラスをくいと上げて、私を見下ろした。
怖いくらいに透き通った空がそこにあった。
これを最後に見たのはいつだったか、なんて思い出さなくても分かる。
顔を背けようとしたら、私の肩に回したままの左手で私の顔を無理やり自分の方へ向かせ、少しだけ眼を細めて挑発めいた笑みを浮かべた。
背が高くて、手が長くて、そしてお顔もよろしくなければ絶対成り立たないような状況。なんだか色々腹が立って、せめてもの抵抗に思い切り眉を顰めてみせる。
「こういうとこですよ五条さん」
「何が?」
「……生徒には優しいくせに」
「生徒と後輩は別だろ」
悪戯っ子みたいな笑みを浮かべる五条さん——いや、もう子供じゃないぶん何百倍もタチが悪い。私にとっての五条さんは、先輩で、上司で、絶対的な強者だ。いくら気の知れた仲とは言え、逆らえない部分はたくさんある。
わざとやっているんだ、この人はいつもこうやって無邪気に無慈悲に気まぐれに、私を虐めるのが得意じゃないか。
一生懸命自分にそう言い聞かせて、なんとか心を落ち着ける。
凍ったみたいに真っ白な、長い睫毛を見つめて。
歯を食いしばって数秒、初めて呼吸した生き物みたいにぎこちなくハッと息を吐いた。
「私がその眼嫌いだって知ってますよね?」
「知ってるよ、だからやってんの。良い思い出だろ?」
「トラウマです」
目の前が霞んで見えるほどの雨が降っている。私の記憶に染み込んで滲んでぐしゃぐしゃになって、跡形もなく消し去ってくれればいいのに。
「……あの日も、こんな雨でしたっけ」
「あれはオマエが泣いてただけ」
もっとちゃんと拒絶すればよかった。
そうすればこんなワケの分からない気持ちを抱えたまま生きていくこともなかったのかもしれない。
「もっと嫌がればよかったのに」
まるで私の頭の中を読んだみたいに、五条さんがそう言った。
「そしたら止めてくれたんですか?」
「それはない」
「じゃあどっちにしても、結果は同じじゃないですか」
また適当なことを言ってるよ、と思って五条さんを睨み上げた。すると五条さんが綺麗な唇の端を吊り上げて笑う。
「でも、どっちが良いかなんて考えなくても分かるだろ」
その言葉の意味は、雨の中、傘も持たずに一人で帰るか五条さんと帰るか。それとも何か他の——まあ、いいや。
「そうですね……」
私はそう言って、ふっと口元を緩めた。
適当で軽薄でな五条さんの言葉の隅々を理解しようだなんで、人生で一番の時間の無駄遣いだ。
あの時もっと、拒絶すればよかった。
この手を思い切り振り払えばよかった。
今更それを後悔したところでそれもまた、私が今生きていることと同じくらい何の意味もないことなのだから。
「本当は雨に濡れたい気分だったんですけど……」
そうしたら、自分が泣いていることにずっと気付かずにいられたんだけど。
今となってはもう、大した問題じゃない。
「你猜不透,我要什麽」
分かってくれとも、望んでいない。
「オマエ、中国語できたっけ?」
「何年も海外行かされたらそりゃ出来るようにもなりますよ。ああ、言い方が良くなかったですね、五条さんの
「
五条さんの言葉を無視して、一歩踏み出す。
「……早く帰りましょう。私、今日は伊地知君と飲みに行く約束があるので」
「は? 聞いてないんだけど?」
「言ってないですしね」
「あんまり生意気言ってっとオマエのとこだけ無下限解くよ」
「どーぞ、ご自由に」
すぐにそう言い返したら、五条さんは舌をべえっと出した。五条さんお得意の煽り顔だ。
学生時代に一緒に帰った記憶は微塵もないけれど、その顔ならよく見たなぁ……なんて。少々懐かしく感じながら、ばれないように思い出し笑いをする。
歩きながら空を見上げたら、いつの間にか雨は止んでいて。
白く柔らかい雲の向こう側には、吸い込まれそうに綺麗な水色の空が広がっているのだろうな、と。
そう思った。
あなたには分からない。私が何を考えているかなんて。
【補足】
いつも読んで下さってありがとうございます!
前回の更新から数ヵ月も経ってしまいましたが、やっと更新することができました!💦
五条×後輩シリーズについては色々妄想を膨らませまくっているので(遅筆すぎて妄想に文章が追いつかない💦)いずれまた書きたいなと思ってます^^含みが多くて分かりづらいお話になってしまいすみません💦(2022/6/10)