呪術廻戦
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真夜中に君とダンジョンで
——東京都立呪術高等専門学校。学生寮。
「何なんすか」
年季の入った扉が開くと同時に、とげのある声が少し上から降ってきた。
しかめっ面の後輩君に向かって私は爽やかな笑顔を作る。
「遊ぼう伏黒君」
「こんな夜中に」
「こんな夜中だからこそじゃない」
「意味分かんないんすけど」
僅か十秒程のやり取りの後、早々に閉じられようとする扉の隙間に、いつかのドラマで見た闇金の取り立て屋よろしく足を差し入れる。
「ちょっと待ったぁあああ!!!」
間一髪。私は右脚小指の平和と引き換えに、目の前の扉が永遠に閉ざされるのを阻止することに成功した。これも全て日頃の鍛錬の賜物だ。真希ちゃんパンダありがとう。心の内で感謝を述べつつ、今度はにやり、不敵な笑みを作ってみせる。
「あっぶねぇ……ふふ、どうだ! 私の反射神経を見たか!」
「いや何なんすかまじで。足大丈夫なんすか」
「小指は死んだ! でも問題ない!」
「はあ」
やだ、心配してくれるの伏黒優しい……。なんて少しの感動を携えて、グッと親指を立てる。そりゃもう足の小指は泣きそうなほどに痛むけれど、今はそれどころではないのだ。私は必死だった。こうして話している間にも、まじでこの寮壊れるんじゃないかってくらいさっきから地面がグラグラと揺れている。伏黒はなんでこうも冷静でいられるのだろう。激しい雨が寮の窓に容赦なく叩きつけ、敷地内の木を全部根こそぎ持って行ってしまうんじゃないかという程の暴風が吹きつけている。多分明日、高専の景色は変わっているんじゃないだろうか。
「そんなことより伏黒君」
本題はここからだ。
「先輩と徹夜でゲームしない?」
「しませんね。明日も早いんで」
「じゃあ先輩に何か相談事ない? 徹夜で語り合わない?」
「ないですね。強いて言うなら今先輩に絡まれてることが悩みです」
何なのこの子! 全然話にならん! ギリリと歯を食いしばり無言で伏黒を睨みつける。……こうなったらもう仕方ない。そっちがその気なら実力行使でいかせていただきますよ、と。私は実践さながらに意識を集中させると、すうっと息を吸い込んだ。
「あ! 呪霊!」
サッと伏黒の後ろを指さして、伏黒君が振り返った隙に部屋に滑り込——
「ちょっと待て」
——めなかった。伏黒の傍らをすり抜けようとした私を遮る伏黒の足。数秒間の攻防。だがどうしたってそこから先には進めない。
「……何なんだよぉお!」
「それはこっちの台詞ですよ!」
ドアと壁との間に停止線のように伸ばされた足を私は絶望の表情で見つめて項垂れた。
分かってた、分かってたさ。伏黒が一筋縄ではいかないってことくらい。でも先輩として強がっていたかったのだ。出来ることならば理由は述べずにいたかった。しかし背に腹は代えられない。私は意を決して口を開く。
「……だよ」
「……は?」
訝し気に眉を寄せる伏黒。何なんだよ、先輩の言葉くらい一回で聞き取りなさいよ。そう思ったが、伝わらないことには何も始まらない。もはや怒鳴っているといっていいほどの声量で、私は本日二度目の「術式の開示」ならぬ「弱点の開示」。
「……雷が怖くて寝れないんだよ! だめかよぉ!!!」
ゴロゴロと、遠くの方で雷が鳴っている。いつ落ちてやろうかと機会を窺っている嫌な音だ。
一方私と伏黒との間に微妙な沈黙が横たわっていた。僅か数秒のそれは私にはとてつもなく長い時間に感じられた。
私の言葉を聞いた伏黒は少しだけ目を見開いて、そしてまた普段の愛想のない表情に戻ってそこから微動だにしない。そんな伏黒の考えていることはだいたい想像がつく。
「何よ……どうせクソダセェとか思ってるんでしょ」
「……まあ、意外ですね」
「ふん」
「いやなんで偉そうなんすか」
目の前の伏黒の落ち着きが何とも憎らしい。そんな後輩に弱みを見せてしまった。こんな屈辱を味わってまで頼んでいるというのに、なぜ入れてくれないんだ。
相変わらずの叩きつけるような雨風に、廊下の窓がガタガタと音を立てる。この世の終わりかと思う程の荒れ様だ。ピカッとフラッシュをたいたように辺りが光ったかと思うと、少し遅れて雷鳴が耳を貫いた。
「うわぁああああああ!」
突然の轟音に思わず伏黒に飛びついて、音から逃れるように胸元に顔を埋める。伏黒は棒みたいに突っ立っていたが、次の瞬間には肩を持って引きはがされた。
「あーもう! うるせぇ!!」
「だって伏黒が悪いんじゃん! 部屋に入れてくれないから!」
「声デカいんすよ! 今何時だと思ってんすか! 近所迷惑なんで!」
「近所って! 隣、虎杖しかいないじゃんか!!」
伏黒だってまあまあ声でかいしね!? 人の事言える立場じゃないのにやたらと偉そうな後輩を見上げて唇を噛む。そんな私に向かって、伏黒は大きなため息をはいた。
「だいだいなんで俺なんすか。おかしいでしょ」
そりゃ私だって一番に伏黒の部屋へ来たわけじゃない。別に伏黒を指名したいわけじゃないんだ。……と、本当はそのまま言いたいところだけれど、私は今お願いしている立場なんだと自覚して。ここは穏便に行かなければならない。そうして私は出来る限りのしおらしい表情と、出来る限りの可哀想な声を携えて伏黒の良心へ訴えかける。
「だって真希ちゃんも野薔薇も任務に行ってていないし……」
どうして私も連れて行ってくれなかったんだ。
「パンダと棘ぴはもう寝てるっぽくて電話出てくれないし……」
この暴風雨で二人ともよく寝れるよね。
「虎杖は何でか知らないけどいないし……」
だからもう頼れるのは伏黒しかいないんだよ、分かるかい? そんな気持ちを込めて伏黒を見上げると、伏黒は一度目を逸らして、それから頭を抱えた。
「いやアンタ見境なさすぎでしょ。最初の二人以外選択肢に入れちゃだめなやつ」
「……何で?」
はあ、と伏黒がため息をつく。ため息ばっかつきすぎたら幸せ逃げるよ伏黒。なんともまあ不機嫌な表情だ。
……だがさすがの伏黒も先輩にここまで懇願されて断れるはずはないだろう。これで無理ならもうだめた。頼む、伏黒。私は両手を顔の前で合わせて視線を送る。しかし私の必死の願いも虚しく、伏黒の答えはノーだった。
「とにかく、俺は嫌ですよ。頑張って一人で寝てください」
「……一生のお願い!!」
「それ先週も言ってましたよね。一生の重み羽根かよ」
なんなのこの子! ほんと冷たい! なに!? じゃあもう土下座でもすればいいのか!? と半ばヤケクソで膝を折り伏黒の服の裾に縋りついてまた数分が経過したところで、不意に廊下の向こうから足音が聞こえてきた。
こんな時間に一体誰だなんだ。一瞬空気が張り付めて、私と伏黒は同時に音の出どころへと目線を移す。
「あれ? どしたん先輩」
「あ、悠仁!」
廊下の闇の向こう、笑顔でこちらへやって来たのは、救世主・虎杖悠仁だった。真っ暗な空の雲間から光が差し込むように、私の心がぱあっと明るくなる。悠仁はまさしく私にとっての希望の光だ。「何? 今どういう状況?」だなんて尋ねてくる悠仁の笑顔ですらもう温かい。私は素早く立ち上がって悠仁へ声を掛ける。
「悠仁! こんな時間にどこ行ってたの!?」
「俺は任務帰り。んで飯食って帰ってきたら遅くなっちゃった」
「えぇ! それはお疲れさま!」
通りで既読がつかなかったわけだ。戦闘中にライン返信ができる呪術師なんてきっと五条先生くらいだよね。
「そういや先輩、鬼のようにラインしてきてたね」
「ごめん! 任務中とは知らず……」
「いーっていーって。てかこんな時間に何してんの?」
悠仁はにこにこ笑顔で私と伏黒を見比べる。私もつられてちらりと伏黒を見やったら、伏黒は相変わらずの澄まし顔だった。なるほど、悠仁参戦による面倒臭さを察知して無になろうという魂胆か。そっちがその気なら……と「聞いてよ悠仁! 伏黒が意地悪すんの!」と前置きをして、私は悠仁に一部始終を説明する。うんうん、と頷きながら聞いてくれる悠仁は呪いの王の器なんかではなくて、多分地上に舞い降りた天使なんだろう。
「なるほど。そりゃ伏黒が悪いな」
「でしょ!?」
「ふざけんな」
「だってさ、先輩困ってんじゃん。俺、伏黒はもっと良い奴だと思ってたんだけど」
やっぱ悠仁は良い子だあ! と頭をくしゃくしゃ撫でたら、可愛らしい笑顔で応えてくれる悠仁ってほんと後輩の鏡。こんな子が高専に入ってきてくれて良かったなあとしみじみと思う。
「てかここ結構ヤバくね? あの窓とか特にヤバそう。あれもうすぐ割れんじゃん? 早く部屋に入った方が良いと思うんだけど、先輩、他に誰かいねーの?」
「他に……」
そう問われた私はハッと悠仁を見上げて、その両手をガシッと握った。そうだ、私を救えるのは悠仁、君しかいない!
「悠仁のところにお邪魔してもいいですか!?」
悠仁は目をぱちくりさせると、少しだけ目線を逸らして頬を掻きながら答えた。
「や、俺は全然いいんだけど」
「まじで! やった!」
「でもなんつーか、その、なんか緊張しない?」
「え? 全然!」
「……あっそう、じゃあまあ……いいけど。いや、いいのかこれ?」
オッケーいただきました……!!!
ここへ来て予想外の展開。簡単に事が運んだことに驚きつつ「じゃあね、伏黒! 良い夢見ろよ!」と勝ち誇った笑みと共に捨て台詞を残し、何やら戸惑っている悠仁の背を押して部屋へと向かおうとしたその時。パーカーのフードを強く引っ張られて、バランスを崩して後ろへよろける。私の歩みを阻止する犯人は、もちろん伏黒しかいない。
「……何!? 苦しいんだけど!?」
「何じゃねぇよ、おかしいだろ」
「何が!?」
伏黒はそれには答えない。ただ何とも言えない表情で私を眺めた後、おもむろに口を開いた。
「悪い、虎杖。俺、先輩に用事あるから」
「え? あ、そうなの? じゃあ俺寝るよ?」
「おう、おつかれ」
え、ちょ、待って……。先輩を差し置いて、勝手に話が変わったんですけど。悠仁もそんな簡単に受け入れないで。「先輩おやすみ」と手を振って悠仁の赤いパーカーが部屋へと消えていく。
そして私の方も抵抗虚しく、さっきまであれほど嫌がっていた伏黒によって、あっさり伏黒の部屋へと引き込まれてしまった。
***
「これは一体どういう風の吹き回しでしょうか」
ほんの数分前までは絶対に侵攻不可能なダンジョンのボスエリアかと思われた伏黒の部屋で、私はボス黒と向かい合う。雷雨のBGMがこれまたいい雰囲気を醸し出すもんだから、室内にはそこはかとない緊張感が漂っていた。時刻は午前二時。やだ、なんか時間まで怖い。今からどんなキツイ状況になるのかちょっと想像もつかないし、これ以上この空気に耐えられそうにもない。
私の問い掛けを受けた伏黒は、ものすご~く微妙な表情をこちらへ寄越した。
「アイツは宿儺の器ですよ。万が一何かあった時、自分のせいで人を傷つけたってなったら虎杖が可哀想だ」
「あ、私の心配ではなく」
「当然でしょう」
なんという友達想いなことだ。悠仁のために私を受け入れたと。その気遣いをぜひ先輩にも向けてくれたら嬉しいもんだなとは思う。まあでもいいや、部屋に入れたんならもう万事オッケーだ。
「ありがとね伏黒。私は勝手に遊んでるから伏黒はもう寝ていいよ」
そう言って私は部屋から持ってきたゲーム機を見せる。誰かがいてくれるだけで暴風雨の怖さは大分マシになるものだ。しかし雷の音は極力聞きたくないからと、ポケットからワイヤレスイヤホンを取り出して装着した。「おやすみ~」と伏黒に挨拶をして、ベッドを背もたれにダンジョンを進んでいくこと数十分。なんだか物凄い視線を感じてそっと目だけを動かしてみると、ベッドに寝転んだ伏黒がじっとこちらを見ていることに気がついた。
WOW! ……何。何なのこれ。私は一体なんのプレッシャーをかけられているんだ。ほんで伏黒睫毛長……! なんのマスカラ使ってんの……。
伏黒の顔面力と送られてくる謎の圧に、妙にドキドキしてきた心臓を落ち着かせ、私は片方イヤホンを外して伏黒に声を掛ける。
「あ、あの私……やっぱり帰ろうかな!?」
「何で」
「だ、だって伏黒に迷惑だし!?」
「今更何言ってんすか。そんでまた怖いとか言って虎杖んとこに行ったらさすがのアイツも迷惑でしょ」
……そっか。確かに、それは伏黒の言う通りだ。悠仁は明るくて優しくて本当に良い子だから、任務で疲れてるのにさっきは私に気遣ってくれたのかもしれない。
「だ、だよね……」
そう思うとなんだか雷ごときで後輩二人に迷惑をかけている自分が情けなくなってしまって、私はしょんぼりして再びゲームへと目を落とす。
ゲーム機の中ではまさにボス戦の最中で。全力で立ち向かわなければいけないんだけれども、何だか集中できなくなってしまってゆるゆると操作をしていたら今がチャンスとばかりに攻撃を仕掛けてくる敵、本当に容赦ない。
「……ていうのは建前で」
不意に伏黒の声が聞こえて振り返る。目が合った伏黒が口を開くと同時にゲーム機の中で敵の必殺技が、ばかでかい効果音と共に炸裂した。
「俺が先輩と一緒にいたいんで」
一呼吸分の間があって。私はイヤホンをパッと引き抜いた。
「え? え? 聞こえなかった。 もっかい言って?」
「嫌です」
肝心なところが聞こえず、もう一度とせがんでみたが、伏黒のことだ。もう一回なんて当然あるはずもない。
ただなぜか伏黒は耳まで真っ赤で、何を言ったのか、その理由が知りたくて仕方ない。さっきの流れでどんな台詞が当てはまるだろうか、と色々思い浮かべていると、あ、と思う。
「そっか、伏黒も雷怖かったんだね!?」
「はぁ……」
絶対、これだ。私は自信満々の笑みを伏黒に向けて、手を伸ばす。
「よ~しよし」
「やめてください」
見た目よりも柔らかいその黒髪をくしゃくしゃと撫でてみれば、返ってくるのは悠仁とは全く違う反応。素っ気なくて、口が悪くて、たまに怖いけど。真面目で頑張り屋でそして素直じゃない、可愛い可愛い後輩なのだ。
「仕方ないなあ……! 雷がおさまるまで先輩が一緒にいてあげるよ! ゲームしよ! はいこれ、コントローラ」
「アンタほんといい加減にしてください」
「伏黒は盗賊ね。ダンジョン前集合」
「人の話を聞け」
セーブし忘れたボス戦。ダンジョン中盤からやり直し。
私と伏黒の長い夜はこれからだ。