NARUTO
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解氷
「今日から正規部隊に配属となりました、ネネコです。よろしくお願いします」
一礼して顔を上げる。刺すような冷たい目線の中、ただ一人こちらを見つめる銀髪の男と視線が交わった。眠そうな黒い瞳がゆっくりと弧を描く。
「よろしくね、ネネコ」
ああ、私の苦手なタイプの人だ。そんなことを考えながら、差し出された手を一瞥した。
***
足元に縋りつく手を思い切り蹴り払えば、一言、ぽつりと口の中で呟いて、敵は遂に動かなくなった。
火の国と風の国の間に位置する深い深い森の中。通常であれば葉や土の香りの混じった清々しい空気が鼻腔を満たしてくれるような自然溢れる場所。しかし今は、まるで顔全体にべったりと塗りたくられたかのような濃い血の臭いだけが充満していた。
「思ったより数が多かったな……」
何気なく呟いたつもりだったのに、零れ落ちたのは自分でも驚くほどの氷のように冷たい声。
既に肉塊と化した足元の其れの腹の辺りに足を掛け仰向けになるように転がすと、ベストの腹辺りに付いたポーチの中身を漁る。ーーが、転がった死体分全て確認してみても、お目当ての密書はどこにもない。
ポーチの中から出てきた何かが足元にはらりと落ちた。重要なものだろうかと拾い上げて確認すると、それは木ノ葉隠れの術式が記された起爆札。ひとつ舌打ちをして立ち上がる。シューっと煙をあげて燃え始めた起爆札をぐしゃりと握り潰した。
「……なるほど」
溜め息をついて、刀を宙で一振り。幾人分かも分からない血を落とし背中の鞘へと納めた。
——感情は憎しみを作り出す。そして憎しみは戦いを作り出すものだ。
戦争で親を失い、行き場のない孤児だった私が根で教えられてきたことだ。何事にも動じるな。心を殺せ。その教え通り、生き残る為ならば敵はもちろん、時には味方でさえも容赦なく陥れ見捨ててきた。それが里の平和に繋がるのだと信じていた。そうしていつか自分の命が尽きるまで、根として生きていくものだと思っていた。
しかしうちは一族の事件が原因で根が解体され、私は火影直轄の暗部へと籍を移し、そして今度は正規部隊に異動となった。根の出身である私に対しての正規部隊のメンバーからの視線は冷たかったが、特に気にもしなかった。
「まあ、さすがにこれは予想外だったけど……」
呟いてみたら改めてそれを実感する。同じ里の仲間に嵌められた自分がなんだか可笑しくなってしまって、自嘲気味に笑った。
「やーっと見つけた」
突如、目の前に瞬身の煙が立ち込めた。この気配の消し方は……と、思い浮かべてる間に、徐々に露になってゆくその姿。左目を隠すように額当てを斜めにつけ、マスクで口元を覆い隠し、銀色の髪をしたその男。——小隊長のお出ましだ。何だか苦手で関わりたくない人。それが正直な気持ちだが、より強い者に遣えるのがこの世界の掟か。忍としての自分が、反射的にその名を呼ぶ。
「……カカシさん」
「こんなとこにいたのね。……ったく、一人で突っ走っちゃだめっていつも言ってるでしょ」
「……申し訳ありません」
怒る気があるのか無いのか分からない、いつも通りのゆるい注意を受けて、仕方なく謝罪の定型文を口にする。しかし心からの反省でないことは十分すぎるほど伝わっているようで、カカシさんは呆れたようにため息をついた。
「ほんと、いっつも無茶するよね。隊長として君らの命預かってる俺の身にもなってよ。一人で深追いするなんてさ」
何やらぼやきながら私の足元に転がる敵の脈を確認する。死んでいることは分かっているはずなのにわざわざそうするところがまた気に食わない。
「……別にネネコが全員に止めを刺さなくてもよかったのよ」
「暗部の癖でつい……。まあ、正当防衛みたいなものなので」
「ああそう……。……あれ? 他のやつらは?」
「密書を持って里へ帰りました」
淡々とそう答えると、カカシさんの黒い瞳がじっとこちらを見据えた。逃れるように目を逸らし、私は再び自身の足元へと視線を落とす。
ある任務に出た小隊が危機的状況だという知らせを受け、その救助にカカシ班が派遣された。だが現地に到着しみるとそこに木ノ葉の小隊はおらず、いるのは敵だけだった。ざっと見て三小隊となかなかの数だ。救助要請を出してきた木ノ葉の忍はどこかに捕らえられてしまったのだろうか? ならば、任務遂行のために何としてでも助けなければならない。そう思ったから戦った。
……だが蓋を開けてみれば、ただ同じ木ノ葉の仲間に陥れられて、奪わなくてもよい命を奪っただけだった。例の小隊は、どうやら私を足止めのための囮に使ったようで。密書はもうここには無い。今頃里へ帰っているところだろう。こんな時、普通は悲しむのだろうか。それとも怒りが込み上げるのだろうか。私は妙に静かな頭の中で、他人事のように考える。
「戻ってこれなくなるよ」
カカシさんが私を見下ろして言う。
「カカシさんみたいに、ですか」
さあ乗ってくださいとばかりに、分かりやすく挑発をしてみせる。しかし暫く待ってみてもカカシさんからの返事は無かった。声を荒げるまではせずとも、少しくらい嫌な顔をしてくれたら良かったのに。
「……任務は終わりですよね。帰りましょう」
これ以上話を続けて説教じみたことを言われても面倒だ。もうこの話は終わりだと態度で示すべく、くるりと背を向ける。
「ま、そうなんだけどさ。……ネネコってほんとに俺が先輩で隊長だってこと分かってる?」
「分かってますよ。行きましょう、カカシ
「はあああ……」
長いため息を背で受けて、グッと地面を蹴る。踏み込んだ右足首に痛みが走って一瞬怯んだが、構わず木の枝へと飛び上がろうとしたーー。
「ちょいまちネネコ」
「へ? あ、ちょっ……」
が、それは背後にいるカカシさんによって阻止された。木ノ葉のベストの背中部分に装着された刀の鞘を持たれてバランスを崩した私は重力に逆らえずひやりとした土の上に尻もちをつく。
「あ、そんなに強く引っ張ったつもりなかったんだけど……ネネコがこの程度で転ぶとは思わなかった。ごめーんね」
ごめんという言葉とは裏腹に特に悪びれる様子もなくへらへらして軽い調子でそう言ってのけるカカシさん。瞬時に怒りが込み上げてきたが、安い挑発に乗ってしまっては余計に面倒なことになるのは目に見えている。すぐそこまで出てきていた反論の言葉を飲み込み、緩く笑うカカシさんをキッと睨んだ。
「まあまあ、そんな怖い顔しなさんな。ネネコのお陰で予定より大分早く終わったし、そんなに急いで帰らなくてもダイジョブでしょ。のんびり行きましょーよ。それに……」
カカシさんの目が私の右足首へと移る。
「ネネコ、足怪我してるでしょ?」
「……」
「あれ? その間は何? もしかして嘘つこうとしてる? だーめ、俺の目はごまかせないよ~。なんてったって写輪眼のカカ……」
「……私が怪我してたら、何だって言うんですか」
「いやだから、先輩の話は最後まで聞こうよ……」
呆れ顔のカカシさんを無視して言葉を続ける。
「そうやって気まぐれで人に優しさを押し付けて、仲間を大切にしているつもりですか。それとも、今まで手にかけてきた人たちに対する罪滅ぼしのつもりですか。もしも私が敵だったらカカシさんは躊躇なく殺すでしょう。もちろん、私も同じですよ」
一息に言い切った。カカシさんはきょとんとした表情で私を見つめる。
「一体どしたのよネネコ。今日はよく喋るねぇ」
「別にいつもと変わりません」
「そう? ネネコはもっとクールな方かと思ってたんだけど」
「……」
「まあいいや。とりあえず足見せて。その足で里まで帰るのはちょいキツイでしょ。応急処置くらいなら俺も出来るから任せなさいよ。で、ネネコのその話の続きは里に帰ってお団子でも食べながらゆっくりしてもいいでしょ」
「なっ……! ふざけるのもいい加減にしてくださ……」
「ほーら! 早く」
必要ありませんと言いかけたが、カカシさんが少し足に触れただけで痛みに肩が跳ねる。敵の攻撃を受けた覚えはない。だとしたら、考えられるのはただ一つ。最後の最後に足首を掴まれた時だろう。切り傷でもなければ、血が出ているわけでもない。ただズキズキとこもるような鈍い痛み。恨みの念が込められているようなそんな気持になる。
「ここじゃちょいやりにくいから、あの切り株のとこまで行ける? もし無理そうなら俺が……」
指す方向を見やるとカカシさんはにっこり笑った。これ以上強がってもバレバレだなと判断して「自分で行けます」と素っ気なく返事をする。
「あ、そう? タフだねネネコ」
つい先ほどは私の非力を揶揄ったくせに、今度はタフだと。それはつまり、私への嫌みだろうか。言いたいことがあるならハッキリ言えばいいのに。そんな考えが頭を過ったが、気を遣われているこの状況が情けなくて恥ずかしくて、せめてもの反抗にと気力でスタスタとそこまで歩いていく。どさっと腰を下ろして密かにほっと息をついたら、カカシさんの手がふわりと頭に触れた。
「ん、偉いね」
「……馴れ馴れしく触らないでもらえますか」
自分でも驚くほどの素早さでその手を払い退ける。露骨に嫌な顔をしていたのだろう。「ええ……俺そんな嫌われちゃってんの……?」なんて言いながら大袈裟にガックリと肩を落とすカカシさんを冷めた目で見つめる。
「別に嫌いじゃないです」
「ああ、よか……」
「好きでもないですけど」
「あのねぇ、ネネコ。それは余計でしょーよ……」
嘘。大嫌い。カカシさんを見ていると、どうしようもなく苛々する。ずっと闇の世界で生きてきたくせに、緩い雰囲気を身に纏ってへらへら笑って。「俺の仲間は絶対殺させやしないよ」なんて台詞を平気で吐く。
「足手纏いでしたらここに置いていっても良いんですよ」
カカシさんから目を逸らしながら、そう呟いた。
自分が死のうが仲間が死のうが、忍は与えられた任務さえ遂行できればそれでいい。生き残る可能性なんて考えなくていい。血の繋がりとか心の繋がりとかそんなものは戦いにおいて何の役にも立たない。それが忍だと割り切って生きて来た。そんな私の姿が、正規部隊の人々の目にどう映るのかもわかる。仲間だとか、助け合いだとか、そんなもの求めて良いような人間じゃないということは自分自身が一番よく分かっている。
「私は別に、いつ死んでもいいですから……」
いつかは私が殺してきた忍と同じように、私も死ぬ日が来るのだろう。大した問題ではない。私が死んでも代わりの忍はいくらでもいる。だったら居てもいても居なくてもどうせ同じだ、と。そう、思って生きてきたのに。だからこれまで何があっても平気だったのに。
暗部としての任務の一環で、正規部隊に派遣されて半年。カカシ班に配属され、任務に出て、一緒に戦って、里へと帰る。他愛もない話をしながら食事をする。「今日もお疲れ様」と笑いかけてくれる。そんな時間を少し心地いいと感じている自分なんて。たった一人に親切にされたくらいで、まるで普通の忍として里の一員になれたような気がしている自分なんて——。
「大嫌い……」
気付けばそんな言葉が口から零れ落ちていた。
カカシさんは私を大切な仲間と言う。その言葉を真に受けてしまいそうな自分がいる。そんな自分が惨めで、いたたまれなくて。生き残りたいだなんて思って、その為に今日も誰かの命を奪う。こんな私に生きている意味があるのだろうか。
幼い頃から根の一員として働き、感情を消して生きてきたのに、今更それに気づいてしまったら、都合の良い罪悪感に押しつぶされそうになる。たった一人に存在を受け入れてもらったくらいで弱い自分になるくらいなら、カカシさんもいっそ他の人と同じように冷たくしてくれたらいいのに。
「今の……別にカカシさんのことじゃないですから……気にしないでください」
大嫌い。何てことない短い言葉ではあったが、誰にも知られたくない心の声みたいなものを、よりにもよってカカシさんに漏らしてしまうなんて。ばつが悪くて顔を背けながら言い訳じみた言葉を口にする。
カカシさんの特に反応は無く、手元の包帯に目を落としたままだ。聞かなかったことにしてくれたのか、本当に聞いていなかったのか。元々飄々としていて人の話を聞いているのか聞いていないのか分からない所がある人だから、きっと後者だろう。今の私にはそれが有難かった。木々の間から差し込む光を受けてきらきらと輝くカカシさんの銀髪を暫く見つめていた。
「あのね、ネネコ」
不意にカカシさんが口を開いた。
「俺も長年忍やってきたから、この世界の暗い部分はよーく分かってるつもりだよ」
足元に屈んでいるカカシさんの表情は私からは見えなくて、カカシさんの意図は読めない。どのような相槌が適当であるのかを図りかねて、ただ大人しく続く言葉を待つ。
「……特に暗部なんてのは、人並みの感情持ったままじゃとてもじゃないけどやってらんないよね。俺も、目の前で大切な仲間が死ぬのを嫌ってほど見てきたし、それと同じくらいか……いや、それ以上に、誰かにとっての大切な人をこの手にかけてきた。……何年経っても、今でも、その時のことを思い出す」
耳に、鼻腔に、瞼の裏に。その光景が、断末魔が焼き付いて消えない。洗っても洗っても、手にこびりついた血が落ちない。夜眠るとき目を閉じれば、真っ暗闇の中に顔が幾つも浮かんで、恨めしそうな目で私を見つめるのだ。
「頭がおかしくなりそうになるよな」
ぽつり、言葉を落として顔を上げたカカシさんと視線が交わる。これまで見たことのない表情に、私は息をのんだ。
ああ、この人は——カカシさんは、同じ苦しみを知っているのだ。
「俺やネネコみたいなタイプはどうも生き辛いよねぇ。意地っ張りだから何があっても平気な顔して、求められたらそれに応えようと頑張っちゃうでしょ。それで他人からは冷たく見られちゃったりしてさ」
人は、他人のことを上辺だけでしか判断できない生き物で、それがまた他人を追い詰める。「アイツなら大丈夫だろ」何気ないその一言が、私が本当に伝えたい言葉を飲み込ませる。
「……もうとっくの昔に、心は限界だって悲鳴を上げてるのにね」
鼻の奥がつんとして、じわり、目元に熱さを感じる。私は慌てて宙を見上げた。
辛いと弱音を零せたらどれほど楽だったか。すぐに心が壊れてしまえばどれほど楽だったか。平気な顔して任務をこなす度に、自分が自分で無くなっていくような気の狂いそうな毎日が続いて、どんな表情を作ればよいのか分からなくなっていく。
それでも寸でのところで踏ん張ることができてしまったから、それが余計に自分自身を追い詰めた。大丈夫、まだいける。そうして自分で自分の首を絞めて、微かな呼吸を繰り返し、ギリギリの所に立っていた。それを悟られないように冷たい言葉を吐いて、必死に強い自分を装った。何も感じないように、そしていつしか冷たくなった心。——氷みたいに冷酷な奴だ。陰でそう言われているのを知っていた。
けれど本当は、ずっと誰かに気づいてほしいと願っていた。隠しているのだから気づいてもらえるはずもないのに、誰か分かってくれと心の中だけで叫び続け、他人に分かってたまるものかと拒絶し続けた。なんて滑稽な一人遊びだったのだろう。
——あの”根”の出身だから大丈夫だろ。
——すげぇな。顔色一つ変えやがらねぇ。
強いから泣かなかったわけじゃない。泣かなかったから平気だったわけじゃない。私の心は、氷なんかじゃない。
「“根”には……名前は無い。感情は無い。過去は無い。未来は無い。あるのは任務……」
これまで何百回何千回と自分に言い聞かせてきた言葉だ。
「それなのに……なんで……」
人の命を奪う時、心の中でそう呟き続けた。
「どうして、こんなに胸が痛いんでしょうか……」
必死で宙を見上げていたにも関らず、瞳から溢れた雫は頬を伝ってばたばたと落ち、乾いた土へと染みこんでいく。ぎゅうっと拳を握り締めた。それ以上言わなくていい。いつもみたいに耐えればいい。そう思うのに、溢れ出した感情を止めることは出来なかった。
「どうして、私なんかが生きてるんでしょうか……」
本当は、ちっとも平気なんかじゃなかった。それを全て見透かすようなカカシさんが、私は嫌いだった。捨てたはずの感情を、容赦なく自分に突き付けてくるカカシさんが、大嫌いだった。
手のひらに爪が食い込むほど強く握り締めていた拳が、カカシさんの手によって解かれる。ボロボロに崩れた起爆札が地面へと落ちて。右手と左手にそれぞれ私の手を持って、カカシさんはしゃがんだままこちらを見上げた。
「——今までよく頑張ったね、ネネコ」
ずっと欲しかった言葉だ。それを初めて与えてくれたのが、どうしてこの人なんだ。
無茶をして叱られるとき。任務の成功を褒めてくれるとき。優しい笑顔で私の名前を呼んでくれるとき。ずっと昔に消したはずの感情が溢れてくる。その度に自分がどれ程弱い存在だったのかを実感する。——嫌い、嫌い、大嫌い。来る日も来る日もその言葉だけを胸の中で繰り返した。
「ネネコが生きてる意味ならちゃんとある」
「……それって、何ですか……」
鼻を啜りながら、問い返す。
「俺が生きてて欲しいから」
命を奪い奪われる。綺麗ごとじゃ済ませられない忍の闇がそこにある。でももし誰か一人でも私の生を望んでくれる人がいるならば、それだけで生きていていいのだろうか。
「それだけじゃ理由になんない?」
畳みかけるようにそう問いかけられて、咄嗟に首を横に振る。その聞き方は些か卑怯なのではないかと思ったが、カカシさんの柔らかな微笑みによって、浮かんだ不満は一瞬のうちに消え失せてしまった。
「今日だって、俺がどんだけ心配したと思ってんのよ。ネネコは俺の大切な仲間だ。だから、いつ死んでもいいとかそんなこと言って俺を悲しませるのはやめてちょーだい」
わかった? と少し首を傾けて、本日三度目、懲りずに私の頭に手を置いた。本人は全く自覚がないのだろうが、年上の男らしからぬ可愛らしい仕草がまた憎らしい。
「お前が無事で良かったよ、ネネコ」
大切な仲間、だとか。その言葉のせいで私が弱くなっても責任なんて取れないくせに。
「大嫌い……」
「へ?」
「やっぱりカカシさんなんて大嫌いです」
「ええ? なんでまたそうなるのよ……」
それでも、僅かな心地よさを感じてしまった自分を認めたくなくて、じわり滲んだ雫を腕で乱暴に拭う。そんな私を隣でにこにこ見つめるカカシさん。普通は空気読んで目を逸らすもんじゃないのか。ああ、やっぱりこういうデリカシーのないところも苦手だ。
——よく冷酷な人間のことを氷みたいって言うけど、俺はあの言葉は嫌いだよ。氷ってのは強くも何ともない。水と違って衝撃で壊れる。脆いもんだよ。
私の噂を知ってか知らずか、いつかのカカシさんはそんなことを言っていた。あの時私は顔色一つ変えずにその言葉を受け取ったけれど。粉々に崩れ落ちる寸前だった氷は、じわり解け始めていたのだとようやく気付く。
「んじゃ、帰りますか」
ひょいと立ち上がったカカシさんを見上げて。
「……責任、とってくださいね」
悔し紛れにそう呟いてみる。
「ん、りょーかい」
私の考えを全部読み取ったみたいに穏やかな笑みを浮かべて、カカシさんはそう言った。