黒子のバスケ
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眠々子ちんの第一印象が世間的に見て良いか悪いかって言われたら、正直、良くないと思う。なんでかっていうと、眠々子ちんって有り得ないくらいの人見知りだから。
初対面の人には物凄くぶ厚い壁を作ってて(お菓子的にいったら溶かす専用の業務用板チョコみたいな感じの厚さかな)口数すくないし、あんまり笑わないし、初めて会った時は、ああ俺この人無理だーって思ったのを覚えている。絶対性格合わないだろうなあって。……まあその後たった一枚の板チョコのおかげで、俺は眠々子ちんのこと見誤ってたんだって気付いたんだけど。
何が言いたいかって言うと、やっぱりお菓子は正義だよねってこと。
「……あらら? もしかしてもう着いてる?」
いつのまにか電車は目的地に止まっていた。お菓子に夢中で全然気付かなかった。お菓子のごみを片して、荷物を持って、東京駅のホームへと降り立つ。
高校に入ってからは秋田で寮生活をしているから、東京の高校に進学した眠々子ちんと会うのはかなり久しぶりだ。
一番最後に会ったのがいつだったかなんて忘れたけれど、その時話したことならはっきりと覚えている。今度会うときまでにむっくんがびっくりするくらいおいしいお菓子探しとくから、どっちの選んだお菓子がより美味しいか勝負しよ! って眠々子ちんは言っていたから、練習の合間を縫ってはお菓子探しに力を入れた。このお菓子の美味しさに勝てる物なんて絶対無いとは思うけど、眠々子ちんがくれるお菓子も楽しみで仕方ない。
流れに身を任せて改札を出る。人ごみの中きょろきょろと眠々子ちんの姿を探していたら、後ろに垂らしたマフラーの裾をちょいちょいと引っ張られる感覚。
「んー?」
振り返ったら、誰もいなくて。視線を下に落としたら、ようやく笑顔の眠々子ちんを見つけた。
「むっくん!」
「眠々子ちん久しぶりー」
「半年ぶりくらいだっけ?」
「うーん……多分そーなんじゃない?」
「あはは、私もよく覚えてないや。まあいっかー」
「そーだねー」
何ヶ月、なんて数えてるわけじゃないし。ただ眠々子ちんに会えなくて寂しいなーって思ってただけ。多分、眠々子ちんもそんな感じだと思う。面倒くさいことは考えないから、眠々子ちんとはずっと一緒にいても煩わしくない。そういうとこが好き。
だからこうして久しぶりに会っても特別変わりなくて。昔そうしていたみたいに、並んで歩き出す。
行き先が決まってることなんてまずない。おもむろに自販機の前で立ち止まって「あれおいしそうだねー」「ほんとだ! でもこっちのやつのが甘そうじゃない?」「んー確かにー」って話したり。
どちらからともなくコンビニに入って「むっくんむっくん! このチョコ新商品だって!」「うわあ、ほんとだおいしそう……」「むっくん! こっちのチョコはもう食べた?」「ううん、まだー」「えっうそ! 人生損してるよ! 早く買わなきゃ!」とか言いながら、あれもこれも、って二人でお菓子を大量に買ったり。
そのお菓子を食べながら眠々子ちんと歩くのが一番落ち着く。だって眠々子ちんは、食べながら歩いたらいっぱいこぼすよ、って室ちんみたいに怒らないし。「むっくん、口にお菓子ついてるよ」って笑ってくれるところが好き。
「あ、むっくん」
「んー? なにー?」
「チョコついてるよ」
「えーどこー」
「口の右のとこ!」
早速、眠々子ちんの指摘が入って足を止める。「ここ?」「ううん、もうちょっと右」「えーじゃあここ?」「あ、いきすぎ! もうちょい左!」って。眠々子ちんの説明下手すぎ。一生チョコ取れる気しないや。……まあでも、ここまでは別に前と変わりなかったんだけど……何かがおかしい気がする。
「むむむ……」
「むっくんどうしたの?」
首を傾げた眠々子ちんをじぃっと見つめていると、あることに気付いた。
「眠々子ちんさあ……」
「な、なに?」
「なんでこっち見ないの?」
「えっ? み、見てるよ!」
「でもさっきから全然目合わなくないー?」
「そ、それはむっくんの背が高すぎるからだよ!」
「そうなのー?」
「そうだよ! 絶対そう!」
妙にはっきりと言い切った眠々子ちん。確かに俺は背がすごい高いから、そうなのかなー? って納得しかけたけど……やっぱ違う。そんなの絶対おかしい。だって、前はそんなことなかったもん。
今日の眠々子ちんはどこかよそよそしくて、前だったら絶対に「そのお菓子おいしそうだね一口ちょうだい!」って何でもかんでも言ってきたのに。今日は「むっくんおいしい?」って聞いてくるだけ。「うんおいしいよー」と返事したらにっこり笑うだけ。試しに「眠々子ちんのお菓子ちょうだい」って言ってみたら「いーよ」と言って全部くれた。絶対絶対、おかしい。前だったら絶対に「やーだよー」ってにやにや笑ってたのに。
新しい板チョコの箱を開けるのに夢中になってる眠々子ちんを見つめて考え込んでいたら、食べようとしたグミを地面に落としてしまった。
「……どうしたのむっくん!」
グミを拾おうとしゃがんでいたら、慌てて駆け寄ってきた眠々子ちん。
「大丈夫!? 食べ過ぎた!? 気分悪い!?」
勝手に勘違いしてあたふたしてる。全然違うよ大丈夫、って立ち上がろうとしたけど、でもどーせ眠々子ちん目合わせてくれないし。だんだんむかついてきて、どうしてもこっちを見てほしくて、意を決して顔を上げた。
「むっくん……?」
少し屈んで俺を覗き込む眠々子ちん。両手をばーっと広げて、そのまま抱き着いてみる。
「ねー眠々子ちんー」
「……っ!」
眠々子ちんの手からチョコが滑り落ちてコンクリートの地面に当たってぱきんと割れる。あー勿体ない。だけど眠々子ちんはそれどころじゃないみたいで。
「……むむむむむ、むっくん」
「んー? なにー?」
「何って……ちょ、は、離して……」
「やだよ。だって眠々子ちん、むかつくしー」
ふくれっ面でそう言ってあげたら、俺を押し返そうとする動きがぴたりと止まった。悲しそうに瞳を揺るがせる眠々子ちんを見て、むかつくっていうのは言い過ぎたなかなあ、と少し後悔する。だけど、悲しかったのは俺も同じ。俺だってこんなこと聞きたくないのに。
「……嫌いになったの?」
何を、なんて。言わなくても分るよね。
「ううん、違う……」
「じゃあなんで?」
「そ、それは……」
眠々子ちんの言葉を待っても待っても、その後が続かない。おかしいなと思ってその表情を窺おうと、しゃがんだ体勢のまま眠々子ちんを見上げたら、やっと始めて目が合った。……それなのに、すぐに両手で顔を覆う眠々子ちん。
「えーなんで隠すのー」
「だって……!」
「だって、なにー?」
「だって……久しぶりで恥ずかしいんだもん……!」
ぽかん、と一瞬固まった。今、なんて? 恥ずかしい?もう長いこと一緒にいるのに? じゃあさっき駅で再会してから眠々子ちんはずっと緊張してたんだ。ちょっと会わなかったくらいで、また人見知りしてたってこと。いくら考えてみても、眠々子ちんの思考回路はよく分かんない。でもすごく愛おしくなってきて、もう一度ぎゅーっと抱きしめた。
「ちょっとむっくん、苦しいよ」
「はー眠々子ちんのせいだしー」
「何で!?」
「なんでもー」
眠々子ちんが予想を遥かに超える人見知りだったせいで、この数十分の間でちょっと寂しい思いもしたし、むかついちゃったし、心配もした。たった半年会わなかったくらいで眠々子ちんの中での自分の位置が、初対面の人と変わらないくらいになったのかと思うとすごくすごく悲しい。落ち込んだ気持ちも込めてしばらくそのまま黙っていたら、ふいに眠々子ちんが言葉を落とす。
「……あのね、むっくん」
「……うん」
「さっきは言えなかったんだけど……」
「……うん」
眠々子ちんの手が俺の背中にそっと触れる。
「おかえり」
それから、と一息ついて。何だろう? と思っていたら、やっと眠々子ちんからもぎゅうってハグされる感覚が伝わってきた。
「あ、会いたかった……!」
眠々子ちんの人見知りってほんとにひどい。でも、それくらいがちょうどいいのかもって思うんだよね。
「眠々子ちんかわいー」
「ちょ、むっくん! やっぱ恥ずかしいからそろそろ離れて!」
「ええー」
だって例えば「むっくん!」って呼ばれて振り向いたときににっこりしてくれる眠々子ちん。そんな風にしてるのは俺にだけだよね? って思ってる。誰にでも愛想振りまいてるのなんて絶対やだし。
「あっそうだ!」
眠々子ちんは突然思い出したように声を上げる。
「急になにー?」
「すごい美味しいチョコがあったからね、今日むっくんに会ったらあげようと思ってポケットに二つ入れてきたんだ!」
「チョコー?」
「うん! すごい美味しいやつ! ……ここに来る途中にどっちも食べちゃったんだけどね」
「わぁ、俺と同じことしてるしー」
「えー? むっくんも?」
「うん。俺も眠々子ちんにあげようと思ってたお菓子、電車で食べちゃった」
「ま、自分で買えばいっか」
「そーだねー」
今から買いに行こ、と言って同時に立ち上がる。
「むっくん、マフラーほどけてるよ」
しゃがんでー、って言われて素直に従ったら、それは丁度眠々子ちんの顔の高さで。もう一度じぃっと見詰めてみたら、ちょっと照れながらはにかんだ眠々子ちん。それがすごくすごく可愛かったから、やっぱ眠々子ちんは人見知りのままでいいや、と思った。
だってそうじゃないと、人見知りな眠々子ちんにこんなに近づける俺が特別なんだって、みんな分らなくなるもんね。
(僕たちの適正距離)
そんなの絶対、だめでしょ。
・2012年にforestpageで公開分