呪術廻戦
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Let’s play tag!
「じゃーん!」
木の陰から軽快に登場して見せれば、二人と一匹の視線が一斉に私に向けられる。数秒間の空白の後、最初に声を上げたのは悠仁だった。
「えっ、男子の制服!?」
「いかにも!」
どや顔で大袈裟に頷いて見せると、元々大きい悠仁のお目目が更に大きく丸くなる。なんで? という風に首を傾げる悠仁の可愛さ百点満点。こんの先輩誑しめ……っ!
「どうしたんだそれ」
「高菜」
「ふっふっふ……」
パンダと棘からも上々の反応が返ってきて、もう笑わずにはいられない。「気持ち悪いぞ」というパンダの声にも動じることなく、私はその場で華麗に一回転して両手を広げた。
「なんとこちら……あの伏黒恵君の制服でーす」
「ツナマヨ!」
なるほど、と棘が手を鳴らし、途端に紫色の瞳がキラキラと輝きだす。さすが棘、ノリがいい。この面白さを瞬時に理解したようだ。
「すじこ!」
「でしょでしょ。本物だよ~」
なんか見たことあると思った、と言う棘に向かってグッと親指を立てて笑っていると、悠仁からも質問が飛んでくる。
「なんで伏黒の制服を眠田先輩が持ってんの!?」
「なんでだと思う?」
「え、ええー? んー、なんでだ? あ、分かった! 伏黒の部屋からパクってきた、とか?」
「おかか~! 高菜いくら明太子」
「いや、俺は伏黒を無理やり脱がせて奪ってきたに一票だな」
……いや、みんな私の事を何だと思っているんだ。それじゃあまるで私が変態みたいじゃないか。二年の反応はもうこの際どうでもいいとしても、何故後輩の悠仁まで。私がいつそんな姿を見せましたか。悠仁が持ってる変なイメージを払拭すべく、私は早々に正解を述べることにする。
「いや~、なんか洗濯物取り違えちゃったみたいでさ。私のとこに入ってたんだよね」
一昨日の夜、破けてしまった制服を寮母さんが繕ってくれるとのことで有難く預けたのだが……ちょうど同じ日に任務に出ていた伏黒と洗濯をするタイミングが被ってたのだろう。しっかり補修されて、さらに洗濯まで終わって返ってきた籠の中には伏黒の制服も一緒に入っていた。高専の制服は女子も詰襟で男子とよく似ているから、忙しい寮母さんが間違ってしまうのは仕方のないことだ。
「で、普通に返すのも面白くないから着てみました!」
こんな機会そうそうないんだから、めいっぱい楽しませてもらいます。ありがとう寮母さん。ありがとう伏黒。
足を広げて身を屈め、両手で犬の形を作る。遂に練習の成果を披露する時がきた……! 険しい表情を作って、声のトーンを下げて、と。
『玉犬!』
「……ブッハハハハハハ! ヤベェ!!!」
「ツナマヨ!」
『……何なんすか、やめてもらえますか』
「やべーって先輩! 超似てんだけど!! 腹いてぇ! その若干キレてる感じとか、間の取り方が伏黒そっくり!」
「いくら!」
「さすが眠々子だな」
『それ以上笑ったらお前らの部屋にパプリカ敷き詰めてやる』
「怠すぎんだけど! なにその地味な嫌がらせ! そんで伏黒感あるのなんなの、先輩天才?」
悠仁こそリアクションの天才か? お腹を抱えてひーひー言う悠仁を見て気分が良くなってきた私は、得意気に手を組み換えていく。
「色々出来るよ~。鵺、大蛇、蝦蟇」
「先輩スゲェ。めっちゃ覚えてんじゃん! 俺も何回か見てるけど全然分っかんねー」
「悠仁、私がこれまでどれだけの時間を伏黒と過ごしてきたと思って?」
「え、もしかして十年とか? 先輩と伏黒って幼馴染的な感じだっりする?」
「フフフ、私と伏黒はね……もうかれこれ二年の付き合いなのよ」
「いや、言う程長くなくて笑った。でも二年で完コピする先輩やっぱすげぇわ」
「伏黒への愛が強いからね!」
「愛って言うか、眠々子はいじってるだけだな」
「しゃけしゃけ」
「そんなこと言って、パンダと棘も伏黒のこと揶揄ってるくせに!」
先輩として言わせてもらえば、伏黒ほど揶揄い甲斐のある子はいない。根が真面目な伏黒は、素っ気ないながらもちゃんと先輩の相手をしてくれるし、心が純粋なのかたまに無自覚で可愛らしい発言をするところもたまらない。そしてそんな伏黒が怒るか怒らないかギリギリのところで加減をするのもまた、スリルがあって楽しいのだ。
「……伏黒そろそろ起きたかなあ?」
一通り物真似をし終えてふと冷静になる。気づけば頭の真上まで移動している太陽を見上げて、それから寮のほうへと目を向ける。一昨日の任務で結構な怪我をしていた伏黒は、治療を受けてから部屋へと戻っていったっきり姿を見せていない。昨日一日ぐっすり眠っていただろうから、もう起きて来てもいい頃だ。
「じゃあそろそろ制服返し……ん? 棘どしたの?」
「ツ、ツナ……」
さっきまで笑っていた棘の目が、私を越えて後ろを見ていることに気が付いた。……な、なに。なんか霊的なものでも見えてんの? いやまあ、それは私も見えるんだけども。
高専内は結界が張ってあるから未登録の呪力が観測されたらアラートが鳴る仕組みになっている、というのは当然みんなが知っていることで。呪霊じゃない。侵入者でもない。じゃあそれ以外で棘がこんなに焦るものって何だ? 棘の視線を追うようにゆっくりと後ろを振り返る。
「何してんすか先輩方」
——そこにいたのは、伏黒だった。白いTシャツに下はスウェットという姿の伏黒が、何のためにここに現れたかなんてのは考えるまでもない。あ、私の人生終わった。「虎杖、お前は後でぶん殴る」「えっ、俺!?」と一年同士で短いやり取りを交わした後、伏黒はこちらを向き直る。わ、笑ってらっしゃる——!
「そんなに式神が好きなら本物見せてやりますよ」
伏黒はそう言ってスッと両手を合わせる。それはもう完璧に見覚えのある形だ。
「え、あ、ちょっとま……」
「玉犬」
「ストップ! ストップ! 返すから!」
必死になって訴えると、意外にも伏黒は動きを止めてくれた。よ、よし! セーフ! 伏黒の気が変わる前にと、直ぐに制服を脱ぐべくボタンに手を掛ける。すると伏黒の目が一瞬見開かれ、即時に私の手首を掴んだ。
「ちょ、何してんすか」
「え? だから制服返そうと思って……」
「だからって普通こんなとこで脱がないでしょう!」
「え、ええー……?」
何なんだ全く。返せと言ったり脱ぐなと言ったり。我儘さんかっての。最近伏黒のキレるポイントが分からなくなってきたことに疑問を感じつつ、表情から何か読み取れやしないかと見つめ返す。伏黒は相変わらず不機嫌な様子で眉を顰めていて……あれ、でも何か……心なしか顔が赤いような。普段、羨ましいくらいに色白の伏黒の顔が、今は頬がほんのりピンクに染まっていることに気が付いた。……あ、もしかして。頭の中にひとつの理由が浮かび、同時に私の中の伏黒揶揄いスイッチがONになる。
「……履いてるし着てるよ?」
ほら、と言って軽く学ランをめくってみせる。
”I LOVE 芋”とプリントされたお気に入りのTシャツだ。今センス悪いって思ったやつ後で校舎裏な。
一瞬間を置いて、それから素早く目を逸らした伏黒。私は追いかけるように素早く声を掛ける。この反撃のチャンス、逃がさないわよ恵たん!
「あれれー? 恵たんってばもしかして~……」
「やっぱ恵はムッツリだな」
「しゃけしゃけ」
「伏黒そういうとこあるよなー」
悪ノリならいつでもお任せの面子が口々にそう言って伏黒を揶揄ってみれば、元々死んでいた伏黒の目が更に光を失っていく。
……あ、ちょっとやりすぎたかも。そう思ったときにはもう、伏黒は完全にキレていた。
「やっぱりアンタら一回死んどきますか」
物騒な前置きのあとに詠唱される文言は——。
「布瑠部由良由……」
「ちょ、伏黒! それはシャレにならんやつ!!!」
「おかか!」
「なんかよく分かんねーけど、とりあえずヤバそうなのは伝わる! 伏黒やめろ! 俺らが悪かったから!」
「落ち着け、恵!」
各々が必死に声を掛ける。が、もう伏黒には届かない。ぎゃー! と叫んで、私たちは散り散りに走り出した。
***
「……はあ、ここまで来ればもう大丈夫だよね」
高専の敷地内を全速力で走り抜け、適当な木に背を預けて息を整える。
いやあ、今日は加減を間違えちゃったな。まさかあんなに怒るとは。カリカリして栄養が足りてないんじゃないのか。
「悠仁と棘、足速過ぎでしょ……パンダはパンダだし……」
結果、私が玉犬に目をつけられて最後までしつこく追いかけられる羽目になってしまった。
額に滲んだ汗を拭おうと手を上げると、いつもとは違うぶかぶかの袖が目に入る。……制服を返しそびれてしまった。伏黒、一生懸命探したのかな。今更ながら少しふざけ過ぎたかと反省する。いやいや、でも私は返そうとしたのに止めたのは伏黒だし!? 伏黒が悪いし! とすぐさま思い直す。まあいいや。あとで虎杖にでも頼んで返してもらおう。ふうと軽く息を吐いて一人呟く。
「全く……伏黒ってば怒りっぽいんだから……」
「誰が怒りっぽいって?」
——こ、この声は。
「ふ、伏黒!?」
恐る恐る目を上げると、涼しい顔して私を見下ろす伏黒の姿がそこに在った。な、なんで! 完璧にまいたと思ったのに!
「自分が誰の制服着てるか分かってますか。俺の匂いを玉犬が覚えてないわけないでしょう」
「それって……お日様の香り?」
「……その様子じゃ全然反省してないみたいですね。やっぱ一回痛い目見ときますか」
やべぇ。顔がマジだ。そして手もマジだ。伏黒を見ると勝手に喋り出す自分の口を本気で恨むわ。
「じ、冗談冗談! だからそんな怒んないでよ!」
「ふーん?」
「ほ、ほんとだよ!? 超反省してるし!」
必死で訴えると、伏黒は組んでいた両手をゆっくりと下ろした。——た、助かった! と安心したのも束の間。
「じゃあ今すぐ返してください」
真っ直ぐに差し出された手の平。伏黒の顔とそれを交互に見比べる。
「え、こ、ここで……!?」
「はい」
動揺を隠し切れない私の問い掛けに、伏黒は平然と頷いた。
「え、いや、それは……」
確かに返せるけども! 下はしっかり着てますけども! なんかこうも至近距離で見られてたら恥ずかしいんだけど! 私も一応乙女なんだからさ!?
思わずごくり、と息を呑む。
動けずにいる私に向かって、伏黒はクイと顎を動かした。「さっさとやれ」ということだろうか。こういう姿を見ていると中学の時の伏黒は番長だったという噂が信憑性を帯びてくる。
伏黒の視線があまりにも痛すぎて、居たたまれなくなった私は目を伏せる。これはもう逃げられそうもない。さっさと脱いで退散しよう。震える指で渦巻き模様のボタンに手を掛けて、まず一つ。……何なんだこの状況? と思うと何だか羞恥心でいっぱいになってきてぎゅうっと目を瞑る。続いて二つ目のボタンを外そうとしたとき、それは再び伏黒の手によって阻止された。
「……冗談すよ」
「へ?」
ぱしりと手首を掴まれて、間抜けな声を上げて伏黒を見上げると、緑がかった綺麗な瞳の中にはしっかりと私が映っていた。
「先輩、俺の事ナメすぎ」
——こ、これは。
イケメンだぁ……。私の頭が冷静な感想を浮かべた。
今までちゃんと考えたことなかったけれど、至近距離でまじまじと見てみると、伏黒はかなり整った顔をしているということに気づく。真希ちゃんもかなりの美人で、見惚れてしまうことは多々あるのだが……こうしてみるとさすがいとこ。やっぱりどことなく似ているものだなと思う。
二人の持つ美しさは五条先生のような華やかなものとはまた別の、例えるならば、何もない世界に立ち尽くし暗い影の中にじわじわと沈んでいくような——そんな退廃的な美しさだ。刃物のような鋭さを湛えていて、触れればただでは済まない雰囲気がある。……これを禪院顔というのだろうか。
二年前、初めて伏黒に会った日のことを思い出しながら、記憶の中の伏黒と目の前の姿を見比べる。そういえば伏黒はいつの間にこんなに大きくなったんだろう。出会った頃の伏黒はまだ中学生で、私とこんなに身長差なかったような。
妙な沈黙に心臓が早鐘を打つ音が聞こえてしまうんじゃないか……って、ちょ、ちょっと待て。私なんでドキドキしてんの!?
「先輩、顔赤くないすか?」
そんな言葉、先ほどの仕返しをされているだけだと分かっているのに……っ!!!
ただの後輩だと思っていた彼は、実は御三家の御曹司——! 呪霊祓除で急接近! 真剣な彼の眼差しに私のハートがドキン☆音を立てる。こんなのってこんなのって! 一体私、どうなっちゃうの——!?
乙女ゲームのキャッチコピーみたいなものを浮かべながら、どうしよう、もういっそこのまま伏黒ルートに入ろうか、なんて。トチ狂った思考で場を繋いでいたら、ふっと、新しい気配がすぐ傍に現れた。
「はーいお二人さんストップゥ~! 青春はそこまでだよ~!」
私と伏黒は数秒遅れてその声に反応する。
こ、声を掛けられるまで気づかなかった。これが敵なら死んでいた。なんてことない状況に冷汗が背中を流れるのは、呪術師としての感覚なのかな、と思うとしっかりと呪術界に漬かってしまった自分に思わず苦笑いをしてしまう。
「「五条先生」」
やっと言葉が追い付いて。そして伏黒より一呼吸分先に、私は五条先生に声を掛けた。
「ふ、伏黒が——!」
伏黒と距離をとるべく立ち上がり、五条先生の背後にまわる。よし、これで身の安全は確保された……! 伏黒を指さす私に、五条先生はうんうん分かってるよといった風に頷いて、伏黒の方へ向き直った。
「だめだよ恵~。先輩のことは敬わなくっちゃ」
いつも五条先生が目上の人に対して無茶苦茶やってるのを見ているから、どの口がそんなことを言っているんだろう、とは思ったが、さすが教師。まさかの五条先生に真っ当なことを言われ、苦虫を嚙みつぶしたような顔をしている伏黒に向かってべーっと舌を出してみせる。ふん、どうだ! 先輩を揶揄うなんて百年早いのよ! 私はいま無下限内なんだから影法術きかないしね! 悔しがるがいいわ! さっきはうっかりときめいてしまうところだったけど、私はそんなチョロい女じゃなくってよ!
「眠々子は嫌がってるでしょ? こういうのはちゃんとお互い合意の上じゃないとね。……それに、恵。最初はノーマルにしとくことをオススメするよ」
ん……? 何やら様子がおかしいことに気づいて私は右上へと目線を向ける。五条先生はいつも通りの軽薄な笑みを浮かべて、なんの躊躇もなく続く言葉を口にした。
「いきなり青姦はレベルが高……」
「五条先生最っ低!!!」
この人本当に教師か!? というような発言を遮るべく、避難の声と共に思わずビンタをかましてしまった——が、それは五条先生の頬すれすれのところでぴたりと止まる。五条先生は澄ました顔で私を見下ろす。そうだった、無下限呪術だ。
「ん? どしたの眠々子、そんなに怒って。僕なんか言った?」
「あんたほんと最低ですね」
「えー? 何が何が? 恵までそんな顔してどうしたのさ」
「——五条先生の馬鹿! もういいですっ!!!」
救世主かと思われた五条先生までこの調子じゃもう何も望めない。私はその場を去ろうと、くるりと向きを変えて走り出す。
「いやだから制服返せよ。……玉犬」
「うわ、ミスった! 無下限出ちゃった!」
私は再び五条先生の後ろに隠れようとした——が。だ、だめだ。少し離れすぎた! 玉犬のほうが先に射程圏に入る。
「伏黒落ち着いて! 返す! 今すぐ返すから!」
「君たちホント仲がいいねえ~」
「どこ見てそう思うんですか!? 前見えてないならその目隠し外せば!? 早く伏黒のこと止めてください!」
「んー、でも丁度いい鍛錬になるんじゃない? 眠々子、体力ないし」
こんな時だけ先生ぶって! にやにやと眺めている五条先生に何か言い返そうにも、伏黒のワンちゃんと戯れるので精一杯だ。く、くっそぉおう……! この前ナデナデしてあげたのを忘れたの!? 私とお前は心通わせた仲じゃない!? 息も絶え絶えに声を上げる。
「伏黒の馬鹿!」
「馬鹿はアンタだよ」
そうして五条先生を真ん中に挟んで、玉犬と私はその周りをぐるぐる回り続け「だ、だめ……目回ってゲロ吐きそう……」と訴えてようやく伏黒が許してくれた時には、もうすっかり日が落ちきっていた。