NARUTO
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※このお話は現在執筆中のサソリ長編のSSです。
単品で読んでいただいても問題ありません^^
長編はまだ未公開ですが、先に設定だけ公開しました。もし良かったら髪色等のイメージの参考にどうぞ^^
もちろんお好きなイメージで読んでいただいても内容的には全く問題ございません^^【ヒロイン設定】
「チィ……」
ゴォオオオという大地が唸る音を聞き、サソリは忌々し気に舌打ちをした。
「サソリ様」
隣を歩いていた少女が立ち止まり、サソリの名を呼ぶ。己の身長よりも少し低い位置にあるヒルコと目線が合うように、少女は首を傾けた。身に着けたマントのフードがずれて、そこから覗く深い紫色の瞳。蛍石のような美しい色だ。無論それは一人の人間に対しての感情などではなく、あくまでも作品として見てのこと。若い頃から天才傀儡造形師として他国に名を馳せたサソリの、芸術家としての血が騒ぐ……そんな類のものだ。この少女がサソリの感性をくすぐるものを持っておらず、またこの姿でもなければ、出会ったあの夜に迷わず殺していただろう。
サソリのような男に気に入られてしまったことを幸ととるか不幸ととるか……それは考えなくても分かること。後者だな、サソリはヒルコの中で一人、少女の不憫さを鼻で笑う。
芸術として何の価値もないガキだったなら。そうしてあの時あの場所で死んでいたなら。今日までの八年……そしてこれからもうしばらく続くであろう苦しみを味わうことはなかったのだろうに。この瞳を持つ傀儡をいつかコレクションに加えることができたらどんなに良いか。想像するだけで思わず口元が緩む。
ヒルコの中にいるサソリの様子は、決して外から見えることはない。自分が忠誠を誓った主人がまさか今この瞬間にそんなことを考えているなんて思いもしないだろう。何も知らないシキが心配そうに視線を移す先は、やはり地鳴りのする方向だった。……ああそうだったな。
サソリはシキから目線を逸らして空を見上げると、ようやく口を開いた。
「砂嵐だな」
つい先ほどまで頭上に広がるのは真っ青一色だったというのに既に空は灰色の厚い雲に覆われ、もくもくと膨れ上がった砂煙がじわりじわりと、しかし確実にこちらへ向かってきているのが確認できた。
「はい……かなり荒れそうですね」
砂漠地帯の砂嵐の恐ろしさ。この地で生まれ育ったサソリは、それを嫌と言うほど知っている。特に今いるこの場所は魔の砂漠と呼ばれる最も危険な地帯であり、大砂嵐が頻繁に起こる。土地勘のある砂隠れの忍でも恐れる場所だ。一見するとただの砂煙のように見えるそれは、実際は吹き荒れる暴風そのもので、無数に舞う砂は一瞬にして視界を奪い、呼吸をすることすら困難になる。幾度もの砂嵐を経験してきたサソリから見て、今回のものはなかなかの規模であることが容易に窺える。
ヒルコならばこのまま進むことが不可能なわけではないが……傀儡の関節部分に砂が入り込んではメンテナンスが些か面倒だ。いくら外面的な強度を上げようとも、傀儡というのは芸術作品。細工物や絵画などと同じくやはり繊細なものなのだ。
「北の大砂丘にある洞窟へ行くぞ。そこで砂嵐をやり過ごす」
立ち止まっている間にも、風が強くなり吹き上げられた流砂によって辺りが霞み始めている。あと五分もすれば今いる場所も飲み込まれるだろう。ヒルコはその体を引きずりながら、ゆっくりと方向を変えた。
***
洞窟へ入ると、外の嵐が嘘のようにシンと静まり返っていた。
ヒルコから出て、岩の上に腰を下ろす。あの砂嵐の様子だと、多分三日は続くだろう。工程が計画通りにいかず苛々する気持ちを舌打ちに込める。
風の国の砂漠には東西南北にそれぞれ大砂丘があり、そこには巨大な岩石がある。長い年月をかけて雨風に削られたそれは、砂漠で遭遇するトラブルを凌ぐには置くにはうってつけの場所だった。砂隠れの忍ならば幼少期に自分の両親に教わる基本的なことだ。厳しい土地で生きるには知恵がいる。
時には自分以外の人を犠牲にして生き延びる冷酷さも。
風の国は昔から人口、軍事力、経済力の全ての観点で、五大国の中で最下位。それは誰もが知ることだ。砂隠れの里が忍里として生き残るには、忍一人一人の力量を上げることが必要だった。
里の上層部は軍事力向上のためにあらゆる手段を使い、また術の開発にいそしんだ。
サソリの実の祖母であるチヨもそうだ。里の重鎮だったチヨはいつも忙しく、会議が無いときは部屋に篭って何かの研究に勤しんでいた。幼い頃は共に出かけた記憶もあるが、サソリが傀儡造形の技術を覚えてからは二人きりで会話をすることはほとんどなかったように思う。
そうして、傀儡造形師としての才を持て余したサソリが踏み込んではいけない領域へ行くのを、見て見ぬふりをした。
砂隠れは、里の忍を「人間」としてでは無く「戦力」として扱う。この何もない乾いた土地でも力強く勢力を伸ばし、木ノ葉と並ぶ大国になったのには、そういう背景がある。その砂隠れの風習は時間をかけてサソリの身にも染み込み、第二次忍界大戦で両親を失い、第三次忍界大戦では自身が戦場に赴き周囲の砂を血で染めた。そしてその経験は、確実にサソリの心を歪めた。
自分が里を抜ける大罪人になったことを里のせいにするつもりはないが、傀儡造形師としての類い稀な才能を持ち砂隠れの教えを受けて育ったサソリが、やがて生身の「人間」をただの「作品」として見るようになることは必然だったようにも思う。
人は驚くほど呆気なく死ぬ。戦場で嫌という程見てきた。だから人など傀儡でいくらでも造り出せばいいのだ。そうして人傀儡の造形に傾倒するようになり15歳で砂隠れの里を抜けてから随分と経ったが……四代目風影は、妻の命を犠牲にしてまで己の息子に一尾の人柱力を憑りつかせたというのだから、里の方針は今も全く変わっていないのだろう。
本当にどこまでもくだらない里だ。
シキが下忍になるときにサソリが砂隠れの里を所属先として選んだのは、自分の故郷だからなどという陳腐な理由ではない。シキにもその悪しき風習と教えを受けさせ、心を殺せと教えるためだ。その方が将来使える駒になる。
その思惑通り、シキはサソリ好みの部下に成長した。先日上忍に昇格したので、これまで以上に里内の情報を得やすくなるだろう。砂隠れにはシキ以外にもサソリの部下が何人もいるが、サソリが十年近くも傍に置き、ここまで育ててきたのはシキだけだ。
十四歳で上忍になるのは簡単なことではない。生まれ持った忍としての才と、サソリへの忠誠心からくる努力の結果といったところか。シキの原動力となっている忠誠心は、サソリが意図して与えたものだとも知らずに。出会ったあの日と変わらず、本当に哀れな小娘だと思う。
洞窟に入ってからシキの姿が見当たらないのは、砂嵐による足止めを食らいサソリが不機嫌になったことを察したからだろうか。生い立ちのせいかシキは人の苛立ちというものに酷く敏感で、サソリの感情の変化……特に怒りを素早く察知しすぐにその場を離れる傾向があった。八つ当たりから自分の身を守るためだろう。無論サソリはシキに手をあげたことはない。だからサソリに対して怯える必要はないはすだが、幼い頃のトラウマはそう簡単に消えないものだ。シキが何をかかえていようと、忍として戦えるなら問題はない。
「シキ」
サソリが名を呼べば、シキはすぐにそれに応える。
「はい」
重要なのは、役に立つかどうか。駒として使えるかどうかだ。
目の前に姿を現したシキを見て、ふっと笑う。サソリが本体だったことに驚いたのかシキは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに片膝片手を地面について頭を下げる。それに伴って森の木々のような深緑色をしたシキの髪が揺れた。
緑色の髪に紫色の瞳。紫幹翠葉――シキの風貌は青々とした美しい自然の景色を思い出させる。シキを見ると不思議な気持ちになるのは、サソリの育った砂漠地帯の風の国には決して在り得ないものだったからか。その姿を素直に美しいと思う。それは見たものに対する率直な感想であって他意はない。
「さて……」
未だ頭を下げたままのシキを見下ろし、喉の奥を鳴らして笑う。
「時間はたっぷりあるからな」
無駄な時間を過ごすのは嫌いだ。サソリが言わんとすることは、この姿を見た時点でシキも察していることだろう。
シキの顔は髪で隠れて見えない。今、どんな表情をしているのだろうか。
「……はい、サソリ様」
普段と変わらず従順な返答。抑揚のないシキの言葉からは、何も読み取ることが出来なかった。
***
いつの間にか夕焼けが始まり、青々とした草原は赤と金に染まってゆく。
刻々と色を濃くしていく夕焼けは、血のようだと思う。
人傀儡を作るサソリにとっては見慣れた色。赤は常にサソリと共にある。
幼いシキの丸い瞳が、がサソリをジッと見つめる。血の通わぬ冷めた目でその顔を眺めていると、シキが口を開いた。
「同じ色……」
そうして小さな手で燃えるような空を指して言う。
「サソリ様と、同じ色……」
――赤砂のサソリ。その名は戦場において傀儡を操り周囲の血を赤く染めたことから付いたものではあるが……皮肉なことにサソリ自身の髪の色もまた血のように赤い色だった。血の色だと言われてきた。このガキにもそう見えていると思っていた。
だが、シキの瞳に映る自分の姿はそうではなかったのかと驚く。シキは目を細めて嬉しそうに笑った。
日は地平線へと姿を消して、辺りの色は急速に紫、そして黒へと移り変わる。直に夜が来る。
***
「サソリ様」
そんな声を聞いてふと顔を上げる。
昨日まで真っ暗だった洞窟の中がほんの少し明るくなったのを見て、砂嵐が去ったことが分かった。
岩の陰から顔をのぞかせたシキは、三日前となんら変わりなかった。まさか、と驚いたが、顔には出さないようにして小さく息を吐いた。
もう八年も前のことを、今更思い出すなんて。普段、過去のことを思い出して感傷に浸ることなどないが、さすがに三日という時間は長すぎて柄にもないことをしてしまったなと思う。
「……サソリ様?」
シキは何も言わないサソリを不安そうに見つめる。十五歳のまま時が止まったサソリ本体とシキの身長はそう変わらない。サソリの目線の先にある紫の瞳は色こそ変わっていないものの、確実に過ぎた年月を物語っていた。いつの間に、それ程の時が経ったものかと思う。いつまでも後をついてくるガキだとばかり思っていた。
何も答えないまま立ち上がり、入り口へと歩みを進める。
洞窟を出るとちょうど地平線の向こうから朝日が昇るところだった。その光はあっという間に領域を広げ、砂漠が一面赤色に染まる。
「綺麗ですね」
とシキが言う。そういえばシキは昔から空を見るのが好きだったか。その言葉に特に返事はせずただ視線を送ると、シキは少し戸惑ったように目を泳がせ
「……サソリ様の髪と、同じ色ですね」
そう言って、ぎこちなく笑った。
――ああこの哀れなガキは。
今でもそう思っているのか。
人の命を物として見て、利用し、部下であるシキのことすら苦しめるサソリのことを、なぜまだ”綺麗”だなどと言うことができるのか。理解できないその心情に、妙に胸がざわめく。
シキと出会ったあの日、サソリの世界に命が青々と芽吹いた。
サソリの髪を美しいというシキは、一体どれだけのものをその瞳に映してきたというのか。サソリがシキに見せてきた色と言えば、この血の色だけだ。
それなのに、何と比べてこの色を美しいと言うのか。こんな所にいなければ、もっと綺麗な世界が見れただろうに。
黒に近づけば黒くなり、朱に交われば赤くなる。
見渡す限り茫漠と続く砂の海。先の大戦の最中、そこら中に転がる死体は、まるで自身の作った傀儡人形のように見えた。自身が人ならざる存在へと足を踏み入れたと感じた時、里を見限り抜けた。
生まれ育った砂の地で、生身の体のままで、生み出せる芸術に限界を感じていた。血で染めた赤い砂ではなく他のものが見たかった。あれから二十年近い時が過ぎ、暁に身を置くサソリが纏うのはその言葉通りの黒い衣だ。
だがシキは心も、その髪の色も、あの頃となんら変わりない。シキは今でも人を人として扱い、そのくせ自分を物と信じて疑わない。
「……くだらねェな」
くだらない。何もかも。いつかは終わるこの日々も、永遠に続くものではないのだから。
朝日に照らされて真っ赤に染まった砂漠。
それを一心に見つめるシキの横顔を見て思う。
本当に哀れな小娘だ、と。
単品で読んでいただいても問題ありません^^
長編はまだ未公開ですが、先に設定だけ公開しました。もし良かったら髪色等のイメージの参考にどうぞ^^
もちろんお好きなイメージで読んでいただいても内容的には全く問題ございません^^【ヒロイン設定】
朱に交わる
「チィ……」
ゴォオオオという大地が唸る音を聞き、サソリは忌々し気に舌打ちをした。
「サソリ様」
隣を歩いていた少女が立ち止まり、サソリの名を呼ぶ。己の身長よりも少し低い位置にあるヒルコと目線が合うように、少女は首を傾けた。身に着けたマントのフードがずれて、そこから覗く深い紫色の瞳。蛍石のような美しい色だ。無論それは一人の人間に対しての感情などではなく、あくまでも作品として見てのこと。若い頃から天才傀儡造形師として他国に名を馳せたサソリの、芸術家としての血が騒ぐ……そんな類のものだ。この少女がサソリの感性をくすぐるものを持っておらず、またこの姿でもなければ、出会ったあの夜に迷わず殺していただろう。
サソリのような男に気に入られてしまったことを幸ととるか不幸ととるか……それは考えなくても分かること。後者だな、サソリはヒルコの中で一人、少女の不憫さを鼻で笑う。
芸術として何の価値もないガキだったなら。そうしてあの時あの場所で死んでいたなら。今日までの八年……そしてこれからもうしばらく続くであろう苦しみを味わうことはなかったのだろうに。この瞳を持つ傀儡をいつかコレクションに加えることができたらどんなに良いか。想像するだけで思わず口元が緩む。
ヒルコの中にいるサソリの様子は、決して外から見えることはない。自分が忠誠を誓った主人がまさか今この瞬間にそんなことを考えているなんて思いもしないだろう。何も知らないシキが心配そうに視線を移す先は、やはり地鳴りのする方向だった。……ああそうだったな。
サソリはシキから目線を逸らして空を見上げると、ようやく口を開いた。
「砂嵐だな」
つい先ほどまで頭上に広がるのは真っ青一色だったというのに既に空は灰色の厚い雲に覆われ、もくもくと膨れ上がった砂煙がじわりじわりと、しかし確実にこちらへ向かってきているのが確認できた。
「はい……かなり荒れそうですね」
砂漠地帯の砂嵐の恐ろしさ。この地で生まれ育ったサソリは、それを嫌と言うほど知っている。特に今いるこの場所は魔の砂漠と呼ばれる最も危険な地帯であり、大砂嵐が頻繁に起こる。土地勘のある砂隠れの忍でも恐れる場所だ。一見するとただの砂煙のように見えるそれは、実際は吹き荒れる暴風そのもので、無数に舞う砂は一瞬にして視界を奪い、呼吸をすることすら困難になる。幾度もの砂嵐を経験してきたサソリから見て、今回のものはなかなかの規模であることが容易に窺える。
ヒルコならばこのまま進むことが不可能なわけではないが……傀儡の関節部分に砂が入り込んではメンテナンスが些か面倒だ。いくら外面的な強度を上げようとも、傀儡というのは芸術作品。細工物や絵画などと同じくやはり繊細なものなのだ。
「北の大砂丘にある洞窟へ行くぞ。そこで砂嵐をやり過ごす」
立ち止まっている間にも、風が強くなり吹き上げられた流砂によって辺りが霞み始めている。あと五分もすれば今いる場所も飲み込まれるだろう。ヒルコはその体を引きずりながら、ゆっくりと方向を変えた。
***
洞窟へ入ると、外の嵐が嘘のようにシンと静まり返っていた。
ヒルコから出て、岩の上に腰を下ろす。あの砂嵐の様子だと、多分三日は続くだろう。工程が計画通りにいかず苛々する気持ちを舌打ちに込める。
風の国の砂漠には東西南北にそれぞれ大砂丘があり、そこには巨大な岩石がある。長い年月をかけて雨風に削られたそれは、砂漠で遭遇するトラブルを凌ぐには置くにはうってつけの場所だった。砂隠れの忍ならば幼少期に自分の両親に教わる基本的なことだ。厳しい土地で生きるには知恵がいる。
時には自分以外の人を犠牲にして生き延びる冷酷さも。
風の国は昔から人口、軍事力、経済力の全ての観点で、五大国の中で最下位。それは誰もが知ることだ。砂隠れの里が忍里として生き残るには、忍一人一人の力量を上げることが必要だった。
里の上層部は軍事力向上のためにあらゆる手段を使い、また術の開発にいそしんだ。
サソリの実の祖母であるチヨもそうだ。里の重鎮だったチヨはいつも忙しく、会議が無いときは部屋に篭って何かの研究に勤しんでいた。幼い頃は共に出かけた記憶もあるが、サソリが傀儡造形の技術を覚えてからは二人きりで会話をすることはほとんどなかったように思う。
そうして、傀儡造形師としての才を持て余したサソリが踏み込んではいけない領域へ行くのを、見て見ぬふりをした。
砂隠れは、里の忍を「人間」としてでは無く「戦力」として扱う。この何もない乾いた土地でも力強く勢力を伸ばし、木ノ葉と並ぶ大国になったのには、そういう背景がある。その砂隠れの風習は時間をかけてサソリの身にも染み込み、第二次忍界大戦で両親を失い、第三次忍界大戦では自身が戦場に赴き周囲の砂を血で染めた。そしてその経験は、確実にサソリの心を歪めた。
自分が里を抜ける大罪人になったことを里のせいにするつもりはないが、傀儡造形師としての類い稀な才能を持ち砂隠れの教えを受けて育ったサソリが、やがて生身の「人間」をただの「作品」として見るようになることは必然だったようにも思う。
人は驚くほど呆気なく死ぬ。戦場で嫌という程見てきた。だから人など傀儡でいくらでも造り出せばいいのだ。そうして人傀儡の造形に傾倒するようになり15歳で砂隠れの里を抜けてから随分と経ったが……四代目風影は、妻の命を犠牲にしてまで己の息子に一尾の人柱力を憑りつかせたというのだから、里の方針は今も全く変わっていないのだろう。
本当にどこまでもくだらない里だ。
シキが下忍になるときにサソリが砂隠れの里を所属先として選んだのは、自分の故郷だからなどという陳腐な理由ではない。シキにもその悪しき風習と教えを受けさせ、心を殺せと教えるためだ。その方が将来使える駒になる。
その思惑通り、シキはサソリ好みの部下に成長した。先日上忍に昇格したので、これまで以上に里内の情報を得やすくなるだろう。砂隠れにはシキ以外にもサソリの部下が何人もいるが、サソリが十年近くも傍に置き、ここまで育ててきたのはシキだけだ。
十四歳で上忍になるのは簡単なことではない。生まれ持った忍としての才と、サソリへの忠誠心からくる努力の結果といったところか。シキの原動力となっている忠誠心は、サソリが意図して与えたものだとも知らずに。出会ったあの日と変わらず、本当に哀れな小娘だと思う。
洞窟に入ってからシキの姿が見当たらないのは、砂嵐による足止めを食らいサソリが不機嫌になったことを察したからだろうか。生い立ちのせいかシキは人の苛立ちというものに酷く敏感で、サソリの感情の変化……特に怒りを素早く察知しすぐにその場を離れる傾向があった。八つ当たりから自分の身を守るためだろう。無論サソリはシキに手をあげたことはない。だからサソリに対して怯える必要はないはすだが、幼い頃のトラウマはそう簡単に消えないものだ。シキが何をかかえていようと、忍として戦えるなら問題はない。
「シキ」
サソリが名を呼べば、シキはすぐにそれに応える。
「はい」
重要なのは、役に立つかどうか。駒として使えるかどうかだ。
目の前に姿を現したシキを見て、ふっと笑う。サソリが本体だったことに驚いたのかシキは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに片膝片手を地面について頭を下げる。それに伴って森の木々のような深緑色をしたシキの髪が揺れた。
緑色の髪に紫色の瞳。紫幹翠葉――シキの風貌は青々とした美しい自然の景色を思い出させる。シキを見ると不思議な気持ちになるのは、サソリの育った砂漠地帯の風の国には決して在り得ないものだったからか。その姿を素直に美しいと思う。それは見たものに対する率直な感想であって他意はない。
「さて……」
未だ頭を下げたままのシキを見下ろし、喉の奥を鳴らして笑う。
「時間はたっぷりあるからな」
無駄な時間を過ごすのは嫌いだ。サソリが言わんとすることは、この姿を見た時点でシキも察していることだろう。
シキの顔は髪で隠れて見えない。今、どんな表情をしているのだろうか。
「……はい、サソリ様」
普段と変わらず従順な返答。抑揚のないシキの言葉からは、何も読み取ることが出来なかった。
***
いつの間にか夕焼けが始まり、青々とした草原は赤と金に染まってゆく。
刻々と色を濃くしていく夕焼けは、血のようだと思う。
人傀儡を作るサソリにとっては見慣れた色。赤は常にサソリと共にある。
幼いシキの丸い瞳が、がサソリをジッと見つめる。血の通わぬ冷めた目でその顔を眺めていると、シキが口を開いた。
「同じ色……」
そうして小さな手で燃えるような空を指して言う。
「サソリ様と、同じ色……」
――赤砂のサソリ。その名は戦場において傀儡を操り周囲の血を赤く染めたことから付いたものではあるが……皮肉なことにサソリ自身の髪の色もまた血のように赤い色だった。血の色だと言われてきた。このガキにもそう見えていると思っていた。
だが、シキの瞳に映る自分の姿はそうではなかったのかと驚く。シキは目を細めて嬉しそうに笑った。
日は地平線へと姿を消して、辺りの色は急速に紫、そして黒へと移り変わる。直に夜が来る。
***
「サソリ様」
そんな声を聞いてふと顔を上げる。
昨日まで真っ暗だった洞窟の中がほんの少し明るくなったのを見て、砂嵐が去ったことが分かった。
岩の陰から顔をのぞかせたシキは、三日前となんら変わりなかった。まさか、と驚いたが、顔には出さないようにして小さく息を吐いた。
もう八年も前のことを、今更思い出すなんて。普段、過去のことを思い出して感傷に浸ることなどないが、さすがに三日という時間は長すぎて柄にもないことをしてしまったなと思う。
「……サソリ様?」
シキは何も言わないサソリを不安そうに見つめる。十五歳のまま時が止まったサソリ本体とシキの身長はそう変わらない。サソリの目線の先にある紫の瞳は色こそ変わっていないものの、確実に過ぎた年月を物語っていた。いつの間に、それ程の時が経ったものかと思う。いつまでも後をついてくるガキだとばかり思っていた。
何も答えないまま立ち上がり、入り口へと歩みを進める。
洞窟を出るとちょうど地平線の向こうから朝日が昇るところだった。その光はあっという間に領域を広げ、砂漠が一面赤色に染まる。
「綺麗ですね」
とシキが言う。そういえばシキは昔から空を見るのが好きだったか。その言葉に特に返事はせずただ視線を送ると、シキは少し戸惑ったように目を泳がせ
「……サソリ様の髪と、同じ色ですね」
そう言って、ぎこちなく笑った。
――ああこの哀れなガキは。
今でもそう思っているのか。
人の命を物として見て、利用し、部下であるシキのことすら苦しめるサソリのことを、なぜまだ”綺麗”だなどと言うことができるのか。理解できないその心情に、妙に胸がざわめく。
シキと出会ったあの日、サソリの世界に命が青々と芽吹いた。
サソリの髪を美しいというシキは、一体どれだけのものをその瞳に映してきたというのか。サソリがシキに見せてきた色と言えば、この血の色だけだ。
それなのに、何と比べてこの色を美しいと言うのか。こんな所にいなければ、もっと綺麗な世界が見れただろうに。
黒に近づけば黒くなり、朱に交われば赤くなる。
見渡す限り茫漠と続く砂の海。先の大戦の最中、そこら中に転がる死体は、まるで自身の作った傀儡人形のように見えた。自身が人ならざる存在へと足を踏み入れたと感じた時、里を見限り抜けた。
生まれ育った砂の地で、生身の体のままで、生み出せる芸術に限界を感じていた。血で染めた赤い砂ではなく他のものが見たかった。あれから二十年近い時が過ぎ、暁に身を置くサソリが纏うのはその言葉通りの黒い衣だ。
だがシキは心も、その髪の色も、あの頃となんら変わりない。シキは今でも人を人として扱い、そのくせ自分を物と信じて疑わない。
「……くだらねェな」
くだらない。何もかも。いつかは終わるこの日々も、永遠に続くものではないのだから。
朝日に照らされて真っ赤に染まった砂漠。
それを一心に見つめるシキの横顔を見て思う。
本当に哀れな小娘だ、と。
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