黒子のバスケ
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クリスマスイブなのにバイトってなんだ。一体なんの罰ゲームなんだ。彼氏と出かける予定があるから休みまーす! ってクリスマスから年明けまでシフトに×つけた奴ら全員覚えてろよ。
いよいよ冬休みまであと数日というところで店長が物凄く疲れた顔をして「人が足りなくて……眠々子ちゃんクリスマスも入れないかな?」なんて言うもんだから「入れますとも!」って即答した私もバカじゃないのか。先輩この大馬鹿者を一回轢いてください。……そうだ、先輩。
「宮地先輩……」
誰もいないコンビニの店内でモップをかけていた手を止める。
ぼんやりと立ち尽くして、はあ、と大きな溜息ついてみても、私がクリスマスに寂しくバイトしてるって事実は変わるはずもなく。
「ほんと辛い。泣きたい。帰りたい」
声に出してみたら余計に絶望した。
終業式終えて、帰宅せずバイト先へ直行。そうして真面目に仕事してるわけだけど……。
一体何組のカップルが、予約しているクリスマスケーキ取りに来たことか。その度に、はあ、宮地先輩……なんて思いながらバーコード読み取っていた私の顔は相当暗かったと思う。
クリスマスイブに不幸な顔見せて、なんかほんとすみませんでしたぁ。
時計を見ると、もう23時だった。
あと1時間でバイトから解放される。長かった。やっと終わりだ。でもそれはつまり、あと1時間でイブも終わりということだ。……だめだ、悲しいことしか思い浮かばない。
暗い気持ちを振り払うには仕事へ打ち込むのが一番だ、とモップを片付けて、今度は棚に商品を補充していく。あ、またまいう棒の新味出てる。クリスマスケーキ味。くそぉ……まいう棒まで私を追い詰めるのか! と思わず拳を握りしめたら、手にしていたまいう棒は粉々に砕けた。もうほんとやだ。
そりゃ私だって、何の挑戦もせずに今日という日を迎えたわけじゃない。そう、あれは確か12月に入ってすぐのこと——。
「先輩、24日空いてますか!」と元気よく尋ねてみたら、先輩からの返事はたったの一言。「練習」だった。
先輩が努力家なのは知っている。
毎日毎日夜遅くまで体育館で練習して、それで掴んだ今の位置というのも分かっている。
だからこそ、私はそれ以上ごねることが出来なかった。
「さすが先輩! 練習がんばってくださいね!」ってにっこり笑ってみせたけど、内心すごく残念だった。
練習と私とどっちが大事なんですか! なんてバカみたいな質問をする気なんて全然ないけど。
でもちょっとくらい構ってほしかったなあなんて思う私はやはり我侭なのかな、と考える。
先輩先輩って絡むのは私の愛情表現だから許してほしいけど、邪魔をするのは自分で自分が許せない気がしてすんなり引いてしまったのだ。あの時は、これでいいんだと思っていたのに、やっぱりもう少し粘ればよかったな、なんて後悔している自分がいる。
……先輩、もう家帰ったかな。なんて思いながらおでん入れ替えたり、洗い物をしたりとレジの中でうろうろしていると突然「すみません」と声がした。
まさか……気配もなくこの私の背後に立つなどと……! だなんて漫画みたいな台詞を心の中で呟きながら慌てて立ち上がる。
レジ台に頭をぶつけてめちゃくちゃ痛かったけれど、それをなんとか耐えて、満点の笑顔で顔を上げた。
「お待たせ致しまし……って……。み、宮地先輩!?」
「待たせてんじゃねえよ轢くぞ」
「す、すみません……てかなんで先輩がここにいるんですか!?」
「は? いちゃわりーかよ。コンビニ来ただけだろ」
いやそれは確かにそうなんだけども、私が驚いてるのはなんでこんな時間にわざわざ学校の帰り道でもないコンビニに……ってことで。その時、私の頭の中にある考えが浮かぶ。あれ……? これってもしかして……。
「先輩、もしかして私に会いに来てくれたんですか!?」
「はぁ? たまたま寄ったコンビニにお前がいただけだっつってんだろ。勘違いしてんじゃねぇよ轢くぞ」
「ふふ、そんな偶然ほんとに起こったんだとしたら、それこそ私と先輩は運命ですね!」
「うっざ」
先輩の口の悪さはいつもの事だから軽く聞き流して、私は先輩のお姿をまじまじと見る。
スポーツバッグを持っているということは、今帰りってことか。先輩、こんな遅くまで練習してたんだ。
びっくりするほど口悪くて、素っ気無くて、全然デレてくれない先輩。だけど先輩は何に対しても誰より一生懸命だから、私も色々頑張らなきゃな、と思える。
「ああ、私ほんとに先輩のこと好き……」
「次言ったらこれで撲殺する」
これ、という先輩の手には棒つきキャンディー。プリン味だ。
先輩ほんと可愛いなあ……じゃなくて。
「ダメですよ先輩! それ商品なんですからね!」
「今から買うから俺のだろ」
「……温めますか」
「温めるわけねえだろ。まじでお前刺すぞ」
「先輩さっきから言ってること怖すぎですからね!?」
今は店内に私しかいないからいいけど、何も知らない人が聞いたらかなりやばい会話のラリーですよ。いや、ラリーできてるかも甚だ疑問だ。温めますか、と聞く店員に対して、刺すぞって。いい加減にしないと通報されますよ先輩。
その後も同じようなやり取りを何度か繰り返し、結局先輩はプリン味のキャンディとあったかい紅茶買ってコンビニから出て行った。呆気なすぎて、何だったんだという感じだ。
私としては先輩の顔見れただけで死ぬほど嬉しいんだけど、でもやっぱり今日はクリスマスイブだし、もっと特別なことを期待したっていうか……。
「いや、でもあの宮地先輩が来てくれただけですごいことだよね……」
うん、そうだよ。練習で疲れてるのに。外は凍えるほど寒いのに。たまたまだって先輩はいったけど、そんなの有り得ないと思う。だから私は自信を持って喜ぶべきなのだ。
そう、自分に言い聞かせる。
「よぉーし! あと30分! がんばるぞー!」
***
そうして迎えた24時。クリスマスマスイブが終わりを告げる。
結局何もイブらしいこと出来なかった……と、あまりの絶望感に私の表情筋も終わりを迎え、死んだ目をしてコンニビを出たら、私の自転車のところに人影が見えた。
ふ、不審者……!? それか不良!? 暗くてよく見えないけど座り方的に後者だな。よし……ここは強気にいかなきゃ!! と両手をポケットに突っ込んで、宮地先輩ばりのガンを飛ばしながらスタスタと歩いていったら、そこにいたのはまさかの——。
「ええええ、先輩まだいたんですか!?」
「……お前こそまだいたのかよ」
「いるに決まってるじゃないですか! 働いてるの見たでしょ!」
「てかお前なにガン飛ばしてんだよ轢くぞ」
——まさかの、帰ったと思ってた宮地先輩がいた。
思い切り睨み返されて、そろり、ポケットから両手を出して警戒体制を解く。
「いやいやいや、ええ? 先輩何して……? こんな寒いのに……」
あれからもう40分くらい経ってるのに、ずっとここにいたってこと……?
いや、先輩に限ってそんなまさかと思ったけれど、いくら考えてみてもやっぱりそうとしか思えないから、私は次に何と声掛けたらいいものか迷ってしまう。
分からないから、とりあえず先輩と同じようにしゃがんでみる。……おお、なんかかっけぇぜ。私って意外と不良っぽいのも似合うんじゃ……。
そんな、今日から俺は!な私の隣には、いつものぶかぶかのカーディガンの上に学ラン着て更にダッフルコート着てマフラーぐるぐるに巻いて本当に寒そうにしてる先輩。
「先輩、鼻真っ赤ですよ」
「うっせ。次言ったらブッ殺す。お前パイナップル持ってない?」
「ええ……そんな無茶な。あ、あったかいココアならありますけど」
「じゃあそれ貸して」
「嫌です! どうせまた殺すとかいうんでしょ! 撲殺でしょう!」
「おー、わかってんじゃん」
「何回言ったって無駄ですからね! 先輩に私はやれませんよ!」
「あっそ、じゃあ今やってやるな」
若干ずれてる会話のラリーの後、先輩はいつにも増して爽やかな笑顔を私に向けた。
……いやいやいやいや、怖い怖い怖い怖い。
先輩が「やる」といったらもちろんそれは「殺る」と変換されるわけであって。ちょ、まじで私やばいんじゃないか。
「……あ、では私はそろそろ……」
身の危険を感じて、足に力を込める。
でも私が立ち上がるより早く、先輩の手が私の肩をぐいと掴んだ。
あ、と思った瞬間には先輩のきれいな金髪がすぐ目の前にあって。
思わずぎゅっと目を瞑ったら、唇に柔らかい感触。
我ながら絶妙な不良バランスでしゃがんでいた私は、そのまますとんと尻餅をつく。コンクリート冷たっ。
「え……? え? ええっ?」
「……んじゃ帰るわ」
今の私は相当間抜けな顔をしていることだろう。
情報処理が追い付かず地面に両手をついたまま数秒固まった後、必死に頭を回転させて、立ち上がりかけた先輩の服の裾を慌ててぎゅっと握る。
引き止めなきゃって反射的に。
何だよ、といつも通りの不機嫌な顔で振り返った先輩に私は言う。
「……キスじゃ死ねません、先輩」
「じゃあやっぱ轢く」
「どうせなら先輩のチューで窒息死を希望します!」
「きっしょ死ね」
そう言って悪い顔で笑う先輩は、息をするのも忘れるくらい、最高にかっこよかった。
(窒息死)
・2012年にforestpageで公開分