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※このお話は現在執筆中のサソリ長編のSSです。
単品で読んでいただいても問題ありません^^
長編はまだ未公開ですが、先にキャラ設定だけ公開しました。
外見特徴などまとめてありますのでもし良かったら髪色等のイメージの参考にどうぞ^^
もちろん、読者様のお好きなイメージで読んでいただいても内容的には全く問題ございません!^^
【ヒロイン設定】
シキは、時折ぼんやりと遠くを眺めている時がある。
キラキラと光る砂粒が舞い上がる様を。薄いカーテンが乾いた風に揺れる様を。日が傾き里の通りに影が広がっていく様を。砂漠の向こうに落ちていく真っ赤な夕日を。
茶を飲んでいるとき。本を読んでいるとき。溜まった書類を整理しているとき。里の道を歩いているとき。思い出したようにふと顔を上げる。それはまるで、誰かの呼び声に応えるような、自然な動作だった。
シキが何を考えているかなんて、自分には到底知り得ないこと。やっと人並みに気持ちを表す術を身に着けたかと思う自分に、人の心の奥底を理解する技量があるとは思えなかった。というのは言い訳で、自分には分かるはずがない、そう考えて触れぬようにしてきた。
ただ、シキがぼんやりと外を眺める時は決まって紫色の瞳からすっと光が消える。その瞬間は時が止まったかのように、砂時計の砂も落ちるのを止める。
シキが抱いているのは幸せな感情ではないのだろうということだけは我愛羅にも理解できた。
我愛羅とシキとの関係は、ただの上司と部下というには何かが違う。しかし友人というにはシキのことをあまりにも知らなすぎる。もう十年ほどの付き合いになるが、微妙な空白がこの十年間ずっと我愛羅とシキの間に横たわっている。それはまるで流砂のようで、少しでも重みをかけてしまえば、この関係は崩壊するのではないかと思わせた。今より一歩近づこうとするたびに、これ以上踏み込んではいけないと我愛羅の足を止めさせた。
「シキ」
呼びかけるとぴくりと肩が動き、口元に僅かな笑みを湛えてこちらを向く。
「風影様」
シキの傍に置かれた砂時計の砂がまたさらさらと音をたて、時を刻み始める。
「風影様も休憩ですか?」
そう言ってシキは少し座っている位置をずらすと、どうぞ、と手を向けた。
里境の岩場からは、遥か遠くまで続く砂漠が見渡せる。心を落ち着けたいとき、何かを考えたいとき、我愛羅は決まってここに来る。そしてここは、シキのお気に入りの場所でもあった。
シキの隣にできた一人分の空席に視線をやって、一瞬戸惑う。難しい顔をしていたのだろう。シキの表情から笑みが消え、焦りの色が滲んだ。
「あ……申し訳ありません。風影様はお忙しいのに私だけこんなにのんびりと……すぐに仕事に戻りますね」
「いやそういうわけではない……」
別に仕事をしろと急かしたかったわけではない。だからといって、他に何か用があるわけでもなかったが。
とりあえずシキの隣に腰を下ろし、お互いに何も言わずただ空を眺める。
空を眺めるのは砂隠れの忍にとっては癖のようなもので。風を読み、星を読む——何も無い砂漠で生き残る為の基本的な手段だ。
ただ、我愛羅の方から呼びかけた手前、このままではいけない。何か言わなければと必死で考えを巡らせ、脳裏に浮かんだある話題を持ち出す。
「明日はシキの誕生日だろう」
「え! もうそんな季節ですか!?」
予想外の反応だった。しかし年中砂の混じった乾いた空気を吸い込みながら変わり映えのない生活していると段々と季節感が無くなってくるのも仕方のないことか、とも思う。
風影として他里へ出向く時。風の国との違いに驚くことがある。
春には淡いピンク色の桜が咲き乱れ、夏には木々についた葉が太陽の光を受けて青々と輝く。秋にはその葉が赤く染まり足元に踏みしめればサクサクと心地よい音を鳴らす。冬には澄んだ空気と共にふわりふわりと舞い落ちる雪で辺り一面真っ白になる。
ああ、世界にはこんなにも色が多いものかと。
「……というか、風影様はどうして私の誕生日をご存じなんですか?」
「カンクロウが言っていた。少し早いが……おめでとう」
「ふふ、なるほど! ありがとうございます」
シキはぽんっと手を打ち鳴らした。朗らかに笑う様子を見て、安堵の胸を撫で下ろす。ただの上司が個人的な情報に踏み込むことはまずかったかと心配してしまった。昨日カンクロウは「部下全員の誕生日を覚えてこそ一人前の上司じゃん」と言っていた。「祝ってもらって嫌な人間なんているはずがないじゃん」とも。カンクロウの名を出したことが幸いしたのだろう。シキも素直に受け止めてくれたようだ。カンクロウとシキは傀儡部隊の顔なじみなのだ。
「さすがカンクロウ。同僚の誕生日までしっかり覚えているなんて、部下からの信頼も厚いわけだ」と、嬉しそうに笑った。
「私、今年で何歳になるんでしょうねぇ」
「昨日カンクロウと話した後、念のため忍者登録書を確認しておいた」
他人事のように言うシキに、あらかじめ予習しておいた知識を披露するため口を開く。長年の付き合いがある者として、明日が誕生日だということは当然知っていたが、何歳になるのかまでは把握していなかった。というよりは、したくなかった、というほうが適当か。彼女の生い立ちを遡ると、嫌でも行きつく存在から目を逸らしたかったのだ。
「書類によると、シキは今年で二十……」
「我愛羅様~!」
思いがけず我愛羅、と名前で呼ばれて、些か呆気に取られる。シキの声で紡がれる自分の名をもう久しく聞いていなかったからだ。
「どうしたシキ……落ち着け」
「落ち着いてますよ!」
落ち着いている、という言葉とは正反対に、そのまま崖から飛び降りんばかりの勢いで立ち上がったシキは「駄目ですよ、乙女には歳なんて概念は存在しないんですから!!」と言って、不満げな眼差しを我愛羅へと寄こす。
そうか、女性は幾つになっても乙女として扱うべきなのか。たった今得た新たな知識を脳裏に刻み込む。こんな事がある度に、こと人付き合いにおいて自分はまだまだ学ぶべきことが多いのだということを痛感する。
「知っていますか、我愛羅様」
再び地面に腰を下ろしたシキが、若干呆れたような声で言う。
「あのですね、全ての女性は永遠の……」
「永遠の……?」
そのフレーズはシキにとって禁句ではないかと思ったが、彼女の心の内を知る良い機会だと、わざと同じことを繰り返した。
「……永遠の、十代! 幾つになっても夢見る女の子なんですよ! だから私も年齢という概念には捉われてません! 私は今でも自分のことを十九歳だと思ってるんですからね!」
「……それはそれで年齢という概念に捉われているのではないだろうか」
「我愛羅様~! お黙りください!」
「わ、分かった。分かったから落ち着いてその手を解け」
シキの両手が見覚えのある形を作り、瞬時にそれが彼女の十八番である忍術のものだと理解する。
実姉のテマリにも言えることだが、女性というものはさっきまで笑っていたと思ったら急に機嫌が悪くなったり、些細なことで泣き出したり……つくづく難しいものだなと思う。地雷を踏まぬよう細心の注意を払うのは少々骨が折れる。まあそれも、コミュニケーション力向上のための修業だと思えば楽しくもあるのだが。
それはさておいて、我愛羅の脳裏に一つ疑問が生じた。
「なぜ十九歳なんだ」
十九歳と言えば、ちょうどシキが正式に砂隠れ所属の忍となった頃。もう十年も前のことだ。今だにその年齢に捉われているのは一体どういうことなのか。単純に浮かんだ疑問を口にした後で、しまった、と思う。しかしもう時既に遅し。シキはほんの数秒だけ何か考えるように目を宙に向けると、口を開く。
「そのくらいの年齢って、子供じゃないけど、完全な大人でもない。何かこう……穢れのない大切なものを無くす一歩手前の……人間としてすごく特別な感じがしませんか?」
「どうだろうな」
「あはは。我愛羅様、素っ気ない」
理由が分かってしまったことで、自然と冷たい返答になってしまい瞬時にそれを後悔した。
だがシキはさして気にも留めていない様子で、くすくす笑う。その顔を見ていると、我愛羅の心の内側に波が立つ。シキの言う”子供でもなければ大人でもない”特別な年齢のお前を求めた男が、過去に一人いるだろう? と言ってしまいたくなる。
「あ、もう全部落ちてた」
そんな我愛羅の気も知らず、シキはころりと表情を変えて傍に置いてある砂時計に手を伸ばす。
「少しだけ休憩しようと思ってたんですけど……十五分って早いもんですねぇ。仕事してる時は全然時間が過ぎないのに……」
不満げに口を尖らせる様は、明日で二十九歳を迎える大人とは到底思えない。本当に時が止まっているのかと思わせるほどに、その横顔は十年前のあの頃と大差なかった。
「忍法・巻き戻しの術~」
そんな冗談を言いながら再びくるりと回転させられた砂時計。その光景に、ふと幼少期の記憶がよみがえる。
昔、アカデミー生の間で流行っている童話があった。確か砂時計をひっくり返すと時間が戻るというなんとも都合のいい内容だったか。まだ幼かったあの頃、どうしても同年代の子供たちの仲間に入りたくて、夜叉丸に頼んでその本を買ってもらった。その本を読めば自分にも友達ができるのではないかと思った。しかし実際は、我愛羅を取り巻く状況は何も変わらなかったし、そもそも戻りたい過去の時間など存在しなかったから、二度とその本を開くことはなかった。
だが目の前のシキは、自分と同じではないのだろう。戻りたい過去があることは、目に見えて明らかだった。
「もし……」
それをシキの口から言わせたくて。そうすれば胸の内で長年くすぶり続けているどうしようもない思慕の念も、砂漠の上を舞う砂のように、風に乗ってどこかへ消え失せてくれるのではないかと。
「もし、過去に戻れるすべがあるとしたら……シキはもう一度、十九歳の頃に戻りたいと思うのか?」
こんなこと聞く自分は、どうしようもなく女々しくてずるくて嫌気がさす。
シキの瞳が大きく見開かれた。一瞬。ほんの一瞬間があって。
「いいえ」
シキは大きく首を振った。シキが頭を傾けた方向へさらりと流れる深緑の髪。
「今がとても幸せなので、戻りたくはありません」
砂ばかりの自分の世界を彩るその姿だけでは飽きたらず、心まで欲しいだなんて……そのようなことを願う自分は、欲張りだろうか。いつまで経ってもシキの心を離さない男の存在を疎ましく思うのは。例えばシキが自分に微笑みを向けるのは、この赤い髪が、だなんて。……ああ、みっともない。やめだやめだ。浮かんだ思念を振り払い、代わりにもう一つ質問を投げ掛ける。
「髪はもう伸ばさないのか?」
「ああ……ええと……」
先ほどとは打って変わって、この問いには言い淀むシキ。躊躇っている理由は分かっている。しかし助け船も出さず質問を取り下げることもしない。シキの口からどのような言葉がでてくるのかを待つ自分のなんと悪趣味なことか。
「短いほうが楽なんですよね」
シキはこの質問についての真剣な答えを出すのを避けることにしたようだ。分かりやすく視線を逸らした。それ以上は聞くな、ということなのだろうか。
「我愛羅様は髪の長い女性と短い女性、どちらがタイプなんですか?」
シキらしくない問い掛けに
「それはシキからの質問か」
と、我愛羅も問い返す。
「あはは、ばれましたか。そういうとこ鋭いんですね」とシキは笑った。
「傀儡部隊の子たちが知りたがってたもので。直接、我愛羅様に話しかけるのは恐れ多いとのことでした」
「……俺はどちらでも構わない。大切なのは中身だろう」
出来る限り普通の調子でそう答えると、シキはからからと笑う。
「なんですかその満点の回答は。責任を持ってお伝えしておきます。またファンが増えること間違いなしですね」
そう言った後、自身の所属する傀儡部隊でもどれほど我愛羅が人気であるのかを暫し熱く語っていたシキだったが、不意に真面目な顔になり、毛先を詰まんでくるくると弄る手を止めた。
「我愛羅様は、私が何を考えているのかお尋ねにならないんですね」
紫水晶のような瞳が、我愛羅を捉える。
「お前が何を考えていようと構わない。そんなことで俺の気持ちが揺らぐことは無い」
——咄嗟に嘘を吐いた。
くだらないことで心揺らがせる弱い自分を知られたくなかった。
シキは一瞬驚いたような顔をしてこちらを見たかと思うと、彼女の髪と同じ深緑色に染められた唇が緩やかに上がり、長い睫に縁取られた瞳が弧を描く。
砂混じりの風に流れる深碧の髪も、空を眺める憂いを帯びた表情も、何かに戸惑い揺れる瞳も好きだ。
でも、真に心揺さぶられるのは——
「嘘つき」
毒を含んだその微笑み。
「我愛羅様は、嘘が下手ですね」
——毒におかされたように瞳を濁らせて笑う。そんな顔がたまらなく好きだ。
それが純粋に美しいものを美しいと思う芸術的な視点から生まれる感情なのか、男女としてのものなのかは分からない。ただはっきりと言えることは、我愛羅を惹きつけるそれはまさしく、あの男が作ったシキであって、長年の毒が、あの男の影が、今でも尚、シキの中に色濃く残っていることを証明しているに他ならないということだ。悔しいほどに美しく、我愛羅の心を掴んで離さない。
「ふ……」
思わず笑みが零れる。決して叶わぬものへの諦めか。愚かな己への嘲笑か。
もう十年も前のこと——風影直属の部下への引き抜きを断られた。
「私は砂隠れの風影様の部下として相応しい人間ではありません」
それがシキの答えだったか。自分は風影直属の部下になれるような真っ当な忍ではない、と切なげに笑ったシキの首元にはあの男——赤砂のサソリの造形品としての印がしっかりと刻み込まれていた。
砂隠れ始まって以来最悪の抜け忍は、最後の最後で外道になりきれず、いち芸術家としての己の信念を守って死んでいった。他の傀儡同様シキを手放したのは、自身と同じ傀儡使いであるカンクロウに、暁の一員として一度は手にかけた風影である自分に、信頼のもと託されたのだと思っていた。或いは、後世ずっと、芸術家としての己の存在を知らしめるためだろうか。
いずれにせよ、サソリはシキをただで手離すことはことは出来なかったのだ。
サソリは己が手掛けた作品に自身の名前でもある蠍の印を焼き付ける。十三年。手間暇かけたその長い年月を捨をててまでシキを手離したことがサソリにとって大きな決断だったということは想像に難くない。だが、その印さえ無ければシキがもっと生きやすかっただろうこともまた事実だ。シキは今頃、ごく一般的な、幸せといわれる別の人生を歩んでいたかもしれない。全て分かった上で、わざわざ残したのだ。それこそが、サソリが捨てきれなかった執着だったのだろうと思う。
——俺の作品に触れることは許さない。そう言われているようで、苦々しく思う。
「……さすがは砂隠れ伝説の天才造形師、といったところか」
そんな言葉が、思わず口をついて出てきた。
「未完成作品ですけどね」
シキは柔らかい微笑みを浮かべた。その背後では燃えるような夕日が砂漠の果てに沈む。
シキの心と身体に、サソリとの時間が深く刻まれているのは重々承知している。
シキに触れることは、自ら進んで毒を仰ぐようなものだと分かっている。それでもやはり、手を伸ばさずにはいられないのは、我愛羅がもう既にシキの纏うその毒気に飲み込まれているからに他ならない。
もし本当に過去に戻れるのだとしたら、決してあの男の元へは行かせたくない。
しかしあの男の存在があったからこそ、今のシキがあるのもまた紛れもない事実で。
後世にその名を残す砂隠れの天才傀儡造形師が、永年かけて手掛けた作品は、今も砂漠に気高く残る。
「……なるほど」
独り言のように呟いてみる。
「これが永久の美というわけか」
芸術などという曖昧なものを理解するには、己の感性はまだ幾分足りぬ。
しかし今日に限っては、サソリの言葉のその意味が、少し分かった気がした。
単品で読んでいただいても問題ありません^^
長編はまだ未公開ですが、先にキャラ設定だけ公開しました。
外見特徴などまとめてありますのでもし良かったら髪色等のイメージの参考にどうぞ^^
もちろん、読者様のお好きなイメージで読んでいただいても内容的には全く問題ございません!^^
【ヒロイン設定】
毒を仰ぐ
シキは、時折ぼんやりと遠くを眺めている時がある。
キラキラと光る砂粒が舞い上がる様を。薄いカーテンが乾いた風に揺れる様を。日が傾き里の通りに影が広がっていく様を。砂漠の向こうに落ちていく真っ赤な夕日を。
茶を飲んでいるとき。本を読んでいるとき。溜まった書類を整理しているとき。里の道を歩いているとき。思い出したようにふと顔を上げる。それはまるで、誰かの呼び声に応えるような、自然な動作だった。
シキが何を考えているかなんて、自分には到底知り得ないこと。やっと人並みに気持ちを表す術を身に着けたかと思う自分に、人の心の奥底を理解する技量があるとは思えなかった。というのは言い訳で、自分には分かるはずがない、そう考えて触れぬようにしてきた。
ただ、シキがぼんやりと外を眺める時は決まって紫色の瞳からすっと光が消える。その瞬間は時が止まったかのように、砂時計の砂も落ちるのを止める。
シキが抱いているのは幸せな感情ではないのだろうということだけは我愛羅にも理解できた。
我愛羅とシキとの関係は、ただの上司と部下というには何かが違う。しかし友人というにはシキのことをあまりにも知らなすぎる。もう十年ほどの付き合いになるが、微妙な空白がこの十年間ずっと我愛羅とシキの間に横たわっている。それはまるで流砂のようで、少しでも重みをかけてしまえば、この関係は崩壊するのではないかと思わせた。今より一歩近づこうとするたびに、これ以上踏み込んではいけないと我愛羅の足を止めさせた。
「シキ」
呼びかけるとぴくりと肩が動き、口元に僅かな笑みを湛えてこちらを向く。
「風影様」
シキの傍に置かれた砂時計の砂がまたさらさらと音をたて、時を刻み始める。
「風影様も休憩ですか?」
そう言ってシキは少し座っている位置をずらすと、どうぞ、と手を向けた。
里境の岩場からは、遥か遠くまで続く砂漠が見渡せる。心を落ち着けたいとき、何かを考えたいとき、我愛羅は決まってここに来る。そしてここは、シキのお気に入りの場所でもあった。
シキの隣にできた一人分の空席に視線をやって、一瞬戸惑う。難しい顔をしていたのだろう。シキの表情から笑みが消え、焦りの色が滲んだ。
「あ……申し訳ありません。風影様はお忙しいのに私だけこんなにのんびりと……すぐに仕事に戻りますね」
「いやそういうわけではない……」
別に仕事をしろと急かしたかったわけではない。だからといって、他に何か用があるわけでもなかったが。
とりあえずシキの隣に腰を下ろし、お互いに何も言わずただ空を眺める。
空を眺めるのは砂隠れの忍にとっては癖のようなもので。風を読み、星を読む——何も無い砂漠で生き残る為の基本的な手段だ。
ただ、我愛羅の方から呼びかけた手前、このままではいけない。何か言わなければと必死で考えを巡らせ、脳裏に浮かんだある話題を持ち出す。
「明日はシキの誕生日だろう」
「え! もうそんな季節ですか!?」
予想外の反応だった。しかし年中砂の混じった乾いた空気を吸い込みながら変わり映えのない生活していると段々と季節感が無くなってくるのも仕方のないことか、とも思う。
風影として他里へ出向く時。風の国との違いに驚くことがある。
春には淡いピンク色の桜が咲き乱れ、夏には木々についた葉が太陽の光を受けて青々と輝く。秋にはその葉が赤く染まり足元に踏みしめればサクサクと心地よい音を鳴らす。冬には澄んだ空気と共にふわりふわりと舞い落ちる雪で辺り一面真っ白になる。
ああ、世界にはこんなにも色が多いものかと。
「……というか、風影様はどうして私の誕生日をご存じなんですか?」
「カンクロウが言っていた。少し早いが……おめでとう」
「ふふ、なるほど! ありがとうございます」
シキはぽんっと手を打ち鳴らした。朗らかに笑う様子を見て、安堵の胸を撫で下ろす。ただの上司が個人的な情報に踏み込むことはまずかったかと心配してしまった。昨日カンクロウは「部下全員の誕生日を覚えてこそ一人前の上司じゃん」と言っていた。「祝ってもらって嫌な人間なんているはずがないじゃん」とも。カンクロウの名を出したことが幸いしたのだろう。シキも素直に受け止めてくれたようだ。カンクロウとシキは傀儡部隊の顔なじみなのだ。
「さすがカンクロウ。同僚の誕生日までしっかり覚えているなんて、部下からの信頼も厚いわけだ」と、嬉しそうに笑った。
「私、今年で何歳になるんでしょうねぇ」
「昨日カンクロウと話した後、念のため忍者登録書を確認しておいた」
他人事のように言うシキに、あらかじめ予習しておいた知識を披露するため口を開く。長年の付き合いがある者として、明日が誕生日だということは当然知っていたが、何歳になるのかまでは把握していなかった。というよりは、したくなかった、というほうが適当か。彼女の生い立ちを遡ると、嫌でも行きつく存在から目を逸らしたかったのだ。
「書類によると、シキは今年で二十……」
「我愛羅様~!」
思いがけず我愛羅、と名前で呼ばれて、些か呆気に取られる。シキの声で紡がれる自分の名をもう久しく聞いていなかったからだ。
「どうしたシキ……落ち着け」
「落ち着いてますよ!」
落ち着いている、という言葉とは正反対に、そのまま崖から飛び降りんばかりの勢いで立ち上がったシキは「駄目ですよ、乙女には歳なんて概念は存在しないんですから!!」と言って、不満げな眼差しを我愛羅へと寄こす。
そうか、女性は幾つになっても乙女として扱うべきなのか。たった今得た新たな知識を脳裏に刻み込む。こんな事がある度に、こと人付き合いにおいて自分はまだまだ学ぶべきことが多いのだということを痛感する。
「知っていますか、我愛羅様」
再び地面に腰を下ろしたシキが、若干呆れたような声で言う。
「あのですね、全ての女性は永遠の……」
「永遠の……?」
そのフレーズはシキにとって禁句ではないかと思ったが、彼女の心の内を知る良い機会だと、わざと同じことを繰り返した。
「……永遠の、十代! 幾つになっても夢見る女の子なんですよ! だから私も年齢という概念には捉われてません! 私は今でも自分のことを十九歳だと思ってるんですからね!」
「……それはそれで年齢という概念に捉われているのではないだろうか」
「我愛羅様~! お黙りください!」
「わ、分かった。分かったから落ち着いてその手を解け」
シキの両手が見覚えのある形を作り、瞬時にそれが彼女の十八番である忍術のものだと理解する。
実姉のテマリにも言えることだが、女性というものはさっきまで笑っていたと思ったら急に機嫌が悪くなったり、些細なことで泣き出したり……つくづく難しいものだなと思う。地雷を踏まぬよう細心の注意を払うのは少々骨が折れる。まあそれも、コミュニケーション力向上のための修業だと思えば楽しくもあるのだが。
それはさておいて、我愛羅の脳裏に一つ疑問が生じた。
「なぜ十九歳なんだ」
十九歳と言えば、ちょうどシキが正式に砂隠れ所属の忍となった頃。もう十年も前のことだ。今だにその年齢に捉われているのは一体どういうことなのか。単純に浮かんだ疑問を口にした後で、しまった、と思う。しかしもう時既に遅し。シキはほんの数秒だけ何か考えるように目を宙に向けると、口を開く。
「そのくらいの年齢って、子供じゃないけど、完全な大人でもない。何かこう……穢れのない大切なものを無くす一歩手前の……人間としてすごく特別な感じがしませんか?」
「どうだろうな」
「あはは。我愛羅様、素っ気ない」
理由が分かってしまったことで、自然と冷たい返答になってしまい瞬時にそれを後悔した。
だがシキはさして気にも留めていない様子で、くすくす笑う。その顔を見ていると、我愛羅の心の内側に波が立つ。シキの言う”子供でもなければ大人でもない”特別な年齢のお前を求めた男が、過去に一人いるだろう? と言ってしまいたくなる。
「あ、もう全部落ちてた」
そんな我愛羅の気も知らず、シキはころりと表情を変えて傍に置いてある砂時計に手を伸ばす。
「少しだけ休憩しようと思ってたんですけど……十五分って早いもんですねぇ。仕事してる時は全然時間が過ぎないのに……」
不満げに口を尖らせる様は、明日で二十九歳を迎える大人とは到底思えない。本当に時が止まっているのかと思わせるほどに、その横顔は十年前のあの頃と大差なかった。
「忍法・巻き戻しの術~」
そんな冗談を言いながら再びくるりと回転させられた砂時計。その光景に、ふと幼少期の記憶がよみがえる。
昔、アカデミー生の間で流行っている童話があった。確か砂時計をひっくり返すと時間が戻るというなんとも都合のいい内容だったか。まだ幼かったあの頃、どうしても同年代の子供たちの仲間に入りたくて、夜叉丸に頼んでその本を買ってもらった。その本を読めば自分にも友達ができるのではないかと思った。しかし実際は、我愛羅を取り巻く状況は何も変わらなかったし、そもそも戻りたい過去の時間など存在しなかったから、二度とその本を開くことはなかった。
だが目の前のシキは、自分と同じではないのだろう。戻りたい過去があることは、目に見えて明らかだった。
「もし……」
それをシキの口から言わせたくて。そうすれば胸の内で長年くすぶり続けているどうしようもない思慕の念も、砂漠の上を舞う砂のように、風に乗ってどこかへ消え失せてくれるのではないかと。
「もし、過去に戻れるすべがあるとしたら……シキはもう一度、十九歳の頃に戻りたいと思うのか?」
こんなこと聞く自分は、どうしようもなく女々しくてずるくて嫌気がさす。
シキの瞳が大きく見開かれた。一瞬。ほんの一瞬間があって。
「いいえ」
シキは大きく首を振った。シキが頭を傾けた方向へさらりと流れる深緑の髪。
「今がとても幸せなので、戻りたくはありません」
砂ばかりの自分の世界を彩るその姿だけでは飽きたらず、心まで欲しいだなんて……そのようなことを願う自分は、欲張りだろうか。いつまで経ってもシキの心を離さない男の存在を疎ましく思うのは。例えばシキが自分に微笑みを向けるのは、この赤い髪が、だなんて。……ああ、みっともない。やめだやめだ。浮かんだ思念を振り払い、代わりにもう一つ質問を投げ掛ける。
「髪はもう伸ばさないのか?」
「ああ……ええと……」
先ほどとは打って変わって、この問いには言い淀むシキ。躊躇っている理由は分かっている。しかし助け船も出さず質問を取り下げることもしない。シキの口からどのような言葉がでてくるのかを待つ自分のなんと悪趣味なことか。
「短いほうが楽なんですよね」
シキはこの質問についての真剣な答えを出すのを避けることにしたようだ。分かりやすく視線を逸らした。それ以上は聞くな、ということなのだろうか。
「我愛羅様は髪の長い女性と短い女性、どちらがタイプなんですか?」
シキらしくない問い掛けに
「それはシキからの質問か」
と、我愛羅も問い返す。
「あはは、ばれましたか。そういうとこ鋭いんですね」とシキは笑った。
「傀儡部隊の子たちが知りたがってたもので。直接、我愛羅様に話しかけるのは恐れ多いとのことでした」
「……俺はどちらでも構わない。大切なのは中身だろう」
出来る限り普通の調子でそう答えると、シキはからからと笑う。
「なんですかその満点の回答は。責任を持ってお伝えしておきます。またファンが増えること間違いなしですね」
そう言った後、自身の所属する傀儡部隊でもどれほど我愛羅が人気であるのかを暫し熱く語っていたシキだったが、不意に真面目な顔になり、毛先を詰まんでくるくると弄る手を止めた。
「我愛羅様は、私が何を考えているのかお尋ねにならないんですね」
紫水晶のような瞳が、我愛羅を捉える。
「お前が何を考えていようと構わない。そんなことで俺の気持ちが揺らぐことは無い」
——咄嗟に嘘を吐いた。
くだらないことで心揺らがせる弱い自分を知られたくなかった。
シキは一瞬驚いたような顔をしてこちらを見たかと思うと、彼女の髪と同じ深緑色に染められた唇が緩やかに上がり、長い睫に縁取られた瞳が弧を描く。
砂混じりの風に流れる深碧の髪も、空を眺める憂いを帯びた表情も、何かに戸惑い揺れる瞳も好きだ。
でも、真に心揺さぶられるのは——
「嘘つき」
毒を含んだその微笑み。
「我愛羅様は、嘘が下手ですね」
——毒におかされたように瞳を濁らせて笑う。そんな顔がたまらなく好きだ。
それが純粋に美しいものを美しいと思う芸術的な視点から生まれる感情なのか、男女としてのものなのかは分からない。ただはっきりと言えることは、我愛羅を惹きつけるそれはまさしく、あの男が作ったシキであって、長年の毒が、あの男の影が、今でも尚、シキの中に色濃く残っていることを証明しているに他ならないということだ。悔しいほどに美しく、我愛羅の心を掴んで離さない。
「ふ……」
思わず笑みが零れる。決して叶わぬものへの諦めか。愚かな己への嘲笑か。
もう十年も前のこと——風影直属の部下への引き抜きを断られた。
「私は砂隠れの風影様の部下として相応しい人間ではありません」
それがシキの答えだったか。自分は風影直属の部下になれるような真っ当な忍ではない、と切なげに笑ったシキの首元にはあの男——赤砂のサソリの造形品としての印がしっかりと刻み込まれていた。
砂隠れ始まって以来最悪の抜け忍は、最後の最後で外道になりきれず、いち芸術家としての己の信念を守って死んでいった。他の傀儡同様シキを手放したのは、自身と同じ傀儡使いであるカンクロウに、暁の一員として一度は手にかけた風影である自分に、信頼のもと託されたのだと思っていた。或いは、後世ずっと、芸術家としての己の存在を知らしめるためだろうか。
いずれにせよ、サソリはシキをただで手離すことはことは出来なかったのだ。
サソリは己が手掛けた作品に自身の名前でもある蠍の印を焼き付ける。十三年。手間暇かけたその長い年月を捨をててまでシキを手離したことがサソリにとって大きな決断だったということは想像に難くない。だが、その印さえ無ければシキがもっと生きやすかっただろうこともまた事実だ。シキは今頃、ごく一般的な、幸せといわれる別の人生を歩んでいたかもしれない。全て分かった上で、わざわざ残したのだ。それこそが、サソリが捨てきれなかった執着だったのだろうと思う。
——俺の作品に触れることは許さない。そう言われているようで、苦々しく思う。
「……さすがは砂隠れ伝説の天才造形師、といったところか」
そんな言葉が、思わず口をついて出てきた。
「未完成作品ですけどね」
シキは柔らかい微笑みを浮かべた。その背後では燃えるような夕日が砂漠の果てに沈む。
シキの心と身体に、サソリとの時間が深く刻まれているのは重々承知している。
シキに触れることは、自ら進んで毒を仰ぐようなものだと分かっている。それでもやはり、手を伸ばさずにはいられないのは、我愛羅がもう既にシキの纏うその毒気に飲み込まれているからに他ならない。
もし本当に過去に戻れるのだとしたら、決してあの男の元へは行かせたくない。
しかしあの男の存在があったからこそ、今のシキがあるのもまた紛れもない事実で。
後世にその名を残す砂隠れの天才傀儡造形師が、永年かけて手掛けた作品は、今も砂漠に気高く残る。
「……なるほど」
独り言のように呟いてみる。
「これが永久の美というわけか」
芸術などという曖昧なものを理解するには、己の感性はまだ幾分足りぬ。
しかし今日に限っては、サソリの言葉のその意味が、少し分かった気がした。