黒子のバスケ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ネネコ髪伸びたね」
午前八時すぎ。隣を歩く氷室先輩が突然そんなことを言った。
いつもと変わらない真っ白な景色。雪は降ってなかったけど、風の強い日だった。容赦なく吹き付ける刺すような冷気に、自然と口数も少なくなる。むっくんも多分同じで、お菓子を一心に食べてるだけで何も喋らない。私はといえば自分の中で最高の早歩きをして、足元だけ見つめて無心で進んでいた。なのに氷室先輩は。
「もう髪結べるんだね」
私を見ていたというのか。首を傾げてそう尋ねる先輩を見たら、何だかさっきまでの沈黙が申し訳なくなった。愛想のない後輩でなんかホントすみません。
「私、髪が光の速さで伸びるんです」
「Oh! それってすごいね!」
「特に前髪の伸びる速さは異常です」
「確かに……ネネコこの前自分で切ったばかりなのにね」
微妙に伸びた髪は協調性の欠片もなくて、今朝も私を困らせた。どうしてもおさまらない髪にお手上げでもう結べばいいか、という結論に至ったわけだ。結ぶにはさすがに長さが足りないかな…って思ったけどなんか結べてしまった自分の髪ほんと怖い。秒で伸びてる。まあでも結んでおけばどれだけ風が強い日でもボッサボサになるのは前髪だけだしすっきりしていいじゃん! という明るい気分も、今日の寒さを前にすぐに消え失せた。私は歩きながらとても後悔していた。いつもは分からなかったけど、髪を結ぶと冷気に晒された耳がめっちゃ寒い。イヤマフしてくればよかった。
「耳が……ちぎれそうです」
「えっ! それは大変だ! マフラー頭から巻く?」
「……それはやめときます」
あれは確かに私の必殺技だし、中学の時は巻いたまま普通に登校していたのも事実。だけど今の私はもう高校生だ。そんなバカな事はできない。しかも、氷室先輩という美男子と登校しているというのに、隣にいる女が頭からマフラー巻いてるって。ないよね。氷室先輩はきっと気にしないけど、それはさすがに私が気にするわ。
だから今の私に出来ることといえば、マフラーに思い切り顔を埋めてなんとか耳もガードするように頑張ることくらいだった。
いつのまにかまた沈黙が訪れて、ただ前に続く白い道を見据えて歩いていた。ぎゅっぎゅっと雪を踏みしめる音だけが聞こえる。
「ネネコ!」
突然、先輩が嬉しそうな声で私を呼んだ。何ですか? と右側を見上げる前に、手袋をした先輩の両手が私の耳に触れる。冷え切って痛かった耳がじわりと温かさに包まれた。
「earmuffs!」
「え?」
「ear、muffs!」
発音が良すぎて聞き取れず一瞬固まっていたら、もう一度ゆっくり言い直してくれた先輩。それでようやく、ああイヤマフか! と今の状況と照らし合わせて納得した。
「Is it warm?」
「Oh,very nice!」
英語はよく分からないけど、とりあえず親指立ててノリで応えたらすごい生き生きしてる先輩。
「That's good!」
ええ……まだ英語引っ張るんですか。もう勘弁してください……だなんて、目キラキラしてる先輩見てたら言えなくて。とりあえずありがとう、ってお礼いわなきゃなと焦る。ありがとうはThank youで……じゃあ氷室先輩は? 先輩とかいう位置は海外ではないんだっけ? じゃあ目上の人にはなんて付けて呼んだらいいんだ。え、全然分からん。もういっそHIMUROでいいか。いやいや苗字呼び捨てはないな。落ち着け私。どうせ分からないんだから細かいこと考えなくていい。人類皆兄弟! 言葉が通じなくても心は通じ合える!ネイティブになれ私!
「Thank you, TATSUYA!」
とりあえずこれでいこう! と思って氷室先輩の下の名前を口に出した瞬間、先輩は私のイヤマフをしてくれたまま真顔になる。
「ネネコ……」
「はい」
「もう一回言ってくれるかな」
「え、何をですか?」
「今のもう一回」
「ええ……? えっと……Thank you?」
「そこじゃなくて、その後」
「あ、TATSUYA?」
「OMG……っ!!!」
氷室先輩のオーバーリアクションを見たむっくんが、はぁーと大きなため息をついたかと思うと、ようやく口を開いた。
「朝からまじうぜー室ちん」
「むっくん、先輩にそんなこと言ったらお菓子貰えないよ」
「は? もらえるし。くれなきゃ捻り潰すし」
「てゆうか、私すごいことに気づいたんけど……TATSUYAって並び替えたらTSUTAYA!? 大発見!」
「うーわー、マジでどうでもいい。てか室ちんって名前TATSUYAって名前だったっけ? 今知ったんだけど」
「えー! むっくんそれはひどいよ!」
「Sooooo sweet!」
「先輩はそろそろ落ち着いてください」
「室ちんのこういうとこ心底うざい。んーと、TATSUYA so bad」
「だからむっくん言い過ぎだって!」
むっくんと言い合っていたら、なんかもう訳のわからないテンションの氷室先輩にぎゅうっと抱きつかれた。……まあ先輩がこうなるのはいつものことだから、いちいち驚いてても仕方のないことだ。クールそうに見えて、先輩の愛情表現はホットでアメリカンだ。……だけどいくら慣れたといっても、さすがに通学路では恥ずかしい。しかも今は通学ラッシュ。
むっくんどうにかして、というように目線を送ったら眠そうな顔してもくもくとまいう棒を食べていた。くそう、私を見捨てるつもりだ。先輩もういいでしょう早く学校行きましょう、と抱き付かれて棒立ち状態のまま言っていたら、先輩の肩越しに福井さんの姿が見えた。
「……朝から何してんのお前ら」
「あ、おはようございます福井さん」
「おー、おはよう。じゃなくて。こんな道の真ん中で何してんだよ」
「氷室先輩が急にアメリカンになって困ってます」
「室ちんうざすぎて引いてる」
「なんだよそれ。またてっきり氷室ママがお前らを送り出すのが心配で別れを惜しんでるのかと思った」
「違います。むっくんはまだしも私は子供じゃないですから!」
「俺も違うし」
「You are my treasure !!!」
「室ちんまじでうざいから」
クールな先輩。熱い先輩。ヤンキーな先輩。「話し合いのつもりが半殺し」とか言っちゃう先輩。全部全部かっこよくて面白くて素敵だけど。
どんな小さなことでも喜ぶ先輩は、本当にすごくかわいいと思う。(一緒にいてはずかしい時もあるけど)
だから私は、もっと先輩を幸せに出来たらいいなあ、と思うわけだ。
(You are my sweetie )
・2012年にforestpageで公開分