黒子のバスケ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ねぇ、ネネコ」
いつものように並んで歩いていたら先輩がふと歩みを止めた。同じように立ち止まって先輩を見上げる。
「どうしたんですか?」
「すごいことに気付いたんだ」
「すごいこと?」
「うん、ずっと考えてたんだけどやっと分かったよ。大発見だ」
真剣な顔して言うから一体どんな発見をしたのかと次に続く言葉をわくわくしながら待つ。
「あのね、」
「はい」
「ネネコはいつも俺の左側にしかいないね!」
「……はい?」
「大発見だよ! どう?」
……ちょっと先輩。大発見ってそんなことなんですか。まーじでどうでもいいと思って、はあっと大きな溜息をはいた。
確かに私は先輩の左側にしかいないけど、先輩が気付いたところで特に何かが変わるわけでもない。そして今日の先輩はなんか口数少ないなあと思ってたらそんなことをずっと考えてたのか。本当に読めない人だ。
冷めた反応をする私とは正反対に、エレガントヤンキー……あ、違った。『頭はクールに心はホット』が信条の男——氷室先輩はこっちを向いて、私の両手をぎゅうっと握ってすごく嬉しそうにしてるから思わずたじろいでしまう。
「当たってるよね? ね?」
「え、ああ、はい。確かにそうですけど……」
「やっぱり!!!」
HAHAHA☆って何故かアメリカ的に笑う先輩。なんだろう、先輩ってたまに変になる。そして私の頭の中には疑問がひとつ。
「どうして私が左側にしかいないって分かったんですか?」
「ああ、それはね……今日授業中にふと思ったんだ。俺はいっつもネネコとアツシの心配ばかりしてるな、って」
「ええ……?」
それとこれとどういう関係があるというんだ。
「24時間のうち20時間は心配してるかな。たまに夢にまで出てくるんだよ」
「それ病院行った方がいいんじゃ……?」
軽く引くような事を嬉々として語る先輩を見て、それ以上深掘りするのはやめた。そっとしておこう。……まあ先輩の心配性は今に始まったことじゃないんだけども。
「心配だからいつも無意識に目で追っちゃうんだけど……アツシはいつも俺の視界にいるのに、ネネコはすぐに視界から消えるんだよね。特に歩いてる時とか」
「……」
「ずっと一緒にいるのにネネコの姿っていつもあまり見えないなって。何でだろうってずっと考えててようやく分かったんだ。それって左側にいるいからだってね!」
そう語る先輩を見て、ああやっぱり、と思う。私がいつも先輩の左側にいるのはもちろん偶然なんかじゃない。私が故意に、そうしてるのだ。
「ネネコこっちにおいでよ」
右側を指差す先輩に私は首を横に振った。
「いいえ、こっちがいいんです」
「どうして?」
「どうしても」
今までは、もしかして……と思ったからこっちにいたけど、さっき分かった。先輩は、私の姿があんまり見えないって言ったもん。だったら余計にこっち側じゃなきゃだめだ。
「先輩、私が呼んだらこっち見てくれますよね?」
「え? それはもちろん……」
「じゃあ大丈夫です」
この話は終わり、という風に先輩の左手を握って引っ張って歩き出す。
最近コンビニの中華まんの新味食べるのにはまってるから、今日も寄らなきゃならないからね。新味マニアの間では人気だからこの時間になると売り切れてしまうこともあるのだ。
「今日は何味だと思いますか?」
「んー、この前はインドだったよね?」
「はい! その前が四川でその前は塩カルビでした!」
「てことは……そろそろアメリカかな?」
「アメリカってどんな味なんですか」
「バーベキューとか?」
それともハンバーガーかな? と先輩は笑った。
「もし甘いフレーバーだったら、アツシにも買っていってあげないとね」
こんな何気ない会話にもその仕草その言葉一つ一つに先輩の優しさがにじみ出る。
先輩は、与えることには慣れていて与えられることには慣れてないのだと思う。自分はたくさん人に気を遣って目一杯優しくできるのに、自分が人にしてもらえるということは頭の中にないみたいだ。
しっかりしてるように見えて、意外と泣き虫で、そして意外と頼りない。先輩が私やむっくんを心配してるように、私も先輩が心配なんだ。
「ネネコ……」
「はい?」
コンビニへと向かう道を少し進んだところで、先輩はまた立ち止まる。先輩の手は離さないまま私も立ち止まって、また先輩を見上げた。
「今度はどうしたんですか?」
「すごいことに気付いた」
「ええ? またですか」
「うん、でも今度はあんまり自信ないんだけど……」
先輩は少しだけ躊躇って、そして思い切ったように口を開く。
「ネネコ、ありがとう」
笑顔の得意なはずの先輩が、困ったような、照れてるような、微妙な表情でそういった。笑おうとしたんなら、すごく下手くそな笑顔だ。
「……どういたしまして」
だけど私だって人のこと言えたもんじゃなかった。笑み返すどころか恥ずかしくてつい目線を逸らしてしまった。それと同時に鼻の奥がつんとして、なんだか泣きそうになる。何でもないように笑ってみせることは無理そうだったから、目を逸らしたままで握った手に力を込めた。
先輩のほうが寒がりだって、私は薄々気付いている。それなのにいっつも私やむっくんに「手袋つけたら?」とか「マフラーちゃんと巻いて」と言う。
先輩は、自分が優しくされて当然の人間なんだって自覚がない。人のことばかり幸せにしてくれて、自分の気持ちは全部隠してるんだと思う。
——私がいつも先輩の左側にいるのは、先輩は左の視界が狭いんじゃないかと思ったからだ。
もし急にボールが飛んできたらどうするんだろうって心配だし、左から物凄いスピードの自転車とかが突っ込んできたら危険すぎる。だから私が先輩の死角を守る者として、ボールを華麗にキャッチして思い切り投げ返してやろうと思うし、自分の身を呈して暴走チャリから先輩を守ってあげようと思ったわけで。
私がいるから大丈夫だよって先輩に伝えたい。けど残念ながら私は、そんなの正面きって言えるような性格ではない。だから、別に先輩が気付いてくれなくてもいいから、愛し方しか知らない先輩を私が愛してあげるんだって決めた。
(くだらないけどあまりにも大切な)
決心をしたんです。
・2012年にforestpageで公開分
お題配布元「確かに恋だった」様