黒子のバスケ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ネネコこんなとこで何やってるの?」
見上げた空はすごい高かった。
ポケットに突っ込んでた両手を宙に掲げて、空を睨んで立ちつくすこと約三秒。こんな寒い日に公園に遊びにくる人なんか私以外いるはずもなくて、きっと誰にも見られないと思ってたのにその予想は外れた。
「どこいっちゃったのかと思ったら……」
声のした方へ顔を向けると、呆れ顔でこっちへやってくる先輩の姿。
誰にも見られないだろうって思ったけど、こうして先輩が来るんだろうなってことも薄々分かってた。だって私はそんな先輩が好きだから。
でも……今日はいいんだってば。放っておいてほしい。
今日は、先輩なんか嫌いだ。
「何してるの?」
「別に……何もしてません」
精一杯素っ気無く答えたら、先輩は一瞬目を見開いて。だけどすぐにいつもみたいに柔らかく微笑んだ。
「何でもないわりには、変なポーズだね?」
「……普通ですけど」
「そっか」
そっか、って。
「でもネネコ、そろそろやめないと手冷たくなるよ?」
「……」
相変わらず微笑みかける先輩からふいと目を逸らして、元通り手をポケットに入れた。ほんの少し動かなかっただけで、自分自身にうっすらと雪が積もる。
おいで、と先輩は手招きした。
「帰ろう、ネネコ」
差し出された手と、先輩の顔を交互に見た。いつもならすぐにその手を握るところだ。
でも今日の私はそう簡単に先輩を受け入れる気はなかった。
先輩は私がちょっと寒いって言っただけで(口癖みたいなもんなのに)ダッフルコートのポケットからカイロを出してきて私に持たせてくれる。
私がちょっとお腹空いたって言っただけで(これも口癖みたいなもんなのに)ポケットから飴とかチョコとかグミとか出してきて優しい顔して「どれがいい?」と言う。
私が「じゃあ全部」と言ったら厳しい顔して「お菓子は程々にしとかないと虫歯になるよ」と言う。
それでも「全部ほしい」と粘ってみたら、少し困った表情で「じゃあちゃんと歯磨きするって約束できる?」と言う。
先輩、私と先輩は1歳しか違わないんだよ。先輩はそれ知ってるのかなってたまに不安になる。同じ高校に通ってるんだから当然分かってるはずなんだけども……。
とにかく先輩は心配性で世話焼きで、私を甘やかすのが得意なのだ。
……だから今日も「もう先輩なんか嫌い」って私が言い逃げしたって、それがどんなに小さい声だったって、絶対追いかけてくるって知ってた。
「そろそろ帰ろう?」という言葉を無視して、先輩に背中向けて公園の隅っこにしゃがんだら、隣に来て同じようする先輩。
それを横目でちらりと見やって、顔を半分くらいマフラーに埋めて下を向く。そんな私を横から覗き込む先輩は、穏やかな声で私に問いかける。
「拗ねてるの?」
「……別に」
「じゃあお菓子食べる?」
「……要りません」
困ったなあ、という風に笑う先輩に、一体誰のせいだと思ってるんだという気持ちが湧き上がる。そう——事の発端は数時間前。
***
テスト前は部活が無くて、帰宅部の私と先輩が一緒に帰ることができる数少ない機会だ。
今回も期末テストを一週間後に控えながら「期末テスト? なにそれおいしいの?」といった感じでわくわくしながら、先輩帰ろ! と誘いに行ったら、いつもの場所(部室の近くにある木のとこ)先輩はいなかった。いつも絶対先にいるのにめずらしいなあと思いながら待っていたら暫くして部室から出てきた先輩。少し慌てた様子で「ちょっと用事ができたから先帰ってていいよ。ごめんね」と言うから「待てます」と返事してコンクリートブロックに腰掛けた。
「ほんとに?」
「うん、待てるよ」
「今日は手袋してきたの?」
「うん」
「偉いね」
本当は、別に手袋なんかなくたってポケットに入れとけば事足りるし、何よりお菓子の袋が開けにくいから私は手袋をつけない派だ。
だけど先輩が「ネネコの手冷たい! しもやけになるよ!」とうるさいから。だから、つけてあげることにした。それだけで先輩は私の頭をよしよししながら笑うんだ「グッドガール!」ってね。……ああ先輩の発音はもっといいかな。「good girl!」うん、これだ。そして今は私に「stay」ってわけだ。
「じゃあ、ちょっとだけ待っててね」
「いえす」
先輩のことだからちょっとって言ったらほんとにちょっとだと思うじゃん。10分くらいなら待ってやってもいーよ、私いいこだからね! くらいの気持ちで言ったのに、20分経っても30分経っても先輩は戻ってこなかった。
私のチョコが無くなる絶妙のタイミングで追加のチョコを渡してくれる先輩がいないから、チョコももうない。それに何より寒い。容赦なく顔面に吹き付ける風に対抗して、マフラーを頭から巻いた。通行人が笑ってるけど、寒いから仕方ない。そして別に恥ずかしくない。人目を気にしていられるほど秋田の冬は甘くない。
元々人を待つのが大嫌いな私はもう限界だった。先輩は帰国子女だから時間にルーズなのか? いや、でも今までそんなことなかったのにな。
地面に生えてる枯れ草抜いてみたり石を並べてみたりして時間つぶししたけど、遂に四十分が経過したところで私はすくっと立ち上がった。雪が降り出したからだ。
なんでこんなに放置するのさ先輩。
▶探しに行く
▶もう少し待つ
私の頭の中にある二つの選択肢。それを即座に選び取り、走り出す。
「よし! まずは教室からだ!」
校舎に入り二年の教室の棟に足を踏み入れると、聞こえてきた笑い声。……先輩の教室からだ。
開いてた後ろのドアからそっと覗いてみたら、女の先輩十人くらいと氷室先輩が見えた。……いやどういう状況。いくらなんでも囲まれすぎじゃないですか。
会話の内容からして英語の課題の訳を先輩が教えてあげてたみたいだった。もう帰らなきゃって言う先輩の腕を握る女の人を見て、すごくすごく嫌な気分になった。
「ここもまだ残ってるのに~」
「ごめんね、でも、人を待たせてるから……」
「お願い! もうちょっとだけ! ね? いいでしょ?」
……私、寒い中ずーっと待ってたのに。先輩こんなとこで何してるの。なんでニコニコしてるの。そんな手振り払って来たらいいじゃんか。今日は私がちゃんと防寒してきたから少しくらい放っておいてもいいって思った? 世話焼くことがないと、先輩は私とはいてくれないんだ?
むかむかむかむか不満が募ってきて、着けていた手袋外してその場にぽいっと投げた。そうだ、私は手袋なんか好きじゃないんだ。先輩を待つ必要がないならこんなの要らない。
放課後はすぐに寮へ帰るし、子供じゃないんだからポケットに手入れたって転ばないし。
「先輩なんか嫌いだし」
まるで拗ねた時のむっくんみたいな口調でぼそりと言い捨てて、階段を駆け下りた。むかつくから先輩なんかずっとそこに居ればいいんだ。先輩なんか大嫌いだ。
***
「ほんとにごめんね」
もう何度目か分からない謝罪の言葉を述べる先輩。ものすごく申し訳なさそうだから思わずもういいよ、と言いそうになる。
「……」
「お願いされたら断れなくって、少しだけのつもりだったんだけど……本当にごめんね」
……知っている。先輩がお願いされたら断れないこととか、人を適当にあしらったりできないこととか。先輩が誰にでもすごく優しいってこととか。もちろん、私はそういう先輩が大好きなんだってことも。
でも知ってるからこそ、悲しくなったんだ。
先輩のやさしさを独占したいって思ってる自分自身が、嫌になってしまったんだ。
「ところでネネコ、それ、すごくいい巻き方だね? 日本ではそういう巻き方もするものなの?」
不意に先輩にそう言われて、あ、と思う。
私、今怒ってるけど間抜けなマフラーの巻き方したままだった。なんとも気まずい。
「ほら、寒いから帰ろう」
ふふ、と氷室先輩が笑う。「コンビニに寄ってチョコ買ってあげるよ」とか言って物で釣ろうとしている先輩の作戦はお見通しだ。
私だって出来れば先輩に迷惑掛けたくないし、手のかからない後輩になれたらなあと思う。そしたら先輩は私のことも同じ目線で見てくれるのかなーなんて。
今のままじゃ先輩はまるで私のお兄ちゃんだ。いや、もはやお母さんだ。それでも先輩がいないと私はやっぱり上手いことやっていけないから、だから。……結局どうしたらいいんだろう。
訳が分からなくなってはあっと溜息をはいた。
この気持ち、絶対先輩には伝わらないだろうなーっと思って。馬鹿みたいな私の馬鹿みたいな悩みだ。
そしたら先輩は思いがけないことを口にした。
「ねぇ、ネネコ」
「……」
「俺がいなくて寂しかったの?」
「……」
首を傾げてにっこり笑う先輩に、私は答えに困ってしまう。
寂しかったかどうかなんて聞かなくても分かりきったことじゃないか。何とも思わなかったら10分過ぎた時点でもう帰っている。そもそも待ってるなんか言わない。先輩は、それ全部分かってるくせになんて意地悪をするんだ。
眉を寄せて先輩を見る。先輩は人のよさそうな笑みを浮かべている。それを見て確信する。氷室先輩……やはり一筋縄ではいかない人だ。
私はため息をついた。
先輩に面倒かけたくないし、いつまでも子供みたいになだめられる関係のままじゃ嫌だ。だからといってすぐに変われるはずもない。私ってこういう人間だから。
だから辿り着いた公園で「神様どうかお願いします私に広い心を、大人の余裕を」と両手を掲げて空に念じていたところで先輩に見つかったわけだ。先輩の中での私が、余計変な奴になった気がする。
先輩の「寂しかった?」という問いに「うん」って言ったら先輩はどうせまた私の頭を撫でるんだ。全部先輩の思い通りにいってるみたいで悔しいから逆らってやりたい。……とは思うけど、やっぱり私の気持ちは全部顔に出ていたらしい。
「別に……一人でも楽しかった」
口では素っ気ない言葉を吐いてみたのに、先輩には全然通用してなかった。「やっぱりネネコは可愛いね」とか何とか言いいながら、私の真似して枯れ草を一本抜いた。ふん、無意識にそんなことしちゃう先輩のが可愛いし。
「やっぱり手袋は要らないかもね」
「……なんで?」
「だって俺がいたらカイロもあるし、ポケットに手入れてても転ばないかちゃんと見てるし、それで何も心配ないでしょ?」
「別に私一人でも転ばないし……」
「どうかな? 雪が積もってたら危ないよ」
「……ていうか先輩、どうやって教室から離れてきたの?」
「ん? ちょっと非常手段を使ったんだよ」
非常手段……なんだろうそれは……と色々考えてみたけど想像がつかない。「知らなくていいんだよ」と先輩が綺麗に笑うから、追求するのはやめた。こんな笑顔見せられたら、もう私の負けだ。
先輩は私がちょっと怠いって言っただけで(熱があるとかじゃなくてめんどくさいって意味なのに)「熱を計って! 暖かくして! のど飴もあるよ!」って正直うるさい。
私がちょっと眠いって言っただけで「おやすみ」ってにっこり笑うんだ。「じゃあほんとに寝るよ?」言ったら「大丈夫だよここにいるから」って言う。
先輩は心配性で、世話焼きで。とっても心が綺麗で素直で、先輩といると私は時々自分が嫌になる。
「先輩、飴あげる」
「ほんと? じゃあチョコあげる。交換ね」
一個だけポケットに残ってた飴をかじかんだ手の平にのせて差し出したら、先輩の温かい手が私の手をそっと包んで、代わりにチョコがを山ほどのせた。これじゃあ私があげた意味がない。私が先輩の為にしてあげれることは驚くほど少ない気がする。……でも、それでもいいよって先輩が言うから。
「先輩、手が寒くてチョコが開けれない」
「しょうがないな、貸してごらん」
「お願いします」
(それでもいいよ)
まだ甘えてもいいよね、先輩。
・2012年にforestpageで公開分