黒子のバスケ
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兎はさびしいと死んじゃうんだって小学生の頃友達に聞いたことがある。衝撃だった。
それを昨日ふと思い出して、学校の図書室行って動物図鑑や兎の生態とかいう類いの本を片っ端から読み漁ってみたけれど、そんなことどこにも書いてなかった。
「先輩」
「待たねぇから」
「先輩のけち」
「……」
「あ、じゃあ先輩おぶってください」
「じゃあって何だよ。おぶわねえよ。轢くぞ」
「ちょっとだけでいいですからー」
本日も、宮地先輩の塩対応にもめげず雨ニモマケズ、先輩の数メートル後ろで駄々をこねてみたけど効果無し。
立ち止まるどころか振り向きもしてくれなくて、その間に更に数十メートにまで開いてしまった先輩との距離を、50メートル走の如く走って埋めなければならない羽目になった。余計に疲れた。
先輩は何にも分かってない。
例えば先輩の一歩は私の三歩くらいにあたりまして、先輩と並んで歩くことが私にとってどれだけ大変なことなのか、なんて。
だって考えてもみてください先輩。先輩の身長は191センチ。対する私の身長は153センチ。
「191-153は?」
「38」
「おおー! 計算早い! さすが先輩!」
「なめてんのかお前」
ぱちぱちと拍手をしている間に、先輩はまたさっさと先に行ってしまう。
ほら、やっぱり。先輩は何にも分かってない。
めいっぱいふざけてみせてる私が、今どれだけ悲しくて寂しくて、今にも泣き出しちゃいそうなんですよ、ってことなんて。
先輩は絶対振り向いてなんてくれないから分かりっこない。
先輩の馬鹿やろう。こっちこそ先輩のこと轢きたいくらいだ。
身を切るような冷たい風。凍りそうな指先。空気を濁す真っ白な息。溜息までもが白いから余計に憂鬱になる。一際強い風が吹きつけてきて、反射的に何重にも巻いたマフラーに顔を埋めた。
しかしいくら頭を暖めたところで、私は花の女子高生。短いスカートから惜しげもなく放り出した生足は、寒いを通り越してもはや痛い。鞄の中に入っている体操着のズボンを履こうかと考えて、即座に首を振る。先輩は歩くのが超絶速いから、そんなことをしていたらすぐに置いていかれてしまう。
それでも何とか暖をとる方法はないものかと、ちらり、先輩の左手を盗み見た。
一瞬躊躇った後、私は遠慮がちに先輩の右手をそっと握ってみる。もちろん振り払われることは覚悟の上だ。強くあれ私。
「先輩」
「何だよ」
「私の手、こんな冷たいです」
「ふうん」
「先輩のポケットにお招きしてください」
「嫌」
何故。こんなに勇気だしてお願いしたのに。先輩にはどんな言葉も伝わっている気がしなくて、がっくりとうなだれる。
「別にいーですよ! 冗談ですからぁー!」
思い切り勢いつけて手を離して、ついでに先輩を抜かしてやった。ふん。つまんないな。
気分が晴れないのは、この天気のせいもあるのかもしれない。どんよりと灰色の雲が立ち込めた空を忌々し気に見つめる。
この地域の冬なんて、ただ寒いだけで嫌になる。
「雪でも降ればちょっとはワクワクするのになー」
ね? と先輩に相槌を求めたのに、先輩からはうんともすんとも返事がない。何だよ、私独り言か。
すっかり葉が落ちた木々も、なんだか酷く寂しそうに見える。私の心は今丁度あんな感じだな。すっかすかで今にも折れそう。先輩が愛情注いでくれないから、もう枯れました。
根元にこんもり溜まった落ち葉を腹いせに蹴っ飛ばす。ばすっとローファーが埋まって予想以上に気持ちよかった。
「まっすぐ歩けよ、うろちょろすんな」
「ふん」
先輩、むかつく。ほんと、むかつく。
心の中で文句を言いながら何度目かの蹴りを落ち葉に命中させた時、バランスを崩して視界がぐらりと揺れた。
「……わっ!!!」
ああ、転んだ。地面にぶつかる衝撃を身構えてぎゅうっと目を瞑った。けれど、その瞬間ガッと乱暴に腕を掴まれて引き上げられて、すんでのところでなんとか踏ん張ることができた。
「危ねーな! 馬鹿かお前は! だから気をつけろって言っただろ!」
「せ、先輩……」
ありがとうござます、ってお礼言おうとしたのに、いきなりすごい剣幕で大声出されて驚いて一瞬言葉が詰まる。……それに先輩。
「気をつけろなんていつ言ったんですか! 言ってなかったですよ!?」
「うるせぇ言ったわ、心の中で」
「それ聞こえないですから!!!」
何言ってるんだこの人はって呆れたけど、ふとある事に気付く。
先輩ってば心の中で私のこと心配してくれてたんだ。
気付いた途端に頬が緩んで、笑みが口角に浮かぶ。
「おい、にやにやすんな」
氷のように冷めた目で私を見る先輩に「刺すぞ落ち葉で」って言われて、落ち葉なんかでどうやって刺すんですかーって思ったけど口にするのはやめた。だってまた怒るもん。
「分かってますよ、先輩」
色んな言葉を飲み込んでただそれだけ伝えたら、ぱしりと軽く頭をはたかれた。
「もうお前俺の20メートル先歩けよ。待っててやるから」
おら、早く行け。って顎で前方を指して、先輩は足を止める。
「そんなの一緒に帰ってるって言わないじゃないですか!」
「心は一緒だろ」
「えっ、先輩……きゅんです」
「いやつっこめよ」
「今の嘘なんですか!?」
「うっせ。いいからさっさと先歩け」
「……了解です!」
私が何を言っても、うるさい。轢くぞ。馬鹿。とか悪いことばっかりしか言わない先輩。私を突き放してばっかの先輩。
仕方なく、言われた通りにとぼとぼと先輩の前を歩き出す。
少し進んだところでこっそり振り返ってみたら、先輩はまださっきと同じ場所に立ちに止まっていた。
ほんとに20メートル後ろから来るつもりなんだ。先輩なんか嫌いだ。
いじけてそのまま歩き続けていると、前から見覚えのある変な乗り物が近付いてくるのが見えた。……あれ、チャリアカーだ。高尾だ。
「あっれー?眠田じゃん! 何してんの?」
「先輩と一緒に帰ってる」
「え、先輩? 宮地先輩?」
「うん」
「って……何ww めっちゃ後ろにいんだけど!! ウケる」
「お前は歩くの遅いから先行けって……まあでも心は一緒に帰ってる、つもり」
「ぶはっ……www そんなん初めて聞いたし!! 絶対おかしいっしょ二人ともww」
高尾がけらけら笑うから、やっぱりこんなのおかしいよねと思ってすごく悲しくなる。
私だって嫌だ。本当は寂しい。
改めて自分の状況を把握した途端、我慢していた涙がとうとう溢れてきてしまった。
「あららら……え、うそ、泣いちゃった?」
「……」
「マジでごめん!」
チャリアカーほっぽりだして駆け寄ってきた高尾に、別に高尾のせいじゃないよ、と言ってあげたいけども涙はすぐに止まらなくて俯いたままグスグスと鼻をすする。
おーよしよし、とか言いながら肩をさすってくれる高尾は、さすが妹のいるお兄ちゃんといった感じがする。宮地先輩とは違って女性の扱いを心得ているのだ。
「高尾……アンタまじでいい奴……」
「え? なんかよく分かんないけどあんがと」
「荒んだ心が温まる気分だよ……」
はいこれ、と高尾から手渡されたティッシュを受け取り、最後の雫を乱暴に拭う。
高尾はそんな私を見て満足気に頷くと、突然何か思いついたようにパッと顔を輝かせた。
「あ、そうだ!! 眠田、一回リアカー乗りたいっていってたっしょ!? 今乗れば? 今日真ちゃんいねーし、家まで送ってやんよ!」
なんという魅力的なお誘いか。二つ返事で誘いを受ける。
一瞬宮地先輩の顔が浮かんだけれど、もういいや、と振り払う。だってどうせ先輩は一緒に歩いてくれないもん。
どっから乗ればいいの? って高尾に聞いて、いざ初チャリアカーを体験しようとリアカーの淵に足をかけた時。
背後からマフラーを引っ張られて、それを阻止された。
私の楽しみをじゃまするな! というような気持で眉を顰めて振り向いたら、そこには私以上に不機嫌な顔した宮地先輩が立っていて、私は片足をリアカーに掛けたまま硬直した。
「乗らねーよ」
先輩は私のマフラーを掴んだまま、高尾にそう言った。
「えっ? 私乗りますから!」という反論を華麗に無視して、行くぞって私の手を掴んで歩き出した。
視界の端に映った高尾は、可笑しそうに笑っていた。
***
かくして、先輩との帰り道が再開される。
「一緒に帰ってんのに自分だけ楽しようなんていい度胸だな」
「心は一緒だからいいかと思いました」
先刻の先輩の言葉を用いて反論してやった。元はと言えば、先輩が悪いんだから。
「……兎ってさびしいと死んじゃうらしいですよ」
やけくそで呟いてみる。
すると先輩は呆れたような視線を私に向けて、はあ、とため息を吐いた。
「お前、それガセだかんな」
「えっ……」
通りでどの本にも載ってないわけだ。
「少しは考えろよ。寂しさだけで死ぬなんて有り得ねえだろ」
私にとってはものすごい衝撃的な内容だったのに、思い切り否定されてしまった。
先輩はいかにも俺は不良です学校とか毎日サボってます、みたいな見た目のくせに、実はめちゃくちゃ勉強ができて何でも知ってるっていうギャップ萌……すごい人だから、そりゃまあ確かに先輩の言う通りなのかもしれない。
私の持ってる兎情報はただの迷信なのかもしれない。でも。
「でも、寂しかったら心は死ぬんじゃないですか……」
どうせ今日もまた言い負かされるに決まってる。それでも何とか反論してみたら、今日の先輩はそれ以上何も言わなかった。
代わりに今だ掴んだままの私の左手を強く引っ張るから、肘ごと持ってかれるかと思った。
先輩は口が悪い上に力加減も分かってない。
もう! 痛いですよ! って文句を言いかけて、驚いて口をつぐむ。
ふわり、温かい場所に収まった私の左手。
「……」
「……」
「……せっ、先輩」
「……」
「お招きありがとうございます……っ!!!」
「うっせ」
正直言って先輩は私をないがしろにしすぎだと思う。
そして先輩は素直じゃない。
まあでも、冷たい言葉の中にもたまーに私を大事にしてくれるのかなって優しさが見えるときがあるから、私は結局先輩から離れられなくて。
もっと好き好きっていってくれてもいいのに……とか思ったりもするけど、でもやっぱりそんな先輩は想像できない。
寂しくて寂しくて死にそうって、年下の彼女をそんな気持ちにさせるのって先輩としてどうなんですかとも思う。
私だって、なんでも耐えられるわけじゃないんだから。
でも私がもう先輩なんか大嫌いだー!!ってなる直前の絶妙のタイミングで、先輩はいつも素直になる。
(なんてずるい人なんだ)
・2012年にforestpageで公開分
お題配布元「確かに恋だった」様