濡れたカノジョ ドナテロの場合
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室内に響く溶接音。
目の前で溶け、そしてあらたな物質へと変化していく姿に僕はうっとりしていた。
眼前で変化が終了する。
溶接マスクを外してライトに照らせば、それは完璧な姿をしていた。
「でーーっきたーー!!」
両手で部品を掲げ、思わず喜びの声を上げてしまった。
「できたの?おめでとう、ドニー!」
「ありがとうサクラ!」
後ろで雑誌を読みつつ完成を待ってくれていたサクラを振り返り、軽くハグを交わす。
彼女の顔を覗き込んで、
「この部品があれば、こないだ作ったエンジンと組み合わせてね、」
そこまでしゃべった時点ではたと気づく。
「っと。今日はこのくらいにしておくよ。せっかく君が来てくれたんだから」
「私、実験とか研究について熱く語ってるドニー好きよ。やめなくってもいいのに」
兄弟にも呆れられることのある僕の発明好きをこんなふうに受け止めてくれるサクラ。
こんな子、なかなか巡り合えるものじゃないよ。
「なんて。本当はちょーっとだけ、たまに寂しくなることもあったり、ね」
へへっと恥ずかしそうに笑うサクラ。
ああもう!前言撤回だ、こんな素敵な子、サクラ以外に絶対いるはずないよ!
「よし、じゃあリビングに行こうか」
今日はサクラと一緒に映画を観る予定。
作品は、彼女がずっと観たかったけど観られなかったという恋愛映画。
以前‘映画館で見逃しちゃったの?’と聞いたところ、‘好きな人ができたらその人と一緒に観るんだって決めてたから’なんて、とても可愛らしいことを言ってくれた。
今日はそのサクラの願いを叶える日なんだ。
「うん。DVDも忘れずに持ってきたからね。ほら……」
そう言ってサクラがバッグをごそごそとまさぐった。
「あれ、おかしいな。奥にいっちゃったかしら」
呟くと彼女はバッグを床に置いて本格的に探し始めた。
そのときサクラの腕が、後ろの物置棚に触れた。
「危ないサクラ!」
「えっ、きゃあっ!」
ぐらつき倒れる棚から守るため彼女の上に覆い被さる。
ゴン、ゴン、と甲羅に衝撃を受けながら頭の中で‘何が置いてあったっけ’と考える。
ー大抵は本だったはず。あとは軽微な部品と……危険なものはなかったはずだけ……あっ!!
あるものに思い当たったとき、僕らの身体は液体に包み込まれた。
「サクラ、大丈夫かい?」
サクラの上から退いて、怪我がないかその顔や身体をじっくりと確認した。
どうやら切り傷擦り傷打撲の類はないみたいだ、良かった。
「うん……ドニーこそ、大丈夫?痛くなかった?」
「大丈夫だよ。亀の甲羅って硬そうに見えて実は衝撃に弱いんだけどさ、僕たちはミュータントだからなのか、頑丈にできてるみたい」
「そう、良かった……けど」
ほっとした様子のサクラだったけど、すぐにその表情が曇る。
「これ……何かの薬剤……?」
不安げにそう呟くサクラの両目の間を、前髪をつたってつつーと粘度の高い薄いブルーの液体が流れ落ちた。
彼女の綺麗な髪は今、見るも無惨に液体まみれとなっている。
「あー……大丈夫、身体に害はないから」
そう答えるもサクラは尚も不安そうに僕を見つめてくる。
彼女の前髪に垂れる液体を軽く拭ってやってから、補足説明する。
「前にフット団の1人が待っててさ。面白そうだから回収して調べてみたんだ。中身はなんてことない、単なる興奮剤だったよ。戦いの最中に飲めば痛みを感じにくくなるだろうし、疲れにくくなる。ちょっとしたドーピングみたいな……って言えばわかりやすいかな?」
「なるほどね、よくわかったわ……。でもこれ、すごいぬるぬるするー……」
安全性の確信が得られて安心したんだろう、その声音はずいぶん明るいものになっていた。
僕は立ち上がり、棚からタオルを出して彼女に渡してあげる。
「棚の上に置きっぱなしだったの、すっかり忘れちゃってたよ。ごめんね」
「ううん、私がぶつかっちゃったからいけないのよ……あっ!」
タオル片手に身体を拭くこともせず、サクラは周りをキョロキョロとし始めた。
「サクラ?」
「DVD……大丈夫かな?」
サクラの言葉に部屋を見渡してみれば、少し離れたところに飛ばされたバッグから薄いプラケースが覗いているのが見えた。
幸い、棚が倒れてきた衝撃で液体の難を逃れる場所にまで飛ばされていたようだ。
「上から衝撃を受けたわけじゃないから、視聴には問題ないんじゃないかな?」
「よかったー……」
「それよりも、まずは僕たちの身体をなんとかしないと。ほらサクラ、立てる?」
彼女の手を取り立ち上がらせようとする。
けど、僕としたことが床にぶちまけられたこの液体は非常に滑りやすいってことを失念していた。
案の定、僕の手に体重をかけた彼女がバランスを崩して滑り、僕たちはそのまま床に打ち付けられてしまった。
「っ痛ぁ……ごめん、ドニー……」
「大丈夫だよ。いや、今のは……ちょっときたかな……」
軽口を叩きながら身体に響く痛みに顔をしかめつつ目を開けたら、すぐ目の前に彼女の瞳があった。
仰向けに倒れた僕の上にのしかかるように、彼女がいる。
「……」
「……」
こんなに至近距離で彼女を見るのは初めてだった。
しかも、胸からも腕からも、いや身体全体からサクラのぬくもりが伝わってくる。
一瞬届いた暖かなものに、「あ、彼女の吐息だ」と意識した途端、どくり、と心臓が強く脈を打った。
ーあー……まずい。興奮剤、変なふうに効いてこなきゃいいんだけど……
意識して冷静さをキープする。
けど……
「あ……」
彼女の頬が、面白いくらいみるみるうちに赤く染まっていく。
「ドニー……なんかちょっと、身体っていうか、なんか……気持ち、が……」
彼女が僕の胸に顔をうずめてもじもじしている。
ーうーん、これは早いところなんとかしないとまずいかも……
冷静を保とうと努めている僕自身、その思考がぐらぐらと揺れてきているのを感じる。
身体の中で明らかに昂る何かがある。
それに身を任せてはまずいとわかっているのに、止められない。
だって、こんなふうに密着していることがなんたもないって気がし始めている。
これは、いけない。
「サクラ……ちょ、ちょっととにかく、一回、起きようか」
「!」
僕の言葉にサクラは跳ねるように身体を震わせて僕から降りると、そのまま床の液体の上を滑るようにずるずると距離をとった。
「ええっとね、これは興奮剤だから、身体がカッと熱くなったり気持ちがそわそわするかもしれない。でも皮膚から摂取した場合は洗い流せばすぐ効果は薄れるから心配しないでいいよ。ちゃんと実証済みだから」
冷静を保つために、以前実験した結果を意識してゆっくりと語った。
ーうん、大丈夫だ。いつもの冷静なお前でいろよ、ドナテロ
身体の中から突き上がってくる昂りを必死で堪えて、手早く自分の身体についている液体をタオルで拭った。
「ほら、サクラも身体拭くといいよ。それだけでも大分ー」
言いながらサクラを見遣ると、距離をとったはずの彼女が再び僕へと近寄りつつあった。
「サクラっ?」
思わず声が裏返った。
だって、今の彼女の姿といったら!
全身液体まみれで、頬を赤く染めて、息が荒くて……っ!
「ド……ドニー、なんか、身体、熱い……」
「あ、え?サクラ?」
肩で息をしている彼女はなんていうか、ものすごく……色っぽい。
僕はすっかりしどろもどろになっていた。
「サクラ?大丈夫?と、とにかく早く拭いて……!」
なるべく彼女の色っぽさに気を向けないようにしつつ、サクラが放ってしまっていたタオルを掴んだ。
いやしかし、それにしたってちょっと効きすぎじゃないか?
返事もできないような状態の彼女にさすがに焦りを感じる。
ひょっとしたら体質的にものすごく合わなかったのかもしれない。
死に至ることはないにしても、何か彼女の健康を害することがあったりしたら!
そう思うといてもたってもいられず、手早くタオルで彼女の肩口を拭いた、瞬間。
「あっ……」
小さく、彼女が
……あ、喘いだ?
このたった一言で、いや一文字だ。
たったこれだけのことで、僕の意識が全部持っていかれたのがわかった。
「サクラ……」
こんなことはいけない、まずいとどこかで思いつつも、タオルを離して直に彼女に触れたくてたまらなかった。
欲望のまま、するりと肩に手を滑らせれば、
「……っ」
目を閉じ吐息だけ吐いて、サクラが小さく身体を震わせた。
「ド、ニー……」
「サクラ……」
ゆっくりと目を開けるサクラ。
ああ、目の前には大好きな彼女がいる。
すぐ前に、愛らしい唇が、ある。
サクラの手が、僕の胸へ伸ばされた。
それに応えるように、僕は彼女のおとがいに指をかけー
た、ところで。
「ドーニー!!ねえねえ、言ってた部品できたー!?」
突然、何の前触れもなく大声と共に部屋のドアが開けられた。
「……」
「……」
「……」
「あ!!あー!ドニーがサクラちゃんとエッチなことしてるー!!!」
最初にフリーズから復旧したマイキーの大声が響くや否や、家のあちこちからガタンッ!!だのゴットーン!!だの大きな音が聞こえた。
ー今のはあれだな、瞑想中のレオが驚愕のあまり床に倒れ込んだのと、筋トレしてたラフがバーベル落とした音だな……。
ーあれ?なんか僕冷静……?ドキドキしたのって、興奮剤のせいじゃなかったのか……?
そこまで考えたところで、目の前のサクラがマイキーに負けず劣らずの声量で悲鳴をあげてくれた。
と、ものすごい足音と共にものの数秒で兄弟たちがマイキーの横から顔を出した。
「ドニー、何やってるんだ!」
「お前っ!とうとうイカレちまったのかよっ!」
マイキーはそんな兄たちに囲まれてニヤニヤしてる。
僕?僕はとうにサクラから離れて痴漢の無罪主張よろしく両手を宙に挙げていたよ。
……サクラは、恥ずかしさでタオルに顔をうずめてたけどね。
「僕が愛する彼女を手篭めにするような男に見えるとでも?」
すっかり冷静さを取り戻した僕はジト目で兄弟たちに聞いてやったんだけどさ。
「お前ならやりかねねぇ……」
「日本ドラマの、きゃー!お代官様ー!!みたいなの?面白そー!!」
「……おっ、俺はドニーを信じるぞ!」
前2人はあとでシメるの確定として。
ちょっと長男、その直前の沈黙はなんなの。
場合によっては前2人よりもしっかりとシメなくちゃなんだけど。
「もうやだー!ドニーの馬鹿ー!!!」
あーあ、サクラは恥ずかしさで泣き出しちゃったし。
さっきまでの色っぽさはすっかりとなりを潜め、彼女はもういつものキュートな雰囲気をまとっていた。
ーさっきの高鳴りは……なんだったんだ?こんなすぐに冷静になるなんて、僕達には興奮剤が効かなかったってこと?じゃ、なんであんな……雰囲気に?
頭を巡る思考は切れることがなかったけれど、それよりも今はとにかく。
「一体誰がこの場を収めてくれるのかな?」
ーまずはサクラに馬鹿と呼ばれる羽目になった最大の原因の、末っ子からおしおきかな?
そんな僕の気配に気づいて逃げ出し始めた兄弟たちを追いかけるべく、笑顔を浮かべて立ち上がった。
++++++++++
頭の中でお仕置きシミュレーションを展開しながら立ち上がった僕の耳に、すんすん、としゃくりあげる音が聞こえた。
振り返れば、いまだサクラが真っ赤になった頬に涙の筋を作っている。
「ああ、サクラ、ごめんよ」
明るく天真爛漫な彼女からしてみれば、恋人との甘い雰囲気を覗かれるなんて恥ずかしくてたまらないことだろう。
マイキーに悪気はないとはいえ、彼女のとまどいはいかほどか。
丸くなっている背に腕を回し、華奢な身体をそっと抱きしめた。
「ごめんね。でもマイキーに悪気はないんだ。わかってやってくれるかな?」
優しくその背を撫ぜれば
「ん、わかってる。大丈夫よ……ただ」
「ただ……?」
言葉の止まったサクラが心配で、その顔を覗き込んだ。
ナミダの浮かんだ大きな瞳が、僕を見つめる。
「は、恥ずかしくって、ね……?なんだか、涙が止まらないの」
『潤んだ瞳で頬を染めて恥じらう最愛の彼女』
というものが、こんなにも破壊力のある存在だったなんて。
そんなの、初めて知ったな。
迫り上がってくる何かに突き動かされるまま、しきりに涙を拭う彼女の手をやんわりと制す。
おとがいに手をかけて。
今度こそ。
「ドニー……?っ、んっぅ」
僕の行動に不思議そうな顔をしてる彼女の隙を見てキスするなんて、卑怯だったかな。
でも仕方ないんだ。
そんな顔見ちゃったら、触れずにいられない。
ちゅ、ちゅ、と小さな水音が耳に届く。
それは僕とサクラの唇から発しているんだと実感するほどに、動悸は激しくなっていく。
きっとサクラも同じなんだろう。
零れ続けていた涙はいつしか止まっていて、僕の唇を追うことに懸命になっているみたいだった。
ーあんな薬なんかなくたって
ー君さえいれば、この胸はいつでも高鳴っちゃうみたいだ
すでに僕の頭からはお仕置きのことは消え失せていて。
彼女を床に押し倒しながらぼんやり考えるのは、次はどこへキスしようか?ということだけになっていた。
目の前で溶け、そしてあらたな物質へと変化していく姿に僕はうっとりしていた。
眼前で変化が終了する。
溶接マスクを外してライトに照らせば、それは完璧な姿をしていた。
「でーーっきたーー!!」
両手で部品を掲げ、思わず喜びの声を上げてしまった。
「できたの?おめでとう、ドニー!」
「ありがとうサクラ!」
後ろで雑誌を読みつつ完成を待ってくれていたサクラを振り返り、軽くハグを交わす。
彼女の顔を覗き込んで、
「この部品があれば、こないだ作ったエンジンと組み合わせてね、」
そこまでしゃべった時点ではたと気づく。
「っと。今日はこのくらいにしておくよ。せっかく君が来てくれたんだから」
「私、実験とか研究について熱く語ってるドニー好きよ。やめなくってもいいのに」
兄弟にも呆れられることのある僕の発明好きをこんなふうに受け止めてくれるサクラ。
こんな子、なかなか巡り合えるものじゃないよ。
「なんて。本当はちょーっとだけ、たまに寂しくなることもあったり、ね」
へへっと恥ずかしそうに笑うサクラ。
ああもう!前言撤回だ、こんな素敵な子、サクラ以外に絶対いるはずないよ!
「よし、じゃあリビングに行こうか」
今日はサクラと一緒に映画を観る予定。
作品は、彼女がずっと観たかったけど観られなかったという恋愛映画。
以前‘映画館で見逃しちゃったの?’と聞いたところ、‘好きな人ができたらその人と一緒に観るんだって決めてたから’なんて、とても可愛らしいことを言ってくれた。
今日はそのサクラの願いを叶える日なんだ。
「うん。DVDも忘れずに持ってきたからね。ほら……」
そう言ってサクラがバッグをごそごそとまさぐった。
「あれ、おかしいな。奥にいっちゃったかしら」
呟くと彼女はバッグを床に置いて本格的に探し始めた。
そのときサクラの腕が、後ろの物置棚に触れた。
「危ないサクラ!」
「えっ、きゃあっ!」
ぐらつき倒れる棚から守るため彼女の上に覆い被さる。
ゴン、ゴン、と甲羅に衝撃を受けながら頭の中で‘何が置いてあったっけ’と考える。
ー大抵は本だったはず。あとは軽微な部品と……危険なものはなかったはずだけ……あっ!!
あるものに思い当たったとき、僕らの身体は液体に包み込まれた。
「サクラ、大丈夫かい?」
サクラの上から退いて、怪我がないかその顔や身体をじっくりと確認した。
どうやら切り傷擦り傷打撲の類はないみたいだ、良かった。
「うん……ドニーこそ、大丈夫?痛くなかった?」
「大丈夫だよ。亀の甲羅って硬そうに見えて実は衝撃に弱いんだけどさ、僕たちはミュータントだからなのか、頑丈にできてるみたい」
「そう、良かった……けど」
ほっとした様子のサクラだったけど、すぐにその表情が曇る。
「これ……何かの薬剤……?」
不安げにそう呟くサクラの両目の間を、前髪をつたってつつーと粘度の高い薄いブルーの液体が流れ落ちた。
彼女の綺麗な髪は今、見るも無惨に液体まみれとなっている。
「あー……大丈夫、身体に害はないから」
そう答えるもサクラは尚も不安そうに僕を見つめてくる。
彼女の前髪に垂れる液体を軽く拭ってやってから、補足説明する。
「前にフット団の1人が待っててさ。面白そうだから回収して調べてみたんだ。中身はなんてことない、単なる興奮剤だったよ。戦いの最中に飲めば痛みを感じにくくなるだろうし、疲れにくくなる。ちょっとしたドーピングみたいな……って言えばわかりやすいかな?」
「なるほどね、よくわかったわ……。でもこれ、すごいぬるぬるするー……」
安全性の確信が得られて安心したんだろう、その声音はずいぶん明るいものになっていた。
僕は立ち上がり、棚からタオルを出して彼女に渡してあげる。
「棚の上に置きっぱなしだったの、すっかり忘れちゃってたよ。ごめんね」
「ううん、私がぶつかっちゃったからいけないのよ……あっ!」
タオル片手に身体を拭くこともせず、サクラは周りをキョロキョロとし始めた。
「サクラ?」
「DVD……大丈夫かな?」
サクラの言葉に部屋を見渡してみれば、少し離れたところに飛ばされたバッグから薄いプラケースが覗いているのが見えた。
幸い、棚が倒れてきた衝撃で液体の難を逃れる場所にまで飛ばされていたようだ。
「上から衝撃を受けたわけじゃないから、視聴には問題ないんじゃないかな?」
「よかったー……」
「それよりも、まずは僕たちの身体をなんとかしないと。ほらサクラ、立てる?」
彼女の手を取り立ち上がらせようとする。
けど、僕としたことが床にぶちまけられたこの液体は非常に滑りやすいってことを失念していた。
案の定、僕の手に体重をかけた彼女がバランスを崩して滑り、僕たちはそのまま床に打ち付けられてしまった。
「っ痛ぁ……ごめん、ドニー……」
「大丈夫だよ。いや、今のは……ちょっときたかな……」
軽口を叩きながら身体に響く痛みに顔をしかめつつ目を開けたら、すぐ目の前に彼女の瞳があった。
仰向けに倒れた僕の上にのしかかるように、彼女がいる。
「……」
「……」
こんなに至近距離で彼女を見るのは初めてだった。
しかも、胸からも腕からも、いや身体全体からサクラのぬくもりが伝わってくる。
一瞬届いた暖かなものに、「あ、彼女の吐息だ」と意識した途端、どくり、と心臓が強く脈を打った。
ーあー……まずい。興奮剤、変なふうに効いてこなきゃいいんだけど……
意識して冷静さをキープする。
けど……
「あ……」
彼女の頬が、面白いくらいみるみるうちに赤く染まっていく。
「ドニー……なんかちょっと、身体っていうか、なんか……気持ち、が……」
彼女が僕の胸に顔をうずめてもじもじしている。
ーうーん、これは早いところなんとかしないとまずいかも……
冷静を保とうと努めている僕自身、その思考がぐらぐらと揺れてきているのを感じる。
身体の中で明らかに昂る何かがある。
それに身を任せてはまずいとわかっているのに、止められない。
だって、こんなふうに密着していることがなんたもないって気がし始めている。
これは、いけない。
「サクラ……ちょ、ちょっととにかく、一回、起きようか」
「!」
僕の言葉にサクラは跳ねるように身体を震わせて僕から降りると、そのまま床の液体の上を滑るようにずるずると距離をとった。
「ええっとね、これは興奮剤だから、身体がカッと熱くなったり気持ちがそわそわするかもしれない。でも皮膚から摂取した場合は洗い流せばすぐ効果は薄れるから心配しないでいいよ。ちゃんと実証済みだから」
冷静を保つために、以前実験した結果を意識してゆっくりと語った。
ーうん、大丈夫だ。いつもの冷静なお前でいろよ、ドナテロ
身体の中から突き上がってくる昂りを必死で堪えて、手早く自分の身体についている液体をタオルで拭った。
「ほら、サクラも身体拭くといいよ。それだけでも大分ー」
言いながらサクラを見遣ると、距離をとったはずの彼女が再び僕へと近寄りつつあった。
「サクラっ?」
思わず声が裏返った。
だって、今の彼女の姿といったら!
全身液体まみれで、頬を赤く染めて、息が荒くて……っ!
「ド……ドニー、なんか、身体、熱い……」
「あ、え?サクラ?」
肩で息をしている彼女はなんていうか、ものすごく……色っぽい。
僕はすっかりしどろもどろになっていた。
「サクラ?大丈夫?と、とにかく早く拭いて……!」
なるべく彼女の色っぽさに気を向けないようにしつつ、サクラが放ってしまっていたタオルを掴んだ。
いやしかし、それにしたってちょっと効きすぎじゃないか?
返事もできないような状態の彼女にさすがに焦りを感じる。
ひょっとしたら体質的にものすごく合わなかったのかもしれない。
死に至ることはないにしても、何か彼女の健康を害することがあったりしたら!
そう思うといてもたってもいられず、手早くタオルで彼女の肩口を拭いた、瞬間。
「あっ……」
小さく、彼女が
……あ、喘いだ?
このたった一言で、いや一文字だ。
たったこれだけのことで、僕の意識が全部持っていかれたのがわかった。
「サクラ……」
こんなことはいけない、まずいとどこかで思いつつも、タオルを離して直に彼女に触れたくてたまらなかった。
欲望のまま、するりと肩に手を滑らせれば、
「……っ」
目を閉じ吐息だけ吐いて、サクラが小さく身体を震わせた。
「ド、ニー……」
「サクラ……」
ゆっくりと目を開けるサクラ。
ああ、目の前には大好きな彼女がいる。
すぐ前に、愛らしい唇が、ある。
サクラの手が、僕の胸へ伸ばされた。
それに応えるように、僕は彼女のおとがいに指をかけー
た、ところで。
「ドーニー!!ねえねえ、言ってた部品できたー!?」
突然、何の前触れもなく大声と共に部屋のドアが開けられた。
「……」
「……」
「……」
「あ!!あー!ドニーがサクラちゃんとエッチなことしてるー!!!」
最初にフリーズから復旧したマイキーの大声が響くや否や、家のあちこちからガタンッ!!だのゴットーン!!だの大きな音が聞こえた。
ー今のはあれだな、瞑想中のレオが驚愕のあまり床に倒れ込んだのと、筋トレしてたラフがバーベル落とした音だな……。
ーあれ?なんか僕冷静……?ドキドキしたのって、興奮剤のせいじゃなかったのか……?
そこまで考えたところで、目の前のサクラがマイキーに負けず劣らずの声量で悲鳴をあげてくれた。
と、ものすごい足音と共にものの数秒で兄弟たちがマイキーの横から顔を出した。
「ドニー、何やってるんだ!」
「お前っ!とうとうイカレちまったのかよっ!」
マイキーはそんな兄たちに囲まれてニヤニヤしてる。
僕?僕はとうにサクラから離れて痴漢の無罪主張よろしく両手を宙に挙げていたよ。
……サクラは、恥ずかしさでタオルに顔をうずめてたけどね。
「僕が愛する彼女を手篭めにするような男に見えるとでも?」
すっかり冷静さを取り戻した僕はジト目で兄弟たちに聞いてやったんだけどさ。
「お前ならやりかねねぇ……」
「日本ドラマの、きゃー!お代官様ー!!みたいなの?面白そー!!」
「……おっ、俺はドニーを信じるぞ!」
前2人はあとでシメるの確定として。
ちょっと長男、その直前の沈黙はなんなの。
場合によっては前2人よりもしっかりとシメなくちゃなんだけど。
「もうやだー!ドニーの馬鹿ー!!!」
あーあ、サクラは恥ずかしさで泣き出しちゃったし。
さっきまでの色っぽさはすっかりとなりを潜め、彼女はもういつものキュートな雰囲気をまとっていた。
ーさっきの高鳴りは……なんだったんだ?こんなすぐに冷静になるなんて、僕達には興奮剤が効かなかったってこと?じゃ、なんであんな……雰囲気に?
頭を巡る思考は切れることがなかったけれど、それよりも今はとにかく。
「一体誰がこの場を収めてくれるのかな?」
ーまずはサクラに馬鹿と呼ばれる羽目になった最大の原因の、末っ子からおしおきかな?
そんな僕の気配に気づいて逃げ出し始めた兄弟たちを追いかけるべく、笑顔を浮かべて立ち上がった。
++++++++++
頭の中でお仕置きシミュレーションを展開しながら立ち上がった僕の耳に、すんすん、としゃくりあげる音が聞こえた。
振り返れば、いまだサクラが真っ赤になった頬に涙の筋を作っている。
「ああ、サクラ、ごめんよ」
明るく天真爛漫な彼女からしてみれば、恋人との甘い雰囲気を覗かれるなんて恥ずかしくてたまらないことだろう。
マイキーに悪気はないとはいえ、彼女のとまどいはいかほどか。
丸くなっている背に腕を回し、華奢な身体をそっと抱きしめた。
「ごめんね。でもマイキーに悪気はないんだ。わかってやってくれるかな?」
優しくその背を撫ぜれば
「ん、わかってる。大丈夫よ……ただ」
「ただ……?」
言葉の止まったサクラが心配で、その顔を覗き込んだ。
ナミダの浮かんだ大きな瞳が、僕を見つめる。
「は、恥ずかしくって、ね……?なんだか、涙が止まらないの」
『潤んだ瞳で頬を染めて恥じらう最愛の彼女』
というものが、こんなにも破壊力のある存在だったなんて。
そんなの、初めて知ったな。
迫り上がってくる何かに突き動かされるまま、しきりに涙を拭う彼女の手をやんわりと制す。
おとがいに手をかけて。
今度こそ。
「ドニー……?っ、んっぅ」
僕の行動に不思議そうな顔をしてる彼女の隙を見てキスするなんて、卑怯だったかな。
でも仕方ないんだ。
そんな顔見ちゃったら、触れずにいられない。
ちゅ、ちゅ、と小さな水音が耳に届く。
それは僕とサクラの唇から発しているんだと実感するほどに、動悸は激しくなっていく。
きっとサクラも同じなんだろう。
零れ続けていた涙はいつしか止まっていて、僕の唇を追うことに懸命になっているみたいだった。
ーあんな薬なんかなくたって
ー君さえいれば、この胸はいつでも高鳴っちゃうみたいだ
すでに僕の頭からはお仕置きのことは消え失せていて。
彼女を床に押し倒しながらぼんやり考えるのは、次はどこへキスしようか?ということだけになっていた。
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