桜のもと、君と一緒に
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「はあ、すっかり暖かくなってきたねー」
「ほんとー。オイラ今朝起きた時、毛布剥いじゃってた」
「あ、それわかる」
くすくすと顔を寄せ合い笑い合うのはミケランジェロとサワコ。
大分春めいてきた陽射しのもと、2人は我が家からほど近いビルの屋上でゆったりと日向ぼっこをしていた。
「3人も来ればよかったのにねえ」
「ほんとにねえ」
同じように語尾を伸ばし、また顔を見合わせてにこりと笑い合う。
「ふわぁ……あーオイラもう我慢できないかも。このまま寝ちゃいそー」
両腕を挙げてぐーっと伸びをしつつ欠伸をしたミケランジェロが、のんびりとした声を上げた。
「ふ……わ、ぁ」
ぽかぽか陽気にもつられたわけでもないだろうが、サワコも誘惑に勝てずその口を開いて欠伸をした、ところで
「ん……?あれなんだろ?」
見渡す景色の遥か先、ビル群に埋もれた一角に、薄桃色の小さな塊を見つけた。
「どしたの?」
「うん、ほらずーっと遠くの、あっちの方のビルとビルの間にピンク色の塊があるでしょ?あれ、ひょっとして桜かな、って……」
「んー……?あ、あー!うんうん、あれねー」
目を眇めてサワコが指し示す方を見つめていたミケランジェロの声が、明るくなった。
「マイキー、知ってるの?」
「うん、あの辺小さい公園があって、1回だけみんなで行ったことあるから。そこだと思う」
「公園が?知らなかった」
「で、お察しの通り、あの塊はサクラだよー」
「やっぱり!!」
何気なく答えただけだったのだが、サワコの声音が予想していた以上に明るい。
その顔を見れば、心なしか普段以上にその瞳がきらめいているように見える。
「……サクラ、好きなの?」
「うん!!」
これまた何気なく問うと。
弾けるような笑顔と共に、サワコが即答した。
ーうわ
ー今の顔
ーすっごく、可愛いー……
何の心の準備もなく垣間見たサワコの笑顔の破壊力は、想像以上で。
ミケランジェロの心臓はなす術なく、途端に強く拍動し始めた。
「……そっか、サワコちゃんてサクラ好きだったんだ」
とにかく何か会話を、とさほど考えもせず適当な相槌を口にする。
彼女が返答を考える間に、この騒がしい心臓を少しでもおとなしくさせなければ格好がつかない。
「うん、大好き!……というか、たぶん、日本人で桜が嫌いな人は少ないんじゃないかと思うわ。勿論苦手な人もいるのかもしれないけれど」
まあ確かに言われてみれば、花に対して好き嫌い、というのはあまり聞かないかもしれない。
自分だって嫌いな花なんてーーなどとミケランジェロが内心考えていると、
「あ、花だから好きも嫌いもないんじゃないか、っていうことじゃなくてね。えっと、どう言えばいいのかしら。なんていうか……」
自分の思考を引き継いだかのように、サワコが話し出す。
「うーんと……日本人にとって桜って、きっと、すごくたくさんの意味において特別なんだと思うの」
「ふー……ん?」
真剣な表情でキリッと呟いた彼女には申し訳ないが、正直なところいまいちピンと来ない。
ーサクラ、サクラねえ……
ーまあ、確かに日本の象徴っぽくはあるけどー……
ーでもニューヨークにもサクラの名所はあるし……
そんなことをつらつら考えていたミケランジェロだったが。
「まあそんな難しい感慨は抜きにしても、とにかく綺麗だしね。桜って!」
少しばかり照れたように微笑んだサワコに、瞬く間に思考が彼女で満たされてしまった。
ミケランジェロが再び騒ぎ出した心臓に四苦八苦していると、
「いいなあ、見に行ってみたいなあ……」
サワコが笑みを崩さぬまま遠くを見つめ、ごく小さく呟いた。
「……」
彼女に想いを寄せるようになってはや数ヶ月。
今まで、好きになったら気持ちなんてすぐ伝えられるものだと思っていた。
そう、「好き」なら「好き」と言えばいいだけーー。
ドラマや映画の主人公たちの一進一退を楽しみながらも、どこかまどろっこしいと感じていたのも、事実で。
「好き」と伝えて、もし同じく「好き」と言ってもらえなかったらーー?
そう考えるだけで、怖い、と思った。
けれど、会えれば、話せればーーただそれだけでそんな恐怖は吹き飛んで。
代わりに胸を満たすのは、こそばゆくもあたたかい、純粋な喜び。
サワコに恋をしそんな想いに揺れる日々は、初めて知る感情に溢れていた。
ーオイラ、サワコちゃんが喜ぶなら……なんだってしてあげたい
ーあの公園、ちょっと距離あるけど……そんなの関係ないもんね
彼女のことを思うだけで、不思議なほどみるみるうちに湧き上がってくる強い思いがある。
ーよし。待ってて、サワコちゃん
ーあのサクラ、一緒に見に行こう!!
その思いに背中を押されるように、ミケランジェロは心のうちで力強く決心した。
++++++++++
計画は、翌日から早速開始された。
サワコを誘って桜を見に行くのだ。
そう、これは、まごうことなき「デート」。
下準備をしないでふらっと行くーーなんてことはとてもできない。
ー万全の準備をしていかなきゃね。なんたってサワコちゃんとの初めてのデートなんだから!
本来こういうことは得意ではないが、サワコのためならなんだってできる。
その一念で、自室のベッドの上で1人、じっと考えをまとめる。
ー2人でゆっくりサクラを見たいから、まずは人が完全にいなくなる時間帯を調べなきゃでしょ。とすると夜の公園の様子を見に行ってみないと……
ーあっ!夜見るとなるとライトアップ?でもあそこの公園のサクラ、確かほんの一角にしかなかったからライトアップとかされてるのかわかんないや、それも調べてこなきゃ
ーとにかく、今晩まずは1回行ってみて、それでもしライトがなかったら準備して……
この計画は、何はなくても時間との勝負である。
なんといっても、サクラが咲いてる間でなければ意味がないのだから。
それはどうしたって譲れない条件だ。
昨日屋上から見た限りでは、大分咲き誇っていたようなーー
いや、どうみても満開、だった。
「ん」
ふと思い当たった可能性に、急いで携帯を操作しここ数日の天気予報を確認した。
と、なんとも運の悪いことにしあさっては朝から大雨、との表示。
「えーー!?」
だとするとーー
ーサクラが散っちゃう前、遅くても明後日には一緒に観に行くとして……
ーうっわ、今日と明日で準備しなきゃいけないんじゃん!!
思い当たったことに、一瞬
ーたった2日で、準備できるかな……
ちらりと頭をよぎった思い。
考えてみれば、自分がセッティングなどしなくてもサワコは個人的に見に行くかもしれない。
いくらやや遠いとはいえ、1人で行くかもしれないし、友人と見に行くかもしれないではないか。
いや、ひょっとしたらーー
恋人と、見に行くかもしれない。
いや、恋人がいるとは聞いたことはない、はず。
……いないとも、聞いたことはないけれど。
恋人のことにまで考えが至った途端、自分の中にある「サワコのためならなんだって」という思いが崩れかかるのを感じた。
今まで何度も聞こうとして聞けなかったーー恋人の有無。
ーやっぱり、いるのかなあ……
ーでもでも、オイラだって負けてないとおもうんだよね!オイラとサワコちゃん、仲良いしさあ!!
そう自らを励ましながらもぐんぐん重くなっていく心、
ーっ、とと、
に、意識してブレーキをかけた。
ー今はそのことは置いておかなきゃ……
ーそうそう、今は、サワコちゃんとのお花見デートを、どうするか!!
当初の思考から大分ずれてしまっていることに気づき、慌てて脳内を軌道修正する。
その時、ふと、
ー『いいなあ、見に行ってみたいなあ……』
ほうっと蕩けるような表情でそう呟いたサワコの横顔が思い起こされた。
そして、連動してするすると湧き上がった“ サワコを花見に連れて行ってあげたい”という思い。
いや。
より正確にいうならば、
サワコを花見に“連れていきたい”という、自分の意思ーー
だった。
ーそっか
ーサワコちゃんが個人的に行くかも、とか、友達と行くかも、とか、恋人と……行くかも、とか!そういうことは、一旦置いといていいんだ
ーだって、オイラが連れていきたいんだもん
ーだから、準備して、誘えばいいんだよ
ーもし、『もう行ったからいい』とか断られたとしたらさ、
「そん時はそん時。じゃあ次の機会にねって言って、また誘えばいいだけなんだから」
自分で思いついたこのことが、ぐるぐると迷路を彷徨っていた己の思考に大きな通り道を作ってくれたようだった。
頭が、思考が、なんとも清々しい。
そうなってくると面白いもので、彼女のことを想って準備しようという今この時が、途端に楽しくてたまらなくなった。
いまや、ミケランジェロはその瞳を輝かせてつい先ほどとは別人のような表情をしていた。
ーそう。『サワコちゃんのため』っていうのもあるけど、それと同じくらいに
ーオイラが、そうしたいんだもんね!!
「よっし、そうと決まればーー」
頭の中で次々に展開される計画を最短でこなしていくために、ミケランジェロは、まずドナテロの部屋へと足を向けた。
++++++++++
2日後の、夕方。
ミケランジェロは、目の下にうっすらとクマを作りながらもその顔に笑みを浮かべてサワコの来訪を今か今かと待ち望んでいた。
ーよかった、サワコちゃんが了解してくれて
「連れていきたいところがあるが、場所は内緒」
と誘った今回のサプライズデート。
彼女は少し驚きつつ、でもとても嬉しそうに
『うん!行きたい!!』
と笑顔を見せてくれた。
あの時のサワコの笑顔が、頭から離れない。
何度反芻しても、それだけで心が暖かくなる。
ー嬉しいなあ
ー楽しい、なあ
ーサワコちゃんが喜んでくれるかな、気に入ってくれるかなって、そう考えてるこの時間……
「すっごく楽しいー!!」
「……おい、アイツ大丈夫かよ?」
満面の笑顔で叫んだかと思いきや、ソファに座ったり立ったりと落ち着かない様子のミケランジェロをこっそりキッチンから窺いつつ、ラファエロが誰にともなく呟いた。
「ああ……なんだか、一昨日昨日と夜中に出かけてたみたいなんだよな。一昨日気づいた時に叱ったんだが、『サワコのためなんだ』って言い張って……」
屈んでいるラファエロの頭の上から同じくこっそりとリビングを見つめているレオナルドが、声に心配げな色を含ませ同調すると、
「確かにやけに張り切ってたよねー……。付き合わされたこっちもなかなか骨が折れたよ」
レオナルドの上から同じくリビングを窺っていたドナテロが、ため息混じりに応えた。
「で?アイツは一体何を準備してたんだ?何回聞いても『内緒』だの、『サワコにしか教えねえ』だの……」
リビングから視線を逸らして立ち上がり、くるりとドナテロに向き直ったラファエロが苛立ちを隠すことなく口にする。
「ドニー、お前知ってんだろ?なんか一緒にこそこそやってたんだからよ?」
「え?僕?」
ラファエロとレオナルド、2人に揃って視線を向けられたドナテロは、
「僕は何にも知らないって。頼まれたのは公園のサクラに照明を設置することだけだし」
「公園の、サクラ…?」
「なんだそりゃ?」
予想外のドナテロの言葉に、2人は思わず顔をしかめた。
「マイキー、サクラの花を照らして欲しいって言ってさあ。ほら、昔みんなで行ったことのある小さい公園の。で、照明を半日で作ってその日の夜に設置する羽目になって。おかげで他の作業が全部後回しだよ」
「何のために?」
至極当然の疑問を口にしたレオナルドに、ドナテロは
「そりゃあ……ライトアップするんだから夜にサクラを見るため、だろうねぇ」
と肩をすくめてみせた。
「夜にサクラを見るって……」
「ひょっとして、サワコと……ってこと、か?」
呟いて考え込んだレオナルドの言葉を受けラファエロがやや驚いたように口にすると、
「ラフ、御名答。今日これからサワコ来るっていうし、それしか考えられないよね」
ドナテロの目がきらりと光った。
「マイキーのやつ、やーっと決心したんでしょ。傍から見ててアイツの気持ちってまるわかりだったじゃない?もう、こっちとしてはもどかしくってさあ」
「確かに、な。……そっか、やっと腹括ったのかアイツは」
好きな女性のため勇気を振り絞った末っ子を、ドナテロとラファエロが笑顔を浮かべつつ称えているとーー
「アイツの気持ちって……なんだ?」
レオナルドが真顔で2人を凝視した。
「……お前、気づいてなかったのか?」
「気づくって……何を?」
「……」
きょとんと己を見つめたままの兄を前に、ラファエロは言葉を失っている。
「……ねえレオ、それ本気で言ってる?」
「ああ」
さも不思議そうに即答した兄に対し、ドナテロは表情を変えないまま、
「わーお……」
と呟いたきり黙りこくってしまった。
「おい、ラフ、マイキーの気持ちって」
「……」
真面目な表情で問いかけてくる兄に、どこから説明してやればいいものかーー
ラファエロは頭を掻きつつげんなりとレオナルドを見つめるのだった。
++++++++++
兄弟たちがひそやかにミケランジェロの心配をしていた時から数時間後。
すっかり日も落ち幾分肌寒さを感じる夜の公園に、ミケランジェロとサワコの姿があった。
サワコは目を瞑ったまま、ミケランジェロに横抱きにされている。
そんな彼女をミケランジェロはそうっと地面へと降ろす。
「はい、到着!」
「う、うん……。ねえマイキー、目、開けてもいい?」
脚が地面についてほっとしたものの、出発のときから目を瞑るように言われていたサワコは不安げな様子でミケランジェロから離れようとしない。
「えっとね、じゃあいち、にの、さんで目開けて?」
「わ、わかったー」
素直に目を瞑ったままのサワコに優しく微笑みかけると、ミケランジェロは手に持ったリモコンをぐっと握り締めーー
「いくよー。いち、にの」
「さんっ!!」
自分の合図にサワコがそっと目を開けたのを確認し、間髪入れず手元のリモコンのスイッチを入れた。
すると、
ドナテロに頼んでおいた照明が、柔らかな光で薄桃色の桜を夜空に浮かび上がらせた。
「っ……桜……」
「へへっ。うん、こないだサワコちゃんが見たいって言ってたサクラだよ」
サワコは息を飲み、頭上を彩る桜を見上げている。
「ほんとは昼間に一緒に見たかったんだけど、それはちょーっと難しいからさ、ドニーに頼んで……」
「……ど、どうしよう」
「え?」
驚くサワコの反応に嬉々として説明を続けていたミケランジェロだったが、不意に彼女が口にしたセリフに思わずその身を固まらせる。
焦ってサワコを見れば、その目がどことなく潤み始めているではないか。
「え、えっ!?サワコちゃん??」
良かれと思ってしたことが、彼女を泣かせてしまったのだろうか?
だがしかし、何故?
彼女の言動の意味がわからずあたふたとするミケランジェロの耳に、
「す、好きなひとと一緒に、こんな素敵なもの見ちゃった……。どうしよう、幸せ……」
ふと届いた彼女の声。
「サワコ、ちゃん……?」
「どうしよ……」
ーすきなひと、って
ー一緒に、って
ーえ、え、オイラのこと……でいいんだよ、ね?
「ね、ねえサワコちゃん、今のって……!!」
喜んでいいのだろうか、いや、確かにそう聞こえた。
だから、良いとは思うのだがーー
しかしなんとも確証が持てない。
やはり、彼女からきちんとした愛の言葉を聞きたいというもの。
逸る気持ちを抑えて真正面から彼女に向き直る。
「嬉しいよう……」
焦るミケランジェロをよそに、サワコは両手で口元を押さえつつその両目を潤ませて桜とミケランジェロを交互に見つめている。
「まさか一緒にお花見できるなんて、思ってもいなかったから……」
「……ありがとうマイキー。本当に嬉しい」
幾分涙に濡れた声で微笑んだ彼女の目から、ふいにぽろりときれいなひと滴が零れ落ちた。
サワコはその滴を拭うと
「なんて綺麗なのかしら……」
再び桜を見上げた。
暗闇に灯る暖かなオレンジ色の光の中を、はらり、はらりと舞い落ちる桜。
その中に佇む、愛しいサワコ。
つぶらな瞳は、滲む涙でその潤みを増していて。
ふっくりとした唇は、緩やかに笑みをかたどっていて。
ふいにそよいだ風に、ざあ、と桜が震えれば、一斉に花びらが舞い散った。
サワコの艶やかな黒髪が、風になびいて闇夜に溶ける。
彼女が指先で、揺れる髪をそっと押さえる。
「うん、すっごく……綺麗、だ……」
つい先ほどまで浮かんでいた急いた気持ちは、あっという間に消え失せて。
ミケランジェロは、まるで絵画のようなサワコの姿から目を逸らすことができずにいた。
こうしてずっとずっと、彼女を見つめていたい。
誰よりも、近くで。
「ね、綺麗だね」
いまだ潤んでいる瞳に笑みを浮かべ、サワコがこちらを向いた。
「サワコちゃん……」
その名を呟き、彼女へと歩み寄る。
今の風のせいか、サワコの髪には薄桃色の花弁がいくつか絡まっていてーー
無意識に、そのうちのひとつへと指を伸ばす。
「?マイキー?」
「ほら、サクラの花びら。髪にくっついちゃってたよ」
「あ、ほんと?……ふふ、それだけ綺麗な色と形だと、髪飾りみたいね。ずっとくっつけていたくなっちゃう」
己が摘んだ小さな花弁を目の前にかざしてやれば、サワコが小さく笑った。
ーああ、もう
瞬間、ミケランジェロの中で何かが大きく膨らんでーー
その衝動に突き動かされるまま、サワコの額へそっと唇を寄せた。
「……」
唇を離し、茫然としている彼女と視線を合わせる。
「大好きだよ、サワコちゃん」
「マ、イキー……」
「大好きなんだ、君が。オイラ、ずっと前から、好きだったんだ。今も、この瞬間も、大好きなんだ」
「……っ」
ミケランジェロの言葉に、サワコが息を呑む。
その眉はしかめられ、今にも泣きそうで。
ーあああ、
ー言っちゃった
ーこんなふうにいきなり伝えるつもりなんかなかったのに……!
「……」
「……」
訪れた「間」に、途端に跳ね回り始める心臓。
無意識で行動してしまった自分を受け止めきれず、何を考えても心はまとまらない。
目の前のサワコの表情に、その心は徐々に重みを増していく。
心が、冷えはじめる。
しかし次の瞬間、彼女は小さく息を吐くと口を開きーー
「わ、私も……ずっと前から、大好き、だった。この瞬間も、マイキー、あなたが……」
「大好き、なの」
その頬を、柔らかく緩ませた。
「へへ……っ」
サワコの言葉に、その表情に、思わず漏れ出た自分の笑み。
「……ふふっ」
顔を見合わせ、微笑み合う。
そのままミケランジェロは、互いの息がかかるほど、さらに顔を寄せた。
「……」
「サワコちゃん、こっち向いて?」
至近距離での見つめ合いに耐えきれなくなったのかーー
ふいに俯いてしまったサワコのおとがいに、そっと指をかける。
「で、でも、なんだか恥ずかしくて……」
「向いてくれなきゃ……キス、出来ないよ?」
「……!!」
「……ね?」
「ん……」
消え入りそうな声で呟くサワコ。
おとがいにかけた指に優しく力を込めると、抵抗なくその顔は自分を向いた。
心なしかこわばってしまっているサワコに微笑んでやれば、その頬を桜色に染めた彼女がはにかみながら柔らかな笑みを返してくれて。
互いに穏やかな笑みを絶やさぬまま、2人はそっと瞳を閉じて、優しく唇を重ね合わせた。
暗闇に暖かく浮かび上がる灯りの中。
桜のもとでひとつとなったその影は、しばらく離れることはなかった。
終
「ほんとー。オイラ今朝起きた時、毛布剥いじゃってた」
「あ、それわかる」
くすくすと顔を寄せ合い笑い合うのはミケランジェロとサワコ。
大分春めいてきた陽射しのもと、2人は我が家からほど近いビルの屋上でゆったりと日向ぼっこをしていた。
「3人も来ればよかったのにねえ」
「ほんとにねえ」
同じように語尾を伸ばし、また顔を見合わせてにこりと笑い合う。
「ふわぁ……あーオイラもう我慢できないかも。このまま寝ちゃいそー」
両腕を挙げてぐーっと伸びをしつつ欠伸をしたミケランジェロが、のんびりとした声を上げた。
「ふ……わ、ぁ」
ぽかぽか陽気にもつられたわけでもないだろうが、サワコも誘惑に勝てずその口を開いて欠伸をした、ところで
「ん……?あれなんだろ?」
見渡す景色の遥か先、ビル群に埋もれた一角に、薄桃色の小さな塊を見つけた。
「どしたの?」
「うん、ほらずーっと遠くの、あっちの方のビルとビルの間にピンク色の塊があるでしょ?あれ、ひょっとして桜かな、って……」
「んー……?あ、あー!うんうん、あれねー」
目を眇めてサワコが指し示す方を見つめていたミケランジェロの声が、明るくなった。
「マイキー、知ってるの?」
「うん、あの辺小さい公園があって、1回だけみんなで行ったことあるから。そこだと思う」
「公園が?知らなかった」
「で、お察しの通り、あの塊はサクラだよー」
「やっぱり!!」
何気なく答えただけだったのだが、サワコの声音が予想していた以上に明るい。
その顔を見れば、心なしか普段以上にその瞳がきらめいているように見える。
「……サクラ、好きなの?」
「うん!!」
これまた何気なく問うと。
弾けるような笑顔と共に、サワコが即答した。
ーうわ
ー今の顔
ーすっごく、可愛いー……
何の心の準備もなく垣間見たサワコの笑顔の破壊力は、想像以上で。
ミケランジェロの心臓はなす術なく、途端に強く拍動し始めた。
「……そっか、サワコちゃんてサクラ好きだったんだ」
とにかく何か会話を、とさほど考えもせず適当な相槌を口にする。
彼女が返答を考える間に、この騒がしい心臓を少しでもおとなしくさせなければ格好がつかない。
「うん、大好き!……というか、たぶん、日本人で桜が嫌いな人は少ないんじゃないかと思うわ。勿論苦手な人もいるのかもしれないけれど」
まあ確かに言われてみれば、花に対して好き嫌い、というのはあまり聞かないかもしれない。
自分だって嫌いな花なんてーーなどとミケランジェロが内心考えていると、
「あ、花だから好きも嫌いもないんじゃないか、っていうことじゃなくてね。えっと、どう言えばいいのかしら。なんていうか……」
自分の思考を引き継いだかのように、サワコが話し出す。
「うーんと……日本人にとって桜って、きっと、すごくたくさんの意味において特別なんだと思うの」
「ふー……ん?」
真剣な表情でキリッと呟いた彼女には申し訳ないが、正直なところいまいちピンと来ない。
ーサクラ、サクラねえ……
ーまあ、確かに日本の象徴っぽくはあるけどー……
ーでもニューヨークにもサクラの名所はあるし……
そんなことをつらつら考えていたミケランジェロだったが。
「まあそんな難しい感慨は抜きにしても、とにかく綺麗だしね。桜って!」
少しばかり照れたように微笑んだサワコに、瞬く間に思考が彼女で満たされてしまった。
ミケランジェロが再び騒ぎ出した心臓に四苦八苦していると、
「いいなあ、見に行ってみたいなあ……」
サワコが笑みを崩さぬまま遠くを見つめ、ごく小さく呟いた。
「……」
彼女に想いを寄せるようになってはや数ヶ月。
今まで、好きになったら気持ちなんてすぐ伝えられるものだと思っていた。
そう、「好き」なら「好き」と言えばいいだけーー。
ドラマや映画の主人公たちの一進一退を楽しみながらも、どこかまどろっこしいと感じていたのも、事実で。
「好き」と伝えて、もし同じく「好き」と言ってもらえなかったらーー?
そう考えるだけで、怖い、と思った。
けれど、会えれば、話せればーーただそれだけでそんな恐怖は吹き飛んで。
代わりに胸を満たすのは、こそばゆくもあたたかい、純粋な喜び。
サワコに恋をしそんな想いに揺れる日々は、初めて知る感情に溢れていた。
ーオイラ、サワコちゃんが喜ぶなら……なんだってしてあげたい
ーあの公園、ちょっと距離あるけど……そんなの関係ないもんね
彼女のことを思うだけで、不思議なほどみるみるうちに湧き上がってくる強い思いがある。
ーよし。待ってて、サワコちゃん
ーあのサクラ、一緒に見に行こう!!
その思いに背中を押されるように、ミケランジェロは心のうちで力強く決心した。
++++++++++
計画は、翌日から早速開始された。
サワコを誘って桜を見に行くのだ。
そう、これは、まごうことなき「デート」。
下準備をしないでふらっと行くーーなんてことはとてもできない。
ー万全の準備をしていかなきゃね。なんたってサワコちゃんとの初めてのデートなんだから!
本来こういうことは得意ではないが、サワコのためならなんだってできる。
その一念で、自室のベッドの上で1人、じっと考えをまとめる。
ー2人でゆっくりサクラを見たいから、まずは人が完全にいなくなる時間帯を調べなきゃでしょ。とすると夜の公園の様子を見に行ってみないと……
ーあっ!夜見るとなるとライトアップ?でもあそこの公園のサクラ、確かほんの一角にしかなかったからライトアップとかされてるのかわかんないや、それも調べてこなきゃ
ーとにかく、今晩まずは1回行ってみて、それでもしライトがなかったら準備して……
この計画は、何はなくても時間との勝負である。
なんといっても、サクラが咲いてる間でなければ意味がないのだから。
それはどうしたって譲れない条件だ。
昨日屋上から見た限りでは、大分咲き誇っていたようなーー
いや、どうみても満開、だった。
「ん」
ふと思い当たった可能性に、急いで携帯を操作しここ数日の天気予報を確認した。
と、なんとも運の悪いことにしあさっては朝から大雨、との表示。
「えーー!?」
だとするとーー
ーサクラが散っちゃう前、遅くても明後日には一緒に観に行くとして……
ーうっわ、今日と明日で準備しなきゃいけないんじゃん!!
思い当たったことに、一瞬
ーたった2日で、準備できるかな……
ちらりと頭をよぎった思い。
考えてみれば、自分がセッティングなどしなくてもサワコは個人的に見に行くかもしれない。
いくらやや遠いとはいえ、1人で行くかもしれないし、友人と見に行くかもしれないではないか。
いや、ひょっとしたらーー
恋人と、見に行くかもしれない。
いや、恋人がいるとは聞いたことはない、はず。
……いないとも、聞いたことはないけれど。
恋人のことにまで考えが至った途端、自分の中にある「サワコのためならなんだって」という思いが崩れかかるのを感じた。
今まで何度も聞こうとして聞けなかったーー恋人の有無。
ーやっぱり、いるのかなあ……
ーでもでも、オイラだって負けてないとおもうんだよね!オイラとサワコちゃん、仲良いしさあ!!
そう自らを励ましながらもぐんぐん重くなっていく心、
ーっ、とと、
に、意識してブレーキをかけた。
ー今はそのことは置いておかなきゃ……
ーそうそう、今は、サワコちゃんとのお花見デートを、どうするか!!
当初の思考から大分ずれてしまっていることに気づき、慌てて脳内を軌道修正する。
その時、ふと、
ー『いいなあ、見に行ってみたいなあ……』
ほうっと蕩けるような表情でそう呟いたサワコの横顔が思い起こされた。
そして、連動してするすると湧き上がった“ サワコを花見に連れて行ってあげたい”という思い。
いや。
より正確にいうならば、
サワコを花見に“連れていきたい”という、自分の意思ーー
だった。
ーそっか
ーサワコちゃんが個人的に行くかも、とか、友達と行くかも、とか、恋人と……行くかも、とか!そういうことは、一旦置いといていいんだ
ーだって、オイラが連れていきたいんだもん
ーだから、準備して、誘えばいいんだよ
ーもし、『もう行ったからいい』とか断られたとしたらさ、
「そん時はそん時。じゃあ次の機会にねって言って、また誘えばいいだけなんだから」
自分で思いついたこのことが、ぐるぐると迷路を彷徨っていた己の思考に大きな通り道を作ってくれたようだった。
頭が、思考が、なんとも清々しい。
そうなってくると面白いもので、彼女のことを想って準備しようという今この時が、途端に楽しくてたまらなくなった。
いまや、ミケランジェロはその瞳を輝かせてつい先ほどとは別人のような表情をしていた。
ーそう。『サワコちゃんのため』っていうのもあるけど、それと同じくらいに
ーオイラが、そうしたいんだもんね!!
「よっし、そうと決まればーー」
頭の中で次々に展開される計画を最短でこなしていくために、ミケランジェロは、まずドナテロの部屋へと足を向けた。
++++++++++
2日後の、夕方。
ミケランジェロは、目の下にうっすらとクマを作りながらもその顔に笑みを浮かべてサワコの来訪を今か今かと待ち望んでいた。
ーよかった、サワコちゃんが了解してくれて
「連れていきたいところがあるが、場所は内緒」
と誘った今回のサプライズデート。
彼女は少し驚きつつ、でもとても嬉しそうに
『うん!行きたい!!』
と笑顔を見せてくれた。
あの時のサワコの笑顔が、頭から離れない。
何度反芻しても、それだけで心が暖かくなる。
ー嬉しいなあ
ー楽しい、なあ
ーサワコちゃんが喜んでくれるかな、気に入ってくれるかなって、そう考えてるこの時間……
「すっごく楽しいー!!」
「……おい、アイツ大丈夫かよ?」
満面の笑顔で叫んだかと思いきや、ソファに座ったり立ったりと落ち着かない様子のミケランジェロをこっそりキッチンから窺いつつ、ラファエロが誰にともなく呟いた。
「ああ……なんだか、一昨日昨日と夜中に出かけてたみたいなんだよな。一昨日気づいた時に叱ったんだが、『サワコのためなんだ』って言い張って……」
屈んでいるラファエロの頭の上から同じくこっそりとリビングを見つめているレオナルドが、声に心配げな色を含ませ同調すると、
「確かにやけに張り切ってたよねー……。付き合わされたこっちもなかなか骨が折れたよ」
レオナルドの上から同じくリビングを窺っていたドナテロが、ため息混じりに応えた。
「で?アイツは一体何を準備してたんだ?何回聞いても『内緒』だの、『サワコにしか教えねえ』だの……」
リビングから視線を逸らして立ち上がり、くるりとドナテロに向き直ったラファエロが苛立ちを隠すことなく口にする。
「ドニー、お前知ってんだろ?なんか一緒にこそこそやってたんだからよ?」
「え?僕?」
ラファエロとレオナルド、2人に揃って視線を向けられたドナテロは、
「僕は何にも知らないって。頼まれたのは公園のサクラに照明を設置することだけだし」
「公園の、サクラ…?」
「なんだそりゃ?」
予想外のドナテロの言葉に、2人は思わず顔をしかめた。
「マイキー、サクラの花を照らして欲しいって言ってさあ。ほら、昔みんなで行ったことのある小さい公園の。で、照明を半日で作ってその日の夜に設置する羽目になって。おかげで他の作業が全部後回しだよ」
「何のために?」
至極当然の疑問を口にしたレオナルドに、ドナテロは
「そりゃあ……ライトアップするんだから夜にサクラを見るため、だろうねぇ」
と肩をすくめてみせた。
「夜にサクラを見るって……」
「ひょっとして、サワコと……ってこと、か?」
呟いて考え込んだレオナルドの言葉を受けラファエロがやや驚いたように口にすると、
「ラフ、御名答。今日これからサワコ来るっていうし、それしか考えられないよね」
ドナテロの目がきらりと光った。
「マイキーのやつ、やーっと決心したんでしょ。傍から見ててアイツの気持ちってまるわかりだったじゃない?もう、こっちとしてはもどかしくってさあ」
「確かに、な。……そっか、やっと腹括ったのかアイツは」
好きな女性のため勇気を振り絞った末っ子を、ドナテロとラファエロが笑顔を浮かべつつ称えているとーー
「アイツの気持ちって……なんだ?」
レオナルドが真顔で2人を凝視した。
「……お前、気づいてなかったのか?」
「気づくって……何を?」
「……」
きょとんと己を見つめたままの兄を前に、ラファエロは言葉を失っている。
「……ねえレオ、それ本気で言ってる?」
「ああ」
さも不思議そうに即答した兄に対し、ドナテロは表情を変えないまま、
「わーお……」
と呟いたきり黙りこくってしまった。
「おい、ラフ、マイキーの気持ちって」
「……」
真面目な表情で問いかけてくる兄に、どこから説明してやればいいものかーー
ラファエロは頭を掻きつつげんなりとレオナルドを見つめるのだった。
++++++++++
兄弟たちがひそやかにミケランジェロの心配をしていた時から数時間後。
すっかり日も落ち幾分肌寒さを感じる夜の公園に、ミケランジェロとサワコの姿があった。
サワコは目を瞑ったまま、ミケランジェロに横抱きにされている。
そんな彼女をミケランジェロはそうっと地面へと降ろす。
「はい、到着!」
「う、うん……。ねえマイキー、目、開けてもいい?」
脚が地面についてほっとしたものの、出発のときから目を瞑るように言われていたサワコは不安げな様子でミケランジェロから離れようとしない。
「えっとね、じゃあいち、にの、さんで目開けて?」
「わ、わかったー」
素直に目を瞑ったままのサワコに優しく微笑みかけると、ミケランジェロは手に持ったリモコンをぐっと握り締めーー
「いくよー。いち、にの」
「さんっ!!」
自分の合図にサワコがそっと目を開けたのを確認し、間髪入れず手元のリモコンのスイッチを入れた。
すると、
ドナテロに頼んでおいた照明が、柔らかな光で薄桃色の桜を夜空に浮かび上がらせた。
「っ……桜……」
「へへっ。うん、こないだサワコちゃんが見たいって言ってたサクラだよ」
サワコは息を飲み、頭上を彩る桜を見上げている。
「ほんとは昼間に一緒に見たかったんだけど、それはちょーっと難しいからさ、ドニーに頼んで……」
「……ど、どうしよう」
「え?」
驚くサワコの反応に嬉々として説明を続けていたミケランジェロだったが、不意に彼女が口にしたセリフに思わずその身を固まらせる。
焦ってサワコを見れば、その目がどことなく潤み始めているではないか。
「え、えっ!?サワコちゃん??」
良かれと思ってしたことが、彼女を泣かせてしまったのだろうか?
だがしかし、何故?
彼女の言動の意味がわからずあたふたとするミケランジェロの耳に、
「す、好きなひとと一緒に、こんな素敵なもの見ちゃった……。どうしよう、幸せ……」
ふと届いた彼女の声。
「サワコ、ちゃん……?」
「どうしよ……」
ーすきなひと、って
ー一緒に、って
ーえ、え、オイラのこと……でいいんだよ、ね?
「ね、ねえサワコちゃん、今のって……!!」
喜んでいいのだろうか、いや、確かにそう聞こえた。
だから、良いとは思うのだがーー
しかしなんとも確証が持てない。
やはり、彼女からきちんとした愛の言葉を聞きたいというもの。
逸る気持ちを抑えて真正面から彼女に向き直る。
「嬉しいよう……」
焦るミケランジェロをよそに、サワコは両手で口元を押さえつつその両目を潤ませて桜とミケランジェロを交互に見つめている。
「まさか一緒にお花見できるなんて、思ってもいなかったから……」
「……ありがとうマイキー。本当に嬉しい」
幾分涙に濡れた声で微笑んだ彼女の目から、ふいにぽろりときれいなひと滴が零れ落ちた。
サワコはその滴を拭うと
「なんて綺麗なのかしら……」
再び桜を見上げた。
暗闇に灯る暖かなオレンジ色の光の中を、はらり、はらりと舞い落ちる桜。
その中に佇む、愛しいサワコ。
つぶらな瞳は、滲む涙でその潤みを増していて。
ふっくりとした唇は、緩やかに笑みをかたどっていて。
ふいにそよいだ風に、ざあ、と桜が震えれば、一斉に花びらが舞い散った。
サワコの艶やかな黒髪が、風になびいて闇夜に溶ける。
彼女が指先で、揺れる髪をそっと押さえる。
「うん、すっごく……綺麗、だ……」
つい先ほどまで浮かんでいた急いた気持ちは、あっという間に消え失せて。
ミケランジェロは、まるで絵画のようなサワコの姿から目を逸らすことができずにいた。
こうしてずっとずっと、彼女を見つめていたい。
誰よりも、近くで。
「ね、綺麗だね」
いまだ潤んでいる瞳に笑みを浮かべ、サワコがこちらを向いた。
「サワコちゃん……」
その名を呟き、彼女へと歩み寄る。
今の風のせいか、サワコの髪には薄桃色の花弁がいくつか絡まっていてーー
無意識に、そのうちのひとつへと指を伸ばす。
「?マイキー?」
「ほら、サクラの花びら。髪にくっついちゃってたよ」
「あ、ほんと?……ふふ、それだけ綺麗な色と形だと、髪飾りみたいね。ずっとくっつけていたくなっちゃう」
己が摘んだ小さな花弁を目の前にかざしてやれば、サワコが小さく笑った。
ーああ、もう
瞬間、ミケランジェロの中で何かが大きく膨らんでーー
その衝動に突き動かされるまま、サワコの額へそっと唇を寄せた。
「……」
唇を離し、茫然としている彼女と視線を合わせる。
「大好きだよ、サワコちゃん」
「マ、イキー……」
「大好きなんだ、君が。オイラ、ずっと前から、好きだったんだ。今も、この瞬間も、大好きなんだ」
「……っ」
ミケランジェロの言葉に、サワコが息を呑む。
その眉はしかめられ、今にも泣きそうで。
ーあああ、
ー言っちゃった
ーこんなふうにいきなり伝えるつもりなんかなかったのに……!
「……」
「……」
訪れた「間」に、途端に跳ね回り始める心臓。
無意識で行動してしまった自分を受け止めきれず、何を考えても心はまとまらない。
目の前のサワコの表情に、その心は徐々に重みを増していく。
心が、冷えはじめる。
しかし次の瞬間、彼女は小さく息を吐くと口を開きーー
「わ、私も……ずっと前から、大好き、だった。この瞬間も、マイキー、あなたが……」
「大好き、なの」
その頬を、柔らかく緩ませた。
「へへ……っ」
サワコの言葉に、その表情に、思わず漏れ出た自分の笑み。
「……ふふっ」
顔を見合わせ、微笑み合う。
そのままミケランジェロは、互いの息がかかるほど、さらに顔を寄せた。
「……」
「サワコちゃん、こっち向いて?」
至近距離での見つめ合いに耐えきれなくなったのかーー
ふいに俯いてしまったサワコのおとがいに、そっと指をかける。
「で、でも、なんだか恥ずかしくて……」
「向いてくれなきゃ……キス、出来ないよ?」
「……!!」
「……ね?」
「ん……」
消え入りそうな声で呟くサワコ。
おとがいにかけた指に優しく力を込めると、抵抗なくその顔は自分を向いた。
心なしかこわばってしまっているサワコに微笑んでやれば、その頬を桜色に染めた彼女がはにかみながら柔らかな笑みを返してくれて。
互いに穏やかな笑みを絶やさぬまま、2人はそっと瞳を閉じて、優しく唇を重ね合わせた。
暗闇に暖かく浮かび上がる灯りの中。
桜のもとでひとつとなったその影は、しばらく離れることはなかった。
終
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