夕陽と彼女と、ブルーハワイ
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特に蒸した、ある夏の日。
キキョウが土産を手に、下水道を訪れていた。
「こんにちは。お邪魔しまーす、って……」
玄関をくぐり中へとやって来た彼女は、リビングで溶けたバターのようにぐったりと佇む彼らを目にし、言葉をなくした。
「あれ、キキョウちゃんー……?いらっしゃ〜い〜」
「よく来てくれたな……」
ソファにだらしなく沈むように座っているミケランジェロが力なく振り返る。
その隣で、ミケランジェロとは対照的に前傾姿勢で頭垂れるようにしていたレオナルドも、乾いた笑顔で挨拶を返してくれた。
「どうしたの?って聞くまでもなさそう、ね……」
みるみるうちに胸元にじんわりと汗が滲んでくるのを感じながら、キキョウは困ったような笑顔を浮かべた。
「あ、いらっしゃいキキョウ。今朝から空調が壊れちゃっててさあ。明日になれば復旧するはずなんだけど。今だけちょーっと不快だとは思うけど、ごめんねー」
冷えたジュースやらアイスコーヒーやらを手にしたドナテロが、キッチンからこちらへと歩を進めてくる。
「何が“ちょーっと不快”だよ。そんなもんじゃねえだろうが……」
もう一つのソファに横になっていたラファエロが身を起こして呟いた。
そしてドナテロからアイスコーヒーを受け取ると、
「おう、キキョウ。きてたのか」
チラ、とキキョウに目を向けた。
「うん、あのね、みんなにプレゼントがあって……」
そう言い置くと、キキョウは手にしていた紙袋を床へ置き、何やらごそごそまさぐっている。
そこから出て来たものはーー
「わお、それってかき氷機?」
「あとは……うっわ、それ全部氷ー?!」
ふう、と息をつきながら彼女がローテーブルへ乗せたビニールに詰め込まれていたのは、大量の氷だった。
その量に目を丸くしながらも、4人は彼女の元へと近寄る。
「ひゃー冷たくて気持ちいー!最高っ!」
「いったいどうしたんだ、こんなにたくさんの氷……」
早速ビニール袋越しに氷に触れ涼を取るミケランジェロを横目に、レオナルドが半ば呆れたような声を出す。
「うん。ほら、昨日の夜、ものすごく暑かったじゃない?」
「確かに。寝苦しかったねえ」
氷に張り付いたままのミケランジェロを引き剥がしながら、ドナテロがうんうんと頷いている。
「それで、寝る前からずーっとかき氷が食べたくて仕方なかったの」
「……で?」
ラファエロが訝しげな表情で先を促す。
「で。今朝起きたら昨日以上の猛暑でしょ。これはもう食べるしかないと思って!」
「だからって、こんな量……」
そう呟き、まじまじと氷の塊を見つめるレオナルド。
「違うのよ、ほら、せっかくだからみんなで食べたいと思ってね。みんなと先生と私、合わせて6人の、おかわりも含めた分ってわけ。あとーー」
そこでキキョウはつい、とドナテロに羽交い締めにされながら残念そうな表情で氷を見つめているミケランジェロへ視線を向けた。
「マイキーは更なるおかわりをするだろうなって思ったから、その分も入ってるのよ」
「……なるほどな。正直助かったぜ。飲みもんばっかで飽き飽きしてたとこだ」
「うん、まさかこんな有様になってるとは思ってなかったけれど、ちょうどよかったみたいね」
そう笑いかけたラファエロへ笑い返そうとしたキキョウだったが、
「ああ、本当だよ。ありがとうキキョウ。そうだ、とにかく氷を冷凍庫へ入れてこないとな」
「あ、私も手伝うわ」
「っ、」
氷を手にしたレオナルドを追って、彼女は足早に彼と2人でキッチンへと消えていってしまった。
そんな彼らーーいや、キキョウに向けて口を開きかけたラファエロだったがーー言葉を発することなく、そのまま2人の背を見つめている。
「ほらマイキー、先生呼んできてくれよ。僕はかき氷機の調子を確かめるから」
「あーい」
「ラフ、そこの袋に入ってるシロップをさ……」
キッチンの方を見つめたまま微動だにしないラファエロに気付いたドナテロが、ふと言葉を止める。
「ラフ?」
「ん……あ、いや、どうもしねえよ。シロップ、どうするんだって?」
「……うん、シロップをさ、取り敢えずローテーブルに並べてよ」
「おう」
「……」
我に返ったようにシロップが入った袋に手を掛けるラファエロを、ドナテロが目を眇めて見つめていた。
++++++++++
ブルーハワイ、いちご、レモン、メロン、練乳、あずき。
ダイニングテーブルの上には、色とりどりのシロップとトッピングが並べられている。
そしてその横にはキキョウが持参したかき氷機が置かれ、レオナルドが必死に取っ手を回しては氷のフレークを作っていた。
「っと……よし。ほら、ひとつ出来たぞ」
「ひゃー、これだけあるとまよっちゃうよねー!何から食べようかなっ」
「ミケランジェロ、最初はキキョウ殿からじゃぞ」
スプリンターが笑みを浮かべて、今にもシロップに手を伸ばしそうなミケランジェロを諌めた。
「そんな、まずは先生が召し上がってください」
キキョウは笑顔でスプリンターに器を勧めたが、
「いやいや。暑さに苦しむ我々に救いの手を差し伸べてくれたキキョウ殿から食べておくれ」
「でも……」
そうスプリンターに笑顔で返され、キキョウはしばらく思案するような表情でみんなを眺めた。
「そうだよ。まずはキキョウからいかないとね。その間に僕らはシロップ選んでるからさ」
「ああ。レディファーストだ」
「ふふっ、ありがとうレオ。じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って笑ったレオナルドにキキョウも微笑み返す。
「……」
微笑み合う2人を、ラファエロは少し後ろから腕を組んだまま見つめていた。
皆がキキョウはどのシロップを選ぶのかと興味津々で見つめている中、彼女の手が伸びる。
その手が掴んだ鮮やかな空色が詰まった瓶を確認したラファエロは、自分でも気付かないうちにその眉を顰めていた。
「私ね、ブルーハワイが好きなんだ」
「へえー!オイラはねー、うーん……全部いけるんだけど、今日はなんだか練乳の気分かもー」
ミケランジェロと好きなシロップについて語り笑い合うキキョウ。
そんな彼女を目に映しながら、ラファエロの心は沈んでいた。
ーこんなことで一喜一憂するとか……どんだけなんだっつーんだよ、俺……
ーたかが、“色”だろ
そうは思うのだが、キキョウが我が家へ足を踏み入れて以来、ラファエロは彼女とレオナルドが笑い合うのを見るたびに心が軋んで仕方なかった。
そんな中、彼女が選んだのは清々しいまでの青色。
そう、己が常に身に纏っている赤ーーではなく。
「っ……」
なんとも受け止めがたい自分の感情に思わず漏れてしまいそうになったため息を、すんでのところで飲み込んだ。
「ほら、次ラフだよ!シロップどうする?もう決めた?」
そんなラファエロに、真っ白く染まったかき氷を手にしたミケランジェロの明るい声がかかった。
「おう。っと、俺は……」
ー青だけは、ごめんだ
ふと浮かんだ思いに、ラファエロは心のうちでそっと舌打ちした。
「ラーフ」
「……おう」
「どう?かき氷で少しは涼めた、かな?」
皆がワイワイと盛り上がるダイニングテーブルから少し離れ、カウンターに背を預けて手に持ったかき氷を食べるでもなくスプーンで弄んでいたラファエロのもとに、キキョウが近寄る。
「ああ、おかげさんでな」
そう笑い返すラファエロだが、先ほど浮かんだ言いようのない感情を消化しきれておらず、自分が果たしてうまく笑えているのか自信はなかった。
「なら、よかったけど……」
そんなラファエロの雰囲気を感じ取ったのか、キキョウはぎこちなくそう呟くと手にした青く染まっているかき氷へと視線を落とす。
「なんだよ、なんか言いたそうだな?」
ラファエロがキキョウの顔を覗き込む。
彼女はぱっと顔をあげ、
「ううん、なんだかラフ、元気ない気がしてたから。ちょっと気になって」
「……」
キキョウが、自分のことを気にかけてくれていた。
そのことに、ラファエロの気持ちは一気に高揚した。
けれど、同時にそんな単純な自分がなんとも気恥ずかしく、情けなくもあり。
「……暑さのせいだろ」
そう呟くのが、精一杯だった。
俯けば、半分溶けてしまっている赤いかき氷。
深く考えることはせず、ラファエロはその水ぐんでしまったかき氷のなれの果てを一気に喉に流し込んだ。
「そっか。……って、ラフ」
「そんな一気にいったら、舌が真っ赤になっちゃうわよ?」
自分の様子に朗らかに微笑むキキョウを見て、内心ほっとする。
こんな面倒な気持ちは、何が何でもキキョウに勘づかれたくはない。
だから、間をつくらないように矢継ぎ早に口を開く。
「一気にいこうといくまいと、こういうシロップって染まっちまうもんだろ」
「え、やっぱり、そう……?」
「試しにお前、舌見せてみろよ」
「ううー……」
自分の台詞に焦ったような顔をしたキキョウが可愛くてたまらない。
心のうちでそっと微笑み、彼女を見つめたのだが。
不安げな表情で薄く口を開き、上目遣いに舌を伸ばしたキキョウのその姿にーー
「っ」
思いがけず、身体のうちから熱さが全身に駆け巡った。
けれど、赤い唇から覗く舌に染みついた青色を目にした途端。
ーコイツん中に、レオがいるみてえだ……
自分は何を考えているのか。
まったく馬鹿げている。
自分の発想に呆れながらも、でもそれでも、レオナルドへの言いようのない暗い思いが膨れていく気がして。
「……」
「りゃふ?どう?染まってう?」
「……ったく……参るぜ」
何も言わないラファエロにしびれを切らしたキキョウが舌を伸ばしたまま問いかけるが、返ってきたのは聞き取れないほどの小さな呟きだった。
「え?」
「口、すすいで来いよ。そしたら色がとれるかもしれないぜ」
「あ……、うん」
「あれ、ラフ、どこ行くの?」
ラファエロは空になった器をシンクへ置くとキキョウを振り返り、
「やっぱり暑くてたまんねえわ。ちょっと風に当たってくる。みんなにそう言っといてくれ」
そう言い置いて、さっさと外へと出ていってしまった。
++++++++++
「はあ……」
1人になりたくなったとき、いつも来ているいつもの場所。
その定位置である屋上のへりに腰掛けて、ラファエロは大きなため息をついた。
夏の日差しは傾きかけており、照らすものすべてを赤く染め上げている。
ー“私ね、ブルーハワイが好きなんだー”
数十分前。
そうにこやかに口にして、青色のシロップを手に取ったキキョウ。
ーんなことどうだっていいじゃねえか
ーあいつが何色選ぼうが……
そう自分を諌める。
けれど、続けて思い出されるのは
ー“着色料とか考えるとちょっと怖いけど、でもこの青色って綺麗よね。私、大好き!”
そう言って嬉しそうに、青く染まる氷を頬張った彼女。
そこまで考えると、もう止まらなかった。
気を回してすぐ氷を冷凍庫へと運ぼうとしたレオナルドを手伝うために、後を追いかけたキキョウ。
レディファーストだ、と笑いかけたレオナルドに、嬉しそうな笑みを見せたキキョウ。
「男の嫉妬かよ……勘弁してくれ」
どこまでも止まりそうもない自分のくだらない思い。
そんなものにつくづく嫌気がさし、立てている片膝に肘をついて頭を抱えてしまった。
ー確かにレオは、いい男だ
ー俺より、ずっと気が回るし
ー俺より、はるかに優しいだろうさ
「どっこも勝てるとこなんてねえよなあ……」
兄弟に対し、色恋沙汰において男として勝てるだとか勝てないだとか。
そんな発想はしたくはないし、する必要もない、と思った。
だから、こんな考えは捨て去ってしまいたくて。
「……アホらし」
敢えて、口に出す。
「……。よし」
息を大きく吸って、吐いて、気合を入れ直す。
せっかく彼女が用意してくれた場なのだ。
自分のくだらない嫉妬で台無しにしたくはない。
今一度眼前の赤い夕陽を見つめ、腹を括って我が家に戻ろうと腰を上げかけたとき。
「ラフ?見ーつけた」
キキョウの愛らしい声が、背中にかかった。
++++++++++
「遠くのビルに行ってなくて良かったー」
そんなことを言いながら、己の隣にぽすんと腰掛けるキキョウ。
「お、お前、何しに来たんだよ?」
彼女が来るなど想像もしていなかったラファエロは、今まで考えていたことから頭を切り替えきることができず、やっとそれだけを口にする。
「何しにって……えっと、ラフと、話しに?」
「なんで疑問形なんだよ!」
「あはは、冗談だよ」
小首を傾げて答えた彼女が愛らしくてたまらず、気恥ずかしさで思わず声を荒げてしまったが、彼女はそんなラファエロをカラカラと笑い飛ばす。
ひとしきり笑ったキキョウが、正面を向きーー
「綺麗……」
と呟いた。
彼女の視線を追えば、そこには今まさに沈まんとする真っ赤な夕陽が浮かんでいる。
「夕陽の赤、って、本当に綺麗ね……」
うっとりとそう口にするキキョウをまじまじと見つめれば。
張りのある頬、アーモンド形のつぶらな瞳、艶めく漆黒の髪。
全てが実に美しい“赤色”に染められている。
ーそのまんま、お前の気持ちまで染まっちまえばいいのにな
「何考えてんだ、俺……」
心に浮かんだ気障ったらしい台詞に、ため息どころか嫌悪感が湧き起こる。
「ん?何考えたの?」
聞こえないかと思っていた呟きはキキョウの耳に届いてしまったようで、彼女が赤く染まった顔をこちらへ向けてきた。
「なんでもねえよ」
「なんでもないって言われることほど、人は聞きたくなるものよ?」
どこか余裕を持った表情でラファエロを覗き込むキキョウ。
赤い陽射しを受けて普段よりさらにその美しさを増しているような彼女から逃れるように身じろぎして、ラファエロが叫ぶ。
「なんでもねえっつったらなんでもねえよ!」
「もう、ラフのケチ」
「うるせえ」
「ふふっ」
「……」
ついにはそっぽを向いた自分に、またも軽やかに笑うキキョウ。
ここには、自分と彼女だけで。
そして、なんでもないことで笑い合えている。
たったそれだけのことなのに、ラファエロの心は浮き立つほどに満たされていた。
「……よかった」
ふと、キキョウがぽつりと漏らす。
「?」
「ラフが、元気そうで」
「さっきね、元気がない気がして、って言ったでしょ?みんなでかき氷食べてたとき……ううん。私が来た時から、ずっとそう見えてたからね、やっぱり、心配で」
「キキョウ……」
沈みかける夕陽は徐々にその色に陰りを混じらせていき、彼女の表情に浮かぶ陰影を色濃くしていく。
そんなキキョウを、じっと見つめる。
「ラフ、暑さのせいとか言ってたけど、どうにも違う気がしてたの。だから……」
「笑ってくれて、良かった!」
そう言って、キキョウは破顔した。
陰りはじめた時の中なのに、その笑顔は弾けるような鮮やかな色を持っていた。
ークソッ……
ーたまんねえ、な
「……そんなら、よかった」
胸に浮かぶ彼女への思いが切なくて。
彼女が想う相手のことを思うと苦しくて。
それでも、今は笑うしかできなくて。
ラファエロは精一杯の力を振り絞って、その顔に笑みを貼りつけた。
「ねえ、ラフ」
「ん?」
すっかり陽が落ちてしまった屋上。
ともに我が家へ帰るべく彼女を横抱きにしようとしたとき。
「あ、あの、ね。今度。……聞いて欲しいことが、あるの」
瞬間心に過ぎったのは、青色を身に纏う、兄。
そっと瞳を閉じて、彼女にわからぬように小さく小さく息を吐いた。
目を開ければ、すっかり緊張しきった表情で自分を見上げているキキョウの姿。
そんな彼女にそっと穏やかに笑いかけて。
「ああ、わかった」
そう頷くと、ラファエロは彼女をそっと抱き上げて、屋上から身を躍らせた。
++++++++++
キキョウのことを好ましく思い始めたのは、いつからだったのか。
ーもう覚えてねえな。気づいたら、目で追っかけてたもんな、俺
そう、まさに今のように。
かき氷の一件から数日後。
自分と並んでソファに座ったキキョウが、反対隣に座るマイキーとポップコーンをつまみながら何やら話に盛り上がっている。
「あーもう、キキョウちゃんてば乙女ー!」
「えーそうかなあ……。でも、大半の女性は嬉しいと思うよ、好きな人にこう……抱きしめられたら、さ」
「ただの抱きしめる、じゃないんでしょ?さっきの映画みたいにーー」
「そう、そうなの、片腕で、こう……ぐいっ!って!」
「キャー!イヤーン!」
「もう、マイキーったら!」
作ったような甲高い歓声を上げたミケランジェロを、形ばかりに片手で殴る真似をするキキョウ。
ー“片腕で、ぐいっ”……
ーあのレオがンなこと余裕でできるようになる頃には、お前、ばーさんになっちまってるかもしれないぜ?
ーそれでもいいのかよ、キキョウ
「……チッ」
再び浮かんだ情けない想像に、舌打ちしか出てこない。
と、そこへキッチンで片付けをしていたはずのレオナルドがやってきて、キキョウの傍で立ち止まった。
「キキョウ、その……今、いいか?」
「!!……う、うん」
心なしか頬を染めたキキョウが、緊張の面持ちでレオナルドの後についていく。
そして2人はそのままーー
レオナルドの自室へと、入っていってしまった。
「……」
閉まった扉を見た瞬間、ラファエロはいつもの屋上に向かうべくソファから立ち上がっていた。
「……」
目の前には、数日前キキョウとともに見た夕陽が変わらず赤い陽射しを照りつかせている。
脳裏に浮かぶのは、先ほどのキキョウ。
頬を染め、緊張しながらもどこかはにかんだ、愛らしい、表情。
しかしその眼差しは、レオナルドに向けられていた。
「クソッ……」
肩を落として俯けば、視界の隅にだらりと己の鉢巻が垂れ下がる。
赤い、鉢巻。
「ヘッ」
どこかで、期待していた。
レオナルドと微笑み合う彼女をこの目に映しながらも、どこかでーー
キキョウは、自分を見てくれているのではないか、と。
自分が落ち込んでいたことに気づいてくれた。
心配してくれていた。
そんな彼女だったからこそ、心のほんの片隅で、“ひょっとしたら”と。
ー甘いな、俺も
「はー……」
天を仰いで、深く深く、息を吐く。
下唇を噛み、ともすればこぼれそうになる想いを必死で堪える。
ーいいんだ
ー俺ぁ、あいつらが、幸せなら……
ーだろ?
そう自分に問いかけたが、己の心は押し黙ったまま。
何の感慨も浮かんでこない。
今はまだーー
「ちきしょう……」
思わず漏れ出た言葉は、何も言わない自分への叱咤なのか。
それとも、2人へのーーいや、レオナルドへの、汚いくらいの嫉妬なのか。
いくら考えても、わからない。
その時。
「いた」
聞こえた声に、急いで振り返る。
そこには、
「レオの言った通りだった」
そう言って笑みを浮かべる、キキョウが立っていた。
++++++++++
「……レオと一緒なんじゃなかったのかよ」
「うん、一緒だったよ。……ラフはここにいるだろうって、レオに教えてもらったんだもの」
こちらへと歩み始めたキキョウに背を向けて呟いた台詞に返ってきた言葉に、思わず眉根が寄る。
「レオに、教えてもらった……?」
「そうよ」
ラファエロの隣に立ったキキョウは、訝しげに自分を見つめているラファエロを見上げるとおもむろに、
「ラファエロ。私、あなたが好き」
きっぱりと、そう言い放った。
「……な、」
突然のことに言葉が出ない。
今、キキョウは、『自分が好き』だと、そう言ったように聞こえた。
「ん、だって……?」
途切れ途切れにやっとで問うと、ラファエロを見つめたままだったキキョウの目の端がさあっと赤く染まり、見る間にその目が潤みを増した。
そんないじらしさを感じるほどの彼女の様を目にした瞬間、
ーああ、そうだったのか
ーこいつは、俺が好きなのか……
彼女が口にした言葉以上の威力を持って、そんな感覚がすとんと心におりてきた。
「だ、だから、え……っと、私は」
「はあっ……」
「ラ、ラフ……?」
恥ずかしさを押し殺して再び愛の言葉を口にしようとしたキキョウの台詞を遮り、ラファエロが大きく息を吐いた。
「んだよ……ったく……」
「あ……え?え?」
「ラフ……?」
呟くラファエロの真意がつかめず、キキョウはオロオロするばかり。
彼女が様子を窺うべく俯いた彼の顔を覗き込もうとしたとき、
「だってお前、青が好きだって言ってたじゃねえか……」
俯いたまま頭に手をやり行く呟かれたラファエロの言葉。
「え……?」
一世一代の愛の告白をさらりとかわされたうえで呟かれた言葉が何を指しているのか全く見当もつかず、キキョウは目を丸くした。
「なんの……こと?」
「こないだのかき氷んとき」
「そんなこと、言った、っけ……?」
「青が好きだっつって、お前、ブルーハワイ選んだろ」
「あ、あー……!あの時?違うよ、そういう訳じゃなくて、って、いや確かに青は好きだけど!あれはほら、小さい頃かき氷食べて赤いはずの舌が真っ青に染まるのが楽しくて楽しくてっていう……単にそのことを思い出したから選んだだけよ!?」
「……俺は、お前はレオに惚れてるから青が好きなんだとばっかり……」
「えぇっ!?なんでそう思うのよぉ?!」
「っ、なんでもなにも、思っちまったもんはしょうがねぇだろうが!!」
「……」
「……」
夕陽に赤く染められた顔を互いに見つめ合ったまま、ラファエロとキキョウはしばらく肩で息をしていた。
そんな中、ふいとキキョウが視線を下に落として、
「……違うよ」
「レオじゃ、ない」
ぽつりと、呟いた。
「お、おう……」
おずおずと応えたラファエロも彼女を見つめ続けることができず、その視線を下げていき。
互いに俯き合い、コンクリートを見つめ続ける。
再度訪れた沈黙に、再びぽつりと響いたのは、またもキキョウの声。
「『おう』って、その……えっと、いい、の?」
顔を上げれば、不安げに揺れているキキョウの瞳が自分を見つめている。
「いいの、って、お前……」
「そりゃ、俺の台詞だぜ?」
ラファエロがゆっくりと穏やかに、微笑んだ。
「じゃあ、」
「ああ」
そのまま頷いてみせれば、暗く揺れていたキキョウの瞳がみるみるうちにきらめきを宿しーー
その顔に、溢れんばかりの笑みを浮かべた。
「へへっ」
照れ隠しなのか、キキョウはそう声に出すと、
「……ちゃんとわかってて、ね?私が誰を、好きなのか」
「もう、勘違いしたりしないで」
その目にいじらしさと愛らしさをたたえて、再びラファエロを見つめた。
「……ああ、約束だ」
そう見つめ返せば、切なげだったキキョウの表情がはにかんだそれへと変わる。
自分の言葉に、愛しいキキョウが一喜一憂している。
どこか彼女に申し訳ないと思いつつもーーラファエロはそのことが誇らしくて堪らなかった。
「それよか、その、よ……」
「お前に言わせちまって、悪かったな」
少しだけ眉を寄せて申し訳なさそうに小さく呟くラファエロ。
「ふふっ……」
「んだよ」
せっかくの謝罪を笑われてしまったラファエロは、幾分拗ねたような顔をする。
「ごめん、笑ったわけじゃないの」
「私はちゃんと、自分で言いたかったからね、その、そんな謝ったりしないでいいのに、って思って」
「そっか……」
「うん」
そう言って、2人は視線を絡め合う。
ふと、ラファエロが口を開く。
「……ほら」
キキョウが彼を見やれば、ラファエロが片腕を広くひろげているではないか。
しかし、彼が何をしたいのかさっぱりわからないキキョウは、動くことができずに首を傾げてしまう。
「……なに?」
「だーっ!お前!!言ってだろうが!」
「ご、ごめん、何言ってたかな、私……」
先ほどの好きな色といい、彼女の記憶が曖昧であることは学習済みのラファエロは、ため息ひとつつくに収めて、説明にかかったーー
「……好きなやつに、その……“片腕で、ぐいっ”とか、なんとか」
その頬を、さらに色濃く、染めながら。
「!!」
ラファエロが言わんとすることに思い当たったキキョウの目が、驚きと喜びで見開かれる。
「え……い、いいの?だってラフ、そういうことあんまり好きじゃ……」
「あー……もういい。んなまどろっこしいこと、やってられっか!」
突然そう叫んだラファエロはおずおずと再度確認を取ろうとするキキョウを遮り、その片腕で彼女を自らの胸元へ引き寄せた。
ーー今までしたことがないほど、強く、しっかりと。
「ラ、ラフっ……!!」
「俺だってずっとこうしたかったんだよ文句あるか!?」
「?!」
いわゆる“逆ギレ”ともとれるようなラファエロの言葉に、キキョウはしばし目を白黒させてからーー
「……文句なんて、あるわけないよ」
その頬をこれ以上ないというくらい緩ませて、呟いた。
「……なら、もうなんも言うな」
「ん……」
キキョウを抱いたままのラファエロの腕が、優しく彼女の頭を撫でる。
それがさも心地いいというようにキキョウがラファエロの胸に頬を擦り寄せれば、それに応えるかのようにラファエロは彼女のこめかみに優しい口付けを落とした。
「そこじゃ、やだ」
「……ん?」
再び目尻まで赤く染めて潤んだ瞳で見上げたキキョウに、ラファエロが甘い声で問えばーー
「ちゃんと……こっちに、して」
拗ねたように、ほんの少しだけ唇を尖らせた彼女がいて。
「もちろん、してやるよ」
どこまでも穏やかに優しく微笑んだラファエロは、愛しい彼女の望みを叶えるべくその桜色の唇を塞いだ。
++++++++++
「おい、そういえば、よ。……さっきレオと2人で、何話してたんだ?」
キキョウを後ろからすっぽりと包み込むように抱いて座ったラファエロが、幾分言いにくそうに問う。
「……気になるんだ?」
「……」
「あっ、うそうそ!ごめ……」
「惚れてる女が他の男と2人きりでいて気にならない男がいるんなら、会ってみてえよ」
「……たとえ相手の男が兄弟でも、な」
真剣な声音を持って紡がれたラファエロの声に、軽口を謝罪しようとしたキキョウは言葉を続けることができなかった。
「……うん。ごめんなさい」
「いや、気にすんな。……で?」
しゅんとしてしまったキキョウの後頭部に今一度優しく口付けを落とすと、ラファエロは優しく先を促す。
「うん、あのね、レオとは……ラフのこと、話してたの」
「俺のこと……?」
予想外なキキョウの言葉に、ラファエロの眉がしかめられる。
「そう。レオにはね……ずっと、相談に乗ってもらってたの。その、ラフへの気持ちのこと、で」
「なっ」
キキョウは自分の腹部の上で組まれているラファエロの両手にそっと己の手を重ねると、ぽつりぽつりと話しだした。
「私、ずっと前から、ラフのこと……好き、でね。ラフのことばっかり見てる私を見て、レオが気づいたみたいで」
「“俺でよければ相談に乗るぞ”って、言ってきてくれて」
「レオが……」
「そう、レオが。私からは何も言ってないのに、よ?」
「それからね、話を聞いてくれたりアドバイスをしてくれて。今日こそよし告白するぞってレオと計画練ってリビングに戻ったら、ラフ居ないんだもん。どうしようって思ってたら、“アイツはきっとここにいる、今行けば2人きりになれるから、頑張ってこいよ”って、背中押してくれたの」
「ハッ……」
ラファエロの口から、笑いとも驚嘆ともつかない吐息が漏れた。
「すごいよね。本当にみんなのことよく見てるんだなあって、びっくりしちゃった」
「ああ、だな……」
ラファエロは己の想像をはるかに超えた兄の心配りに、素直に頭が下がる思いだった。
「だからね、私が告白できたのは、レオのおかげなんだよ?」
自分を仰ぎ見てそう嬉しそうに微笑むキキョウに笑みを返しながら、
ーやっぱり、アイツにゃかなわねえな……
ラファエロは心に浮かぶ思いを噛みしめ、微笑んで小さく首を振ったのだった。
終
キキョウが土産を手に、下水道を訪れていた。
「こんにちは。お邪魔しまーす、って……」
玄関をくぐり中へとやって来た彼女は、リビングで溶けたバターのようにぐったりと佇む彼らを目にし、言葉をなくした。
「あれ、キキョウちゃんー……?いらっしゃ〜い〜」
「よく来てくれたな……」
ソファにだらしなく沈むように座っているミケランジェロが力なく振り返る。
その隣で、ミケランジェロとは対照的に前傾姿勢で頭垂れるようにしていたレオナルドも、乾いた笑顔で挨拶を返してくれた。
「どうしたの?って聞くまでもなさそう、ね……」
みるみるうちに胸元にじんわりと汗が滲んでくるのを感じながら、キキョウは困ったような笑顔を浮かべた。
「あ、いらっしゃいキキョウ。今朝から空調が壊れちゃっててさあ。明日になれば復旧するはずなんだけど。今だけちょーっと不快だとは思うけど、ごめんねー」
冷えたジュースやらアイスコーヒーやらを手にしたドナテロが、キッチンからこちらへと歩を進めてくる。
「何が“ちょーっと不快”だよ。そんなもんじゃねえだろうが……」
もう一つのソファに横になっていたラファエロが身を起こして呟いた。
そしてドナテロからアイスコーヒーを受け取ると、
「おう、キキョウ。きてたのか」
チラ、とキキョウに目を向けた。
「うん、あのね、みんなにプレゼントがあって……」
そう言い置くと、キキョウは手にしていた紙袋を床へ置き、何やらごそごそまさぐっている。
そこから出て来たものはーー
「わお、それってかき氷機?」
「あとは……うっわ、それ全部氷ー?!」
ふう、と息をつきながら彼女がローテーブルへ乗せたビニールに詰め込まれていたのは、大量の氷だった。
その量に目を丸くしながらも、4人は彼女の元へと近寄る。
「ひゃー冷たくて気持ちいー!最高っ!」
「いったいどうしたんだ、こんなにたくさんの氷……」
早速ビニール袋越しに氷に触れ涼を取るミケランジェロを横目に、レオナルドが半ば呆れたような声を出す。
「うん。ほら、昨日の夜、ものすごく暑かったじゃない?」
「確かに。寝苦しかったねえ」
氷に張り付いたままのミケランジェロを引き剥がしながら、ドナテロがうんうんと頷いている。
「それで、寝る前からずーっとかき氷が食べたくて仕方なかったの」
「……で?」
ラファエロが訝しげな表情で先を促す。
「で。今朝起きたら昨日以上の猛暑でしょ。これはもう食べるしかないと思って!」
「だからって、こんな量……」
そう呟き、まじまじと氷の塊を見つめるレオナルド。
「違うのよ、ほら、せっかくだからみんなで食べたいと思ってね。みんなと先生と私、合わせて6人の、おかわりも含めた分ってわけ。あとーー」
そこでキキョウはつい、とドナテロに羽交い締めにされながら残念そうな表情で氷を見つめているミケランジェロへ視線を向けた。
「マイキーは更なるおかわりをするだろうなって思ったから、その分も入ってるのよ」
「……なるほどな。正直助かったぜ。飲みもんばっかで飽き飽きしてたとこだ」
「うん、まさかこんな有様になってるとは思ってなかったけれど、ちょうどよかったみたいね」
そう笑いかけたラファエロへ笑い返そうとしたキキョウだったが、
「ああ、本当だよ。ありがとうキキョウ。そうだ、とにかく氷を冷凍庫へ入れてこないとな」
「あ、私も手伝うわ」
「っ、」
氷を手にしたレオナルドを追って、彼女は足早に彼と2人でキッチンへと消えていってしまった。
そんな彼らーーいや、キキョウに向けて口を開きかけたラファエロだったがーー言葉を発することなく、そのまま2人の背を見つめている。
「ほらマイキー、先生呼んできてくれよ。僕はかき氷機の調子を確かめるから」
「あーい」
「ラフ、そこの袋に入ってるシロップをさ……」
キッチンの方を見つめたまま微動だにしないラファエロに気付いたドナテロが、ふと言葉を止める。
「ラフ?」
「ん……あ、いや、どうもしねえよ。シロップ、どうするんだって?」
「……うん、シロップをさ、取り敢えずローテーブルに並べてよ」
「おう」
「……」
我に返ったようにシロップが入った袋に手を掛けるラファエロを、ドナテロが目を眇めて見つめていた。
++++++++++
ブルーハワイ、いちご、レモン、メロン、練乳、あずき。
ダイニングテーブルの上には、色とりどりのシロップとトッピングが並べられている。
そしてその横にはキキョウが持参したかき氷機が置かれ、レオナルドが必死に取っ手を回しては氷のフレークを作っていた。
「っと……よし。ほら、ひとつ出来たぞ」
「ひゃー、これだけあるとまよっちゃうよねー!何から食べようかなっ」
「ミケランジェロ、最初はキキョウ殿からじゃぞ」
スプリンターが笑みを浮かべて、今にもシロップに手を伸ばしそうなミケランジェロを諌めた。
「そんな、まずは先生が召し上がってください」
キキョウは笑顔でスプリンターに器を勧めたが、
「いやいや。暑さに苦しむ我々に救いの手を差し伸べてくれたキキョウ殿から食べておくれ」
「でも……」
そうスプリンターに笑顔で返され、キキョウはしばらく思案するような表情でみんなを眺めた。
「そうだよ。まずはキキョウからいかないとね。その間に僕らはシロップ選んでるからさ」
「ああ。レディファーストだ」
「ふふっ、ありがとうレオ。じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って笑ったレオナルドにキキョウも微笑み返す。
「……」
微笑み合う2人を、ラファエロは少し後ろから腕を組んだまま見つめていた。
皆がキキョウはどのシロップを選ぶのかと興味津々で見つめている中、彼女の手が伸びる。
その手が掴んだ鮮やかな空色が詰まった瓶を確認したラファエロは、自分でも気付かないうちにその眉を顰めていた。
「私ね、ブルーハワイが好きなんだ」
「へえー!オイラはねー、うーん……全部いけるんだけど、今日はなんだか練乳の気分かもー」
ミケランジェロと好きなシロップについて語り笑い合うキキョウ。
そんな彼女を目に映しながら、ラファエロの心は沈んでいた。
ーこんなことで一喜一憂するとか……どんだけなんだっつーんだよ、俺……
ーたかが、“色”だろ
そうは思うのだが、キキョウが我が家へ足を踏み入れて以来、ラファエロは彼女とレオナルドが笑い合うのを見るたびに心が軋んで仕方なかった。
そんな中、彼女が選んだのは清々しいまでの青色。
そう、己が常に身に纏っている赤ーーではなく。
「っ……」
なんとも受け止めがたい自分の感情に思わず漏れてしまいそうになったため息を、すんでのところで飲み込んだ。
「ほら、次ラフだよ!シロップどうする?もう決めた?」
そんなラファエロに、真っ白く染まったかき氷を手にしたミケランジェロの明るい声がかかった。
「おう。っと、俺は……」
ー青だけは、ごめんだ
ふと浮かんだ思いに、ラファエロは心のうちでそっと舌打ちした。
「ラーフ」
「……おう」
「どう?かき氷で少しは涼めた、かな?」
皆がワイワイと盛り上がるダイニングテーブルから少し離れ、カウンターに背を預けて手に持ったかき氷を食べるでもなくスプーンで弄んでいたラファエロのもとに、キキョウが近寄る。
「ああ、おかげさんでな」
そう笑い返すラファエロだが、先ほど浮かんだ言いようのない感情を消化しきれておらず、自分が果たしてうまく笑えているのか自信はなかった。
「なら、よかったけど……」
そんなラファエロの雰囲気を感じ取ったのか、キキョウはぎこちなくそう呟くと手にした青く染まっているかき氷へと視線を落とす。
「なんだよ、なんか言いたそうだな?」
ラファエロがキキョウの顔を覗き込む。
彼女はぱっと顔をあげ、
「ううん、なんだかラフ、元気ない気がしてたから。ちょっと気になって」
「……」
キキョウが、自分のことを気にかけてくれていた。
そのことに、ラファエロの気持ちは一気に高揚した。
けれど、同時にそんな単純な自分がなんとも気恥ずかしく、情けなくもあり。
「……暑さのせいだろ」
そう呟くのが、精一杯だった。
俯けば、半分溶けてしまっている赤いかき氷。
深く考えることはせず、ラファエロはその水ぐんでしまったかき氷のなれの果てを一気に喉に流し込んだ。
「そっか。……って、ラフ」
「そんな一気にいったら、舌が真っ赤になっちゃうわよ?」
自分の様子に朗らかに微笑むキキョウを見て、内心ほっとする。
こんな面倒な気持ちは、何が何でもキキョウに勘づかれたくはない。
だから、間をつくらないように矢継ぎ早に口を開く。
「一気にいこうといくまいと、こういうシロップって染まっちまうもんだろ」
「え、やっぱり、そう……?」
「試しにお前、舌見せてみろよ」
「ううー……」
自分の台詞に焦ったような顔をしたキキョウが可愛くてたまらない。
心のうちでそっと微笑み、彼女を見つめたのだが。
不安げな表情で薄く口を開き、上目遣いに舌を伸ばしたキキョウのその姿にーー
「っ」
思いがけず、身体のうちから熱さが全身に駆け巡った。
けれど、赤い唇から覗く舌に染みついた青色を目にした途端。
ーコイツん中に、レオがいるみてえだ……
自分は何を考えているのか。
まったく馬鹿げている。
自分の発想に呆れながらも、でもそれでも、レオナルドへの言いようのない暗い思いが膨れていく気がして。
「……」
「りゃふ?どう?染まってう?」
「……ったく……参るぜ」
何も言わないラファエロにしびれを切らしたキキョウが舌を伸ばしたまま問いかけるが、返ってきたのは聞き取れないほどの小さな呟きだった。
「え?」
「口、すすいで来いよ。そしたら色がとれるかもしれないぜ」
「あ……、うん」
「あれ、ラフ、どこ行くの?」
ラファエロは空になった器をシンクへ置くとキキョウを振り返り、
「やっぱり暑くてたまんねえわ。ちょっと風に当たってくる。みんなにそう言っといてくれ」
そう言い置いて、さっさと外へと出ていってしまった。
++++++++++
「はあ……」
1人になりたくなったとき、いつも来ているいつもの場所。
その定位置である屋上のへりに腰掛けて、ラファエロは大きなため息をついた。
夏の日差しは傾きかけており、照らすものすべてを赤く染め上げている。
ー“私ね、ブルーハワイが好きなんだー”
数十分前。
そうにこやかに口にして、青色のシロップを手に取ったキキョウ。
ーんなことどうだっていいじゃねえか
ーあいつが何色選ぼうが……
そう自分を諌める。
けれど、続けて思い出されるのは
ー“着色料とか考えるとちょっと怖いけど、でもこの青色って綺麗よね。私、大好き!”
そう言って嬉しそうに、青く染まる氷を頬張った彼女。
そこまで考えると、もう止まらなかった。
気を回してすぐ氷を冷凍庫へと運ぼうとしたレオナルドを手伝うために、後を追いかけたキキョウ。
レディファーストだ、と笑いかけたレオナルドに、嬉しそうな笑みを見せたキキョウ。
「男の嫉妬かよ……勘弁してくれ」
どこまでも止まりそうもない自分のくだらない思い。
そんなものにつくづく嫌気がさし、立てている片膝に肘をついて頭を抱えてしまった。
ー確かにレオは、いい男だ
ー俺より、ずっと気が回るし
ー俺より、はるかに優しいだろうさ
「どっこも勝てるとこなんてねえよなあ……」
兄弟に対し、色恋沙汰において男として勝てるだとか勝てないだとか。
そんな発想はしたくはないし、する必要もない、と思った。
だから、こんな考えは捨て去ってしまいたくて。
「……アホらし」
敢えて、口に出す。
「……。よし」
息を大きく吸って、吐いて、気合を入れ直す。
せっかく彼女が用意してくれた場なのだ。
自分のくだらない嫉妬で台無しにしたくはない。
今一度眼前の赤い夕陽を見つめ、腹を括って我が家に戻ろうと腰を上げかけたとき。
「ラフ?見ーつけた」
キキョウの愛らしい声が、背中にかかった。
++++++++++
「遠くのビルに行ってなくて良かったー」
そんなことを言いながら、己の隣にぽすんと腰掛けるキキョウ。
「お、お前、何しに来たんだよ?」
彼女が来るなど想像もしていなかったラファエロは、今まで考えていたことから頭を切り替えきることができず、やっとそれだけを口にする。
「何しにって……えっと、ラフと、話しに?」
「なんで疑問形なんだよ!」
「あはは、冗談だよ」
小首を傾げて答えた彼女が愛らしくてたまらず、気恥ずかしさで思わず声を荒げてしまったが、彼女はそんなラファエロをカラカラと笑い飛ばす。
ひとしきり笑ったキキョウが、正面を向きーー
「綺麗……」
と呟いた。
彼女の視線を追えば、そこには今まさに沈まんとする真っ赤な夕陽が浮かんでいる。
「夕陽の赤、って、本当に綺麗ね……」
うっとりとそう口にするキキョウをまじまじと見つめれば。
張りのある頬、アーモンド形のつぶらな瞳、艶めく漆黒の髪。
全てが実に美しい“赤色”に染められている。
ーそのまんま、お前の気持ちまで染まっちまえばいいのにな
「何考えてんだ、俺……」
心に浮かんだ気障ったらしい台詞に、ため息どころか嫌悪感が湧き起こる。
「ん?何考えたの?」
聞こえないかと思っていた呟きはキキョウの耳に届いてしまったようで、彼女が赤く染まった顔をこちらへ向けてきた。
「なんでもねえよ」
「なんでもないって言われることほど、人は聞きたくなるものよ?」
どこか余裕を持った表情でラファエロを覗き込むキキョウ。
赤い陽射しを受けて普段よりさらにその美しさを増しているような彼女から逃れるように身じろぎして、ラファエロが叫ぶ。
「なんでもねえっつったらなんでもねえよ!」
「もう、ラフのケチ」
「うるせえ」
「ふふっ」
「……」
ついにはそっぽを向いた自分に、またも軽やかに笑うキキョウ。
ここには、自分と彼女だけで。
そして、なんでもないことで笑い合えている。
たったそれだけのことなのに、ラファエロの心は浮き立つほどに満たされていた。
「……よかった」
ふと、キキョウがぽつりと漏らす。
「?」
「ラフが、元気そうで」
「さっきね、元気がない気がして、って言ったでしょ?みんなでかき氷食べてたとき……ううん。私が来た時から、ずっとそう見えてたからね、やっぱり、心配で」
「キキョウ……」
沈みかける夕陽は徐々にその色に陰りを混じらせていき、彼女の表情に浮かぶ陰影を色濃くしていく。
そんなキキョウを、じっと見つめる。
「ラフ、暑さのせいとか言ってたけど、どうにも違う気がしてたの。だから……」
「笑ってくれて、良かった!」
そう言って、キキョウは破顔した。
陰りはじめた時の中なのに、その笑顔は弾けるような鮮やかな色を持っていた。
ークソッ……
ーたまんねえ、な
「……そんなら、よかった」
胸に浮かぶ彼女への思いが切なくて。
彼女が想う相手のことを思うと苦しくて。
それでも、今は笑うしかできなくて。
ラファエロは精一杯の力を振り絞って、その顔に笑みを貼りつけた。
「ねえ、ラフ」
「ん?」
すっかり陽が落ちてしまった屋上。
ともに我が家へ帰るべく彼女を横抱きにしようとしたとき。
「あ、あの、ね。今度。……聞いて欲しいことが、あるの」
瞬間心に過ぎったのは、青色を身に纏う、兄。
そっと瞳を閉じて、彼女にわからぬように小さく小さく息を吐いた。
目を開ければ、すっかり緊張しきった表情で自分を見上げているキキョウの姿。
そんな彼女にそっと穏やかに笑いかけて。
「ああ、わかった」
そう頷くと、ラファエロは彼女をそっと抱き上げて、屋上から身を躍らせた。
++++++++++
キキョウのことを好ましく思い始めたのは、いつからだったのか。
ーもう覚えてねえな。気づいたら、目で追っかけてたもんな、俺
そう、まさに今のように。
かき氷の一件から数日後。
自分と並んでソファに座ったキキョウが、反対隣に座るマイキーとポップコーンをつまみながら何やら話に盛り上がっている。
「あーもう、キキョウちゃんてば乙女ー!」
「えーそうかなあ……。でも、大半の女性は嬉しいと思うよ、好きな人にこう……抱きしめられたら、さ」
「ただの抱きしめる、じゃないんでしょ?さっきの映画みたいにーー」
「そう、そうなの、片腕で、こう……ぐいっ!って!」
「キャー!イヤーン!」
「もう、マイキーったら!」
作ったような甲高い歓声を上げたミケランジェロを、形ばかりに片手で殴る真似をするキキョウ。
ー“片腕で、ぐいっ”……
ーあのレオがンなこと余裕でできるようになる頃には、お前、ばーさんになっちまってるかもしれないぜ?
ーそれでもいいのかよ、キキョウ
「……チッ」
再び浮かんだ情けない想像に、舌打ちしか出てこない。
と、そこへキッチンで片付けをしていたはずのレオナルドがやってきて、キキョウの傍で立ち止まった。
「キキョウ、その……今、いいか?」
「!!……う、うん」
心なしか頬を染めたキキョウが、緊張の面持ちでレオナルドの後についていく。
そして2人はそのままーー
レオナルドの自室へと、入っていってしまった。
「……」
閉まった扉を見た瞬間、ラファエロはいつもの屋上に向かうべくソファから立ち上がっていた。
「……」
目の前には、数日前キキョウとともに見た夕陽が変わらず赤い陽射しを照りつかせている。
脳裏に浮かぶのは、先ほどのキキョウ。
頬を染め、緊張しながらもどこかはにかんだ、愛らしい、表情。
しかしその眼差しは、レオナルドに向けられていた。
「クソッ……」
肩を落として俯けば、視界の隅にだらりと己の鉢巻が垂れ下がる。
赤い、鉢巻。
「ヘッ」
どこかで、期待していた。
レオナルドと微笑み合う彼女をこの目に映しながらも、どこかでーー
キキョウは、自分を見てくれているのではないか、と。
自分が落ち込んでいたことに気づいてくれた。
心配してくれていた。
そんな彼女だったからこそ、心のほんの片隅で、“ひょっとしたら”と。
ー甘いな、俺も
「はー……」
天を仰いで、深く深く、息を吐く。
下唇を噛み、ともすればこぼれそうになる想いを必死で堪える。
ーいいんだ
ー俺ぁ、あいつらが、幸せなら……
ーだろ?
そう自分に問いかけたが、己の心は押し黙ったまま。
何の感慨も浮かんでこない。
今はまだーー
「ちきしょう……」
思わず漏れ出た言葉は、何も言わない自分への叱咤なのか。
それとも、2人へのーーいや、レオナルドへの、汚いくらいの嫉妬なのか。
いくら考えても、わからない。
その時。
「いた」
聞こえた声に、急いで振り返る。
そこには、
「レオの言った通りだった」
そう言って笑みを浮かべる、キキョウが立っていた。
++++++++++
「……レオと一緒なんじゃなかったのかよ」
「うん、一緒だったよ。……ラフはここにいるだろうって、レオに教えてもらったんだもの」
こちらへと歩み始めたキキョウに背を向けて呟いた台詞に返ってきた言葉に、思わず眉根が寄る。
「レオに、教えてもらった……?」
「そうよ」
ラファエロの隣に立ったキキョウは、訝しげに自分を見つめているラファエロを見上げるとおもむろに、
「ラファエロ。私、あなたが好き」
きっぱりと、そう言い放った。
「……な、」
突然のことに言葉が出ない。
今、キキョウは、『自分が好き』だと、そう言ったように聞こえた。
「ん、だって……?」
途切れ途切れにやっとで問うと、ラファエロを見つめたままだったキキョウの目の端がさあっと赤く染まり、見る間にその目が潤みを増した。
そんないじらしさを感じるほどの彼女の様を目にした瞬間、
ーああ、そうだったのか
ーこいつは、俺が好きなのか……
彼女が口にした言葉以上の威力を持って、そんな感覚がすとんと心におりてきた。
「だ、だから、え……っと、私は」
「はあっ……」
「ラ、ラフ……?」
恥ずかしさを押し殺して再び愛の言葉を口にしようとしたキキョウの台詞を遮り、ラファエロが大きく息を吐いた。
「んだよ……ったく……」
「あ……え?え?」
「ラフ……?」
呟くラファエロの真意がつかめず、キキョウはオロオロするばかり。
彼女が様子を窺うべく俯いた彼の顔を覗き込もうとしたとき、
「だってお前、青が好きだって言ってたじゃねえか……」
俯いたまま頭に手をやり行く呟かれたラファエロの言葉。
「え……?」
一世一代の愛の告白をさらりとかわされたうえで呟かれた言葉が何を指しているのか全く見当もつかず、キキョウは目を丸くした。
「なんの……こと?」
「こないだのかき氷んとき」
「そんなこと、言った、っけ……?」
「青が好きだっつって、お前、ブルーハワイ選んだろ」
「あ、あー……!あの時?違うよ、そういう訳じゃなくて、って、いや確かに青は好きだけど!あれはほら、小さい頃かき氷食べて赤いはずの舌が真っ青に染まるのが楽しくて楽しくてっていう……単にそのことを思い出したから選んだだけよ!?」
「……俺は、お前はレオに惚れてるから青が好きなんだとばっかり……」
「えぇっ!?なんでそう思うのよぉ?!」
「っ、なんでもなにも、思っちまったもんはしょうがねぇだろうが!!」
「……」
「……」
夕陽に赤く染められた顔を互いに見つめ合ったまま、ラファエロとキキョウはしばらく肩で息をしていた。
そんな中、ふいとキキョウが視線を下に落として、
「……違うよ」
「レオじゃ、ない」
ぽつりと、呟いた。
「お、おう……」
おずおずと応えたラファエロも彼女を見つめ続けることができず、その視線を下げていき。
互いに俯き合い、コンクリートを見つめ続ける。
再度訪れた沈黙に、再びぽつりと響いたのは、またもキキョウの声。
「『おう』って、その……えっと、いい、の?」
顔を上げれば、不安げに揺れているキキョウの瞳が自分を見つめている。
「いいの、って、お前……」
「そりゃ、俺の台詞だぜ?」
ラファエロがゆっくりと穏やかに、微笑んだ。
「じゃあ、」
「ああ」
そのまま頷いてみせれば、暗く揺れていたキキョウの瞳がみるみるうちにきらめきを宿しーー
その顔に、溢れんばかりの笑みを浮かべた。
「へへっ」
照れ隠しなのか、キキョウはそう声に出すと、
「……ちゃんとわかってて、ね?私が誰を、好きなのか」
「もう、勘違いしたりしないで」
その目にいじらしさと愛らしさをたたえて、再びラファエロを見つめた。
「……ああ、約束だ」
そう見つめ返せば、切なげだったキキョウの表情がはにかんだそれへと変わる。
自分の言葉に、愛しいキキョウが一喜一憂している。
どこか彼女に申し訳ないと思いつつもーーラファエロはそのことが誇らしくて堪らなかった。
「それよか、その、よ……」
「お前に言わせちまって、悪かったな」
少しだけ眉を寄せて申し訳なさそうに小さく呟くラファエロ。
「ふふっ……」
「んだよ」
せっかくの謝罪を笑われてしまったラファエロは、幾分拗ねたような顔をする。
「ごめん、笑ったわけじゃないの」
「私はちゃんと、自分で言いたかったからね、その、そんな謝ったりしないでいいのに、って思って」
「そっか……」
「うん」
そう言って、2人は視線を絡め合う。
ふと、ラファエロが口を開く。
「……ほら」
キキョウが彼を見やれば、ラファエロが片腕を広くひろげているではないか。
しかし、彼が何をしたいのかさっぱりわからないキキョウは、動くことができずに首を傾げてしまう。
「……なに?」
「だーっ!お前!!言ってだろうが!」
「ご、ごめん、何言ってたかな、私……」
先ほどの好きな色といい、彼女の記憶が曖昧であることは学習済みのラファエロは、ため息ひとつつくに収めて、説明にかかったーー
「……好きなやつに、その……“片腕で、ぐいっ”とか、なんとか」
その頬を、さらに色濃く、染めながら。
「!!」
ラファエロが言わんとすることに思い当たったキキョウの目が、驚きと喜びで見開かれる。
「え……い、いいの?だってラフ、そういうことあんまり好きじゃ……」
「あー……もういい。んなまどろっこしいこと、やってられっか!」
突然そう叫んだラファエロはおずおずと再度確認を取ろうとするキキョウを遮り、その片腕で彼女を自らの胸元へ引き寄せた。
ーー今までしたことがないほど、強く、しっかりと。
「ラ、ラフっ……!!」
「俺だってずっとこうしたかったんだよ文句あるか!?」
「?!」
いわゆる“逆ギレ”ともとれるようなラファエロの言葉に、キキョウはしばし目を白黒させてからーー
「……文句なんて、あるわけないよ」
その頬をこれ以上ないというくらい緩ませて、呟いた。
「……なら、もうなんも言うな」
「ん……」
キキョウを抱いたままのラファエロの腕が、優しく彼女の頭を撫でる。
それがさも心地いいというようにキキョウがラファエロの胸に頬を擦り寄せれば、それに応えるかのようにラファエロは彼女のこめかみに優しい口付けを落とした。
「そこじゃ、やだ」
「……ん?」
再び目尻まで赤く染めて潤んだ瞳で見上げたキキョウに、ラファエロが甘い声で問えばーー
「ちゃんと……こっちに、して」
拗ねたように、ほんの少しだけ唇を尖らせた彼女がいて。
「もちろん、してやるよ」
どこまでも穏やかに優しく微笑んだラファエロは、愛しい彼女の望みを叶えるべくその桜色の唇を塞いだ。
++++++++++
「おい、そういえば、よ。……さっきレオと2人で、何話してたんだ?」
キキョウを後ろからすっぽりと包み込むように抱いて座ったラファエロが、幾分言いにくそうに問う。
「……気になるんだ?」
「……」
「あっ、うそうそ!ごめ……」
「惚れてる女が他の男と2人きりでいて気にならない男がいるんなら、会ってみてえよ」
「……たとえ相手の男が兄弟でも、な」
真剣な声音を持って紡がれたラファエロの声に、軽口を謝罪しようとしたキキョウは言葉を続けることができなかった。
「……うん。ごめんなさい」
「いや、気にすんな。……で?」
しゅんとしてしまったキキョウの後頭部に今一度優しく口付けを落とすと、ラファエロは優しく先を促す。
「うん、あのね、レオとは……ラフのこと、話してたの」
「俺のこと……?」
予想外なキキョウの言葉に、ラファエロの眉がしかめられる。
「そう。レオにはね……ずっと、相談に乗ってもらってたの。その、ラフへの気持ちのこと、で」
「なっ」
キキョウは自分の腹部の上で組まれているラファエロの両手にそっと己の手を重ねると、ぽつりぽつりと話しだした。
「私、ずっと前から、ラフのこと……好き、でね。ラフのことばっかり見てる私を見て、レオが気づいたみたいで」
「“俺でよければ相談に乗るぞ”って、言ってきてくれて」
「レオが……」
「そう、レオが。私からは何も言ってないのに、よ?」
「それからね、話を聞いてくれたりアドバイスをしてくれて。今日こそよし告白するぞってレオと計画練ってリビングに戻ったら、ラフ居ないんだもん。どうしようって思ってたら、“アイツはきっとここにいる、今行けば2人きりになれるから、頑張ってこいよ”って、背中押してくれたの」
「ハッ……」
ラファエロの口から、笑いとも驚嘆ともつかない吐息が漏れた。
「すごいよね。本当にみんなのことよく見てるんだなあって、びっくりしちゃった」
「ああ、だな……」
ラファエロは己の想像をはるかに超えた兄の心配りに、素直に頭が下がる思いだった。
「だからね、私が告白できたのは、レオのおかげなんだよ?」
自分を仰ぎ見てそう嬉しそうに微笑むキキョウに笑みを返しながら、
ーやっぱり、アイツにゃかなわねえな……
ラファエロは心に浮かぶ思いを噛みしめ、微笑んで小さく首を振ったのだった。
終
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