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カプごった煮


喰らえ、食らえ。その血一滴残さないほどまでに、喰らい尽くせ。
本能が叫ぶ。この人間を喰らいたいと。その衝動はおおよそ人間にあってはいけないもの。男は残った理性で人から獣へと転落する崖の上で踏みとどまった。
はあはあと息が荒い。苦しい。心臓が音を立てて脈動する。血潮が、巡り回って脳を沸騰させる。だめだ、だめだ。こんなのでは、だめだ。彼を喰らわないというルールを先に決めた自分が、こんな、彼を、彼の肉体を………


---------食べようとしているなんて。


「フォーク」「ケーキ」と呼ばれるわずかばかりの人間がいる。その存在は数年前の大量殺人事件にて日の目を見ることとなった。
「フォーク」による「ケーキ」の大量殺人。目的はただ一つ、『食べる』ためだ。「フォーク」と呼ばれる人間には味覚がない。それは後天的に失われるものであり、そのことによってフォークは自らを化け物(フォーク)だと初めて認識できる。そして目覚めたフォークにはとある欲求が生まれる。それは、「ケーキである人間を食べたい」というもの。フォークにとってケーキとなる人間の存在は人生に欠かせないものだ。
「ケーキ」。
それはフォークが唯一食べ物と分類できる人間。ケーキの体液や骨肉、髪の1本にいたるまでの全てがフォークの極上の食物。フォークが唯一味を感じられるモノである。それゆえフォークはケーキを見つけ次第食したい本能があり、ケーキを食べるために人殺しをなんともない顔でする。だから、フォークは「犯罪者予備軍」として迫害される。自分がフォークだということはバレてはいけない。フォークはフォークではないと欺くために、粘土のような人間が食べる食べ物を今日も咀嚼するのだ。

さて、フランシス・ボヌフォアには幼なじみがいた。名前を、アーサー・カークランドという。
生まれ故郷こそフランシスはフランス、アーサーはイギリスと違うが同じ地で育ったよしみでずるずると仲が良いとは言えないが腐れ縁として関係を続けている。そして、2人には2人だけの秘密があった。それは。

2人はフォークである、ということ。

最初に目覚めたのはフランシスだった。それまで食べていた料理の味がわからなくなった。母親特製のミートパイが、プディングが、マカロンが、粘土細工を食べてる味がした。おかしくなってしまった、殺人鬼になってしまう、パニックになって親に言えずに作り笑顔で食卓を囲んでいたが、アーサーにはそれがあっけなくバレた。アーサーと遊んでいておやつを貰った時、それを口に含んで咀嚼した時、アーサーが目ざとく指摘したのだ。「お前、不味そうにものを食うようになったな」と。アーサーが向けてくる目は鋭く、秘密を1人きりで隠しこんでいたフランシスが重圧に耐えきれず真実を話すのに時間はかからなかった。自らをフォークだと、好きだった食事が嫌いになってしまうほどつらいと、だからもう自分には近づかない方が良いと、伝えたのだ。しかしアーサーはフランシスに1発蹴りを入れて、笑った。そんなことで腐れ縁をやめる気はないと、不器用な彼がしどろもどろに言ったのは存外にも優しい言葉だった。幼いフランシスは嬉しさに思わずアーサーを抱きしめようとしたがアーサーはそれに肘鉄でおうじた。
そして、アーサーがフォークとなったのは2人が成人した後だった。フランシスとアーサーの縁は中々切れることはなく、同じ大学に進学してルームシェアをしていた。食事係のフランシスの料理を文句を言いながらも美味しそうに食べていたアーサーがある日突然「味がしない」とフランシスに告げたのだ。フランシスは驚いた、そして、仲間ができたと、秘密を持つ人間が増えたと、心の底でほくそ笑んだ。それからフランシスとアーサーは秘密を共有する深い仲になった。

そして、運命は2人を狂わせる。

本田菊。彼はフランシスとアーサーという「フォーク」にとって極上の食材、「ケーキ」である。
そもそもフォークは普通に生活していたら同じフォークやケーキと出会うことはまず無い。それだけフォークとケーキの人口比は少ないのだ。だからフォークは秘密を抱えて生きていけるし、ケーキは自分がケーキと知らず死にゆく。そして、フランシスとアーサーというフォークもケーキと出会うこと無く生をまっとうするのだと思っていた。
大学で甘い、美味しそうな香りが漂った。その匂いを嗅ぎつけたのはやはりフランシスが先だった。匂いに誘われるまま図書館へとたどり着くとアーサーもかぐわしい香りに気づいたらしく、目をギラギラと輝かせていた。そして、扉を開くとケーキ特有の甘ったるい香りが広がった。思わず生唾を飲み込む。そして、その方向へふらふらと引き寄せられる。そこに居たのは1人の清楚な青年だった。
彼か。俺は彼を見た瞬間身体中に痺れが広がった。アーサーも同じだったらしい、というのは後で聞いた話だ。食べたくて、喰べたくて、その全てを手に入れて、舐めて、噛んで、すり潰して、そして。俺達は彼に近づき、友人の位置を手に入れた。

本田菊はフランシスとアーサーというフォークと対になるケーキだった。一口にフォークとケーキと言っても相性がある。食べ物の好き嫌いがあるように、美味しいケーキと不味い、好みではないケーキがいる。フォークはケーキに出会えたとしても、当たりハズレがあるためピッタリ合致するということは奇跡と言っても過言ではない。そう、奇跡だ。そんな奇跡が、フランシスとアーサーに起こった。菊は2人の好みど真ん中だったのだ。菊と仲良くなったその日、フランシスとアーサーは彼を独り占めせずに髪一本まで分け合って食べるということを約束した。今はまだこっそり髪の毛を拝借するだけだがいずれかは、体液。汗や唾、精液や血液など、を手に入れる。その方法を2人で考えて、牽制をして、彼と2人は友達となった。

2人と菊が仲良くなるには時間はいらなかった。社交的なフランシスと、紳士の面をかぶったアーサー。フランシスとアーサーが腐れ縁だということもあり、会話はスムーズに進み、一番の親友になった。

そんなある日。事件は起きた。

「フランシスさん」
「ボンジュー菊ちゃん……っ?!」
フランシスと菊が待ち合わせをしていて、菊があらわれたとき、フランシスの脳幹を直接強い力で殴られたような衝撃が走った。一体何事だ、なにが、どうして。フランシスはふらふらとよろめき菊が慌ててフランシスを支える。菊の手がフランシスに触れたその時、フランシスは本能で察知した。菊から、血が流れている。極上の獲物が、間近にいる。
「き、く…ちゃ……怪我でもした、の?」
「フランシスさん!大丈夫ですか?!私のことなど…」
「だい、じょぶ、だから…それより、菊ちゃん…なにがあったの」
「え、怪我…これのことですか?」
菊がフランシスの目の前に晒したのはその細くてしなやかな白い腕。そこにはガーゼが貼ってあり血が滲んでいた。
「っ!!」
フランシスはたまらず、気がついたら菊の腕を掴んでいた。菊もフランシスがおかしいことに気がつき、怯えた色を見せている。フランシスの脳が本能に逆らうなと、彼を食らえと囁く。
食らえ、喰らえ。誰の手に渡る前に、血の一滴も残さずに、その全てを手に入れろ。傷に舌を這わせ、肉をえぐり、骨をしゃぶって。血液や骨肉だけでは足りない。髪も、眼球も、歯も、爪も。食べたい、喰べたい、喰らい尽くしたい!!
フランシスが口をガパリと開いた、その時。
「フランシス!!」
何者かがフランシスの頭を殴った。その衝撃でフランシスは気絶する。殴ったのは、アーサーだった。
「あ、アーサーさん…フランシスさんが」
「大丈夫だ菊、フランシスはちょっと寝不足でな。何、気にすることじゃない。くそ髭は頑丈だから大丈夫だ」
「そう、ですか…良かった…」
「じゃあ、俺はこいつを部屋まで連れてくから、またな」
「あ…わたしも行きます」
「……来るな」
アーサーはぼそりと呟いた。その低くてくぐもった声を聞き取れず菊は聞き返した。しかしにっこり笑われて流されてしまう。
「こいつも友人に見苦しい姿なんて見せたくないだろうし、来るのはやめてくれないか?」
「は、はい…」
その拒絶した笑みに菊は頷くしかできなかった。


▷▷


甘い、美味しい、もっと、足りないよ、もっと。もっと、もっと!!
「っ!!」
フランシスはベッドからはね起きた。あれは、夢だったのか?友人を喰らい尽くす、夢。考えるだけでもおぞましい。それが自分の醜い本能だと、本性だと、突きつけられた最悪の気分だ。周りを見回すと、見覚えのある寝室だった。ここは…
「起きたか」
ドアが開いてアーサーが入ってきた。そうだ、この部屋は、アーサーの寝室だ。そしてそこになぜ自分がいるのか。アーサーはフランシスがアーサーの家に入ることを良しとしない。そんな彼が、どうして自分を。…………まさか、自分はなにかとんでもないことをしたのか。フランシスの顔がみるみる青ざめるのを見ていたアーサーは一言。
「半分正解で半分ハズレだ」
「……どういうこと?」
「お前、菊と会ってから記憶あるか?」
「…………ない」
「やっぱり」
「おれ、やっぱなにかしちゃった…?」
「いや、すんでのところで俺がお前を殴って止めた」
「ああ、そう…ありがと」
「…なぁフランシス」
アーサーが声のトーンを抑えて真剣な顔になる。フランシスは彼が言おうとしていることをなんとなく察した。
「菊ちゃんと離れた方が良いよね」
「…ああ」
このまま極上の獲物を据え膳のままでは2人は狂わされる。ケーキを前にしたフォークが取る行動など本能に逆らえない獣のソレだ。3人のためにも、アーサーとフランシスというフォークは、菊というケーキと距離を置く方がいい。それは、苦渋の決断だった。ようやく満たされると思っていたが、フォークの本能は思っていたより傲慢で強欲らしい。フランシスとアーサーはため息をついた。漏れ出たため息の意味は、2人にもわからない。

▷▷

「フランシスさんとアーサーさんを見かけないんです」
「…どうしてそれを俺に言うんだい?」
菊の前でシェイクを啜る眼鏡をかけた金髪碧眼の青年は顔を顰めた。アルフレッド・F・ジョーンズ。アーサーの元弟でフランシスとはオタク仲間である、2人と連絡がつきそうな人。菊は突然2人の親友から距離を置かれたことに戸惑い、焦り、なんとか話ができないかと思案していた矢先、アルフレッドからメールが来たのだ。ナイスタイミング。菊はアルフレッドとすぐさま会う約束をとりつけた。
そうして今菊はシェイクとハンバーガーを餌にアルフレッドに交渉とも言えない交渉をしていた。
「アーサーさんとフランシスさんにやんわり私をどうして避けているのか聞くだけでいいんです…!」
「それ俺にメリットもデメリットもなさすぎて家でゲームしていた方が俺的には…」
「お願いします!こんど一つ言う事聞きますから!」
「…………わかったんだぞ」
「っ!ありがとうございますアルフレッドさん!」
「そこまで頼まれちゃヒーローたるもの引き受けないとなんだぞ!」
嫌がっていたくせに、とは菊は口には出さなかった。バスコンと音がしそうなウインクをアルフレッドは菊に満面の笑みで投げた。


▷▷


フランシスとアーサーは大学内のカフェテリアで待ち合わせをしている。
先に15分ほど早くついたフランシスはカフェオレ片手に席に座って課題をしながらアーサーを待っていた。課題をある程度勧めた頃、ふと人の気配が近くにした。
「……フランシスさん」
その声は、聞きなれた低音だった。
「き、菊ちゃん…」
フランシスの肩をつかみにっこりと笑っているはずなのに笑っていない笑顔で彼は出口への経路に立っている。これではフランシスは逃げられない。お手上げだ。出来れば会いたくなかった、もう二度と近寄りたくない相手にフランシスは苦笑いするしかない。
「アーサーさんを待たれているのですよね?丁度いいです、二人に話があります」
数分後、やってきたアーサーはカフェテリアのドアを開いたところで回れ右をするのだが、むなしくも菊に捕まった。四人がけの席の奥側にフランシスとアーサー、出口に近い方の席に菊が座る。そこの空気だけは周りと違いどこかひんやりと嫌な温度だったと、後にその場に居合わせた人は言った。
「フランシスさん、アーサーさん」
「「はい」」
「なぜ私を避けるのですか?」
菊がはっきりと疑問をぶつけると居心地が悪そうに目をそらす二人。菊はにっこりと恐ろしいまでの笑顔でなお尋ねる。まるで尋問。
「答えてくださるまで私は貴方達を拘束しますよ?」
冷や汗が流れる。フランシスは横のアーサーとアイコンタクトをとろうとした。が、アーサーは使い物にならなそうなくらい挙動がおかしかった。いや怯えすぎだろお前。
「………菊ちゃんはさ、ケーキとフォークって知ってる?」
「……まあ、聞いたことはあります。殺人鬼と被害者ですよね?」
「うーん…まあ、有り体に言っちゃそうかな」
おいフランシス、と焦ったようなアーサーの声が耳に入る。何をしようとしているんだ、お前は。とアーサーはフランシスを止めたいのだろう。自分たちがその関係に当てはまっていることを知っても良いことは起こらない。だから、言うのだ。牽制と、拒絶を兼ねて。
「…菊ちゃん、耳貸して」
「はい」
菊はテーブルに身をのりだす。フランシスはこそこそ話のように菊の耳元に手を当てて周囲に聞こえないように、真実を伝えた。


▷▷


そこには欲望しかない。ひっきりなしに部屋に響く嬌声と水音、肉と肉がぶつかり合う音。つい先日まで清楚を形にしたかのようだった彼は、肉欲に溺れきり、虚ろな目でひたすら喘ぐことしか出来ない。ただひたすら2人から与えられる快感を享受する。それもそろそろ限界だった。肉体が、激しすぎる行為に耐えきれずに鉛のように指一つ動かせなくなる。しかしなお挿抜は終わらない。菊は、ケーキである菊は、二人のフォークに捕まってしまったのだ。彼を助けるものなどいない。フォークの『食事』に付き合わされる可哀想な「被食者」。薄暗い室内にはむせかえるような性の匂いが充満していた。
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