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カプごった煮



さようなら、私の全てを奪った人。



退屈で平凡な毎日だった。思春期の少年らしくいろいろなことで悩んで、理不尽さに喘いで、世界のくだらなさに笑って、自分の将来に絶望する、どこにでもあるような日々だった。そのまま退屈なままで終わるのだと思っていた。
それが変わったのは、貴方が来てから。私のモノクロな世界に色を付けてくれた、たった1人の大切な人。

彼が私の前に現れたのは高校2年の夏。極彩色の彼は当番でプール清掃をする私の前に落ちてきた。そう、“落ちて”きたのだ。ぎょっとした私を見てやべえと呟いて彼はどこかへ走り去った。後で聞いたのだが彼はその時弟から追われていたらしい。彼の紅の瞳とキラキラひかる銀髪が忘れられずに彼のことを知ってる生徒がいないか聞きまわっていたら彼の方から私の教室へやってきた。昼休みだった。私は購買で買ったパンの袋を開いた時、教室内に威圧的な声が響いた。
「ホンダキク、ってのはどいつだ?」
ビックリして静まり返った教室ではい、と素直に手をあげれば彼がずかずかと私の前まで来て頭を掴まれる。そして、放課後、屋上に来いと言われそのまま彼は教室を後にした。
それが、出会いだった。

ギルベルト・バイルシュミット。極彩色を持つ私の宝石。私の全てを奪った男。

屋上へビクビクしながら行くと彼は予想に反して私のことを気に入ったらしく、彼とはそれ以来学年を超えた友人となっていた。勉強を教わったり、遊び方を教わったり彼には師事のようなことをしてもらっていた。彼は遊ぶのも勉強するのも上手で私は彼のおかげで学年でもトップの成績を維持して友人も多く獲得できたのだろう。彼には感謝してもしきれない。そんな彼とは付き合っていく内に私の中にとある感情が芽生えた。恋心。それは誰にもぶつけられることもなく、そのまま殺し続けて生きていくのだと思っていた。でも、彼は私より私のことを知っていたようで。あっさり私が彼に恋をしているとバレてしまったのだ。彼に呼び出されてまたビクビクしながら屋上へ行った。そして勘当されると思い込み、彼と遊べなくなるのは辛いなぁと泣きそうになるのを堪えて彼の元へ行った。でも、彼は私の泣きそうな顔を見て笑い飛ばし、そのまま私の想いを受け入れる、と言ったのだ。驚いた私はたいそう間抜けな顔をしていたらしく、いつまでもギルベルト君に笑いの種にされるほどだった。ギルベルト君は私の想いを知った上で私の呼びかけに応えてくれた。そして数年後には彼も私のことを好きになっていた。どこに惚れられたのかはわからないがギルベルト君の弟から「兄が本田のことを好きだと言っていたがいつの間に両想いになったんだ?」と聞かれて判明した。それからは素晴らしい日々だった。なんて言うと大袈裟に聞こえてしまうがそれでも私にとってその2年間は幸せな日だったのだ。

そんな穏やかな日々は長くは続かなかった。

ギルベルト君が死んでしまった。

原因は病気だった。死ぬかもしれない難病を抱えて、死ぬかもしれない難しい手術を受けて、死なずにリハビリを頑張っていたのに。彼は病態が悪化してあっけなく死んでしまった。

涙は出なかった。

悲しいのかわからなかった。

今までつまらない人生を送ってきた中で唯一の希望が摘み取られてしまった。

喪失感しか、無かった。


愛してほしくて、愛したくて、このくだらない日常に愛という極彩色の花を活けてくれた彼に、どうしても彼の元へ、行きたくて。
ギルベルト君に言ったことがある。「私の首を絞めて、お願いです。貴方と一緒に逝かせて」と。その時はギルベルト君はカラカラと笑って「俺は死なねぇよ」なんて言ってたけど、その一週間後、彼は帰らぬ人となった。

ギルベルト君。
ねえ、ギルベルト君。

彼の葬式が終わり、私は海辺へと来ていた。裸足で砂地を歩く。波のさざめきがとある記憶を思い出させる。ハジメテ、を奪われた日のこと。
男同士での愛を示す行為はとてもじゃないが易々と出来ることではなかった。それでも、彼は私を求めてくれた。私はそれに応えたかった。奪われたのは、海のそばにあるホテルでだった。
とても、幸せだと思った。
抱きしめ合うだけで蕩けそうなほどだった。
服のポケットからタバコの箱を取り出して火をつける。この銘柄は貴方が好きなものでしたよね。口に運んで、一息吸い込む。煙たくて、苦くて、甘かった。まるでチョコレートのようだと思った。なんて言ったらギルベルト君に舌音痴かよ、と言われた気がした。ねえ、ギルベルト君。私を抱きしめて。もう一度、一度だけでいいから。私に貴方を刻み込んで。

海辺に咲く赤い花をもぎ取った。ギルベルト君の瞳のような紅だった。蜜を吸いとって、花を散らす。私はようやく、自分の感情に素直になろうと、思った。


ギルベルト君。今、行きます。



ポケットに入っていた音楽プレーヤーを付けた。好きな曲のワンフレーズが聞こえてくる。
そして、そのまま、海へ。


「私達もう一度やり直せるかな?」
生まれ変わったら、また、恋をしましょう。
「ほら見て春が来た」
そしたら、また初めてを貴方に捧げます。

「花を盗もうぜ」
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