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朝菊短編集

朝菊

「さようなら、私の初恋」
なんてありふれたフレーズが浮かぶ。それはきっとロマンチストな彼のせい。私の恋は初めから叶うはずなどなくて、それでも夢を見るには心地よすぎる時間を過ごした。一時でも彼と肩を並べることができたことが、私の宝物だ。でも、その宝物はこれからの私には必要ない。しまい込んで、心の奥底に沈める。二度とその想いが戻ってこないように、厳重に。そうして、私は1つ、私を殺した。

▷▷

「で、話って何よ坊ちゃん」
「……ほんとはお前には一番言いたくないしお前にだけは知られたくない」
「ちょっとぉ、人を呼び出しといてその態度はひどいんじゃない?」
イギリスは隣人であり腐れ縁のフランスをイギリス本国にあるイギリスの自宅へ呼び出した。しかも深夜2時のことだ。スマホの呼び出し音でたたき起こされ一時間以内にイギリス宅に行かないと毟ると脅され、フランスは眠気が吹っ飛んですぐさまユーロスターに乗り込んだ。そしてなんとか時間内にたどり着いたイギリス宅の玄関先でヤケ酒してましたというふうのイギリスに暴言で出迎えられた。
お前が呼んだんだろと思いつつ大人しくイギリスのあとをついてリビングへ入る。イギリスの自宅はロンドン中心地から少し外れた郊外に建つ一軒家。古風なその家にはリビングにロッキングチェアと暖炉がついている。暖炉では火がパチパチと音を立てて燃え上がっている。柔らかい暖かさのあるアンティーク調の落ち着いた家具で纏められた室内はイギリスの家だとしても心地よいと感じるほどだ。そしてロッキングチェアの周りには似つかない酒瓶がゴロゴロ転がっていた。
「うわお前何本開けたの…」
「うるせぇ」
イギリスが木目調のテーブルの椅子に座りこむ。テーブルの上にも酒瓶の山がある。それを見て顔を顰めたフランスもイギリスの反対側の椅子に座る。そして今にでもまたヤケ酒を再開しそうなイギリスにいやいやフランスは声をかけた。話とは何かと聞くと「お前にだけは知られたくない」だの「お前には言いたくない」だのフランスを呼んだくせに何を言い出すんだこの眉毛はというぐらいグチグチと逃げに走った。
「俺明日早いから早くしてくんない?」
「……いいか、これは絶対誰にも言うなよ」
「なにさ」
「………あいつの様子がおかしいんだ」
「は?」
重々しく切り出されたのは極東の不思議島国国家のことで。思ってもみない奴が話の主題になったなとフランスは頭の片隅で思う。そして、この感じは長年愛の国として培われてきたかんが言っている。この話は恋愛の話だと。
「まさか坊ちゃん日本についての恋愛話?」
グーパンか酒瓶が飛んでくるつもりでによによと笑いながら聞く。飛んでくるのはこのタイミング、と思って頭を下げるがそれは杞憂に終わった。イギリスは酒のせいで赤い顔をさらに真っ赤にしてはくはくと口を開閉していた。
「なに、図星?」
「ってめぇ、なんで知ってやがる」
「そりゃお前絶賛片思い中の相手でお前がそんな取り乱すのは日本かアメリカ関係の話だけだろ」
「おい」
イギリスはフランスの胸ぐらを掴んでドスの効いた声で他言無用だ、誰かに話したら殺すと脅され冷や汗をかく。
「そ、それよりなんで俺のこと呼んだのさ」
「ん、ああ…」
パッと手を離したイギリスは険しい顔で話しはじめた。

最近、日本に避けられている気がする、と。


▷▷


ヨーロッパにあるイギリスと、アジアにある日本が会うのは世界会議でのみだ。個人的に遊びの誘いを持ちかけられるほど仲良くはない2人。しかし会場で会えば会釈して挨拶をして時事問題やら政治の話やらは話す。仲が悪くもなければ、良くもない微妙な間柄。イギリスは会議中に日本のことを目で追うし、その緩やかな関係のまま進みたいとも思っていない。なのに、先日の世界会議にて日本はイギリスのことをあからさまに避けていたのだ。最初こそイギリスが日本のことを意識しすぎて避けられていると感じているだけかと思ったが会議の休憩時間などに日本のもとへ行こうとすると日本は誰か他の化身に慌てて話しかけて会議室をわざとらしく後にした。それでイギリスは日本に避けられている、しかもこれは被害妄想じゃなくて、本当に、と気づいた。だからといってイギリスは日本にプライベートで話すことは全くない。どうして避けられたのか、自分がなにかしたのかわからないまま一ヶ月が経とうとしている。プライベートな電話をしようと何回も悩んで妖精達に相談していたが結局実行することは出来ずグダグダになっていたところで日本と仲が良いフランスの存在を思い出したという。

「つまり俺はなんで日本がイギリスを避けてるのか聞けばいいの?」
「よくわかってるじゃねぇか」
「話はそれだけ?お兄さん眠いから帰っていいかな」
「日本にちゃんと聞いてこいよ、しなければどうなるかわかってんだろうな」
「わかったわかった」
そうしてフランスはめんどくさいことに巻き込まれたなぁと思いながら帰路についた。


▷▷


玄関の横についてあるインターフォンを押して彼の名前を呼ぶ。
「日本〜」
はい、と声が返ってきて引き戸が音を立てて開かれる。家主の登場だ。
「おやおやフランスさん。ようこそいらっしゃいました」
にっこり嬉しそうに笑う彼は日本。この幼い見た目でゆうに2千歳は超えているとんでも不思議ちゃん国家だ。そして、サブカルチャー方面での俺の憧れであり師匠でもある。今日は日本とはプライベートでの用事があって彼の家を訪ねた。話の内容は主に年2回の戦い(コミケ)のことやら今期の推しアニメやら。今期アニメは豊作ぞろいと聞いてお兄さん楽しみ。
「どうぞ、お上がりください。奥にお茶菓子とお茶を用意してありますよ」
「Merci」
鼻歌を歌いながら日本の家にお邪魔する。畳敷きの居間にはテーブルと座布団が置いてあり、テーブルの上では美味しそうな和菓子が置いてある。さらにテーブルと適度に離れた位置にあるのは大画面のテレビ。これはもうアニメ鑑賞会の準備万端だ。抜かりないおもてなし精神。さすがである。
「フランスさんお茶が入りましたよ」
「ありがと日本」
そしてそのままアニメ鑑賞会は始まった。

フランスがイギリスに言われたことを思い出したのはアニメ鑑賞会も終わり日本のお手製の夕食を食べ終わったあとだった。2人でフランスの持ってきた食後のデザートに舌づつみを打っている時。ふと思い出したのだ。まさにおまけ感覚で。
「そういえばさ」
「はい?」
「なんでこの前の世界会議でイギリスこと避けてたの?」
「っグッ!?」
わかりやすいほど慌てて噎せた日本に悪いことしちゃったなぁと思いつつ背中をさすってやる。
「ごめんごめん話が急すぎた?」
「いえあの…どうしてそれを…」
「んー、ああ。なんかさ、日本、イギリスのこと避けてるのバレバレだったよ」
ほんとはそんなことないけど。イギリスのことを避けていると気づいたのはイギリス本人くらいだろう。日本のポーカーフェイスと流しのスキルはピカイチだ。やんわり避けてますって感じで全く気づかない。執念深いイギリス以外は。
かまをかけたみたいに話しはじめてしまったが日本は困っていた。そりゃいきなりこんな会話されても困るしかないよなぁとスプーンを口に運ぶフランス。そしてそのままでも埒が明かないし聞いてこないと怒り狂ったイギリスによりフランスの首が飛ぶ。日本には悪いがこの話をさせてもらう。
「で、どうして?」
「……いえ、その」
「ゆっくりでいいから教えてくれないかな?お兄さん気になっちゃって。話を聞かせてほしいな」
頬杖をついて日本を見つめる。フランスはこうしたら相手が話し出す、ということをよく知っている。しばらく逡巡したのか間が空いて日本はゆっくりと話し出した。


「実は、私の初恋はイギリスさんなのです」



▷▷


日本とイギリスは100年と少し前、軍事同盟を組んでいた。それは蜜月と称されるものでたった21年間の短い間であったが2人は親友、もしくは夫婦のように連れ添った。日本は実はイギリスには苦手意識を持っていた。同じ島国でありながら世界の覇者となったイギリス、世界から目を背けて鎖国していた日本。同族嫌悪のようなものだろう。それにオランダから教えられるイギリスの印象はまるで悪魔で初めて顔を合わせた際も不平等条約を無理矢理押し付けられて承諾させられた。それなのに、日本はイギリスと「結婚」とまで言われた同盟を組むことになったのだ。イギリスが同盟の話を持ち込んできた時は何を言い出すんだと思っていたが話をして日数を過ごすうちに思考や志が似ていることに気づいた。最初に会ったときとはうってかわって穏やかで敵意のない、見下そうとしていない瞳に日本は撃ち抜かれた。そう、気がついたらアポなしで上司の意向を無視して寒い夜空の下泣いていたイギリスの元へ走り出していたのだ。そこから日本は恋心をこじらせていった。できることならばかのひとを手に入れたい、その柔らかな眼差しに熱を含ませてほしい。どうしようもなく自分を求めてほしい、その思いはエスカレートしていく。しかし、無慈悲にも日本の片思いのまま同盟は終わりを迎えた。1923年、夏の日だった。日本とイギリスの蜜月は終わった。預けていた背を向け、明日からは敵になる。だから、恋心に蓋をしたのだ。二度と浮かび上がって、日本の心を苛まないように、厳重に。


「と、まあこんな感じです。」
「えっと…それはわかったけど…じゃあなんでこの前の会議でイギリスを避けてたの?」
「ああ…それはですね…」
日本は秘密ですよ、と苦笑いしてフランスに伝えた。「恋心がまた浮かび上がってきそうなのです」と。
それを聞いたフランスは本人達の思わぬところで恋が叶っていることに心の中でうげえ、と舌を出した。日本の恋は応援するけどなんでよりによってイギリスなのか。そして2人は絶賛すれ違い中で誰か第三者が背中を押せば現代版日英同盟(蜜月)が始まる。デレデレしたイギリスを見るのは正直いって嫌だ。しかしだからと言って親友で戦友(オタク仲間)の日本の思いを無下にはできない。これはもう、言っちゃった方がいいのでは。
フランスがぐるぐると考えていると玄関の方から大きな音がした。がらがら、びしゃん。それは引き戸を誰かが開けて家の中に入ってきた音。思わず日本とフランスは身構える。不審者だったら、日本を守らなければ、そうフランスは思い息を潜めた。そして、居間の襖がスパンといきおいよく開かれた。そこに立っていたのは。

「にほん!!」
「っ、え?イギリス、さん……?」
「は?」
ごんぶと眉毛が息せき切って汗をにじませながらスリーピースのスーツをキメこんで日本に抱きついた。イギリス、お前なんでここにいるの。
「さっ、さっきの話は本当か?」
「え…?」
「おっ、お前が、俺に、恋してるって…」
「え」
日本はフランスに助けてほしそうな瞳を向ける。フランスは目を背けることしかできなかった。ていうかなんで知ってるの盗聴でもしてたの?フランスは盗聴とかしてそうだなぁ、とぼんやり現実逃避を始めた。
「に、日本……あのな、俺も、お前のこと、す、すすすすすすす」
顔を赤くしてつっかえながらもイギリスは日本に好意を伝えた。わけがわからなくて混乱している日本は抱きついてきて涙をぼろぼろこぼして泣いているイギリスの背中をさすった。ちなみにフランスは気づいたらいなくなっていた。

大人しくなったイギリスに問い詰めたところ、事の顛末を教えて貰った。フランスがちゃんと日本に聞いてくれるか日本の地で盗聴していたらしく、日本の言葉を聞いてから日本邸にすっ飛んで来たという。盗聴の件はこっぴどく叱られたがイギリスがキスをすると流されて許してくれたので日本は甘いなぁと次の盗聴器の隠し場所を考えながらイギリスは詫びた。
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