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朝菊短編集

チープな恋愛感を歌う歌姫は、その曲だけは違った。可愛らしいメロディとはうらはらに永遠の愛などなく、いつか人は死ぬのだと歌っていた。
その通りだと思う。私達には寿命があって、必ず決められた時間だけを生きる。それには外部からの力も本人の意思も関係ない。あるのはただ一つ、死という結果だけ。そして日常は呆気なく、死を受け入れる。
私には恋人がいた。アーサー・カークランドというイギリス人。彼は日本へ仕事で来ていて私の上司となる人だった。最初は彼とは良い友人関係を築いていたが彼から告白されて、それを私が受け入れて、恋人になった。幸せな一年間だった。私は彼の前では飾らずにいられたし、彼もそうだった。良い関係の二人だった。私は彼に自分の好きな本やマンガを紹介して、彼は私に映画やドラマを教えてくれた。二人でした鑑賞会は友人と行く映画館より楽しいものだった。そして、二人であの話ならこれから先はどうなるか、なんて夢物語を語っていた。
ねえ、アーサーさん。
永遠の幸せを私にくれるって、約束しましたよね。私、嬉しかったんです。顔に出ないって言われる私ですが、あの時は貴方にもわかる程に幸せそうな顔をしていましたよね。そして二人でカラオケに行って、この曲を歌って、二人で笑いあって。それでそのまま貸本屋に行って本やドラマをありったけ借りて。二人で過ごした初めての長期休暇は、楽しかったです。
アーサーさん。
私、貴方のこと、愛していました。本の虫な私がどんな話にも負けないくらい、あなたの事を、愛していたんですよ?
なのに、どうして。
私を置いていかないって約束しましたよね。私より先に死なないって言いましたよね。裸になってベッドの上で二人で笑って。それで、馬鹿みたいに永遠の愛なんて誓ったのに。なんで、なんで。
愛していました。愛しています。
アーサーさん。私、貴方のそばにいないと、幸福も、不幸も、わからないんです。それくらい、貴方は私に必要なんです。美味しかった食事も面白かった本も笑った映画も、全部全部、何が良いのかわからない。
こんな私を馬鹿だと笑いますか?
それとも愛してる、って言ってくれますか?
アーサーさん。貴方への思いは伝えきれないほどなのに、その肝心な貴方がいなくなってどうするんですか。チープな三流映画でもそんな残酷なこと、ありませんよ。ねえ、聞いて。私のアーサーさん。
あなたが居なくなった日に私は貴方に酷いことを言いましたね。アーサーさんのことを、嫌いだなんて。言って、アーサーさんが出ていって、すごい後悔したんですよ。なんであんなこと言ってしまったのだろう、って。それで謝ろうと思って、貴方のあとを追いかけようとして。それで、それで。
あれ、目の前が、霞んでいます。
何故でしょうね。私は、泣かないのに。貴方のために、泣かないって言ったのに。
まあ、いいです。ええと、どこまで話しましたっけ。
ああ、そうです。
貴方が車にはねられて、その瞬間を私は見て。貴方の最後の言葉を聞いて。馬鹿ですねアーサーさんは。最後まで私の心配なんてして。それで貴方がいなくなったら意味がないじゃないですか。貴方がいないと、私、ダメなんですよ?貴方は俺の方が菊がいないとダメになるなんて笑っていましたけど。
アーサーさん、貴方のそばにいないと私は、やはり、生きてる意味なんてない。私の人生に色をくれたのは貴方だけなんです。それまで愛も恋も友情も何もなかった、一人ぼっちの私に全てを教えてくれたのは貴方なんですよ。貴方が思ってるより私、重いんですよ?ふふ、アーサーさん。愛してます。
オーディオプレーヤーの中で歌姫はまだ引き裂かれた恋人達の愛の歌を歌っている。私は聞きなれたそれを口ずさむ。彼らは、どんな気持ちで別れてしまったのだろうか。残された彼女はどんな気持ちをしていたのだろうか。きっと、私と同じ。あの頃は意味がわからずにただ曲調が好きで聞いていたのに、まさかこんなに自己投影する日が来るとは思わなかった。海辺を走った彼女は、海に身を投げたのだろう。
最低で最高な恋だった。最低で最高な人生だった。甘い結末で終わるはずがなかったのだ。それを、履き違えただけ。いつか来る終わりがこんなに早いとは思わなかっただけ。
ねえ、アーサーさん。私、今日ここに来たのは、言いたいことがあったからなんですよ。じゃないと吹っ切れていない死んだ恋人の墓になんて来れません。貴方は、薔薇が好きでしたね。墓石に手向ける花にしては派手すぎますけど、これが貴方の好きなものなんですし、許してくれますよね。
私達、やり直せますかね?
大丈夫、ですよね?
貴方なら、笑ってくれますよね?
私は、貴方の夢を見る。貴方の元へ逝く、甘い甘い夢を。
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