2025~



 じわりと湿ったぬるい風が、短く切り揃えられた青髪を揺らすのをただ見つめていた。


 夏の終わり。付き合いだしたのはつい最近。
 メガスフィアを降りてから体を重ねだして、まだ数回目。センパイに翻弄され、その背中に縋りつくのはまだビギナーとしか言えない程度の経験値。

 今日はなんとなく、そんな空気になって。それで、センパイの家に来ていた。

 事後の心地好い疲労と充足感。思考のめぐりが緩やかになるこの感覚はまだ慣れそうにない。センパイの後ろ姿にただ視線を注ぐ。
 広い背中に残る赤い線に目がいった。
 情事の証を生々しく伝えているそれをただ見つめる。

 さっきまで、あの背中にすがりついて、甘やかされて愛されたんだよな、なんて。

「……センパイ、こっち来ないノ?」

 動かない背中に声をかける。ゆったりとした動きで振り向いた彼は、甘く蕩けた瞳を潤ませていた。
 億劫そうにそばに来ると、壁に背中をつける。横たわっているボクの頭を撫でる手つきはやっぱりスローだった。

 眼鏡がないセンパイの顔をじっと見る。端正な顔立ちは甘く、けれど疲労が見て取れて、色香が匂い立つようで。センパイの顔なんて、こういう時じゃないとじっくり見れないから堪能させてもらう。

 窓から入り込む夜の風が、タオルケットを羽織っただけの素肌を撫でた。肌をさわがせるような感触に少し身震いをする。目を閉じているセンパイは、何を考えてるんだろう。
 投げ出されている膝をいたずらに指でトン、トン、と叩く。こっち向いて、なんてことを伝えるためだ。

「夏目くん?」

 先程とは比べ物にならないぐらい穏やな瞳。でもその中にまだ消しきれてない熱をくすぶらせてる。ボクを見る目はまだ雄の気配が満ちていた。

 まだ余韻が体に残ってる。
 きっとお互いそうなんだろう。

「……ずいぶん静かだけド、気持ちよくなかっタ?」
「え?いや、よかった、ですけど」

 煮え切らない返事。熱のせいでまとまらない思考は文句のひとつさえ浮かべることが出来なかった。沈黙がすこしだけ場を支配する。

「けド、何?」

 センパイはすこし、考えるように瞳を揺らした。ふらふらさまよう視線。

「現実味、が……ない、なあって」

 視線はボクの剥き出しの肩に注がれている。

 遠くでかすかに虫の声が聞こえた。
 この部屋の中だけが異質な空間だった。

 伸ばされる手を視界に入れる。
 虫の声を聞きながら、それを黙って受け入れた。
 ボクの肩の曲線をセンパイの指がなぞっていく。
 痺れるような感覚は情事の名残りだった。あれほど熱かった手のひらは、汗が乾いたからか、少し冷たかった。

「……実家でするノ、そんなに非現実的だっタ?」
「ここに君がいる、のが……信じられなくて。まだ、ふわふわしてます」

 手を重ねる。腕を引っ張る。
 センパイの体を布団に押し倒して、体に乗り上げる。
 両腕をついてボクの中に閉じこめれば、簡易的な鳥籠の完成。

「ネェ、それッテ、満足できたってこト?」

 まぶたにキスを落とす。湿った頭を撫でて、唇が触れるぐらいの距離。

「……天国みたいでした」
「アハハ、それはよかっタ。これで『2回目はないかな』なんて言われたらショックだからネ」

 汗に濡れた肢体。ゆるやかに視線を絡ませる。

 そのまま目を伏せた。ただ、夏の終わりのじっとりとした暑さを分け合いたくて。触れるだけのキスを一度。
 んふ、と笑う声。眠気が強いのか、なんだかぐにゃぐにゃ柔らかい。次第に溶けて、センパイの寝息とともに消えていった。
 動かなくなったセンパイの隣にころりと寝転ぶ。口を閉じて、その小さな寝息にただ耳をすませた。睡魔はゆっくりボクの体をも呑み込んでいく。

「……おやすミ。夢の中でモ、ボクだけを見ていてネ──つむぎにいさん」

 聞こえていないだろう。それでいい。静かな呼吸をしているセンパイに寄り添ってその青髪を撫でつける。まぶたを閉じれば風がカーテンを揺らして、ボクの体を撫でていった。
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