2025~

 ──恋人になれてもセンパイは、きっとボクを求めることに躊躇してしまうんだろう。
 蜜の香りを乗せた春風に遊ばれ揺れている青髪を見つめながら、夏目はかすかな苦しさを覚えていた。

 つむぎと付き合いだして数ヶ月。初夏だった季節は移り変わり、気づけばもう木枯らしの吹く季節になっていた。
 髪を切ったつむぎの姿にはまだ慣れない。彼を実家の自室に招くことも、まだ。

 ベッドに寝転がり、背中の上に乗っている猫の重みを感じながら夏目はスマホを弄っていた。この数ヶ月で猫も慣れたらしく、つむぎが居ても知らん顔で夏目に甘えてくるようになっていた。

「夏目くん?何を見てるんですか?」

 ドアが開いて、彼の声がした。ちらりと視線だけを向ける。背の上の温もりは逃げ出していた。

「センパイが当て馬してるドラマ」
「ああ、少女漫画の。結構まだ反響があるんですよね〜。さすが人気作というか」
「振られて泣く情けないセンパイ、見てて面白いからネ」
「泣いてはいませんよ」

 苦笑して、躊躇うことなくつむぎはベッドのふちに腰かける。距離を詰められ、跳ねた心臓は押さえ込んで。画面に視線を戻した夏目はぼんやりと、イケメン王子様なつむぎを見つめた。
 沈黙が落ちる。ドラマの音声が空気を小さく揺らしている。この人といる時の静寂は、どこか心地よかった。

 ぎ、とスプリングがかすかに鳴る。つむぎの気配が動いた。どこかへ行くのか、そう思い振り向く。
 息を呑んだ。

「……」

 ──確かに熱の篭った瞳が、夏目だけに向けられていたからだ。
 どくりと跳ねた心音に、夏目は慌てて視線を画面に戻す。温かい熱が夏目の背を撫でる。なにも言わず、つむぎは肩を撫で、髪を梳いてうなじにくちびるを押し当てた。

「ッ……センパイ……?」

 は、と熱い吐息が耳と首の境にあたる。ぞわりと肌が粟立った。
 つむぎの手のひらが肘の横に置かれる。マットレスがたゆんで彼が夏目に乗り上げた。柔らかな重さと、温かな体温。つむぎの香りがすっと肺から脳へ痺れとなって伝わってくる。

 尻の上あたりに、ごり、と押し付けられたのはゆるく熱を持った硬さだ。
 思わず身を震わせる。押し込むような動きでつむぎが腰を軽く揺らす。そこまでされたらもうダメだった。

「……何してるノ」

 なんとかひり出した声は情けなく震えていた。誤魔化すように舌打ちをして、不機嫌さを滲ませてから振り向く。つむぎは優しくて、いつも通りの穏やかな顔をしていた。

「夏目くんにかまってほしくなっちゃって」

 変わらないトーンの声。だけど火傷しそうな熱が見え隠れしていた。

「……今、手を離せないんだけド」
「ええ〜。キスぐらいなら……だめですか?」

 ギラついた視線に晒されて唾を飲み込む。ごくり、という音がやけに大きく響いた気がした。

「ッ、センパイ本当モジャっ毛を切り落としてから遠慮なくなったよネ!?」
「こういう俺は好みじゃありませんか?」
「……別にそんなことは一言も言ってないシ」

 てっきりつむぎは、恋人になったとしてもずっと奥手で受動的なのかと思っていた。
 だというのに、こうしてやりたいことは何としてでも押し通そうとするし、ハグだってキスだって、したいときに勝手にしてくる。その上咎めても何がいけないんですか?と言わんばかりに悪びれもしない。
 こんなに厄介なひとだと思わなかった。

「君が嫌ならもちろんやめますよ〜?」

 言外に「嫌がってませんよね」なんて込められて、あまりに忌々しい。大きすぎる誤算だ。センパイがまさか、受け身じゃないなんて。能動的な仕草で触れ合ってくるなんて。
 恥ずかしさと、悔しさと。遥かに上回る喜びで夏目は目を伏せた。
 すぐに降ってきたくちびるを受け止める。離れた気配に、薄く目を開く。
 目の前で嬉しそうに微笑んでいるつむぎがいて、やっぱりかっこいいな、なんて思ってしまう。

「あんまり調子に乗ってると怒るからナ」
「ふふ。はあい。ほどほどにしますね〜」

 惚れた弱み……というものだろうか。自信をつけたセンパイには、一生勝てる気がしない。
 次々に降ってくるくちびるを嫌だと突っぱねることもできずに受け止める。
 愛されているという自信満々なのが腹立たしくもあり……嬉しくもあった。
 内面が成長したセンパイはかっこいいから。でもボクが胸を高鳴らせてることは絶対に教えてあげない。だってそんなの、負けを認めるみたいで癪だから。
 でも、ボクが悔しがってると知ったとして、きっとこのひとは心の底から、嬉しそうに微笑むのだろう。
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