2025~

 静かな夜を照らすのは、あまたの弱く、けれど美しい光の群れだった。
「わ……星がきれい……」
 山奥でのロケ終わり。コテージから一歩外へ踏み出せば頭上には夜空を彩る星々が鮮やかに映る。思わず見とれ、立ち止まった。すると。
「──センパイ、いいから行ってくれないかナ。邪魔だヨ」
 声が聞こえたと思ったら、突き飛ばすような衝撃を感じて声を上げる。「わひゃあっ!?」つむぎは慌てて背後を振り返って、いたずらっ子を叱り飛ばした。
「も、もうっ!夏目くん!いきなり人の背中を押しちゃいけません!最近は暴力が減ってきていい子になってきたと思っていたのに……」
「フン。大量生産されて型に嵌められた『良い子』になるなんて気味が悪イ。最悪の賞賛だネ」
「ああ言えばこう言う……」
 つむぎの背中に容赦ない拳を入れたのは、案の定夏目だった。ちらりとつむぎの短くなった髪を見て、すこし口元を動かした彼は何を言うでもなくスタスタと先を歩き出す。
 その華奢な背中を見て、つむぎはふ、と息を吐いた。駆け寄って、彼の隣に寄り添う。
「そんなに俺の髪の毛が気になるんですか?」
「ハ?自意識過剰すぎてキモイ。誰がいつスッキリしたセンパイの頭髪を気にしたっテ?」
「その言い方だと俺が禿げたみたいになりますよ〜?」
「ハハッ……禿げのセンパイとか笑えル」
 この子は俺が髪を切ってから、やけに視線をそこへ向けるようになった。まるで何かにすがりつこうとするみたいに。
「……なにか俺に言いたいことがあるんでしょう?」
 軽口を叩きながらも横目で見た夏目くんはどこか普段とは違う様子だった。どうしたんだろう。彼らしくない雰囲気に気になってしまった。
「ううン。なんでモ……それよリ、山菜のシチューは案外美味しかったネ」
「そうですね〜。宙くんなんておかわりしてましたし♪」
 今日は『山奥でサバイバルをしてみよう』という、教育番組のロケだった。
 宙と共に野山を駆け巡り水や木々を集めてヘトヘトになりながらキャンプ地をつくって。山菜で作ったシチューを最後に食べ、和やかなムードで撮影は終わった。
 静寂の中、つむぎは下ろされている彼の手にそっと指先を触れさせる。内側から聞こえる、ドキドキと鼓動が高鳴る音に苦笑してしまった。
 手を繋ぐだけなのに、こんなに緊張するなんて。まるで初恋を知ったばかりの学生みたいだ。いや、でも、これが初恋なんだからある程度は仕方ない……はず。
 夏目が嫌がっていないことを確認すると、指先を動かして彼の指を握る。すり、と撫で、手を重ねて握りしめた。夏目はかすかに震え、星みたいな目がつむぎを映す。
 ああ、夏目くんってば、星空にも勝てるぐらいに綺麗なんだから。困っちゃいますね。
 口元に笑みを浮かばせ、つむぎは青白く浮かび上がる彼の横顔を見た。高い鼻筋に、長いまつ毛。女性的な柔らかさのある顔立ちに綺麗な白い肌。神さまが作り上げた奇跡みたいな子。
「それにしても、壮観ですよね」
「そりゃア、これだけ山奥だったら人工灯には邪魔されないからネ」
 そういうことじゃなかったけど。まあ、いいか。
 はるか遠くに浮かぶ月を眩しそうに見上げている、つむぎだけの可愛い子。
 見つめていると、彼の目線がついと下がった。そのままふらり、俺のうなじへ向かう。ちりっとした熱を感じ、小さく息を引いて。
「ふふ、夏目くんってば」
 彼に微笑みかける。嫌そうに顔をしかめたけど、君は手を離すことさえしなかった。ああ、ほんとうに。きみって子は。
「……いきなり笑い出して一体何なノ」
「また俺の髪を見ていましたね」
「ッ、見てなんかなイ!」
 ね、もしかしてですよ。
 もしかして、君も俺と同じで。──寂しくなってしまったのかな。
 そうだったらいいと思う。だって、今日の星空は子供の頃の『大切な約束の日』と似ていたから。
 夏目くんの視線の先にはまんまるのお月さま。
 ぼんやりと彼を見ていると、不意に蘇ったのは新年の特番での、『言わなくても伝わってるくせニ』という言葉だった。
 伝わることもあるけど、言わなきゃ伝わらないことだってある。
 君の不安をね、取り除いてあげたいんですよ。例え杞憂だったとしても、独りよがりだったとしても構わない。俺には……君だけなんだから。
「ふふ。いえ……特に今日は、とても綺麗ですよね」
 視線をあげる。満天の星に、夜空を柔く照らす月あかり。
「べつにそんなこト……思ってないシ」
 淡く照らされる横顔はかすかに、頬が赤く見えた。気のせいなんかじゃない。だってそうだ。
 握りしめた指先に、かすかに力が込められたのだから。
「意地を張らないでいいのに」
 微笑みかければふい、と視線をそらされた。でもそんな姿でさえ愛おしくて仕方ない。古典的な告白をしてしまうぐらいには、浮かれてしまう。
「意地なんて張ってないヨ。センパイが浮かれてるだけでショ。センパイと見る月モ、いつもと変わらなイ」
「『いつもと変わらない』美しさ、ですか?」
 呼吸は静かな夜に吸われていく。俺の宝物を見れば可愛い顔をしていて。きゅ、と胸が締め付けられた。
「見える月なんテ、毎日同じでショ」
「そうですね……」
 くすくすと忍び笑いを漏らして、夏目くんを横目に見れば、彼は分かりやすいぐらい真っ赤な頬をしていて。ああ、たまらないな。俺の可愛い恋人は、なによりもかわいらしくて、うつくしい。
「変わりませんね……君と見る夜空は」
「……知らないヨ」
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