2025~
「センパイの好きな人って誰だと思ウ?」
酔った大人たちの喧騒が一瞬遠ざかる。会話の区切りで広がった静寂を切り裂いたのは職業的にご法度のはずの、恋愛話だった。赤い髪を指で弄りながら我が推しは、とんでもない爆弾を投下したのだ。
『Switch』ファンの俺がニューディに就職して二年。
辛い時を支えてくれた『Switch』を信奉している一般オタクの俺だが、なんと彼らとほんの少しだけ交流があった。
「青葉さんの好きな人……?なんだか唐突ですね、逆先くん」
「ン〜?そうでもないヨ。ずっと気にしてたんだかラ……っていうか敬語なんてやめてよネ。ボクの方が年下だシ、君に敬語を使われるとボクも敬語にしなきゃいけなくなるんだかラ」
焼き鳥串を解しながら気の抜けた声で喋る彼、逆先夏目は俺の推しユニットのリーダーだ。どうしてオタクと推しが一緒に居酒屋にいるのか、それには深くもない理由があった。
Switchのユニットメンバーであり、我らがニューディの副所長だった青葉つむぎさん。
青葉さんが副所長を解任されて失踪した、地獄みたいなあの日。憔悴していた逆先くんに心配で声をかけたのが縁で、俺は逆先くんと少しずつ会話を交わすようになった。
何の奇跡か、推しの連絡先まで手に入れたオタクは舞い上がった。彼をご飯に誘うようになってしまった結果、今に至る。
「はァ……髪を切って身軽になりすぎたのカ、勝手にどっかに行っちゃうようになってネ。今じゃどこで何をしているのかの予想すら立てづらくなってル。……ア、これ美味しイ」
解した焼き鳥を口に運び、不貞腐れている彼。すねてるかわいい~!と思ってしまうが何とか気を引き締めて言葉を返す。
「Switchの皆さんはいつでも一緒のイメージがありましたけど……あ、それ、俺の分とか考えず食べてくださいね」
「まァ……大体は一緒だけド」
コブサラダをつついている逆先くんは悩ましげなため気を吐き出した。青葉さんについての愚痴は止まることを知らない。しかし、それがひねくれた愛情表現だと俺は知っている。
「それでどうして青葉さんの好きな人の話に?」
箸を置いた彼が目を伏せる。
あのネ、と切りだしたのは告白だった。「センパイのことが好きなんダ」と、訥々と語る彼。恋する人の顔をしていて、ついドキリと心臓が跳ねあがる。
「……ボクはもちろんセンパイに好かれてるとは思ってるけド。……ボクと同じ気持ちで居てくれるのかがわからなくッテ」
「どッ……おして……それを、俺に……?」
「客観的に見てどう思うか聞かせてほしイ。ボクって脈アリなのかナ」
金色の猫みたいな目が俺を見つめる。真っ直ぐに見られてどこか落ち着かない。意味もなくアルコールを飲んで、視線をさまよわせて、俺はなんて返すべきか悩みに悩んでいた。
だって逆先くんと青葉さんなんて、誰が見ても分かるぐらいには良い雰囲気なのだ。
こんなに逆先くんを特別視している青葉さんと、青葉さんにだけは甘くて世話焼きで不器用になる逆先くん。二人は付き合ってるとみんな思っていたのにまさか、まだだったなんて。
ちらりと彼を見れば指を組んで遊ばせている。気恥しそうに見えたのは間違いじゃないだろう。
「脈アリかどうか……」
『もちろん、周りのみんなそう思ってます』なんて言って二人の間の甘やかな雰囲気を壊してしまったらたまらない。さて、どう応えようか。
少し悩み、ビールを煽って覚悟を決めた。柄にもなくちょっとだけキューピットをしてみよう。大胆な気持ちが芽生えたのだ。
「……ごめン。困らせちゃったネ。こんなこと言うつもりは無かったんダ。それよリ……センパイに連絡してくれなイ?ボクが寝たとか適当に理由つけてサ」
えっ、と声が漏れる。
俺が見せた少しの戸惑いを察知したのか身を引いた彼は、照れくさいというふうに口を曲げる。そのまま机に突っ伏して何も言わなくなってしまうが、その姿は『センパイに会いたい』と雄弁に語っていた。
「青葉さんを呼びますかあ……」
こちらに向いている視線には気づかないフリをして。忍び笑いで青葉さんに『逆先くんが俺の隣で寝てます』とメッセージを送ったのだ。
▷
「ああ、夏目くんここに居たんですね……すみません、この子が迷惑をかけてしまって」
「いえ!多忙だろうに呼び出しちゃった俺にも責任があるので……!」
それから十数分。青葉さんが焦った様子で俺たちの座る個室に飛び込んできた。逆先くんが足音を聞いてぴくりと肩を震わせていた事については見なかったものとする。
机の反対側で寝ている彼の姿を目に止めると、安心したように青葉さんは息を吐いて力を抜いた。
「今日はなんの無茶振りを?」
「青葉さんの好きな人について聞かれました」
逆先くんとご飯に行くと大体どこかで青葉さんが現れる。そうでなくとも後日、オフィスで心配そうに『夏目くんはどんな様子でしたか?変なことをされていませんか?』と聞かれるのだ。
俺と逆先くんがご飯してるのちょっと嫌なんだなと、俺に興味無さそうなのに毎回聞いてくる青葉さんを見て勘づいた。っていうかここまで匂わせてるくせに、一体何やってるんだこの人たち。
「……俺の好きな人、ですか」
考えていたら青葉さんが困ったように眉を下げて微笑んだ。逆先くんの頬を手の甲で撫でると自然な動作で抱き上げる。えっ、と驚きの表情で見ていれば「外のタクシーに連れていきたいので手伝ってくれませんか」と、一瞥。
「も、もちろん!」
そうして逆先くんをタクシーに放り込み、青葉さんも乗り込んだ。二人のプライベートに踏み込む気は無い俺はその場で電車で帰る、と宣言する。どこか安堵したような顔で青葉さんは謝った。
その姿がどこかもどかしく思ってしまって。寝たふりをしている逆先くんに、少しだけプレゼントを送りたかった。たぶんそれは救われたファンからの恩返しの気分だったと思う。
「……逆先くん、泣きそうな顔で『センパイの好きな子って誰だろ』って悩んでいましたよ」
もどかしい二人が前に踏み出せるように。背中を押してやるというお節介のつもりで、そう言った。
「……そうですか」
青葉さんは目を伏せ苦笑した。
細く、言葉ごと息を吐きだして。
「──俺の好きな子はね。……いつもこうして暴走をしがちなんです」
逆先くんの白く細い手をそっと撫でた。まるで壊れ物を触るように。
「特に俺のことになるとポンコツで……」
「……大変ですね」
ふ、と小さく吐息をもらして青葉さんが苦笑する。
俺は気の利いた言葉なんて考えられなくてつい、黙り込む。沈黙が落ちた。
「……夏目くんといつも遊んでくれてありがとうございます」
静寂に波紋を広げるように言うと、そっと隣の子を撫でる。そうして膝の上に逆先くんの頭を乗せた。
寝たフリの逆先くんは少し身体を震わせて。青葉さんはそんな様子を見て目を細めたのだ。
赤毛を指で梳いて、撫でるように、守るように髪を遊ぶ。甘ったるくて熱い視線は一発で『そう』だとわかるものだ。けれど本人はたぬき寝入り中。
ジャリジャリの砂糖を噛み砕いた気分。馬に蹴られる前に早くここから逃げるかと挨拶をして立ち去ろうとしたその時だった。
「ああ、それと」
「はい?」
ざあっと夜風が髪をもてあそんで吹き抜ける。
「この話は誰にも、言わないでくださいね」
青葉さんの緑のような黄色のような瞳が俺を見透かしていた。
「……それはどういう?」
ふにゃりと笑って、彼は大人びた顔をして逆先くんに視線を移す。逆先くんが見られたくないとばかりに顔を背ける。
バレているのかいないのか。逆先くんを見つめる視線は柔らかい。口元を綻ばせ、宝物を愛でるような顔をして。逆先くんのひと房長い髪をすくいあげる。
「俺はね……──機をうかがっているんです」
「……っ」
その姿にぎょっとする。だって彼は『Switch』ファンで元部下の俺でさえ知らない、男の顔をしていたから。
逆先くんの髪に口付けを落とした青葉さんには、底知れない執着があるように見えた。背筋がぶるりと震える。彼は大人びた余裕をもって笑うとゆっくりと強調するように言葉を重ねる。
蠱惑的で、獲物を絶対に逃さないという熱がこもった声だった。
「『告白するなら飛び切り良いシチュエーションで』……じゃないと拗ねて、怒られちゃうので」
複雑な色の瞳は俺に向くことなく、ただ静かに『その子』だけを見つめていた。
酔った大人たちの喧騒が一瞬遠ざかる。会話の区切りで広がった静寂を切り裂いたのは職業的にご法度のはずの、恋愛話だった。赤い髪を指で弄りながら我が推しは、とんでもない爆弾を投下したのだ。
『Switch』ファンの俺がニューディに就職して二年。
辛い時を支えてくれた『Switch』を信奉している一般オタクの俺だが、なんと彼らとほんの少しだけ交流があった。
「青葉さんの好きな人……?なんだか唐突ですね、逆先くん」
「ン〜?そうでもないヨ。ずっと気にしてたんだかラ……っていうか敬語なんてやめてよネ。ボクの方が年下だシ、君に敬語を使われるとボクも敬語にしなきゃいけなくなるんだかラ」
焼き鳥串を解しながら気の抜けた声で喋る彼、逆先夏目は俺の推しユニットのリーダーだ。どうしてオタクと推しが一緒に居酒屋にいるのか、それには深くもない理由があった。
Switchのユニットメンバーであり、我らがニューディの副所長だった青葉つむぎさん。
青葉さんが副所長を解任されて失踪した、地獄みたいなあの日。憔悴していた逆先くんに心配で声をかけたのが縁で、俺は逆先くんと少しずつ会話を交わすようになった。
何の奇跡か、推しの連絡先まで手に入れたオタクは舞い上がった。彼をご飯に誘うようになってしまった結果、今に至る。
「はァ……髪を切って身軽になりすぎたのカ、勝手にどっかに行っちゃうようになってネ。今じゃどこで何をしているのかの予想すら立てづらくなってル。……ア、これ美味しイ」
解した焼き鳥を口に運び、不貞腐れている彼。すねてるかわいい~!と思ってしまうが何とか気を引き締めて言葉を返す。
「Switchの皆さんはいつでも一緒のイメージがありましたけど……あ、それ、俺の分とか考えず食べてくださいね」
「まァ……大体は一緒だけド」
コブサラダをつついている逆先くんは悩ましげなため気を吐き出した。青葉さんについての愚痴は止まることを知らない。しかし、それがひねくれた愛情表現だと俺は知っている。
「それでどうして青葉さんの好きな人の話に?」
箸を置いた彼が目を伏せる。
あのネ、と切りだしたのは告白だった。「センパイのことが好きなんダ」と、訥々と語る彼。恋する人の顔をしていて、ついドキリと心臓が跳ねあがる。
「……ボクはもちろんセンパイに好かれてるとは思ってるけド。……ボクと同じ気持ちで居てくれるのかがわからなくッテ」
「どッ……おして……それを、俺に……?」
「客観的に見てどう思うか聞かせてほしイ。ボクって脈アリなのかナ」
金色の猫みたいな目が俺を見つめる。真っ直ぐに見られてどこか落ち着かない。意味もなくアルコールを飲んで、視線をさまよわせて、俺はなんて返すべきか悩みに悩んでいた。
だって逆先くんと青葉さんなんて、誰が見ても分かるぐらいには良い雰囲気なのだ。
こんなに逆先くんを特別視している青葉さんと、青葉さんにだけは甘くて世話焼きで不器用になる逆先くん。二人は付き合ってるとみんな思っていたのにまさか、まだだったなんて。
ちらりと彼を見れば指を組んで遊ばせている。気恥しそうに見えたのは間違いじゃないだろう。
「脈アリかどうか……」
『もちろん、周りのみんなそう思ってます』なんて言って二人の間の甘やかな雰囲気を壊してしまったらたまらない。さて、どう応えようか。
少し悩み、ビールを煽って覚悟を決めた。柄にもなくちょっとだけキューピットをしてみよう。大胆な気持ちが芽生えたのだ。
「……ごめン。困らせちゃったネ。こんなこと言うつもりは無かったんダ。それよリ……センパイに連絡してくれなイ?ボクが寝たとか適当に理由つけてサ」
えっ、と声が漏れる。
俺が見せた少しの戸惑いを察知したのか身を引いた彼は、照れくさいというふうに口を曲げる。そのまま机に突っ伏して何も言わなくなってしまうが、その姿は『センパイに会いたい』と雄弁に語っていた。
「青葉さんを呼びますかあ……」
こちらに向いている視線には気づかないフリをして。忍び笑いで青葉さんに『逆先くんが俺の隣で寝てます』とメッセージを送ったのだ。
▷
「ああ、夏目くんここに居たんですね……すみません、この子が迷惑をかけてしまって」
「いえ!多忙だろうに呼び出しちゃった俺にも責任があるので……!」
それから十数分。青葉さんが焦った様子で俺たちの座る個室に飛び込んできた。逆先くんが足音を聞いてぴくりと肩を震わせていた事については見なかったものとする。
机の反対側で寝ている彼の姿を目に止めると、安心したように青葉さんは息を吐いて力を抜いた。
「今日はなんの無茶振りを?」
「青葉さんの好きな人について聞かれました」
逆先くんとご飯に行くと大体どこかで青葉さんが現れる。そうでなくとも後日、オフィスで心配そうに『夏目くんはどんな様子でしたか?変なことをされていませんか?』と聞かれるのだ。
俺と逆先くんがご飯してるのちょっと嫌なんだなと、俺に興味無さそうなのに毎回聞いてくる青葉さんを見て勘づいた。っていうかここまで匂わせてるくせに、一体何やってるんだこの人たち。
「……俺の好きな人、ですか」
考えていたら青葉さんが困ったように眉を下げて微笑んだ。逆先くんの頬を手の甲で撫でると自然な動作で抱き上げる。えっ、と驚きの表情で見ていれば「外のタクシーに連れていきたいので手伝ってくれませんか」と、一瞥。
「も、もちろん!」
そうして逆先くんをタクシーに放り込み、青葉さんも乗り込んだ。二人のプライベートに踏み込む気は無い俺はその場で電車で帰る、と宣言する。どこか安堵したような顔で青葉さんは謝った。
その姿がどこかもどかしく思ってしまって。寝たふりをしている逆先くんに、少しだけプレゼントを送りたかった。たぶんそれは救われたファンからの恩返しの気分だったと思う。
「……逆先くん、泣きそうな顔で『センパイの好きな子って誰だろ』って悩んでいましたよ」
もどかしい二人が前に踏み出せるように。背中を押してやるというお節介のつもりで、そう言った。
「……そうですか」
青葉さんは目を伏せ苦笑した。
細く、言葉ごと息を吐きだして。
「──俺の好きな子はね。……いつもこうして暴走をしがちなんです」
逆先くんの白く細い手をそっと撫でた。まるで壊れ物を触るように。
「特に俺のことになるとポンコツで……」
「……大変ですね」
ふ、と小さく吐息をもらして青葉さんが苦笑する。
俺は気の利いた言葉なんて考えられなくてつい、黙り込む。沈黙が落ちた。
「……夏目くんといつも遊んでくれてありがとうございます」
静寂に波紋を広げるように言うと、そっと隣の子を撫でる。そうして膝の上に逆先くんの頭を乗せた。
寝たフリの逆先くんは少し身体を震わせて。青葉さんはそんな様子を見て目を細めたのだ。
赤毛を指で梳いて、撫でるように、守るように髪を遊ぶ。甘ったるくて熱い視線は一発で『そう』だとわかるものだ。けれど本人はたぬき寝入り中。
ジャリジャリの砂糖を噛み砕いた気分。馬に蹴られる前に早くここから逃げるかと挨拶をして立ち去ろうとしたその時だった。
「ああ、それと」
「はい?」
ざあっと夜風が髪をもてあそんで吹き抜ける。
「この話は誰にも、言わないでくださいね」
青葉さんの緑のような黄色のような瞳が俺を見透かしていた。
「……それはどういう?」
ふにゃりと笑って、彼は大人びた顔をして逆先くんに視線を移す。逆先くんが見られたくないとばかりに顔を背ける。
バレているのかいないのか。逆先くんを見つめる視線は柔らかい。口元を綻ばせ、宝物を愛でるような顔をして。逆先くんのひと房長い髪をすくいあげる。
「俺はね……──機をうかがっているんです」
「……っ」
その姿にぎょっとする。だって彼は『Switch』ファンで元部下の俺でさえ知らない、男の顔をしていたから。
逆先くんの髪に口付けを落とした青葉さんには、底知れない執着があるように見えた。背筋がぶるりと震える。彼は大人びた余裕をもって笑うとゆっくりと強調するように言葉を重ねる。
蠱惑的で、獲物を絶対に逃さないという熱がこもった声だった。
「『告白するなら飛び切り良いシチュエーションで』……じゃないと拗ねて、怒られちゃうので」
複雑な色の瞳は俺に向くことなく、ただ静かに『その子』だけを見つめていた。
