2025~
指先がうなじをすっと撫でる。さんざん強引に強請られた昨夜の気配を思い出して、身体がかすかにわなないた。
「……何するんですか、夏目くん。今は朝ですよ」
オフの日が被って(被らせたがまあ、たまたまということにしてある)親のいない夏目の家で一晩を明かした。そろそろ二人が帰るための仮の同棲部屋でも借りようか、という話をしていた時だった。
「ハハ、その気になっちゃっタ?すけべなセンパイ」
鼓膜を揺らしたのは、少し甘くて気の抜けた声。二人きりになると決まって彼が出す声音だった。
春の朝はまだ肌寒い。前の季節の記憶を呼び覚ますようなしんとした冷たさに反して二人を照らす陽光は淡く柔らかい。
隣合ってラグの上に座っていたはずが、夏目は朝の光のなかで妖しく動き出す。触れた彼の指先はほんの少しだけ、冷たく感じた。
つむぎのうなじから首筋、鎖骨を撫で顎に指が移っていく。顔を上向かされ、静かにくちびるが重ねられた。触れ合うだけの口付けだった。
「ッふ、ネ……昨晩を思い出さなイ?あれだけがっついてたのにもう優等生に戻っちゃうんダ」
つむぎの膝の上にのりあげ、彼が見下ろしてくる。その金色の目には欲の色は見えなかった。「夏目くん」たしなめるように呼びかけ腰を撫でる。は、と息をついて静かな声をつむぎは発した。
「無理にこうやって誘わなくてもいいんですよ」
びくり、表情こそ変わらなかったがかすかに体が震えた。触れていたからわかる動揺。
「べつニ、無理とかじゃないシ」
嘘ですね。じ、と見つめるが視線は合わない。
「夏目くん?こっちを見て」
「……」
視線は彷徨(うろつ)いている。こちらを見てくれないことがなんだかひどく、寂しく思えた。あれほど夜には近くにあったはずの熱が遠い。
冷静になるため息を吐いて、彼の腰をゆっくりと撫で下ろす。あやすような、すがるような動きだった。
「……たとえ君との間に肉体関係がなくても、俺には君だけですよ」
……あれだけ抱き潰しておいて、よく言えるなとは思いますけどね。
最近になってやたら情欲を煽ってくるとは思っていたけれど。もしかして俺の愛情がいつまで続くのか不安になっていたのかもしれない。朝になっても全てがまぼろしではない、と確かめたいんだろう。今更になってそう、思い至った。だって、俺もおなじだ。
──冬と春の境目は、彼にとっても俺にとっても喪失と再起が深く絡みついている。
こっち見て?甘い声で囁いて、そおっと頬に手を伸ばす。ようやくはちみつ色がつむぎを捉えた。
「ねえ、大好きですよ。愛しています。……いい加減俺に愛されているって自信を持ってください」
むにゃむにゃと口元を動かしているが返事はかえってこない。これはつむぎがもっと愛していると日常的に伝えるべきか。
頭の中でどんな風に愛するべきかと算段をつける。生憎と、人心掌握については多少心得ているんです。君が思うよりずるいんですよ、俺も。
「……俺の命よりも君の存在は重たいんですよ。君しか見えてないんです。……不安なんて、感じないで」
うやうやしく、くちびるを重ね合わせる。お互いの熱が溶けて混ざり合えばいい。ひとつになってしまえばいい。
「っン……ゥ……」
つむぎの口腔で溶けて消えた吐息には、文句か、はたまた素直な言葉だろうか。何かが込められていると願うように思ってしまう。
くちびるをかすかに離せば一瞬だけ、彼は迷子のような視線を向ける。ぱっと離れたはちみつ色に心がきしりと音を立てる。きっと気のせいだ。頭を撫でて甘えるように抱き寄せる。
夏目は何を言おうとしたのか。確かめることもせずただ、愛していると口の中で転がして微笑みかける。
つい先刻まであったはずの、爽やかな朝の気配は甘く淫靡な熱に飲まれ、続く昼へと消えていく。春にしてはじとりと暑くなった日のことだった。
「……何するんですか、夏目くん。今は朝ですよ」
オフの日が被って(被らせたがまあ、たまたまということにしてある)親のいない夏目の家で一晩を明かした。そろそろ二人が帰るための仮の同棲部屋でも借りようか、という話をしていた時だった。
「ハハ、その気になっちゃっタ?すけべなセンパイ」
鼓膜を揺らしたのは、少し甘くて気の抜けた声。二人きりになると決まって彼が出す声音だった。
春の朝はまだ肌寒い。前の季節の記憶を呼び覚ますようなしんとした冷たさに反して二人を照らす陽光は淡く柔らかい。
隣合ってラグの上に座っていたはずが、夏目は朝の光のなかで妖しく動き出す。触れた彼の指先はほんの少しだけ、冷たく感じた。
つむぎのうなじから首筋、鎖骨を撫で顎に指が移っていく。顔を上向かされ、静かにくちびるが重ねられた。触れ合うだけの口付けだった。
「ッふ、ネ……昨晩を思い出さなイ?あれだけがっついてたのにもう優等生に戻っちゃうんダ」
つむぎの膝の上にのりあげ、彼が見下ろしてくる。その金色の目には欲の色は見えなかった。「夏目くん」たしなめるように呼びかけ腰を撫でる。は、と息をついて静かな声をつむぎは発した。
「無理にこうやって誘わなくてもいいんですよ」
びくり、表情こそ変わらなかったがかすかに体が震えた。触れていたからわかる動揺。
「べつニ、無理とかじゃないシ」
嘘ですね。じ、と見つめるが視線は合わない。
「夏目くん?こっちを見て」
「……」
視線は彷徨(うろつ)いている。こちらを見てくれないことがなんだかひどく、寂しく思えた。あれほど夜には近くにあったはずの熱が遠い。
冷静になるため息を吐いて、彼の腰をゆっくりと撫で下ろす。あやすような、すがるような動きだった。
「……たとえ君との間に肉体関係がなくても、俺には君だけですよ」
……あれだけ抱き潰しておいて、よく言えるなとは思いますけどね。
最近になってやたら情欲を煽ってくるとは思っていたけれど。もしかして俺の愛情がいつまで続くのか不安になっていたのかもしれない。朝になっても全てがまぼろしではない、と確かめたいんだろう。今更になってそう、思い至った。だって、俺もおなじだ。
──冬と春の境目は、彼にとっても俺にとっても喪失と再起が深く絡みついている。
こっち見て?甘い声で囁いて、そおっと頬に手を伸ばす。ようやくはちみつ色がつむぎを捉えた。
「ねえ、大好きですよ。愛しています。……いい加減俺に愛されているって自信を持ってください」
むにゃむにゃと口元を動かしているが返事はかえってこない。これはつむぎがもっと愛していると日常的に伝えるべきか。
頭の中でどんな風に愛するべきかと算段をつける。生憎と、人心掌握については多少心得ているんです。君が思うよりずるいんですよ、俺も。
「……俺の命よりも君の存在は重たいんですよ。君しか見えてないんです。……不安なんて、感じないで」
うやうやしく、くちびるを重ね合わせる。お互いの熱が溶けて混ざり合えばいい。ひとつになってしまえばいい。
「っン……ゥ……」
つむぎの口腔で溶けて消えた吐息には、文句か、はたまた素直な言葉だろうか。何かが込められていると願うように思ってしまう。
くちびるをかすかに離せば一瞬だけ、彼は迷子のような視線を向ける。ぱっと離れたはちみつ色に心がきしりと音を立てる。きっと気のせいだ。頭を撫でて甘えるように抱き寄せる。
夏目は何を言おうとしたのか。確かめることもせずただ、愛していると口の中で転がして微笑みかける。
つい先刻まであったはずの、爽やかな朝の気配は甘く淫靡な熱に飲まれ、続く昼へと消えていく。春にしてはじとりと暑くなった日のことだった。
