2025~


「わ、懐かしい……」
 大掃除の途中。仕事関係の大切な書類として纏めてあるファイルボックスの隅から懐かしい一冊を発見した。もう十年ほど前だろうか、夏目が主演を務めた映画の特集記事だ。
 つい、めくったページには特徴的な衣装に身を包み、少し幼い顔立ちの彼がいて。こちらを挑発的に、蠱惑な笑みで誘っていた。
 ふ、と口元を弛めてつむぎは雑誌に目を通す。もう大掃除などというタスクは脳内から一時的に消去されていた。
 悪魔のルシファー。少女漫画のキャラクターであるその役は、「信じてほしい」と真摯に希うセリフが印象的だ。信じて、なんて言うくせにどこか胡散臭い。
 それは表情もあるがなによりその服装だ。空いた胸元とボンテージ風のジャケットにパンツ。まさしく『人を堕落に誘う悪魔』だ。
 それにしても、この頃の夏目くんはまだ子供っぽい顔立ちをしてる。今でこそ落ち着いていて色香の漂う大人の男だが、昔はそんなイメージは一欠片もなかった。すぐに怒って拗ねて嫉妬して。感情が先に出るのは変わらないけれど、今よりもっと御しやすかった。
「──【お掃除】はどうしたのかナ。サボり魔さん?」
「うひゃっ!?」
 ぴたりと冷たいものが首筋にあたる。驚いて声をあげれば仕掛けてきた張本人はくつくつと低く喉を鳴らして笑っていた。
「何するんですか?夏目くん」
「何ッテ、掃除を頼んだのに堂々とサボってる悪い子に鉄槌を下しただけだヨ」
 振り返れば、猫のような表情で機嫌が良さそうに笑っている夏目が後ろにいた。つむぎの肩に手を置いて抱きしめるような体勢になり後ろから手元をのぞき込む。
「お茶持って来てあげたんだけド、いらなイ?」
「ほしいです」
「そウ、デ?何見てニヤニヤしてたノ?グラビアアイドル?」
「まあ、大して変わりはありませんね」
「何。この間仕事で一緒になった子でも見てタ?」
 少し面白くなさそうにじとりとこちらを金色が睨んでいる。すぐ横にある彼の頭を撫で付け、ほら、と彼に雑誌を見せれば違うじゃン、なんて安心したように呟いていた。
「この衣装はグラビアアイドル並みでしょう?」
「少女漫画だけどナ。……まァ、でもこれでシた時は盛り上がったっケ」
 夏目の指先が雑誌をなぞる。懐かしむように。
「それにしてモ、随分と懐かしいものを見つけたネ……」
「この頃はまだ、君からの愛情すべてを信じきれませんでした」
「ボクがわざわざ何度も伝えていたのにネ。ルシファーだっテ、信じてほしい、って言っていたのニ」
「昔の俺たちは……まるで自分さえも信じられていないような顔をして愛してると言っていましたね」
 彼の横顔はどこか郷愁を漂わせている。なんとなく、そんな顔は見ていたくなくて。彼の意識を過去から逸らすように軽口を叩いた。
「……それにしても、願いを素直に言うなんて可愛げのある悪魔ですよね〜」
「真っ先に感じるのが色気じゃなくて可愛げなんダ」
 夏目の腕が首を囲む。体重を背中にかけられて心地よい人肌と重みを感じた。
「だって、この頃の夏目くん。落ち着きがありませんでしたよ?」
「まァ……否定はできないネ」
「ふふ。そういう余裕のなさが可愛かったんです……大人になりましたね」
 頬にちゅ、と軽い音。啄むようにキスをされ、つむぎは彼の襟足を撫でる。ぺろりと唇を舌先が撫でていって、欲の熱がかすかに反応する。
「落ち着いた今のボクはかわいくなイ?」
 彼の腕をとり、おいで、と誘えば夏目は素直につむぎの前に座る。後ろから抱きしめ、足の間に閉じ込め首筋に顔を埋めた。少しだけ歯を立て、唇を離す。
「……可愛くないと思ってル?」
「ヤキモチですか?」
「……べつニ。もうボクも若くないし仕方ないだろうけド、でモ」
「ふふ……心配しなくても夏目くんは今でも可愛らしいですよ。君ならなんだって大好きです」
 きょとんと目を丸めた夏目は、すぐに嬉しそうに笑い出す。つむぎの方へ体重を預けて胸に後頭部をグリグリと押し付けてきた。
「アハハッ……盲目なのは変わらないネ。センパイ」
「そりゃ、俺の想いの先はずっとただ一人だけですから」
「愚かな男だヨ、まったク」
 『愛している』なんて今更口にしなくても信じていられるのは、積み重ねてきた時間の長さのおかげだろうか。
 夏目の片手を、同じ方の手で捕まえる。体温を混ぜるように指を絡め、肌を重ねれば夏目の温度がじんわりと伝わってくる。
「それより、夏目くん」
「なぁニ?『センパイ』」
 その部分をわざとらしく強調した声。はあと息をつく。
「……わかっててやってるでしょう。もう俺は君の先輩じゃありません」
 少し拗ねた声を出せば夏目はケラケラ笑う。握りしめた手に力を込め、つむぎの喉元にキスをする。喉仏を舌が撫で、しゃぶるように吸いつかれた。
 重なった左手が少し揺れて、かちん、と金属が擦れる音がする。夏目は少し背を伸ばしてつむぎの唇に彼のものを押し当てた。
「分かってるヨ。ボクの大事な『旦那さん』?」
 至近距離で笑う夏目に苦笑して応える。春風が二人の短くなった髪を揺らし、未来へ吹き抜けていく。
 左手には、同じ指にお揃いのシルバーリングが光っていた。
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