2025~



「センパイの嫌いなところをこれから100個言うかラ」
 つむぎの隣でむすっと頬を膨らませ、不満をありありと顔に出した男はそう宣言すると一気にグラスの中の琥珀色の液体を煽ったのだった。

 夏目が二十歳を超えて、持ち前の好奇心から酒に手を出したいとつむぎに相談をしてきた。つむぎとしては好きな子に頼られているというだけで舞い上がるほど嬉しく、「夏目くんが第一に頼る相手は俺なんだ」という実感が湧いて即答で約束を取り付けた。
 『飲み方を教えてほしい。センパイなら仕事上の付き合いでアルコールとの関わり方を知ってるでしょ』というおねだりは、彼にしては珍しく素直な言葉で伝えられたのだ。

 そうしてつむぎが時々使っているバー(夏目のリクエストだ。初めてはバーがいい、とのこと)で、飲み始めたはいいが、彼はグイグイとカクテルを飲み進め、そうして気づけば顔が赤らんでしまっていた。
「さすがに二日酔いになりますよ。そろそろ帰りましょう、夏目くん」
「ヤダ」
「やだ、って言われても、辛くなっちゃうのは君ですよ〜?」
「ボクの言うことが聞けないっていうノ!?センパイのくせニ!!」
 ぐい、と、先程頼んだオン・ザ・ロックを豪快に飲み干し、夏目は据わった目でつむぎを睨みつける。あ〜あ、この子多分そう遠くない未来に吐くことになりますね。
「そういうところが嫌イ。いけ好かなイ。センパイの嫌いなところをこれから百個言ってやるから悔い改めロ!」
「……完全に飲み方間違えましたね」
「うるさイ!偉そうにするナ!これでまず二つだヨ」
 カウンターの上に肘を着いて頬に手を当て、凡そ外では絶対に見せないだろうだらけた姿で指折り数え始める。
 百を片手で数え切るつもりだろうか。冷静な気分でつむぎは成り行きを見守ることにした。
「その三、自己犠牲がひどイ。大切な人に尽くすのはまだわかル。でモ、大切にも思ってない相手にも世話を焼こうとしてすぐ自分を使うのはどうかと思ウ」
(夏目くんの声、普段より舌っ足らずでとろとろしていて可愛いなあ)
「その四、誰にでも優しすぎル。ボクやソラに優しくするのは当たり前だけド、それ以外の優しくする必要のない相手にまで優しくするのはおかしイ。そんなに八方美人で誰にでも好かれたいノ」
 トロリと蕩けた夏目の声に耳を傾けながら、つむぎは彼の姿を肴にして酒を煽る。
 赤く染った頬に、潤んだ瞳。切れ長の瞳はいつもよりだらしなく見える。話す度に小さい舌がチラチラと覗いて、ついキスしたくなる。そんな隙だらけの姿。
 ──好きな相手の油断しきった姿というのはこんなにもそそられるものなのだろうか。
 恋に舞い上がるなんてするつもりはないが、それにしたって夏目の姿が愛おしく映る。何をしていても可愛いのだ。だって、彼が文句を言うのも拗ねるのも怒るのも、すべてつむぎのことを心配しているからで、気にかけてくれることの証明だから。
 昔はいてもいなくても変わらない存在だと思っていた自分を、彼が真っ直ぐに見つめて向き合ってくれた。
 大切なんだ。夏目くんのことがなにより、最初からずっと。
「その十一……ッテ、センパイ?ネェ、さっきからずっとにこにこ笑ってこっちみてるけド、ちゃんと聞いてるノ〜?」
「聞いてますよ。俺が夏目くんだけを見ていないから嫌なんでしょう?もっと教えてください。君から見た俺の姿、聞きたいです」
「ハ?何それ意味わかんなイ。センパイ、マゾなノ?罵られて喜ぶとか変態、そういうところも嫌イ。ほら十五個目だヨ」
 数があやふやになっていることは指摘しないでおこう。静かに微笑んで、カンパリオレンジを傾ける。甘酸っぱい味が喉を焼いてふ、と熱い息を吐き出した。
「普通こういうこと言われたラ、怒るとかするでショ。どうしてそうボクには甘いノ。甘すぎル、全然ボクに対して怒らないじゃン。そういうところも気に食わなイ」
「そうですね」
 夏目の目をじっと見つめ、その甘く蕩けた瞳の色がオレンジに近くなっていることを知る。酔えているのだろう、目元さえも赤く染っていた。
「……なんで怒らないんだヨ」
 むう、と頬を膨らませて睨めつける表情はありありと【ボクは拗ねてるんだけど?】と表していてくすくすと笑ってしまう。さらに気を悪くさせたみたいで、夏目は「バカ、バカ。バーカ、バカセンパイ」なんて言い出している。
 彼の赤い髪を少し掬う。さらさらとした手触りを楽しんで、その長い一房を口元に持っていくと夏目の口が閉ざされる。
 視線を向け、口付けを落として笑みを浮かべて続けた。
「君に怒る理由がありません」
「こんなに罵ってるのニ?」
「ええ、だって、夏目くん」
 髪を手放す。彼は小首を傾げてつむぎを見上げている。
「──俺の事、本気で嫌いな訳じゃないでしょう?」
 ひゅ、と息を呑んで固まった彼の手を、するりと撫でる。
「俺にはね、こうやって俺の事を悪くいう君でさえ、俺が大好きだから見てくれて、気にかけてくれているんだ、ってわかるんです。
 だから、君の言葉の全ては俺への愛情から来ている、っていうことでしょう?」
 真っ赤になってしまった夏目が視線を逸らす。あからさまに動揺していて、狼狽えていた。可愛いなあ。俺の事が大好きだっていうことを隠しきれていると思ってる。俺も君が好きだから、君が何を隠しているかぐらいは察しがつくんですよ。
 もともと、今夜は逃すつもりがなかった。酒に酔わせてお持ち帰り、だなんてするつもりはないが、告白ぐらいはしても許されるかな、と思っていた。このバーを選んだのだって、芸能人がお忍びでよく来るから【この店の中で起きたことは全て他言無用】という不文律があるからだった。
 つまり、この場でいくら俺が夏目くんにキスをして大好きですと告げても誰にもバラされることは無い。
 可愛い夏目ちゃん。
 あのね、俺は君のことが大好きなんですよ。君に惚れて、もう十年以上こじらせてるんです。そんな子が俺のことを好きだと隠さずにかわいい方法で気を引いてきたら、もう我慢しなくてもいっかな、って思っちゃいませんか?
 逃がしませんよ。言外に圧を込めれば意味が伝わったらしく、逃げ出そうと震えた彼の白く細い手を握りしめる。まるで二人の将来を誓い合った、あの初恋の夜みたいに。
 カンパリオレンジの甘酸っぱい味を口内で転がして、怯えたように期待している夏目につむぎは、優しく微笑んだ。
「それで、夏目くん。続きを聞かせて?」
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