2025~
明るい陽光が差し込む朝。外からは清廉な空気が室内を照らしていて、レースのカーテンが窓から吹きこむ風に揺れる。
夏の匂いがベッドルームの中を満たす。濃い緑の香りとじめっとした湿度の濡れた感覚にまどろんでいた思考が覚醒へと浮かび上がっていく。
夏目が視界をひらくとまず目に飛び込んだのは青い色だった。もじゃもじゃとしていたはずのそれはつい最近夏目の手によって切り落とされたのだ。ぱちんぱちんと落ちていく青い色に、彼と昔に結んだ愛されるための願いは叶えられ昇華されていった。その最初と最後を夏目の手で見届けられたことがなにより喜ばしいと思えた。彼のすべてに自分が存在できているという事実が、この人の人生に深く息づいているとわかって夏目を満たしていく。
くるくるとつむぎの短くなった髪を指でもてあそぶ。短くなってしまった髪の先を指で弄っても長さが足りないせいですぐにほどけてしまう。それが少し物足りないのは彼がその姿だった時間が長かったせいだろう。
頭を撫でて、柔らかな感触に目を細める。ふ、と息を吐いて吸えば夏の香りとつむぎの匂いでいっぱいに満たされてなんだか心が凪いでいく。前回切ったときより少し長くなっている青髪をもしゃもしゃと撫でていると彼がううんと声を漏らす。起きたのだろうか。
「センパイ?」
「ん……あれ……なつめ、ちゃ……」
「正解だけど不正解ダ。大人のボクだヨ」
「ああ……夏目くん……おはようございます……まだ寝てませんか?今日はお休みでしょう……」
つむぎの手がぼすぼすと布団を叩く。夏目の手首をつかんでぐいっと引き寄せられた。彼の力に逆らうことなく従うと胸元に抱き寄せられた。見上げる視界にはつむぎのかんばせ。ずいぶんと精悍になってしまった。男らしくなった。ああ、気に食わない。
「センパイ、起きテ。休日だからって惰眠を貪るのはどうかと思うけド」
「……眠いです~」
「……どうして格好付かないことばっかり言うのサ」
「ええ?知りませんよ、これが俺ですから」
腰に手が回される。体の密着面が大きくなる。くそ、あたたかい。こんなことでドキドキするなんて。
つむぎの短くなった襟足をくすぐる。こちょこちょと撫でていればさすがにくすぐったかったのかつむぎがくすくすと笑いだした。
「ふふ……、ふふふ……っ、くすぐったいですよ」
「……伸びてきたネ」
「この髪型は気に食わない?」
「べつにセンパイ自体が変わったわけじゃないシ、気に食わないのは元からダ」
「ええ~……辛辣ですね」
脚を絡めながらぐだぐだと会話を交わす。熱を分け合って気温の高くなる前の気だるい空気を共有しているとなんだかやる気まで削がれていきそうだった。このままではゴロゴロとするだけで休日を使ってしまう。それはいけない。背を起こすと肌を撫でていたつむぎの手がぽろりと落ちていった。
「起きちゃうんですか~?」
「センパイのせっかくすっきりした髪型がまた野暮ったくなっちゃうのは見苦しいからネ。ほラ、起きテ。散髪をしてあげるかラ」
べちべちと彼の肩を叩く。昨夜の名残があるせいでお互いに半裸だった。素肌の感触は心地よいが人肌を感じているとどうしても気恥ずかしい。
「もうそんなに伸びてますか?」
「エ?……あァ、ウン」
つむぎの体温に意識を飛ばしていたから反応が遅れてしまった。そういえば髪が伸びているという話をしていたなと思い出した。
「結構伸びてるヨ。切ってあげるから起きてほしいんだけド」
「夏目くんがやってくれるなら起きないといけないですね~。はあ、どっこいしょ」
「……センパイのそういうところどうかと思ウ」
「へっ?」
▷▷
朝とはいえ、猛暑が続くこの夏だ。すぐに気温は上がってしまってべたべたとした気持ち悪さを感じてしまう。倦怠感にうんざりとしながらも鋏を開く。つむぎの髪に当てて慎重にしゃきん、と閉じる。しゃき、しゃきんと金属が擦れる音がして髪の束が切り落とされていく。
「ふふ……っ」
「何」
切っているとつむぎが不意に笑いだした。何か面白いことがあったのだろうか。髪を撫でて顔を覗き込む。
「どうかしたノ?」
「いえ……この、君の手が髪をくすぐる感覚には慣れそうにないなって」
「ハ?嫌なノ?」
「え?!いえいえ!嫌だとかそんなわけないじゃないですか~!君がしてくれることで嫌なことなんてあるわけないじゃないですか!」
しゃきん、と髪を切り落す。つむぎの一部が落ちていく。もったいないなと思ってしまってなんだか気味の悪い考えを自覚した。頭を振って意識を払って散髪に集中する。
髪をすくって指を通す。もじゃもじゃだったくせに案外さらさらとしていて、ろくに手入れもしていないくせにと悔しくなってしまう。
「ボクになら何をされてもいイ?」
「まあ、そうですね~。夏目くんになら何をされても恨みとかありませんし」
「……あっそウ」
じゃきんと耳元で鋏を鳴らす。情けない悲鳴が上がって笑ってしまった。
「ほラ、ちゃんと切ってあげるから大人しくしテ」
「ううう~……慣れませんね、これ……」
「慣れてくれないと困るヨ。これからもずっとボクが切ってあげるんだかラ」
ざあ、と風が頬を撫でていく。ぬるい風だ。気持ちの悪いとさえ言えるのにどうしてだか気分は悪くなりそうにない。
「ふふっ、ずっと一緒にいてくれるんですか?」
しゃきん、鋏を閉じる。青髪が短くなっていく。
