2023年〜2024年に書いたもの
金木犀のあまい香りがした。
ひさしぶりの夜だった。預かっている事務所で、事務所単位での仕事が舞い込んできた。その関係で、ドタバタしてしまい気づけば恋人との時間がすべて犠牲になって。ようやく落ち着いて時間をとれたのが、今夜。
(夏目くん、怒っているかなぁ)
浮かぶのは不機嫌そうに眉根を寄せる、かわいい彼の顔。
走らせた車を停車させ、そとへでる。夢ノ咲学院の校門前で壁によりかかった。
あたりはもう真っ暗。あたまの上には都会のなかで健気に輝く星たちがいて。なんとなく応援されている気がして、今朝の星占いに思考がかたむく。ペットボトルを買って待つこと十数分。
まちびと、きたる。
「──夏目くん」
「!センパイ、なんデ……」
「会いたかったからですよ〜」
こちらに気づいたようで琥珀の瞳がまるくなった。くすりと笑うとむっとして夏目くんは近づいてきて、いるとは思わなかっタ、と悔しそうに一言。
「アポなしですみません、このあとなにかありましたか?」
「……別になにモ」
「じゃあ、俺につきあってくれますか?」
車内に戻り、助手席に座った夏目くんを横目にぽつりぽつりと会話をかわす。最近の仕事のことから、私生活、学校のことへと。会えなかった時間をうめるように、会話は止まらなかった。
「で?どこへ行くつもりなのかいい加減教えてくれなイ?」
「いやぁ、サプライズなので……」
もうすぐですから、なんてなだめると彼はツンと顔をそらす。視線を外しているフリをしているけれど、ちらちらと見られていると気づいてしまったことは指摘しないほうがいいかもしれない。しばらく走らせると、目的地にたどりついた。
「ここはどこなノ?なにもないんだけド……」
「だからですよ〜?上をみてください」
不審そうに頭上を見上げる君。反応を待つと息をのんだ気配がした。
「……すごイ」
ひろがるのは、満点の星空。都会では見ることのできないそれは、郊外までくると結構簡単に見ることができるのだ。
「今日のラッキーアイテムですよ〜。それに、ドライブデートもしたかったので♪」
「デート」
「はい。最近はろくに会話すらできていなかったでしょう?……今夜は帰しませんよ、なぁんて」
「……とんだいたずらだネェ。いつからそんな悪知恵を働かせることをおぼえたノ?」
「せめてサプライズと言ってください。これは、俺からの魔法です」
「魔法?」
「ええ」
驚いた顔を隠さず、夏目くんが俺を見た。いつもよりまとう雰囲気がやわらかなことがくすぐったい。くるりと人差し指をまわして、魔法をかける時のように動かした。
「魔法使いから、お疲れの魔法使いへ。とっておきの魔法です!」
おどけていうと、数拍おいて、くつりと笑い声。今日はまともだネ、なんて褒めているのかけなしているのかわからない返事がかえってくる。
「夏目くん」
距離をつめると、彼の空気は穏やかに甘くなる。本人に伝えると否定されるけど、俺だけに向けてくれるその柔らかくってくたくたのシロップみたいな気配が許されている証拠みたいで嬉しくて仕方ない。思わずその身体を抱きしめた。
「俺の家へ行きませんか?」
「……」
「久しぶりに、イチャイチャしたいんです」
「恥ずかしくないノ?」
「いつもの夏目くんに比べたら全然」
「殴るぞ」
久しぶり、久しぶりなのだ。そりゃあ浮かれるし、頭もバカになる。世界でいちばん大好きな子がそばにいてくれるんだから。きみのためなら、なんだってできる。そんな心地に酔いしれる。
ああそうか。これが幸福か。
青い鳥も、神様も、きみの前ではかたなしだ。
「ねえ、夏目くん」
するりとそのまろい頬を撫でる。さあ、と朱に染まった白い肌は扇情的で、この夜にぴったりだった。
──このあと、よるをふたりで。
小さく囁く。つないだ指先は無様にも震えていた。夏目くんの顔を見下ろす。風がふきぬけて、赤い髪がふわりと踊った。あまりにきれいで、子どものころ夢見たすべてがここにあるのだと実感した。
「センパイはずるいヨ」
きっと、俺の下心はバレている。それでも許してくれる君が、俺は────
どこからか香る、金木犀。
煌々と輝く星たちに見守られて、夏目を抱きしめる。ああ、甘い。笑ってしまうほど気恥ずかしくて、誤魔化すようにキスをした。
ひさしぶりの夜だった。預かっている事務所で、事務所単位での仕事が舞い込んできた。その関係で、ドタバタしてしまい気づけば恋人との時間がすべて犠牲になって。ようやく落ち着いて時間をとれたのが、今夜。
(夏目くん、怒っているかなぁ)
浮かぶのは不機嫌そうに眉根を寄せる、かわいい彼の顔。
走らせた車を停車させ、そとへでる。夢ノ咲学院の校門前で壁によりかかった。
あたりはもう真っ暗。あたまの上には都会のなかで健気に輝く星たちがいて。なんとなく応援されている気がして、今朝の星占いに思考がかたむく。ペットボトルを買って待つこと十数分。
まちびと、きたる。
「──夏目くん」
「!センパイ、なんデ……」
「会いたかったからですよ〜」
こちらに気づいたようで琥珀の瞳がまるくなった。くすりと笑うとむっとして夏目くんは近づいてきて、いるとは思わなかっタ、と悔しそうに一言。
「アポなしですみません、このあとなにかありましたか?」
「……別になにモ」
「じゃあ、俺につきあってくれますか?」
車内に戻り、助手席に座った夏目くんを横目にぽつりぽつりと会話をかわす。最近の仕事のことから、私生活、学校のことへと。会えなかった時間をうめるように、会話は止まらなかった。
「で?どこへ行くつもりなのかいい加減教えてくれなイ?」
「いやぁ、サプライズなので……」
もうすぐですから、なんてなだめると彼はツンと顔をそらす。視線を外しているフリをしているけれど、ちらちらと見られていると気づいてしまったことは指摘しないほうがいいかもしれない。しばらく走らせると、目的地にたどりついた。
「ここはどこなノ?なにもないんだけド……」
「だからですよ〜?上をみてください」
不審そうに頭上を見上げる君。反応を待つと息をのんだ気配がした。
「……すごイ」
ひろがるのは、満点の星空。都会では見ることのできないそれは、郊外までくると結構簡単に見ることができるのだ。
「今日のラッキーアイテムですよ〜。それに、ドライブデートもしたかったので♪」
「デート」
「はい。最近はろくに会話すらできていなかったでしょう?……今夜は帰しませんよ、なぁんて」
「……とんだいたずらだネェ。いつからそんな悪知恵を働かせることをおぼえたノ?」
「せめてサプライズと言ってください。これは、俺からの魔法です」
「魔法?」
「ええ」
驚いた顔を隠さず、夏目くんが俺を見た。いつもよりまとう雰囲気がやわらかなことがくすぐったい。くるりと人差し指をまわして、魔法をかける時のように動かした。
「魔法使いから、お疲れの魔法使いへ。とっておきの魔法です!」
おどけていうと、数拍おいて、くつりと笑い声。今日はまともだネ、なんて褒めているのかけなしているのかわからない返事がかえってくる。
「夏目くん」
距離をつめると、彼の空気は穏やかに甘くなる。本人に伝えると否定されるけど、俺だけに向けてくれるその柔らかくってくたくたのシロップみたいな気配が許されている証拠みたいで嬉しくて仕方ない。思わずその身体を抱きしめた。
「俺の家へ行きませんか?」
「……」
「久しぶりに、イチャイチャしたいんです」
「恥ずかしくないノ?」
「いつもの夏目くんに比べたら全然」
「殴るぞ」
久しぶり、久しぶりなのだ。そりゃあ浮かれるし、頭もバカになる。世界でいちばん大好きな子がそばにいてくれるんだから。きみのためなら、なんだってできる。そんな心地に酔いしれる。
ああそうか。これが幸福か。
青い鳥も、神様も、きみの前ではかたなしだ。
「ねえ、夏目くん」
するりとそのまろい頬を撫でる。さあ、と朱に染まった白い肌は扇情的で、この夜にぴったりだった。
──このあと、よるをふたりで。
小さく囁く。つないだ指先は無様にも震えていた。夏目くんの顔を見下ろす。風がふきぬけて、赤い髪がふわりと踊った。あまりにきれいで、子どものころ夢見たすべてがここにあるのだと実感した。
「センパイはずるいヨ」
きっと、俺の下心はバレている。それでも許してくれる君が、俺は────
どこからか香る、金木犀。
煌々と輝く星たちに見守られて、夏目を抱きしめる。ああ、甘い。笑ってしまうほど気恥ずかしくて、誤魔化すようにキスをした。
