2023年〜2024年に書いたもの
アン・ドゥ・トロワ、アン・ドゥ・トロワ
シャッセ、ウィスク、ナチュラルターン、スローアウェイアンドオーバースウェイ
「お手をどうぞ、夏目くん」
「踊れるノ?センパイが?」
差し出された手を夏目は睨む。この頼りない男に果たしてワルツが踊れるのだろうか、と猜疑の色を隠さずに。
▷▷
レッスンルームのスピーカーから流れているのはワルツだった。それをBGMに夏目が社交ダンスの練習をしているとつむぎが現れたのだ。片手にドリンクを持って、休憩しませんか、と。
一も二もなく頷いて時計を確認すれば短針は始める前に確認したより進んでいた。こんな時間になっていたのかとレッスンルームの床に座り込む。
――ドラマの撮影で夏目にワルツを踊るシーンが舞い込んできてから、ここのところずっとワルツの練習をしていた。
「それにしてもまさかアイドルがこんな本格的なワルツを踊れるようにならなきゃいけないなんて大変ですね……、まあダンスパフォーマンスにつながるでしょうしやっても損にはならないのがいいところですよね~」
「じゃあ今度のレッスンでワルツでも組み込んでみル?」
「旧fineにいた頃に一応ワルツステップは習いましたけど……もう忘れているかもしれませんね」
「……」
夏目の機嫌が急降下したことにも気づかずつむぎはのほほんと笑っている。いつかこのステップもダンスに取り入れられたら面白いですかね、なんてSwitchのことを考えているから、まあ、殴るだけにしてやるけれど。
「痛ぁ?!な、なんで急に殴ってきたんですか~!?」
「どうしてそうセンパイは鈍感なんだヨ」
殴られた腹を撫でているつむぎを冷めた目で見てスポーツドリンクを嚥下する。ふうと一息をついて、ようやくくたくたになっているという自覚がわいた。
「ネェ、センパイ」
思い付きで考えたことがある。不意にその考えを口にしたくなった。
「?はい?」
きょとんとしているつむぎに手を差しだし、営業の笑顔を浮かべる。エスコートをするように跪いて。
「――ボクと踊ってみなイ?」
窓の外には満月が浮かぶ、そんな晴れたきれいな夜のこと。
「どっちが男役をやるんですか?」
「ボクでよくなイ?」
踊ろうと決めてまず躓いたのが、配役だった。踊る前からこれかよと思わなくもないが譲れないものだってあるのだ。夏目の練習の余興なのだし夏目が男役という主張に、つむぎは経験者なのだし練習なら女役もやってみて経験を積むべきだというつむぎの主張がぶつかる。どちらも引く気がないのは引っ込めなくなったからで、正直配役だなんて交代すればいいんだけれど。
「……ハァ、埒が明かないヨ」
「……どっちもします?」
「ン、それでいいんじゃなイ?」
「じゃあ、最初の配役は……――」
「ボクが決めるヨ。……そうだネ、センパイ」
夏目はつむぎの首に手を回した。誰もいないからと大胆になっている。珍しい、夏目ちゃんが俺に甘えている、と感激されているとはつゆ知らず。夏目は弧のような笑みを浮かべ、その耳元に口を寄せる。
「最初は、ベッドの上と同じで。慣れてるでしょ?」
低く蠱惑的に囁き、その耳にふうと息を吹きかけた。
「っひ?!」
ば、と勢いよく夏目から距離をとったつむぎを見て、いくらか溜飲が下がった。けらけらと笑ていると顔を真っ赤にしてつむぎがもう、と夏目を叱る。いたずら成功だ。
「くっ、ククッ……、ひ?!だっテ……」
「ひ、酷いです~!からかいましたね?!」
「ほラ、いいかラ、踊るんでショ」
夏目が手を伸ばす。はやくエスコートをしてよね、と言えば眉が垂れて手を差し出される。
「お手をどうぞ?俺のパートナーさん」
眼鏡の向こうの瞳には、愛おしくて仕方ないという甘ったるい感情が見えていた。
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アン・ドゥ・トロワ、アン・ドゥ・トロワ
脚が絡まないように注意を払って踊る。たどたどしい動きで、二人きりの静かな夜にワルツが流れて静寂にゆっくり融けていく。
「センパイ、思っていたより上手だネ」
「どれだけ俺がダメダメに見えているんですか~?これでも一応は経験者ですよ」
さんざん英智くんと日和くんに叩き込まれました、と苦笑する夏目だけのパートナー。面白くなくてわざと足を踏んでやる。痛い、という声が聞こえてきて自業自得だとせせら笑ってやった。
「おイ、バカモジャ」
「ええ?なんで罵倒されているんですか……?」
ターン。くるりと回れば髪が風に遊ぶ。その流れから視線を外し、つむぎを睨み上げた。
「昔のことは思い出さないデ、今はボクに集中してほしいんだけド?」
「どうしたって思い出しちゃいますよ。俺のファーストダンスなんですし、思い出ですから」
面白くない。気に食わない。癪だ。そんな昔の男を持ち出されて、せっかくの二人きりなのに恋人は自分じゃない人を見ている。たとえ昔の関係性に恋愛感情がなかったとしても不愉快だった。
「じゃア、これをあなたにとってのラストダンスにしてヨ。つむぎにいさん?」
「え?」
ウィスク。ステップを踏んでステージの上をゆく。
「ラストダンス、ですか?」
「そウ、これがセンパイにとっての最後のダンス」
「……俺、このまま君に殺され――ッ痛い!!」
「それ以上馬鹿なことを言うなラ、本当に退場させてあげようカ?」
月光が窓から差し込む。二人を照らす。明かりはムードづくりの為にかすかにしか灯されていない。お互いの顔はよく見えた。これだけ密着しているのだから、穏やかな心音すら聞こえてきそうだった。
くるくるとレッスンルームの上を二人で回る。たどたどしくて素人の踊りだ。けれど観客は月だけなのだし、そもそも楽しむためでこれに完璧は求められない。つむぎを見上げ、夏目があのね、と凪いだ声でゆったりと語る。
「センパイは、ボク以外のパートナーなんて作らないでショ」
「え?はい、もちろん」
「それなラ、これが最後のパートナーと踊るダンス、っていうことになるんじゃないノ?ボク以外にパートナーを作らないなラ、ほかの子と踊らないんでショ。ボクが最後の相手になル。つまりラストダンスの完成ダ」
「……え?」
ワルツが終わる。最後にターン。そうして音が止んだ。
夏目はつむぎを見上げる。
じいとその瞳を見つめ、そうして微笑んだ。とびっきり可愛らしく映るように。
「――ボク以外の人とはもう二度と踊らせてあげないってこと。わかった?」
にっこり。純粋に見える笑顔で、夏目は言い放つ。その言葉がプロポーズにも聞こえるように、とびっきり甘い声で、むき身のままの夏目自身で。
「………………え?」
「一度しか言わないかラ、もう一回は聞かないヨ」
くすりと笑って手を離す。呆然とするつむぎを後ろに、夏目が休憩しようと隅へ移る。ショートしたのか動けそうにないつむぎを見て、仕方ないにいさんだなあ、なんて笑いが漏れた。
――貴方の今までの男も女も、全部忘れさせてあげる。そしていちばん新しくて、いちばん最後のダンスをボクとのものに塗り替えてよ、だなんて。
言ってやる義理はない。そこまで正解を教えなきゃ気づけないなんて言わせない。まだまだつむぎの再起動には時間がかかりそうだ。はあと息を吐いてワルツの練習動画を開いた。
ほんとうに、鈍感なんだから。ボクのつむぎにいさんは。
