2023年〜2024年に書いたもの
――世界中でたったひとり、ボクだけしか知らないセンパイがいる。
そのことに気がついたのは、付き合いだしてしばらくのことだ。
カタカタ、とキーボードを叩く音が響く。静かな部屋に、夏目はパジャマ姿で手持ち無沙汰にハーブティーのはいったマグカプをもてあそんでいた。
「センパイ」
「はい?」
「なんで仕事なんか持ち帰ってきたのサ」
紺青色の帳が降りた夜。LED照明の灯りが照らすのはリビングで、ソファに腰掛け夏目はため息をついた。
「すみません、本当は持って帰ってくるつもりはなかったんです」
「ほんっとお人好しすぎダ」
ニューディの事務所を回しているつむぎは、残業癖というか、自己犠牲をも厭わない人だ。副所長としての責任感が強い。強すぎる。見ていて心配してしまうほど、身を粉にして働いていて。
夏目が細かく小言を言い続け最近になってからようやく無茶苦茶な残業をやめるようにはなった。しかし、それでも同棲部屋に仕事を持ち帰ってくることは変わらず。オンとオフくらい区別しろよ、と思うがつむぎが言うことを聞かないのはわかっているから小言で文句をいうだけだ。
どうせ響かない。
仕事をしている表情を盗み見る。きりっと引き締まった顔立ちは甘さが消えて真剣そのもので。思わず胸が高鳴るがそんな自分に呆れ果ててしまう。
夏目しか知らない、つむぎの姿はそこにある。
――例えば、要領が悪いって言うけど。
「夏目くん?もう少しで仕事も終わるのでそれまで部屋に戻らないでくださいね」
じっと見ていたのがバレたのかと思ったが視線は合わない。
肩が少し跳ねたのをごまかすように不満げな声を出してつむぎの脚を軽く蹴り飛ばす。本当に要領が悪いならこんなにたくさんの仕事なんて抱えられない。その有能ぶりが酷く恨めしく思えた。
「……遅すぎだヨ、ホントに待たせて悪いと思ってるノ?」
「思ってますよ〜?」
思ってなさそうな、軽い返事。知らないかもしれないけどボクの時間は安くないんだよ、とでも返したいがどうせ言い合うのなら、仕事だけに夢中なつむぎ相手ではなく、夏目だけを見ている彼と言葉を交わしたかった。
夏目の放つ言葉の中にたとえどれだけ棘が含まれていても、つむぎならわかってくれる。そんな甘えがすけて見えて自分のことながら浮かれすぎだと思ってしまう。
「……早くしてよネ」
「ええ、もちろん」
世界で夏目しか知らないつむぎの姿は、まだある。
かた、とキーボードを叩く音が止まった。眼鏡を外して眉間を揉む姿を見て、おじさん臭いなと思う。
――例えば、温厚というイメージが多いらしいけど。
「夏目くん?おいで」
「…………命令しないでくれル?うざいヨ」
「どうしたんですか〜もう。いつもは喜んで俺のとこに来るのに」
ぐい、と腰に回った腕が身体を抱き寄せる。意外と太くて硬い筋肉質な腕は、がっちりと夏目の細腰をつかんでいて逃げられる気がしない。まあ、逃げるわけもないけれど。
「ふふ、お仕事が終わってすぐ君とこうしてイチャつけるのは嬉しいですね〜」
「仕事人間。仕事馬鹿」
「なつめちゃん、なんでそんな不機嫌なんですか」
ちゅ、と額にキスを一つ。そのまま流れるようにキスの雨が降る。夏目がまるで、喜ぶとしか思ってないような、結構強引な仕草で口付けられて。もっと気遣えないのか、と思う。
「はぁぁ……疲れました〜」
「そんなに消耗するならお人好しはやめたラ?仕事への過度な手出しは成長を妨げル。つまり誰のためにもならないんだヨ」
──例えば、気を配るのが上手で場を回すのが得意だけど。
「過度ですかね?そんなに?」
「いっつも気を張ってるじゃン。誰かのために〜って行動しかしてなイ、お人好し」
「ううん?そうですか?そう見えているんですか?」
不思議そうに首を傾げた鼻面をぴんと指ではじく。
「……もういっそボクの前で見せるその姿を晒しちゃえバ?」
とろりととろけたように夏目の身体を抱きしめる。普段のあれ取ってください、と当たり前のように夏目をこき使う姿は気を配るなんてものとは程遠く。
ごく近しい距離の仲間の前でしか見せない姿だけどすべてのお節介という姿をかなぐり捨てて、この男は夏目に甘えたになるのだ。ぐだぐだと四肢を絡ませ、熱をわけあいながらつむぎは夏目にあれこれとしてほしいとやっぱり強引なことを言う。
「ねぇ、夏目くん」
湿った吐息が耳のすぐそばに吹きかけられて、びくりと肩が跳ね上がってしまった。バレた。びっくりしたのがバレて、なんだか苛立ってしまう。
「何……」
そろりと夏目の肩に顔を預ける彼を見る。じいと見つめる視線には隠す気もない熱が込められていて。
「――もっと、君がほしい」
――例えば、間抜けでどんくさいけど。
ぴり、とゴムの個包装を口で開けた姿を見上げる。どくどくと胸が高鳴って、この瞬間だけはいつまでたっても慣れることがないのだろうと思う。
「ふふ、もしかして期待してます?」
指が伸びてきて目元にざらついた熱が触れる。撫でられ、キスが与えられた。舌使いは最初にしたときから変わらずやけに手慣れていて上手い。それが苛立つけど、好きだったりする。
間抜けでどんくさい。器用貧乏。そんなイメージがあるけれど。そうでもないことはつむぎと少しでも関わればわかることだろう。
そう、夏目しか知らないのはその先のことで。
――例えば、穏やかで人当たりがよく、優しいと思われがちだけど。
「センパイ、案外優しくないよネ」
「なんですか、いきなり。それに、こういうときは"センパイ"じゃないでしょう?」
かふ、と噛みつかれた。不満そうな瞳がこちらを見下ろしている。
「……つむぎにいさん」
悔しくてそっぽを向いてぶっきらぼうに呼びかけた。
「はい」
それでも嬉しそうに言葉を返す。馬鹿にしてるの。
「ふふ、そういう顔をさせているのが俺だと思うとなんだか、こう、クるものがありますね」
――本当に優しい人なら、ボクにこんなことはしない、って。
少し乱暴に身体を開かれていく。がつがつとした攻め方は夏目を求めているとわかりやすいから、実はあんまり嫌いじゃない。
――ボクしか知らない、つむぎにいさん。
喉をのけぞらせ、甘く上ずった声をだすとべろりと舌が肌を撫でる。
――例えば。
ボクしか知らない、獣みたいなあなたとか。
――例えば。
ボクだけを求めて、おかしくなるくらい愛おしそうに笑う顔とか。
――例えば、例えば、例えば。
熱を宿す、その瞳。ライブとは違って濡れたヘーゼルアイ。大きな手のひらが汗ばんで、ボクの肌を這う感触。その瞳に、ボクだけを映して幸せそうに微笑むその表情。
「夏目、くん……っ」
甘ったるくて、火傷しそうな掠れた声に求められて。
「――大好きです」
ボクを抱きしめて、離そうとしない腕の力強さに、笑ってしまう。
だからとびきりの顔で言ってやるのだ。貴方しか知らないボクを見せびらかして。
「――ボクもだよ、つむぎにいさん」
そういった、ボクしか知らないセンパイを見るのが実は、案外好きだったりする。まあ、絶対言ってあげないけどね。
そのことに気がついたのは、付き合いだしてしばらくのことだ。
カタカタ、とキーボードを叩く音が響く。静かな部屋に、夏目はパジャマ姿で手持ち無沙汰にハーブティーのはいったマグカプをもてあそんでいた。
「センパイ」
「はい?」
「なんで仕事なんか持ち帰ってきたのサ」
紺青色の帳が降りた夜。LED照明の灯りが照らすのはリビングで、ソファに腰掛け夏目はため息をついた。
「すみません、本当は持って帰ってくるつもりはなかったんです」
「ほんっとお人好しすぎダ」
ニューディの事務所を回しているつむぎは、残業癖というか、自己犠牲をも厭わない人だ。副所長としての責任感が強い。強すぎる。見ていて心配してしまうほど、身を粉にして働いていて。
夏目が細かく小言を言い続け最近になってからようやく無茶苦茶な残業をやめるようにはなった。しかし、それでも同棲部屋に仕事を持ち帰ってくることは変わらず。オンとオフくらい区別しろよ、と思うがつむぎが言うことを聞かないのはわかっているから小言で文句をいうだけだ。
どうせ響かない。
仕事をしている表情を盗み見る。きりっと引き締まった顔立ちは甘さが消えて真剣そのもので。思わず胸が高鳴るがそんな自分に呆れ果ててしまう。
夏目しか知らない、つむぎの姿はそこにある。
――例えば、要領が悪いって言うけど。
「夏目くん?もう少しで仕事も終わるのでそれまで部屋に戻らないでくださいね」
じっと見ていたのがバレたのかと思ったが視線は合わない。
肩が少し跳ねたのをごまかすように不満げな声を出してつむぎの脚を軽く蹴り飛ばす。本当に要領が悪いならこんなにたくさんの仕事なんて抱えられない。その有能ぶりが酷く恨めしく思えた。
「……遅すぎだヨ、ホントに待たせて悪いと思ってるノ?」
「思ってますよ〜?」
思ってなさそうな、軽い返事。知らないかもしれないけどボクの時間は安くないんだよ、とでも返したいがどうせ言い合うのなら、仕事だけに夢中なつむぎ相手ではなく、夏目だけを見ている彼と言葉を交わしたかった。
夏目の放つ言葉の中にたとえどれだけ棘が含まれていても、つむぎならわかってくれる。そんな甘えがすけて見えて自分のことながら浮かれすぎだと思ってしまう。
「……早くしてよネ」
「ええ、もちろん」
世界で夏目しか知らないつむぎの姿は、まだある。
かた、とキーボードを叩く音が止まった。眼鏡を外して眉間を揉む姿を見て、おじさん臭いなと思う。
――例えば、温厚というイメージが多いらしいけど。
「夏目くん?おいで」
「…………命令しないでくれル?うざいヨ」
「どうしたんですか〜もう。いつもは喜んで俺のとこに来るのに」
ぐい、と腰に回った腕が身体を抱き寄せる。意外と太くて硬い筋肉質な腕は、がっちりと夏目の細腰をつかんでいて逃げられる気がしない。まあ、逃げるわけもないけれど。
「ふふ、お仕事が終わってすぐ君とこうしてイチャつけるのは嬉しいですね〜」
「仕事人間。仕事馬鹿」
「なつめちゃん、なんでそんな不機嫌なんですか」
ちゅ、と額にキスを一つ。そのまま流れるようにキスの雨が降る。夏目がまるで、喜ぶとしか思ってないような、結構強引な仕草で口付けられて。もっと気遣えないのか、と思う。
「はぁぁ……疲れました〜」
「そんなに消耗するならお人好しはやめたラ?仕事への過度な手出しは成長を妨げル。つまり誰のためにもならないんだヨ」
──例えば、気を配るのが上手で場を回すのが得意だけど。
「過度ですかね?そんなに?」
「いっつも気を張ってるじゃン。誰かのために〜って行動しかしてなイ、お人好し」
「ううん?そうですか?そう見えているんですか?」
不思議そうに首を傾げた鼻面をぴんと指ではじく。
「……もういっそボクの前で見せるその姿を晒しちゃえバ?」
とろりととろけたように夏目の身体を抱きしめる。普段のあれ取ってください、と当たり前のように夏目をこき使う姿は気を配るなんてものとは程遠く。
ごく近しい距離の仲間の前でしか見せない姿だけどすべてのお節介という姿をかなぐり捨てて、この男は夏目に甘えたになるのだ。ぐだぐだと四肢を絡ませ、熱をわけあいながらつむぎは夏目にあれこれとしてほしいとやっぱり強引なことを言う。
「ねぇ、夏目くん」
湿った吐息が耳のすぐそばに吹きかけられて、びくりと肩が跳ね上がってしまった。バレた。びっくりしたのがバレて、なんだか苛立ってしまう。
「何……」
そろりと夏目の肩に顔を預ける彼を見る。じいと見つめる視線には隠す気もない熱が込められていて。
「――もっと、君がほしい」
――例えば、間抜けでどんくさいけど。
ぴり、とゴムの個包装を口で開けた姿を見上げる。どくどくと胸が高鳴って、この瞬間だけはいつまでたっても慣れることがないのだろうと思う。
「ふふ、もしかして期待してます?」
指が伸びてきて目元にざらついた熱が触れる。撫でられ、キスが与えられた。舌使いは最初にしたときから変わらずやけに手慣れていて上手い。それが苛立つけど、好きだったりする。
間抜けでどんくさい。器用貧乏。そんなイメージがあるけれど。そうでもないことはつむぎと少しでも関わればわかることだろう。
そう、夏目しか知らないのはその先のことで。
――例えば、穏やかで人当たりがよく、優しいと思われがちだけど。
「センパイ、案外優しくないよネ」
「なんですか、いきなり。それに、こういうときは"センパイ"じゃないでしょう?」
かふ、と噛みつかれた。不満そうな瞳がこちらを見下ろしている。
「……つむぎにいさん」
悔しくてそっぽを向いてぶっきらぼうに呼びかけた。
「はい」
それでも嬉しそうに言葉を返す。馬鹿にしてるの。
「ふふ、そういう顔をさせているのが俺だと思うとなんだか、こう、クるものがありますね」
――本当に優しい人なら、ボクにこんなことはしない、って。
少し乱暴に身体を開かれていく。がつがつとした攻め方は夏目を求めているとわかりやすいから、実はあんまり嫌いじゃない。
――ボクしか知らない、つむぎにいさん。
喉をのけぞらせ、甘く上ずった声をだすとべろりと舌が肌を撫でる。
――例えば。
ボクしか知らない、獣みたいなあなたとか。
――例えば。
ボクだけを求めて、おかしくなるくらい愛おしそうに笑う顔とか。
――例えば、例えば、例えば。
熱を宿す、その瞳。ライブとは違って濡れたヘーゼルアイ。大きな手のひらが汗ばんで、ボクの肌を這う感触。その瞳に、ボクだけを映して幸せそうに微笑むその表情。
「夏目、くん……っ」
甘ったるくて、火傷しそうな掠れた声に求められて。
「――大好きです」
ボクを抱きしめて、離そうとしない腕の力強さに、笑ってしまう。
だからとびきりの顔で言ってやるのだ。貴方しか知らないボクを見せびらかして。
「――ボクもだよ、つむぎにいさん」
そういった、ボクしか知らないセンパイを見るのが実は、案外好きだったりする。まあ、絶対言ってあげないけどね。
