2022年に書いたもの

──ぱちん、ぱちんと静かな部屋に軽い音が響く。

金属が噛み合わさる音が二人分の息遣いに混じって落ちた。どことなく所在無さげな夏目の様子に、くすりと笑って声をかける。
「退屈ですか?」
「……別ニ、そういう訳じゃないけド」
つむぎの前に差し出された手のひら。自分のより少し小さくて、どこにも瑕疵のない綺麗なそれは、いつだって人を喜ばせるために使われる。そうあってほしいと願っているからかもしれないが、確かに彼の手は自分のものより誰かをやさしさで包み込める。
彼にはもう、傷や血なんてものに触れてほしくないから、綺麗なだけでいてほしいと思ってしまう。それがどれだけ傲慢なのか、知らない訳では無いけれど。
小さな爪を深く切りすぎないよう、形が綺麗になるよう注意深く爪切りで挟んでぱちんと切り取る。
「……」
「もう少しですから、ね?」
視線がふたりの手に落ちていた。暇なのだろうか、なにか話題を探そうと考えをめぐらせて。

────爪を切る、という行為はどこか不思議な時間を共に過ごすことになる。

つむぎが夏目の爪を切るようになったのは同棲を始めてからだった。体を頻繁に重ねるようになってから、伸びた爪がつむぎの背に痕をつけてしまうことが増えたのだ。ヒリヒリとするだけでそんなに痛くはなかったけれど、見てくれが悪いからとかで夏目が気にしてしまって。それなら、ということで始めたメンテナンス。
「……そういえば」
「どうしたノ」
「昔もこうやって、爪を切ったことがあったなあと」
「……?」
「覚えていませんか?夢ノ咲の2-Aの教室で、こうしたこと」
冬に移ろいゆく途中のある日。夏目を迎えに行ったら、成り行きで爪を切ることになって。その時も夏目は切っている間ずっと無言で。動いているつむぎの手をじっと見ていたなあ、なんて思い出した。

まるで警戒をしている小動物のようだ。その印象は昔からあまり変わらない。牙を突き立てる相手には全身を逆立たせて威嚇するのに、懐に入った相手には恐ろしくなるほど柔らかくなる。
爪を切る、なんて行為がつむぎに許されているなんて、あまりにも不用心だ。夏目が牙を剥いて、爪を突き立てる相手だろうに。彼の内側に入り込んでいる証拠であり、彼をいつでも簡単に斃せる場所でもある。

ぱちん、音が響く。
視線がじいと触れ合う熱に向けられている。

夏目くんが俺の手によって、毒を抜かれていく。

ぱちん、ぱちん。
時々預けられている指先が、緊張したように震えた。

君がこうして、俺に全てを委ねて、力をなくしていくのがなんだか甘美な心地がする。
「……ふふっ」
「……なに笑ってるのサ。気持ち悪イ」
「ひどい!」
「ちょ、ッ、爪切ってる時に暴れるナ!!」
「暴れてません。それにもう切り終えてますよ〜?ヤスリをかけて、ハンドクリームを塗り終えたら完成です」
冬の乾燥のせいでかさついた、普段はなめらかな肌。ヤスリをかけ、手のひらに揉み込むようにクリームを塗り込んでいく。

「──夏目くん」
「……?どうかしタ?」
「……あ〜いえ、綺麗だなあと」
「ケアしてるから当たり前でショ」

綺麗だと思ったのは、肌だけじゃないんですけどね。

きれいなけもの。爪も牙も抜かれて、人に優しい愛を振りまくだけの、つむぎの愛したばけもの。
言うつもりはないけれど、俺に全幅の信頼を置いて牙すら向けられなくなっていく君が愛おしいと思うんですよ。きっとそう思ってることは、君には一生知られることはないんでしょうけれど。
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